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    69asuna18

    ジョチェ🛹

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    69asuna18

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    新刊『甘い香りに包まれて』

    前回のイベントでのコピー本『花の香りのする方へ』とその続きをまとめたものになります。
    (加筆修正有り)
    コピー本で出したものの、途中までをサンプルとしてアップします😊

    #ソウスズ
    bambooTiles

    甘い香りに包まれて生を受けた世には、バース性と呼ばれる新たな性別が誕生していた。男女の性別とは別の第二の性。男と女とは別にα、β、Ωと三つの性別が存在し、全ての人間は六種類に分けられる。αはエリートが多く、βは一番多い所謂普通。そしてΩには発情期なるものが存在し、その体質が故に世間から冷遇されている。その為、性別による差別が目立ち、第二性がΩである人は悩みが尽きない。
    生まれ変わる前と違う事象が起きている事に、興味があった踪玄はバース性の研究に勤しんだ。しかし、調べれば調べるほど、その新たに備わった性別が、人間そのものに嫌悪を抱かせる。
    薬を飲み、体調を管理すれば、Ωであっても社会的に問題なく過ごせるはずなのに、理解が進んでない事もあり、定職につくのも難しく給料も少ない事の方が多い。働ける時に働きたいと思う人も多く、病院に定期的に通う人も少なくない。…出来るのは理解のある人間に囲まれていて、給料が安定している者だけ。そのせいで、発情期に倒れたり、身体に合わない安い薬を飲んで体調を崩す者も少なくない。
    理解を深めればもう少し待遇も良くなっていくはずなのに。理解を深めようとしても学者はαばかりで、その行為すら見下しているように見える。実際、論文を出しても興味は持たれないし、研究を進めようとしてもあまりいい顔はされない。その上予算も渋られ、出ないに等しい。もう自分にできる事は、受診に来た人達を診る事と、倒れて運ばれて来た人に身体を大切にしてほしいと伝えるばかりで。
    その行為だって、αに敵意を持っている人間からしたら大きなお世話だと、忌々しそうな顔をされるのだ。自分のしている事に意味があるのだろうか。
    踪玄は小さく溜息をついた。今も緊急のコールでΩの方が運ばれて来ましたと知らされたばかりだ。また嫌な顔をされるのだろう。そう思うと、こころなしか足取りも重くなる。
    それではいけないと、深呼吸をして治療室のドアを開ける。ふわりと甘い香りが鼻を掠めた。懐かしい様な恋しいようなそんな感覚。運ばれて来た人の香りだろうか?ヒートで倒れたのだろうか?
    今までもΩの香りがするなと思う事は何度もあったが、抑制剤を飲んでいるおかけで大事になるなんて事はなかったし、特別どうにかしたいなど思った事など今まで一度もなかった。
    …なのに、今日は胸の奥が擽られるような妙な感覚に陥っていた。
    「おまたせしたのです。患者さんは…」
    慌ただしい治療室のスタッフへ声を掛けると、こちらです。とすぐに案内される。随分衰弱していて、横になったらすぐに眠ってしまわれたのですがと、仕切られたカーテンを開けると、そこにはすやすやと休む人影。布団を目深にかぶり顔色が伺えない。やむを得ず布団の端を摘み顔色を窺おうした踪玄は、己の眼を疑った。布団の隙間から見えた菖蒲色の美しい髪は、長く恋しく思っていた色。そこで休んでいたのは、胸の奥で大切に想っていた前世の恋人、鈴蘭だったのだ。
    目元には疲労が見え、以前よりも少し細く痩せたように見える。肌艶も良かった記憶があるが、驚くほど顔色も悪い。何より彼がΩである事に驚き、踪玄の思考は停止し、次の言葉が出てこない。隣でバイタルの報告をする看護師が、あまりに反応がないのを不審に思い「先生?」と声をかけるまで、踪玄の頭の中は真っ白になっていた。
    「……あぁ、すみません。少し考え事を」
    「いえ、大丈夫です。…この方、随分疲れが溜まっていたようで……。そこに抑制剤を過剰に飲んでいたみたいで、倒れてしまったみたいですね。」
    「…そうですか。…とりあえず点滴を流して様子を見るしかないですね。……意識が戻ったら教えてもらえますか」
    「はい、分かりました」
    そこからは、何も考えられなかった。今生で出会えた喜びはある。だが、まさか彼がΩだとは思わなかった。優しくて、気高くて、誰よりも人から愛される人だった。なのにどうしてと。
    そうやって思っている事自体が、自分もΩの性となる事を何処か懲罰的に思っている証拠だと、自分自身に落胆して。やらなければならない仕事は他にもあるのに。資料を読んでも頭に入らず。キーボードに手を添えてもその手は動かず。ただただ、今まで診てきた人と同じように、彼も辛い思いをしてきたのだろうかと思うと頭も胸も、締め付けられる様に痛くて、再び出会えた喜びよりもなんとも言えない虚無感の方が先立ってしまっていた。そうこうしているうちに、二時間近くが経過していて。点滴が終わりましたと知らせを受けて、踪玄はやっと我に返った。
    ***

