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    namidabara

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    namidabara

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    5/18 進捗
    1日目/初日だから一番幸せ絶頂なパート書いてたけど、この後の事考えるとなんか気が重くなっちゃったな……

    #尾月
    tailMoon

    尾月原稿「そんなに気になるならさ、奪ってくればいいじゃん。いつかの三島みたいに」
    宇佐美は頬杖をついたまま言う。おどろおどろしい雰囲気を漂わせて向こうの卓を見つめるだけの尾形にうんざりしてきたようだ。いつかの三島のように。ようするに、腕相撲大会で勝ち抜いて月島を攫ってとっとと帰れ、ということだろう。
    尾形は何を馬鹿な、と顔を顰める。そんなことするなんて柄じゃない。第一、三島にしたように杉元が自分に手加減するとは思えなかった。尾形百之助という男は勝てない勝負には挑まない性質なのだ。腕を痛めて負ける無様な未来は容易に想像できた。だから、そんな馬鹿なことはしない。
    つまんないの~。カクテルを傾けて言う宇佐美に舌打ちをしながら、手元の全く減らないレモンサワーを舐めてちらりと盗み見る。白い肌をすっかり真っ赤にした月島の傍には、様々な人間が入れ替わり立ち代わりやってくる。そのどれもに大口を開けて笑ったり、はにかんで笑ったりして対応しているから、きっとうんと沢山の祝福を受け取っているのだろう。途切れない人影たちは月島の人望をありありと見せつけていた。坊主頭をわしわしと撫でまわす菊田が憎たらしくて仕方がない。
    「オイふざけんなテメェの番は有古だろうが、月島さんに触るなセクハラで訴えるぞ」
    「百之助ェ、出てる出てる、全部出てるよ~」
    ついでにめちゃくちゃレモンサワー零してるからね。半笑いの宇佐美は尾形の口を通り過ぎてテーブルをビシャビシャと濡らす酒を、そこらに放られていたおしぼりで雑に拭いた。尾形の耳には何も入ってこなかった。
     月島の隣を陣取る鶴見が愛おしそうにその頬を撫でているのを見て、先程ヤケになって詰め込んだホッケの身が逆流してきそうだった。あれは既婚者、運命の番持ち、そう必死に自分に言い聞かせて自我を保つ。そうでもしなければあの和気藹々とした輪の中に殴りこんでしまいそうだった。祝福を受け取る愛しい人の邪魔はしたくない。その一心で、尾形は騒ぎから離れて遠巻きに酒を舐めているのだ。
     不意にちらり、とこちらを見た鶴見と目が合った。男は僅かに目を見開いた後、深く深く微笑んだ。それは人誑かしの笑み、人を狂わせると自覚している微笑。安っぽい居酒屋の中で、鶴見の存在だけがくっきりと浮いていた。その絵画のような微笑みに、隣の宇佐美が撃沈した音がしたが、そんなことはどうだっていい。尾形が何故か目を離せないまま見つめていると、鶴見は愛おしそうにくふくふと笑いながら、月島の真っ赤な耳に唇を寄せた。月島は擽ったそうにしながらも、雑音の中聞き洩らさないようにと身を寄せてその甘言を聞く。——近い。近すぎる。既婚者、運命の番持ち、そういう合言葉は全部どこかに吹っ飛んでいった。既婚者だろうが運命の番持ちだろうが知るか。嫌なものは、嫌だ。
    「あれは駄目だろ」
     揶揄っているというのならば悪趣味この上ない。怒りが我慢できなくなりつつある尾形を、促されるような形で月島が見た。バチン。火花でも散りそうな程、見事に二人の視線はかち合った。へにゃり。月島は殊更頬を赤くさせ、くすぐったい様な、恥ずかしい様な表情で軽くこちらに手を上げた。その紅化粧が、決して酒の力だけじゃないことはよく分かった。己だ。己が、あの鋼のような月島基という男をふにゃふにゃのぐでぐでに熔かしているのだ、と。
