COLORFUL「それでね。その時一番星ちゃんがね、わぁ~って叫んでさぁ。すっごい面白かったんだよね」
鈴蘭は共に出掛けなかった踪玄に、身振り手振りを交えて、今日の出来事を至極楽しそうに話をした。さかのぼる事一カ月ほど前。久しぶりに出会った仲間たちと遊びに出掛けようとなったのが事の始まり。折角だし、遊園地にでも。と盛り上がったのは良いが、踪玄は「小生、人が多い所はあまり得意ではないので」と話しにのって来なかった。昔と違い、年齢が皆よりも少し離れているのも原因だったのかも知れない。
踪玄が行かないならと、鈴蘭も「じゃぁ、僕もやめておこうかな」と言おうとしたのだが。いつの間にか、鈴蘭は頭数に入っていて。折角の休日だったが、珍しく2人離れて過ごしたのだった。少しでも会いたいと思い、鈴蘭は皆と別れたその足で踪玄の家へと向かった。
彼の為にと買ってきたお土産の菓子を2人で広げながら、今日の出来事を話したのだ。…だが。踪玄の表情がいまいち浮かないようで、鈴蘭はそれっきり口を噤んで、出されたお茶を啜った。話題を変えた方が良いだろうか。踪玄ちゃんは何をしていたの?って聞こうかなぁ。そう思って顔を上げると、踪玄もまた困惑した表情で、申し訳なさそうに苦笑した。鈴蘭の持っていたカップを奪いさり、テーブルへ置いて。その手をぎゅうと掴む。背中に腕が回って、閉じ込める様に抱きしめられた。長い柳の様な前髪がはらりと垂れて、視界が狭くなって、踪玄の事しか見えなくなった。
「……楽しそうで何より。…と、言いたい所だったのですが、やはり。…鈴蘭殿が居ないのは少し寂しく。…鈴蘭殿はそうではなかったのかと…。こんな心の狭い男で嫌になったりしませんか」
心苦しいのか、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で。長い髪を耳へかけると、そこから差し込んだ明かりでその少し寂しそうな表情がよく見えた。
「…僕も、踪玄ちゃんが来れたら、もっと楽しいのになって、思ってたよ。…どうしても会いたくて来たんだし…」
首に腕を回してすり寄ると、背中に回った腕の力が一層強くなる。
「今度はさぁ、踪玄ちゃんと二人で行きたいなぁ」
「小生と行っても、つまらぬやも知れませんよ」
人が多い所は得意ではないし、テレビで見たようなアトラクションを自分が楽しめるようにはどうにも思えなくて、眉間には深い皺が寄る。それなのに、鈴蘭はくすくすと愉快そうに笑っていて。
「場所は別にどうでもいいんだよ。…踪玄ちゃんと出かけたいの…ね?」
分かってくれた?という意味なのだろう。強まった語尾に思わず頬が綻ぶ。
「…楽しみにしています」
その返事は、鈴蘭が唇を寄せたせいでほとんど聞こえなかった。
***
「人が…多いですね…」
人ごみの苦手が踪玄の為、決行の日は人の少ない閑散期にしたのだが。それでもさすがに日曜日、2人がたどり着いた頃には近くの駅まで人が溢れかえっていた。
「もう開場してるし、見た目ほど混雑してないよ。ゆっくり流れていくから」
そういいながら、鈴蘭は一歩だけ踪玄の方へ近寄って腕を絡めた。
「はぐれたら困るし、手握ってていい?」
返事をする前に、手が重なる。俯き表情は見て取れないが、耳がほんのりと色付いている。
「えぇ、もちろん」
指を絡め、握り返すとその赤はより一層濃くなっていく。人ごみのせいか、隣にいるその距離がいつもより近く、肩が容易に触れてしまう。けれど周りの人たちも浮足立っているのか、気に留めていないようだ。これは良い。踪玄は自分の足取りがいつもより軽くなった事に気が付いた。
「ご機嫌だねぇ」
見上げる鈴蘭も、それに気が付いていた。その瞳も至極嬉しそうだ。
「えぇ、皆が挙って出かけたがる理由が少しわかりました」
「まだ入ってもないのに?」
ふふふと笑う声はいつにも増して穏やかで、でもどこか弾む様。
「恋人が楽しそうだと、此方も嬉しくなりますので」
大きな花の様な瞳を、いっそう大きく見開いて。嬉しそうに眼を細める。
「そうだね」
同意するその言葉は、踪玄ちゃんも楽しそうで嬉しいという意味も含んでいた。話している間も、列はゆっくと進んでいく。何処からこんなに人が来たのかと思う位で。はぐれない様に、何て言う見え透いた嘘も些か嘘ではないなと踪玄は笑みをもらした。
***
中へ入ると、長いアーケードの先に大きな洋城が待ち構えていた。電車の中から見えてた城はあれだ。門の外からは見えなかったが、それが目の前に現れるとその美しさに踪玄は思わず息を呑む。
「本物の城と相違ないですね」
「え!本物のお城見た事あるの?」
「……?見た事あるでしょう?鈴蘭殿も。…まぁもう100年以上前の話ですが…」
そう言われ、鈴蘭は声を上げて笑う。
「そうだね、そう言われてみたら…。忘れてた。……洋風のお城は初めてでしょう?」
「それは、そうなのです」
つられたように踪玄も笑う。
「あ、あのさ。踪玄ちゃん…」
鈴蘭は鞄をゴソゴソとあさり、スマホを取り出して。少しだけ話しずらそうに、俯いた。そんな鈴蘭に踪玄は耳を寄せて、握っていた手に力を籠める。
「あのね、初めてお城見た…記念にさ。一緒に写真撮らない?」
そう言えば他の仲間たちと出かけた時も、写真を撮っていたなと思い出した。
「勿論」
踪玄がすぐに頷くと鈴蘭は、目をきらきらと輝かせた。
「本当にいいの?」
大袈裟に言えば、飛び跳ねてしまいそうなほど喜んでいた。そう言えば、今まで一緒に写真を撮るなんて事はほとんどしなかったなと思い返す。
食べ物や、空。花なんかをよく撮っているのは見ていたが、自分と撮りたいなんてことは言ってこなかったから気が付かなかった。
「今日は、いっぱい写真撮りましょう」
その言葉に、鈴蘭の顔はへにゃりとゆるむ。スマホの画面に写されたその表情もひどく愛らしかった。
「…良いですね、これは」
踪玄がスマホに送られてきたその写真を眺めている間に、鈴蘭はスマホをささっと操作して、今し方撮ったばかりのその写真を待ち受け画面に設定していた。
自分の顔がずっと画面に映っているというのもすこし複雑な気持ちになるが、鈴蘭が嬉しそうなのを見たら。まぁ、減るものでもないし、牽制になるだろうからいいかと、踪玄はスマホを仕舞って再び手を繋ぐ。
「それでは、まずはどこに行きましょう?」
そう鈴蘭に尋ねた。