    目を覚ますと真っ白な天井と、少し圧迫感のあるカーテンに囲まれていて。どうしたのだろうと、鈴蘭は暫く頭を悩ませた。頭も重く意識ははっきりしない。左腕が動かしにくいなぁ、なんでだろう。何の気なしにそちらに目をやると透明なチューブに繋がれているのが分かって。そういえば消毒液やら薬やらの匂いがするなぁと、此処は病院なんだと理解した。
    「……倒れちゃったのかな」
    どこでだろうか、何も起きてやしないだろうか。無意識のうちに項を撫でる。そこに、傷も何も無いようで、安堵から鈴蘭は大きくため息をついた。
    「起きられました?」
    カーテンから覗いた看護師は人の良さそうな顔でニコリと笑う。点滴終わったので外しますね。道で倒れてらして、近くを通った方が救急車を呼んでくださったんですよ。疲労とお薬の飲みすぎですね。ヒートが来そうな感じが有りました?と、点滴を外しながらツラツラと話をする。
    「えぇ、まぁ……」
    そう、流すような返事をすると苦笑された。Ωのヒートに対する事を詳しく聞けば、大概の人間は嫌がるものだ。あしらうような対応をされるのも常なのだろう。申し訳無い気持ちも湧きつつ、これ以上深入りしてほしくなくて、早く帰らせてほしいと枕元にあった荷物を纏める。
    「お急ぎのところ申し訳無いんですが、一応先生の診察があるので、それだけ受けて帰ってくださいね」
    「………分かりました」
    あからさまな嫌な顔に、再び苦笑されて。目を伏せたまま、彼女の後ろをついて歩く。ガラリと重そうなドアが開くとそこからふわりと墨のような香りが鼻の奥に広がった。いい匂いだな、なんの匂いだろうと顔を上げ、大きなパソコンの前に座っていたお医者様を見て、鈴蘭は息を呑んだ。そこには、不安げな表情で鈴蘭を見つめる踪玄の姿があったのだ。
    「こちらへどうぞ」
    促されるまま、丸椅子に腰を下ろす。かつての恋人との突然の再開に、鈴蘭は動揺していた。叶う事なら、ずっと逢いたいと思っていた。…想っていたけれど、こんなタイミングでこんな風に会うなんて。想像もしていなくて。むしろ、知られたく無い第二性の事ももう既に知れているという事実。鈴蘭は目眩がしそうだった。心臓がうるさい、目頭が熱い。指の先は驚くほど冷たくて、息をするのも苦しかった。
    「……鈴蘭、殿?」
    綺麗にアイロンのかけられたスラックスに、磨かれた革靴、真っ白な床ばかりを見つめていた鈴蘭に、踪玄がおそるおそる声をかける。名を呼ばれて視線を持ち上げると、踪玄は優しく笑みを浮かべていた。
    どうやら昔の記憶があるか如何かを確認したかったようで、昔と変わらぬ呼び方に反応を示した鈴蘭に、踪玄はホッと胸を撫で下ろした。一方の鈴蘭はずっと浮かない表情のまま。深刻そうに眉を顰めている。
    「……まだ体調が戻りませんか?」
    「…ううん、大丈夫………です」
    他人行儀な物言いに。踪玄は驚き眉尻を下げた。もしや会いたくなかったのだろうかと、安心したはずの胸の奥がズキッと痛む。
    「……薬、沢山飲まれていたようですけど…効きが悪かったのです?身体にあっていないのであれば別のものに変えてみられたらどうでしょう?…市販のものではあっているかも分かりませんし、通院して相談しながら…」
    「わかってる」
    言葉を遮る強い声。驚いて鈴蘭を見つめると唇が小さく震えているのが見えた。続く沈黙に耐えられず、踪玄は言葉を紡ぐ。
    「今回は、良い人に見つけてもらったから、何事もなく無事でしたが…また倒れて次も無事とは限らないですから…」
    心配しているのだと伝えたいあまり、少し説教じみた言い方になっているとは分かったが、話しだしたら止められやしなくて。
    「Ωなのですから」
    その言葉が出た途端、鈴蘭は椅子を倒しかねない勢いで立ち上がった。
    「踪玄ちゃんに言われなくても、そんなの自分が一番分かってるよ!」
    聞いた事もない大きな声で。見た事もない悲しそうな顔で。鈴蘭は診察室を飛び出して行ってしまった。追いかけるべきか、追いかけた所でまた傷付けやしないか。そう考えると捕まえようと伸ばした手だけが空中を彷徨い情けなく空気だけを捕まえた。
    ***