     そう自覚した瞬間、もう堪らなかった。半分ほど残っていたレモンサワーを一気に飲み干して、グラスをテーブルに叩きつけて立ち上がる。ずっと座りっぱなしだった膝の関節が、ぽきぽきと間抜けな音を立ててなった。開戦の合図にしては随分と気の抜けた音だった。
    「行ってくる」
    「は? どこ行くの」
    「勝負。お前がやれって言ったんだろう」
    大きく大きく目を見開いて見上げてくる宇佐美を、鼻を鳴らして一瞥すると、振り返ることなくまっすぐと目的のテーブルに向かった。
     あの顔は駄目だ、誰にも見せてはいけない。あの表情は自分だけのものだ。ぐるぐると腹の内で渦巻くこの感情が、所謂嫉妬と呼ばれるものだと気づいて笑い出したくなる。この俺が、柄にもなく。昔の自分が見たら卒倒しそうだ、と思った。
    勝てない勝負に挑むこと、誰かに笑いかけるアンタが嫌いだって気づいたこと、自分に嫉妬するだけの心が備わっていること。全部全部、気づかせたのはアンタだ。責任取って一緒に人間になれよ。尾形はくつくつと笑いながら靴下のまま歩く。「嘘じゃん百之助ェ、最高かよ!」なんて言ってゲラゲラ笑う宇佐美の声を背負って、尾形は祝宴のど真ん中に辿り着いた。
    「尾形」
    未だに鶴見にぴったりとくっつかれながら、驚いた顔をして月島が見上げてくる。鶴見はニコニコと笑っていた。ああ、企みが上手くいって嬉しいかよ、なんて思いながら視線を彷徨わせる。探し人はすぐに見つかった。
    「おい、杉元」
     月島の斜め前で、飽きもせず「良かったねえ……」と本人たち以上に泣く杉元に声をかけた。顔に走る傷口がほんのりと桜に染まっている。
    「あ? なんだよ」
    「アレやれ」
    「アレって何。アレだけじゃ分かんないんですけどぉ~」
    「チッ……。去年三島がやっただろ、抜け出すための口実作りの腕相撲大会」
    杉元の鼈甲のような両目が、やけに明るいオレンジ色のライトの中大きく見開かれる。それって。杉元の唇が言葉を形作るより前に、その横の白石がピュウ!と見事な口笛を吹いてみせた。
    「え、なあに、なぁに尾形ちゃん! それってさあ!」
    「全員ぶちのめして月島さん攫って帰る。さっさと始めろ」
    相変わらず不遜な態度の尾形の言葉に、ずっと見つめているだけだった月島がおい、とようやく口を挟んだ。
    「なんだって急にそんな」
    「見せびらかしたくなくなったんですよ、今日のアンタは特に。俺は今すぐここから出たい。俺以外に今の月島さんを見せたくねえ。駄目?」
     存外酔いが回った酒臭い舌で恥ずかしげもなくそう言えば、月島は大きく目を見開いた後首まで真っ赤に染まった。この紅色は自分のせい。そう思うと、尾形の腹の内の獣は少し満足げにぶふう、と息を吐いた。少しだけだが。
    「それなら、大将は俺が引き受けよう」
     にこにこと事の成り行きを見守っていた鶴見がそう声を上げて、場の盛り上がりは最高潮に達した。鶴見は見た目や仕草から儚げで繊細な印象を与えがちだが、その実かなり鍛え上げられた肉体を持っていることを知っていた。舐めてかかる相手ではない。だから、だから何だというのだ。それが勝負を降りる理由にはならない。尾形はいつものように髪を撫でつけ、にやりと笑いながら言い放った。
    「ご老体なんですから気を付けてくださいね、お義父さん」
    「まだそう呼ばれるつもりはないぞぉ? 尾形主任」
     黒いシャツを捲りながら、尾形は岡田に差し出された座布団に腰を落ち着ける。呆れた様子の月島は、だけども頬の赤みを引かせないまま尾形を見つめていた。有古に耳打ちされて、くすくすと笑う。どうせ馬鹿だろアイツ、なんて言ってるに決まっている。笑っていられるのも今の内だ。最速記録でアンタの腕を引っ掴んで、この店から飛び出してやる。
     尾形自身もその生白い頬を朱色に染めながら、挑発的な笑顔と声で言い放った。
    「さあ、誰から来る? 全員ぶちのめしてやるよ」



