神様の言うとおり師走の初め頃の生まれだと聞いたのは、自分の誕生のした日を祝ってもらった時だった。
生まれてきてくれて、ありがとうと言われた時。ふと思い出しては切なくなる過去も、此処で過ごす為のものだったのかも知れないと少しばかり前向きになれた。それもこれも、全て、ソウゲンと出会ってからだ。
だから、どうしても彼が生まれたその日に。なにか形になるものを送りたいとスズランは町へ出た。
新しい書物…は、すぐに買っていそうだし。菓子も酒も興味は無いのは知っている。食べても感想といえば美味しいか美味しくないか位。研究に使う道具も、なにがなんだかさっぱり分からないから、必要なのかも分からない。うんうんと唸りながら町を歩いていると「斎藤さん」と声をかけられた。
「あ、こんにちわ」
よく流行りの菓子を教えてくれる、町家の子だ。
「難しい顔をして如何されたんですか?」
「贈り物を考えててね」
「……好きな人に、とか?」
「……あら、鋭いね」
「百面相して歩いてましたから」
流石に流行りに敏感な子だ、敏い。そんなに表情に出ていたのだろうかと、首を傾げたけれど。誤魔化しても駄目ですよと笑われた。
「…そうなの、好きな人に贈り物。でも、なにが欲しいかとか分からなくて」
白状して、贈り物に最適なものを提案してもらうほうが良さそうだ。
「何でもよろしいのでは?」
その言葉に、目論見は簡単に崩れてしまった。
「え、ぇぇ…?」
あっさりと吐き出された言葉に、思わず挙動不審な声が漏れる。彼女はそんな事も気にせず、続けて話す。
「所詮気持ち、ですから。…贈るものを考えてくれた。それだけで十分です。…後であれが良かった、これが良かったと言うような人を好きになられたのですか?」
「……いや、そんな事言わないよ」
「でしたら、何でも大丈夫ですよ」
そう言われて、なるほどそうだと。悩んでいた気持ちなど、どこかへと消えてしまった。
部屋の机の上、隅に小さな包がおいてある事にソウゲンは気がついた。真白でとても綺麗な包だ。
「これは、スズラン殿のですか?」
自分のではないから、きっと彼のであろうと当たりをつけて尋ねる。するとなぜかその頬が夕日に照らされた様に赤く染まって見えた。
「……いや、その……ソウゲンちゃんの…」
「小生…の…?」
自分のでないがと首を傾げるとスズランの言葉は尻すぼみに小さくなって行く。よく聞こえるようにと耳を寄せ、紡がれた言葉を繰り返す。
すると、恥ずかしそうに。ひひひと小さく笑って。
「冬の生まれだって聞いたから。何か、と思って。…でもなんかちょっと恥ずかしくて」
その笑みのなんと愛らしい事か。そうやって考えてくれただけで、嬉しいのだが。
「……開けてもよろしいので?」
「うん」
包を綴る紐を解き、質の良い紙を開く。するとそこには小さなつげ櫛が収まっていた。
「髪長いのに、あんまり梳いたりしてないでしょう?…持ってないものがいいかなと…」
良いもので梳けばさらさらになるんだって。町家の子から聞いてね。と、返事をする間もなく。止めねば、延々と話しそうだった。スズラン殿と呼ぶと、ハッと口を噤む。
「櫛を送る意味はご存知で?」
尋ねれば、その顔はさっきと比にならないほど真っ赤に染まってしまった。聞いてしまってはいけなかっただろうかと思いながら、その顔の紅潮が意味を理解しての事だと言うのはすぐに分かって。気がついた時には腕の中に閉じ込めて居た。
「……幸せも多い。苦労も多い。死ぬまで共に…って事でしょう。知ってるよ。………そういう意味だよ」
耳を澄まさなければ聴こえない程の蚊の鳴くような小さな声で。最後の言葉はしばし溜め込んで絞り出す。
「良かったのです」
自然ともれた返事に、腕の中の恋人は嬉しそうに身を寄せた。
「…来年は、なにがいい?もう、他に良いもの思いつかないよ」
沢山悩んだ事。櫛を買う時に、良い子がいるんだねと揶揄われた事。全てを楽しそうに、気恥ずかしそうに話すその姿が、ひどく愛しく。真っ白な額に唇を寄せる。
「スズラン殿が居て下されば」
そう伝えると彼は、嬉しそうに笑って。あの娘が言った通りだったと、町家の娘に相談した事も教えてくれた。