    「不機嫌だなぁ、鈴蘭」
    カウンターの向こうでフライパンを振る、某の横で逆太郎が大きな声で笑う。カウンターの下のテーブルで頭を抱える鈴蘭は、その声にうるさいなぁと小言を漏らした。
    「せっかく、踪玄と会えたのに。なぁ」
    「ずっと会いたかったんじゃないの?」
    いつもはニコニコと笑うばかりで話に入る事が少ない某も口を挟む。
    「会いたかったけどさ……まさか、Ω受け入れ可能な救急病院の先生してるとか…思わないじゃん…。しかもぶっ倒れて運ばれて、お説教だよ…?」
    すると今度は逆太郎がため息をつく。
    「だからなんだっつーんだよ」
    逆太郎には、鈴蘭がつまり何を言いたいのか。なんでこんなに不貞腐れているのか、なんとなく分かっていた。分かっていたから、敢えて聞いた。
    「……だって、絶対αだよ………僕がΩで、幻滅したと思う」
    父も母も。まさかΩが生まれると思って居なかったらしく、それが分かった途端どっちのせいだと喧嘩して離れ離れになって。母に引き取られたのはいいけれど、彼女は顔を見るのも嫌だったのだろう、酷く冷たくなって。鈴蘭はそれに耐えられず、高校を卒業したと同時に家を飛び出した。もうそれ以来、ろくに連絡も取っていない。それから、少しして逆太郎と某に出会い、飲食店を開く彼らにたまに話を聞いてもらっていて。実家で過ごしていた時より少しばかり気が晴れる日は増えたが、それでも鈴蘭の根底にあるΩである事の辛さが拭えたわけではない。
    「……俺らが知ってる踪玄は、そんなやつじゃねぇだろ」
    そう言われたら、そうなのだ。でも、前は、こんな性別そもそもなかった。
    「ちゃんと話せば分かってくれるま」
    踪玄が、そんな事で嫌いになったりするような人じゃないのも、分かっている。分かっているけれど。
    「踪玄ちゃんに拒否されたら、もう生きていけないよ」
    絞り出したその声に。二人は顔を見合わせて。それ以上責めたりすることも無く。静かに作業へと戻っていった。

    ***

    家族と離れてから、鈴蘭は頻回に夜の街を出歩く様になっていた。自分と同じように、人に見放されて困っている子がひどい目に合わないように。時には朝まで一緒に過ごしたり、病院に付き添ったり。お腹が減っている子には、某と逆太郎の店に連れて行って、食事を奢ってあげたりもした。そんな風だから、鈴蘭本人が病院に行く時間も無いし、身体に見合う薬に出会うまでお金を払うなんて余裕もない。ヒートが来たらドラックストアで手に入る薬を適当に飲んでいた。それに加え鈴蘭本人も、Ωであるが故に危険が伴っている。ストレスによるヒートの乱れで、突然フェロモンが溢れたりしないように、危険な場所へ行く時はヒートが近くなくても抑制剤を飲んでいた。
    そんな風だから、胃も悪くなる。食事が喉を通らない日もあったし、食欲もなくてあんな事になってしまった。また、倒れたら流石に困るな。病院に運ばれてしまったせいで余計な出費もしてしまったし。そう考えると、さすがに薬には手が伸びなくて。
    スケジュール的にも、まだヒートは来そうにないと、今日は薬を飲むのをやめて、項を隠す事ができる洋服を着て。いつもの場所の見回りに出かけた。