     結論から言うと。尾形の惨敗であった。
     初戦は順調だった。何かと気が利く菊田相手だった為、そこそこ奮闘したものの最後は負けてくれた。次に挑んできた三島にはαとしての意地で勝った。野間には大分苦戦したものの、粘りに粘ってなんとか価値をもぎ取った。ここまではいい。
    「前山さん強すぎだろ……」
    「アイツ元柔道部だしな」
     未だにじくじくと痛む腕を押さえながらマンションの廊下を歩く。月島はくつくつと心底面白そうに笑った。夜も更けた街並みに見守られながら、二人はゆっくりと根城を目指す。キンと冷えた空気が酒でぼやかされた輪郭をじわりじわりと取り戻させていた。
     前山一夫、完全なるダークホースであった。大会が盛り上がりを見せる中、じゃあ僕も~なんて軽い調子で名乗り出てくるものだから、少々舐めていた。恐らく月島の友人代表として、そんな柔らかな雰囲気の挑戦だろうと高を括っていた。そして一瞬負けかけたのだ。レディ、ファイ! 白石のよく通る掛け声と共に尾形の腕はぐんにゃりと曲げられ、あと少しのところで手の甲をテーブルに押し付けられるところだった。すんでのところで気を取り直し、全力で応酬したが、本当に危うかった。まさかあのゆるキャラのような風貌の男に、こんな腕力があっただなんて。
     尾形はもうこの時点でズタボロであった。そもそも何故か屈強な男が集う第七営業部の中では、尾形はまあ細身の方である。勝てると思う方がどうかしている。尾形は酒と愛の力の怖さを思い知った。
     そして次の相手の杉元に、割と呆気なく負けたわけなのだが。あんまりもすんなりと勝ってしまったものだから、戸惑いながら尾形を見る杉元と、腕が疲れすぎて力が入らず、その上全員ぶちのめすと豪語した上のこのざまで恥ずかしさのあまり固まる尾形。恥ずかし~!と言いながら腹を抱えて動画を取る宇佐美と、嘘だろ!と声を張り上げて頭を抱える菊田、ニコニコ笑ったまま黙っている鶴見。阿鼻叫喚の中、その救いの手は差し伸べられた。
    『杉元、次の相手は俺だ』
    シュル、とより一層ネクタイを緩めながら、尾形を押しのけて月島が座布団に座った。
    『月島さん……』
    『俺だって尾形を攫いたいからな、挑戦権はあるだろ。いいよな?』
     にやりと笑った恋人があまりにも格好良すぎて、尾形は顔を覆いながら力なくはい、と頷いた。
     そこからの月島はすごかった。もう千切っては投げ千切っては投げ、あっという間に数人を倒して見せた。月島の大胆な言葉にときめいている杉元、面白半分で途中参戦してきた宇佐美、そして終始にこやかな鶴見。全部手あたり次第ぶちのめした後、月島は晴れやかな顔でコートを引っ掴んで言ったのだ。
    『帰るぞ、尾形!』
     おれのこいびとかっこいい。バグのようにそれしか言えなくなった尾形の腕を掴んで、月島はしっかりとした足取りで店を飛び出した。向かう先は決まっている。二人の根城、もはや嗅ぎ慣れてしまったこの男の香りが満ちるあの部屋だ。

