「いませんよ」「ナナミンはさ、どんな女が好み(タイプ)なの?」
「急にどうしたんですか」
虎杖の突拍子のない質問に、七海は眉を顰める。
「東堂がさ、あ、東堂知ってる?京都高専の一級術師なんだけど」
「ええ。以前お会いしたことがあります」
「明日あいつが高田ちゃんのライブで東京に来るのを思い出したらさ、ナナミンは例の質問にどう答えたのか気になって」
なんてことはない雑談。その質問に深い意味はなかった。
「はあ。ちなみに虎杖君はなんと答えたのですか?」
「尻とタッパがデカイ女!」
「…それを即答したのですか?」
「俺ビヨンセ好きなんだ」
「なるほど…?」
「それで、ナナミンは?」
七海は一瞬顔をしかめた後、ため息をつきながら眼鏡を軽く押し上げた。
「いません、と答えました」
「え!?」
「意外ですか?」
目を丸くした虎杖に、七海は首をひねった。
「ナナミンらしいなとは思うけど…東堂は納得したの?」
東堂は回答の内容次第では手厳しい反応をする。抽象的な回答をした伏黒はその後大変だったと聞いた。東堂の気に入る答えを言ってしまった自分も別の意味で大変だったが。
「ええ、それ以上何も聞かれませんでしたよ。…ああ、つきましたよ」
今日は二人での合同任務。とはいっても虎杖の役割は見学や実習の意味合いが強い。つまり、負担は七海のほうが大きいのだ。
「よっし、がんばるぞー」
「定時に上がれるようにしますよ」
移動時間と仕事の切り替えが素早い七海に大人てカッコいい!と感心する虎杖は、後日この話の真実を知ることになるとは思っていなかった。
***
「-って話をこの間ナナミンと聞いたんだけど、本当?」
ライブの後に当然のように虎杖を訪ねてきた東堂に先日の話をした。
「七海一級術師か…」
何かを考えるような沈黙の後、東堂は虎杖との距離を詰めた。
「ブラザー、これは他言無用だ。俺も言いふらす趣味はないからな。だがブラザーに隠し事はできない。ここだけの話にしといてくれ」
「それは俺が聞いていい話なの?」
自分から話を振っておいてなんだが、東堂の気迫に押されて聞くのが不安になってきた。
「俺では持て余してしまう答えだったんでな」
共犯だ、と東堂は悲しそうに笑った。
***
「好みのタイプ、か」
「どうしました七海さん」
「いえ」
同行する補助監督が学生時代から知る伊地知だったせいか気が緩んでいたようだ。いつもは心の中で済ませるようなことも口から出てしまう。今日の任務は一級案件。今は一人でも十分祓える相手だが、毎回心の中に後悔の念がよぎる。あの時この力があれば、君をなくさずにすんだのに。
『七海』
思い出すのは満面の笑み。
『ななみ』
性格も、食事の好みも、戦闘スタイルも、私とは何もかも正反対だった。自分の体質を呪いながら呪霊を祓う私と違い自分にできることを精いっぱいやると真正面から立ち向かう君。その姿に惹かれるのに時間はかからなかった。
だがその恋はかなうことなく終わりを迎えた。十年前のあの日、敵が格上だとわかった瞬間逃げるために後ろに飛んだ私と違い、君が私を逃がすために前に出たことによって。私は自分の臆病さと実力不足で君を失った。
「この世にはもういませんよ」
好みのタイプなんて聞かれても。後にも先にも私には君しかいないよ、灰原。