    ***

    「お前、Ωだろ?」
    呼び止める。というには、些か強引に手を引かれ、嫌悪からゾワリ鳥肌が立った。反論する間もなくグイグイと物陰に連れ込まれそうになる。たまに居るのだ。調子にのって、人をモノのように扱って良いと思いこんでいる変なやつが。こういう人間から他のΩの子を守りたくて、見回っているのに。いつもは神経を張り巡らせて、近寄らせ無いようにしているのに。今日は考え事をしていたせいで、いつの間にかすぐ側まで近寄られて居た。やばいと思ったときにはもう遅くて。腕を振り払おうとしても、その男の力のほうが強くて振り払う事は出来なかった。助けてと叫ぶべきだろうか?Ωの事なんて助けてくれる人が居るだろうか。考えている内にズルズルと路地裏に引きずられて、強引に壁に押しつけられた。
    「…うっ…痛ッ…」
    人は通っているはず。見ている人も居る、それなのに誰も助けようとはしてくれない。やっぱり、そう。Ωの事なんて、誰も助けてなんかくれないのだから、どうにかして自分で逃げるしか無いとそう思っていた時。
    「…おい」
    シンと地を這うような低い声が聞こえた。
    「何をしている」
    「あ?」
    鈴蘭を捕らえていた男は声の方へ視線を移す。振り向いたおかげで、鈴蘭からもその声の主の姿がちらりと見えた。
    「…え、さ、…朔夜ちゃん…」
    鋭い視線は昔とひとつも変わっていなかった。朔夜は厳しい表情のまま、こちらへと近寄ってくる。鈴蘭が名前を呼んだおかけで、男も知り合いだと認識したのか、小さく舌打ちをしなら鈴蘭から手を離し、慌てて逃げるように去って行った。
    「……助かったよ…」
    「いや、何もしていない。…このへんはあの手の見境のないやつが多い…気をつけろ」
    「…そうなんだよね……。実はさ、ああいう人多いから、困ってる子とか助けたりしてて。今日はちょっと考え事しててね、…気が付かなくてさ。ほんとにありがとう」
    「そうか」
    鈴蘭の事情など、興味がないのか。そっけなく返事をして朔夜は大通りに向かいだした。鈴蘭が後ろに着いて歩きはじめると、彼は少し考えて様子を伺う様に話し始めた。
    「……踪玄とは会っていないのか?」
    「え、ど、……どうして?」
    踪玄、その名前に鈴蘭は動揺し言葉を濁す。
    「踪玄はΩの事を研究して居るだろう?…なにか協力してもらえるんじゃないのか」
    「そう、なの……会ってないから…わかんないや…」
    視線を外し、明らかに口篭る鈴蘭に、朔夜は怪訝そうに眉を顰めたが、面倒くさいのか。また「そうか」と言うだけで。それ以上なにも問い詰めたりはしなかった。朔夜は、駅の前まで出ると「じゃぁ―」と背を向ける。
    「ありがとう」
    もう一度礼を言っても、彼はもう振り返ったりはせず暗闇の中へと消えて行った。