    前を歩く重苦しいコートの背中を見つめながら、月島は先ほど握った宇佐美の掌を思い出していた。
    『百之助のこと、よろしくお願いしますねぇ』
     ぐっと顔を寄せられた時、宇佐美は確かに月島にしか聞こえない声量でそう言った。月島がハッとして手元から目の前の男へと視線を上げれば、男はその絵画じみた美しさに確かに愛おしさをにじませていた。それは、慈しむ顔だった。かつてフィーナが自分に向けたものと同じ匂いがした。ぎゅ、と強く掌を握りしめられたのを感じて、月島はしっかりと宇佐美の目を見つめて頷いた。
    『勿論』
    灰色が勝った双眸は気色に染まって、薄い瞼にすっかりと隠れた。その後急に力は抜けて、あっという間に月島は宇佐美を制した。
    『あー、負けちゃった~。月島係長ゴリラすぎません?』
     そう軽口を叩く男からは、確かに尾形への慈しみが感じられた。

    「——お前、いい友達を持ったなあ」
    しみじみとした月島のつぶやきに、部屋の前でキーケースを取り出す尾形は怪訝な顔で振り返った。
    「はあ? 誰の事です」
    「宇佐美とか杉元だよ。いい奴らだ」
    「冗談じゃない、気味の悪い事言わんでくださいよ」
    「天邪鬼め」
     前山と接戦を繰り広げる尾形に向かって、「よかったなあ、尾形」と小さく呟く杉元。月島にだけ聞こえる声で「百之助の事、お願いしますねぇ」と言った宇佐美。さっさと帰れとヤジを飛ばしながら祝福する三島や野間、玉井や岡田の面々。祝いの言葉がそのまま涙に覚えれて消えた谷垣、杉元を宥めながら大会を取り仕切った白石、割と本気なトーンで「二人とも月曜日有給取らないか? とっていいんだぞお」と打診してきた鶴見。思い出す。あの空間は確かに、祝福で満ちていた。
    「お前、愛されてるなあ」
    鍵穴に真鍮のカギを差し込んだ手がピクリ、と止まる。
    「愛されてるならもっと手加減されたでしょうに」
     にやりと笑いながら、痛めていない方の手首で鍵をひねる。この男は本当にひねくれているなあ、と思った。
     尾形は確かに祝福の子ではなかった。だけど、それでも、尾形が生きて積み重ねてきた人生は、確かに唯一無二の価値を有しているのだろう。今日この天邪鬼に贈られた無数の祝福たちが、その価値を雄弁に物語っている。
     この男は幸福を受け取るのが人より少しだけ下手くそだ。同じくらい下手くそな月島が言えたことではないが。でもいいのではないだろうか。下手くそ同士、下手くそなりに一生懸命受け取ろう。お互いが気づいていない幸福があれば、もう片方が受け取って教えてやればいい。お互いの事ならばきっと、誰よりも真っ先に気づけるだろうから。
     カチャリ、と静かに開いたドアを先に通される。家主より先に通される。それだけで、尾形が自分に向ける信頼の暖かな温度を感じ取ってしまって、面映ゆかった。
    「ああそうだ、鶴見さんが今度——」
    「ねえ、基さん」
     それは柔らかで、されど有無を言わさない響きを纏っていた。後ろ手に鍵を閉めた尾形は、ライトも付けぬまま月島の腕を引く。引かれた方はたたらを踏んでその存外厚い胸板へ飛び込む羽目になった。おがた、と言いかけて口を噤む。厚手のコート越しでも聞こえる心拍数を前に、何も言えるはずがなかった。
    「恋人の家に、二人きり。他の男の名前を出すのは、野暮じゃありません?」
     いつも通りの余裕なフリをしながらも、するりと後頭部に添えられている掌は僅かに震えている。可愛いなあ。月島は酒で火照る身体を冷ますように、その身体に擦り寄った。現実主義だったはずなのに、勝てない勝負だと分かっていても挑んでくれたお前。プライドの高いお前が、公衆の面前で負けたという事実。言葉にせずとも俺を見て、と告げてくるその指先たち。そのどれもが愛おしかった。大切にしたい、と願った。
    「そうだな、ひゃくのす」
     け、の部分は、我慢できなくなった獣の唇にがぶりと食われたのだった。

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