    ***

    気をつけろと、言われたものの。自分にできることはこれくらい。と、鈴蘭は見回りをやめようとはしなかった。自分のように困っている子が沢山居るのだから、少しでも役に立ちたい。そう思うのは普通だろう。
    実際今日も、家から飛び出してきた子を見つけて話を聞いてあげた。第二性が分かり家族が悲しそうな顔をしていたと。何も言われていないけれど、居ても立っても居られずに飛び出してきたと言う。それならまだ、希望はある。今のうちに話をしていれば家族の支援の元、病院にだっていける。
    「研究だって進んでいるしね、今より先のほうが理解は進むと思うよ。時間はかかるだろうけど」
    そう言うと彼はホッとしたのか、にこやかに笑っていた。そうは、言ったものの。そんなにうまく行くわけが無いのは、鈴蘭が一番よく分かっていた。家族であっても見放される可能性がある事も、どんなに自分が頑張っても、差別はどうにもならない事も。でも、諦めなければきっと救われる時が来るはずだから、自分のように自分を大切に出来なくなる前に、誰か大事にしてもらえる人が見つかればいいな、とそう思う。
    話をしていたカフェから出て、彼を見送った後、大きくため息をつく。自分の心に巣食う暗い気持ちを払うためだった。疲れたし、今日はそろそろ帰ろう。足を踏み出したと同時に、突然左手を握られた。この間もあったのに。また?と慌てて振り向くと、そこには自分より遥かに背の高い大男が立っていて、どうにかされる前に逃げなければと手を振り切ろうとすると、その大男が慌てた様子で「鈴蘭殿!」と声をかけた。
    「……ぇ、そ、げん…ちゃん…」
    聞き覚えのある声に、顔を上げるとそこには病院であったきりだった踪玄が、苦しそうに肩を上下させながら立っていた。手を振り払おうとしたのをやめると、握っていた手の力が僅かに緩くなる。荒く呼吸を繰り返しながら険しい顔で、鈴蘭を見つめ、呼吸が整った所で、その顔は一層険しくしながら話始めた。
    「今の男は誰なのです?なにもされてませんか。大丈夫ですか」
    「…へ?」
    「朔夜殿から連絡があって。…このあたりで危ない目にあっていたと。よく来るようだと聞いたので、ずっと探していたのです」
    朔夜。その名前を聞いて驚いた。そんな連絡を取り合うほど仲が良かったのかと驚いた。
    「大丈夫だよ…ちょっと、知り合い。話してただけ。……落ち込んでたからさ」
    「困っている人…だったのですか?」
    その言葉に朔夜が自分と話した事を全部伝えているのだと理解する。
    「うん…」
    「そうですか……」
    なんと言われるのだろう。自分は病院に行きもしないくせに。他の子には病院に行けなんて言って。傲慢だとか、偽善だとか思われるのだろうか。そう思うと怖くて踪玄の顔は見れなかった。道路の溝を視線で追い、近くを歩く人の足が見える度、今のこの状況、道行く人にどう思われているのだろうと神経がピリつく。どうにかして早く離れなければと、考えていると視界に踪玄の綺麗に整えられた革靴が映る。段々とそれは寄ってきて、身体で覆い隠すように肩を抱きしめられた。
    「鈴蘭殿、失礼なのですが…次のヒートはいつです?」
    「え……?…まだ一週間くらいあと、…だと、思うけど…」
    その返事に、踪玄は鈴蘭の首筋に顔を寄せ、スンッと息を吸う。
    「…鈴蘭殿、お願いですから小生についてきてください」
    理由を聞いて返事をする前に、踪玄は鈴蘭の手を取り歩き出す。身長が高くて、脚も長い。普通に歩いたって早足にならないと追いつけないのに、彼は構わずにズンズンと歩く。
    「な、…ねぇ、なに?どうしたの?」
    聞いても、踪玄は黙ったまま。顔も険しいままで。不安ばかりが募る。手を振り払いたくても、強く握られて敵いやしない。踪玄は大きな通りに出るとタクシーを止め、鈴蘭を押し込んだ。戸惑ってばかりで行き先も分からず、踪玄を見上げるとその顔は僅かに上気していて、必死に冷静さを保とうとしている様だった。
    もしかして、僕のヒートが早まった?フェロモンが出てしまっているのだろうかと、自分の匂いを嗅ぐが全くそれらしい気配はしない。踪玄が敏感なのか?研究してると言っていたから、そういうのがすぐわかるのかもしれないと考えた。兎に角彼が苦しまずに済むためには、自分が抑制剤を飲んだほうが良いだろうと鞄を開く。ピルケースを取り出すと、踪玄に優しく止められた。
    「体調は大丈夫なのです?」
    「……うん。…あれからいっぱい飲むのはやめたよ」
    「そうですか」
    良かった。そう言いたいのが伝わる優しい笑みで。握っていた手に少し力が篭もる。
    「……今は、飲んだほうがいい……でしょ?」
    「小生も飲んでいますので、大丈夫とは思いますが…飲んでも効かないかもしれないですね」
    どういう意味なのだろうか。唇を噛み締める踪玄を見つめても、それ以上は答えてくれず。苦しそうにする踪玄を見ていられないと、鈴蘭は抑制剤を一つ口に放り込んだ。早く効けばいいけど。自分の為に耐えてくれている彼を見ていられなくて。鈴蘭は逃げる様に俯いた。
    そうこうしている間に、タクシーは大きなマンションの前で止まり踪玄に促されるまま車を降りた。中へ入り、エレベーターに乗る。
    「もしかして、ここ、踪玄ちゃんのお家?」
    「えぇ…」
    言葉数が少なく、それ以上話を広げられない。手を引かれるまま、黙って後ろを着いて歩き、促されるままに部屋に上がる。落ち着かせようとしているのか、踪玄は苦しそうに何度も深く息を吐いていた。どうにかしてあげたいのに、こんなに苦しそうにしているのは自分のせいなんだと思うと申し訳なくなる。離れたほうがいいのでは無いだろうか。このまま逃げ出したほうがいいんじゃないだろうか、そう思っても、踪玄はしっかりと鈴蘭の腕を掴まえていて、絶対に離さないと伝わってくる。…それに、本当は心の奥のほうで、自分も彼から離れたくないと思っていた。
    「鈴蘭殿、今晩だけでいいのです。こちらで過ごして貰えますか?」
    案内されたのは、ベッドルームで。どういう事なのかと不安そうに鈴蘭が見上げると、踪玄は必死に笑って見せて。
    「…一緒にいると、小生も何をするか分かりませんので…。もしヒートになっていたら一人では帰せませんし…窮屈かもしれませんが…明日の朝きちんと送り届けますので」
    まるで壊れ物にでも触れるように、指先で頬を撫でる。昔と同じ、大きな耳の飾りに触れて、さっきしたようにもう一度首筋の近くで息を吸う。否、匂いを嗅いで。嬉しそうな悲しそうな、なんともいえない複雑な顔をして。
    「何かあったら、呼んでください」
    名残惜しそうに、もう一度頬を撫でて踪玄はそっと扉を閉めた。振り返ると綺麗に整えられた大きめのベッドに、クローゼット。着替えたりしなくて大丈夫なんだろうかと心配になっていたが、それを尋ねる術もなく。落ち着こうとベッドの端に腰を下ろし、深呼吸する。するとなんだか懐かしい落ち着く匂いが鼻を掠めた。なんだろう、新撰組の時の踪玄ちゃんの部屋の匂いに似ている。……似ていると言っても、本人の部屋なのだから当たり前なのだけど。
    二度、三度深く呼吸をすればするほど、その香りは鼻の奥まで、肺の奥まで染み渡り、まるで抱きしめられているようで。ドキリと胸が跳ね始める。意識をすれば余計に身体が熱を持ち、窓に写った自分の顔は驚くほど真っ赤に染まっていた。
    もう、自分に嘘をつくのも。踪玄の事を拒むのも限界だった。本当はΩだとか、αだとか関係なく。昔と変わらず誰よりも好きなのに。どうして、こんな事でずっと悩んでいなくちゃならないんだろうと。どうして、彼を苦しめなくてはいけないのだろうと。今まで何度も自分の第二性を憎んだけれど、いままでで、一番、Ωである事を悔やんだ。
    せめてβであったなら。ヒートなんか関係なく好きになれたのに。匂いなんかに左右されずに、普通に恋愛出来たのに。もしも好きだと言われても、それが匂いのせいだろうと、疑う事もなかったのに。
    考えれば考えるほど、考えは憂鬱になる。熱くなった目頭を、誤魔化すように抑えても。そこから溢れだした涙は止まってなんかくれなくて。悔しくて突っ伏した布団から、また彼の香りがして。嬉しくて悲しくて、涙が止まる頃には鈴蘭は意識を手放していた。








    ***

    目が覚めると、いつの間にかきちんとベッドの上に上がっていて。布団もきれいにかけられた状態になっていた。体調も変わりなく、ヒートの症状は見られない。良かったと安心しながらも、それならどうして踪玄ちゃんは苦しそうにしていたのだろうと不思議に思っていた時だった。
    ドアの向こうに人の気配がし、控えめにノックされる。返事をすると家主が顔を覗かせた。
    「体調はどうなのです?」
    長い髪を一つにまとめて、帰ってきたままの洋服で。眠れていなかったのか、薄っすら疲労の色が見える。
    「なんか…ヒートじゃなかったみたい。…ごめんね。ベッド独り占めしちゃって」
    鈴蘭がベッドから出ようとすると、踪玄に止められる。その顔は神妙で、何か言う事を躊躇っているように見えた。昨日の事もあるし、仕方ないよなぁと思いながらベッドの端に腰掛けると、踪玄もその隣へと静かに腰を下ろして、ゆっくりと呼吸を整えた。
    「ヒートで無くてよかったのです。…ヒートならあと二、三日は留まって貰わねばならなかったですから」
    「本当だね。…でもそしたら、踪玄ちゃんはなんであんな……」
    思い出すのは帰り道の苦しげな表情。欲をしきりに抑え込むあの顔は何だったのか。鈴蘭が黙り込むと、踪玄は苦笑する。垂れ下がった前髪の向こうでどんな顔をしているのかはよく分からなかったが、あまり元気な様子ではない。
    「………好いている人と一緒に居ればあぁなりますよ。鈴蘭殿の事は…ずっと大切に、ずっと会えたら嬉しいと思っていましたし…。鈴蘭殿が嫌でなければ…またずっと一緒に過ごせればと思っているのですが…」
    踪玄が、生まれ変わる前と変わらず大事に思っていてくれるのは、すぐに分かった。出来れば、許されるならそれに答えたいと思っている。けれど。
    「でも……僕、Ωなんだよ…?」
    「それが、なんの問題があるというのです?」
    質問を質問で返されて、鈴蘭は口篭る。本当は別に問題ない、性別が違うだけなのだから。でも、いままで受けてきた仕打ちや、大勢の人が困っている事実がある。それをすぐに受け入れるのは簡単なことではなかった。
    「……ヒートとかあるし、迷惑かけちゃうかも」
    「構いませんよ」
    「…一回、番になったら、離れるの大変なんだよ」
    「離れるなど、しないのです」
    鈴蘭が何を言っても、踪玄はすぐにその不安を打ち消す言葉を真っ直ぐに紡ぐ。
    なにか、断る理由を考えなくてはそう思うのに頭は思うように回らない。
    「鈴蘭殿……鈴蘭殿は、迷惑を掛けたくないから、離れるのが怖いから…と。まるで、小生の事をとても大事に思ってくれているようだと…思うのですが……自惚れがすぎるでしょうか?」
    そう言われ、恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になったのが嫌でも分かる。それくらい身体が熱くて、解けたままの髪に顔が隠れるように俯いた。
    そう、本当はずっとずっと、出会う前から好きで。ずっと探していて。本当は病院で会えた時だって、嬉しかったのに。なのに、こんな性別のせいで。
    横に座っていた踪玄が、鈴蘭の方へ近づくように動きベッドが軋む。ゆらりと揺れた身体を踪玄が抱きしめて、まるで動物のマーキングの様に首元へ擦り寄った。
    「鈴蘭殿は、とても安らぐ良い香りがするのです。…初めてあった時もヒートで倒れたのかと思うくらい…鈴蘭殿の香りだったのですね」
    何度されたか、そこで深く息を吸われる。その行為が、きゅんと胸を跳ねさせた。なんと返事を返せばいいのか分からなくて、黙りこくったまま。抱きしめられるまま、身を委ねて。髪を撫でる手を感じながら少しだけでも踪玄を感じようと鈴蘭はそっと目を閉じた。

    ***

    大丈夫だよ、そう何度言っても踪玄ちゃんは家まで送ると聞かなくて、彼は鈴蘭の荷物を持って家の前まで着いてきて。連絡先をその手にぎゅっと握らせた。
    自宅に戻り、ソファに座る。コップをテーブルに置くとカランとコップの中で氷が揺れた。まるで不安定な自分の気持ちのようで、どうしたら良いものかと、途方に暮れる。テーブルに零れ落ちた水滴を指で撫でて、広げて数字を描く。渡された連絡先を、何度も見つめてもう見なくても思い出せる位で。手が勝手に動いてスマホをタップするかわりにその指で電話番号を描いては慌てて手のひらでそれを消した。
    もう頭の中は、踪玄の事でいっぱいだった。いや、もう出会ったあの日から鈴蘭の頭の中は踪玄の事がほとんどを占めていた。声や言葉、ベッドで嗅いだ優しい香り。思い出せは全てが愛しくて、それだけで心拍数があがる。
    ゆらり揺らいだ意識に、大嫌いなあれが来ると察した。薬を飲まなくちゃ。そう思うより先に、踪玄に抱きしめてほしくなってしまう。記憶の中の香りがすぐそこで嗅いだようにリアルになって、全身が粟立つ。そうなると、もう我慢できなかった。彼に会いに行くには、外に出なくては行けなくて。テーブルに置かれていた薬を口に放り込む。
    時計を見ればもう夕刻。暗記してしまう程見つめた電話番号に、ようやくかけてみたけれど。彼は出てはくれなかった。忙しいのだろうか、そう思っても、待っては居られず。鈴蘭は直ぐに駆け出した。

    ***

    病院の重たい勝手口が、機械の音を立てながら帰宅を促す。ふわり暖かい春の風が吹く。その中に甘く恋しい香りが交じっているように感じた。逢いたいからとはいえ、あまりに都合が良すぎないかと踪玄は苦笑した。けれど、一歩、一歩外に近づくにつれて、その香りは強く濃くなる。まさかと思えば脚は勝手に駆け出していた。辺りをくまなく見回すと病院の玄関先に酷くきつそうな表情の鈴蘭が立っていた。苦しそうに、肩を上下させながら、立ち止まった踪玄を見つめる。
    「ごめんね、…会いたくなっちゃって」
    その顔は今にも泣き出しそうで。辺りに漂う甘い香りが、ヒートが来たのだと知らしめる。
    「踪玄ちゃんじゃなきゃ、やだから」
    瞳に溜まった涙は瞬きと共に頬を伝う。その言葉と表情を見れば、もう耐えられる訳などなかった。踪玄はあの日と同じように、タクシーに乗り込んですぐに自宅へと向かうのだった。

    ***

    「何故あんな危ない事をするんです」
    誰かに何かをされていたら、助けられなかったら。そう思うと語尾も強くなる。けれど、申し訳なさそうに口篭り俯く鈴蘭を見ていればそれ以上注意する事は出来ず。踪玄はぎゅっと小さく震える身体を抱きしめて、無事で良かった。と囁いた。
    「…ごめんね」
    控えめに背中に回された手が、洋服を握りしめる。その手が僅かに震えているのを感じ、踪玄は鈴蘭を一層強く抱きしめた。怖くなかったはずは、ない。今までだって何度も経験してきた事なのだから。その危険性は十分理解しているはずなのに。
    「電話、したんだけど…出なかったから…」
    「え…?」
    慌ててポケットのスマホを取り出す。そこには一件の着信履歴があって。
    「いや、も…もっと掛けて良いのですよ?」
    思わず、そう伝える。
    「ん……迷惑かけたくなかったから…仕事中だと困るでしょ…?」
    そうだった。彼はこういう人だった。そう思い出したらそれ以上何か言う事は出来ない。
    「無事に会えたのですから、良しとしましょうか…」
    額を隠す前髪を払い、髪を撫で、耳を飾る金色に触れる。鈴蘭がその手を追うように顔を上げる。大きな瞳と視線が絡むとその頬が花のように色づいて、ふわりと甘い香りが漂った。鈴蘭のフェロモンの香りを、深く肺の奥まで届くように吸う。心拍数が走る様に速くなるのが分かる。抑制剤の効果が切れたのだろうか。理性が保っていられるのが不思議なくらいだ。
    「……いいにおいがする、ホッとする…」
    抱きしめていた鈴蘭がポツリと紡ぐ。赤く火照った頬で、快感を纏う瞳で。胸元にすり寄って、同じように深く息を吸うとますますその瞳は溶けていく。
    「…鈴蘭殿も?」
    鈴蘭が自分と同じように思って居ると知らなかった踪玄は、思わず不思議そうに首を傾げた。
    「え?……踪玄ちゃんも…?」
    でもそれはヒートの症状だと、思うけど…と紡ごうとした時、そういえばこの間の時もやたらと匂いを嗅がれて居たなと思い出した。ヒートじゃない時も匂いがしていたと言う事なんだろうか。そんなの今まで聞いた事ないけれど。
    「…もしかしたら、と思っていたのですが……もしかして、魂…の、番…?」
    踪玄は驚いたと言わんばかり、目を見開き。でも、実在しているなど聞いた事が無いですし、検証する術もないですね、困りました…とぶつぶつと紡ぐ。魂の番とはなんなのだろうと心配そうに見つめて居た鈴蘭に気が付き、なんと説明すれば良いものかと踪玄は暫し唸った。
    「魂の番というのは…、遺伝子的に惹かれ合う相性の良い相手の事なのですが……出会える確率は天文学的な確率で、それこそお伽噺の様な…」
    なるべく分かりやすい言葉を選び、伝えると鈴蘭はその言葉を噛みしめるように暫し悩んで。
    「運命の相手って事…?」
    「要約すれば。そう言う事になるのです」
    目に見えなくて、もしかしたらそうかもというだけの話なのに。踪玄と番になるのが運命だったと言われたらひどく嬉しくて。今まで何を悩んでいたんだろうと思ってしまうくらい、幸せな気持ちになる。
    「……鈴蘭殿との事になると、非現実的な事でも信じてみようという気持ちになるのです」
    そうやって、同じ気持ちだと伝えてくれると尚の事だ。ドキドキを胸がうるさくなって、身体が熱くなる。ふわふわと夢の中に居るかの様で、身体が踪玄の事を求めているのがありありと分かった。
    「鈴蘭殿…小生と番になって貰えますか。もう危険な目にあわせたくないのです」
    見つめる瞳は酷く真剣で、心の中まで見透かされているような気持ちになる。返事をしなくてもわかっているくせにちゃんと聞いてくれるのが、また嬉しくて。
    「うん」
    小さく頷くと、その顔は幸せそうに破顔する。薄い唇が、自分の唇と重なって。ギリギリの所で保っていた理性は快感に溶けていった。
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    69asuna18

    MENU新刊『甘い香りに包まれて』

    前回のイベントでのコピー本『花の香りのする方へ』とその続きをまとめたものになります。
    (加筆修正有り)
    コピー本で出したものの、途中までをサンプルとしてアップします😊
    甘い香りに包まれて生を受けた世には、バース性と呼ばれる新たな性別が誕生していた。男女の性別とは別の第二の性。男と女とは別にα、β、Ωと三つの性別が存在し、全ての人間は六種類に分けられる。αはエリートが多く、βは一番多い所謂普通。そしてΩには発情期なるものが存在し、その体質が故に世間から冷遇されている。その為、性別による差別が目立ち、第二性がΩである人は悩みが尽きない。
    生まれ変わる前と違う事象が起きている事に、興味があった踪玄はバース性の研究に勤しんだ。しかし、調べれば調べるほど、その新たに備わった性別が、人間そのものに嫌悪を抱かせる。
    薬を飲み、体調を管理すれば、Ωであっても社会的に問題なく過ごせるはずなのに、理解が進んでない事もあり、定職につくのも難しく給料も少ない事の方が多い。働ける時に働きたいと思う人も多く、病院に定期的に通う人も少なくない。…出来るのは理解のある人間に囲まれていて、給料が安定している者だけ。そのせいで、発情期に倒れたり、身体に合わない安い薬を飲んで体調を崩す者も少なくない。
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    69asuna18

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    前回のイベントでのコピー本『花の香りのする方へ』とその続きをまとめたものになります。
    (加筆修正有り)
    コピー本で出したものの、途中までをサンプルとしてアップします😊
    甘い香りに包まれて生を受けた世には、バース性と呼ばれる新たな性別が誕生していた。男女の性別とは別の第二の性。男と女とは別にα、β、Ωと三つの性別が存在し、全ての人間は六種類に分けられる。αはエリートが多く、βは一番多い所謂普通。そしてΩには発情期なるものが存在し、その体質が故に世間から冷遇されている。その為、性別による差別が目立ち、第二性がΩである人は悩みが尽きない。
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