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    namidabara

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    6/3 進捗
    17日目/昨日の続き。冒頭一瞬菊有。私が書く尾は一生かっこいい告白は出来ない気がします。そんな尾が好きだよ!下手くそな告白して~~!

    #尾月
    tailMoon

    尾月原稿その後の話、である。
    結果から言うと、有古は無事に菊田と番うことになった。と言うのも、あの騒動の後話を聞き付けた菊田が出張先の登別からすっ飛んできて、加害者全員を法的にボコボコにしたのである。もうそれは一人一人、慈悲の一つも残さずに。有古は終始自分にも非があったのだと主張していたが、それらは全て菊田の口で徹底的にふさがれた、らしい。そして全て済ませてから、改めて菊田は有古の項を噛んだのだ。
    運命と番ったことで菊田と有古の異常なヒートは綺麗さっぱり無くなり、部署全体も以前と同じように、むしろ少し良い方向へと向かって行った。
    有古の手を取ったこと、その上で今までの関係を終わらせること。それらを謝罪と共に口にして頭を下げてきた菊田を、月島は有古の前で思いっきり一発だけ殴った。菊田は随分と遠くへ吹っ飛んでいったけど何も文句は言わなかったし、有古もじっと月島のことを見つめていた。
    『有古、俺のことも殴れ』
    『え、いや……』
    『俺はお前の気持ちも菊田さんの気持ちも知っていて、その上で菊田さんの好意を利用していた。お前には俺を殴る権利があって、俺はそれを享受する義務がある。頼む』
     頭を下げる月島をじっと見つめた後、有古はそれじゃあ、と言って思いっきり拳を振りぬいた。菊田のように吹っ飛ぶことはせずその場で堪えたが、それでも随分と視界と脳が揺れた。本気である。これで手加減でもされたらどうしてくれようと思っていたので、月島は満足げに口の端から垂れてきた血を拭った。ぐわぐわと揺れる視界の中、有古はただ静かに一礼をしていた。
    それから、心底晴れやかな気持ちで祝福の言葉を述べた。愛するゆえに諦め、傷つき、そしてそれでもと手を繋ぎ合わせた恋人たちに向かって。
    『おめでとうございます、菊田さん。今まで大変お世話になりました。今後有古を泣かせたら全身の骨を折って入院させますので、覚悟しておいてください』
    その後二人揃って頬をパンパンに腫らしてデスクに戻ったので、それを見て椅子から転がり落ちて驚いた和田部長に、「うおおお!馬鹿か貴様ら、さっさと病院に行け!」と半休を取らされたのだった。

    ——とはいえ、有古と菊田が無事に結ばれたからと言って月島に特別何か変化があるわけではない。月島のぐちゃぐちゃにされた体は、いつも通りもう居もしない番の種を求めて突発的にヒートを起こして、その熱を沈めるようにいつも通り尾形に抱かれた。菊田が相手をしていた分も、いつの間にか尾形が担うようになっていた。ここ数回のヒートの中、触れあった肌は尾形だけになっていた。

    その日もいつも通りだった。
    花の金曜日だというのに午前中に襲ってきた悪寒を薬で何とか誤魔化して、不機嫌そうに自分を眺める尾形にしぶしぶ声をかけた。今夜の予定を聞かれた尾形はにまあ、と笑ってすぐさま上機嫌になって、月島はそれが何だか子供みたいで笑ってしまった。二人そろって定時で退社して、ホテルに縺れ込む。尾形はいつも通り部屋に入ってから月島を名前で呼んだし、月島もそれに応えるように『百』と上ずった声でその名を呼んで求めた。
    何一つ変わらない。項は永遠に削がれたままで、死んだ父親は番の解除なんてするはずもなく、腹に刺さったあの日のガラス瓶は永久に新しい命を宿す権利を剥奪している。
    変わらない、はず、だったのに。

    寒い、とでも言いたげに、尾形がその骨ばった足の甲を割り入らせてきた。じっとりと触れたふくらはぎが、その冷たい体温を認識してすうっと粟立つ。確かに男の足先は、そろそろ春が来るというのに随分と冷たかった。
    だが、元々体温が高い上に先ほどの情事の興奮冷めやらぬ月島の身体は、そんな尾形の足先をすっかり溶かしていく。それどころか、背中にぴったりと張り付いた体も、腹に回された腕も、肩口に摺り寄せられた鼻先も、すぐに月島の分け与えられた体温でぬるくなっていく。
    暑い、と振り払おうにも、気だるげな身体は巻きつけられた男の腕さえ振り払えない。境界線が溶けあって、どこからが他人か分からなくなっていく。
    安っぽいラブホテルのシーツの中で、丁寧に整えられた爪の先が、つつ、と黒革のベルトをなぞった。境界線を、なぞった。
    「基さん」
    尾形はホテルの部屋の中でしか名前で呼ばない。決してそう口に出して約束したわけではないが、お互いにそうすべきだと思ってそうしている。それでいいと思った。昼間の明るい世界の中で呼ばれたい、と望むのは身の程知らずにもほどがある。何故なら二人は番ではないから。獣だから。だからこれからもお互いホテルの中でしか名前を呼ばないし、昼間になったらただの上司と部下に戻る。これからもずっと、そう思っていた、のに。
    「基さん、提案なんですけど」
    「なんだ」
     視界の先の真っ暗なテレビをじっと見つめながら、月島は尾形の言葉の続きを待った。はくり、と吸い込む息が震えている。たっぷりと間をおいて、尾形は恐る恐ると言うように言葉を紡いだ。

    「俺と一緒に、人間になってみませんか」

    く、とベルトが前に引かれ、耳元で熱っぽい声が囁かれる。唐突にそんなことを口にしたものだから、月島は身を起こして振り返ろうとした。だが、絡みつけられた両足がそれを決して許さない。振り向くなということか。月島は大人しくベッドに身を沈めた。
    「俺はもう、アンタのイイ所知り尽くしてますよ。どうやったらアンタがイくのか、どのくらいなら許容範囲の痛みと快楽か、どういう風に扱って欲しいのか。手に取るように分かります。ええ、だってもうそろそろ一年です。アンタとセックスするようになって一年経ちそうです。俺はもうここ最近アンタ以外とヤってない。言うなればアンタに染められたんですな、今一番月島さん好みの動きが出来るのは俺でしょう。きっともう他の男じゃ満足できませんね、お可哀そうに。今日だってキスだけでイってたし、最後の方は何度もトんでたじゃないですか」
     突然つらつらと喋り出した尾形に目を白黒させる。ピロートークにしては随分と品がないし、行為後は静かに過ごしたい派の尾形らしくもない饒舌さだ。やっぱりおかしい、そう思って振り向こうとした月島は、やはり抱きすくめられて身動きを封じられる。強情な男である。
    「待て、尾形」
    「待ちません。同じ職場で同じ部署ですから、アンタが突然ヒートになっても気づけます。ずっと見て、気にかけられる。この利点を挙げられるのは第七営業部に在籍してるαだけです。それで、鶴見次長には妻子が居るし、杉元にはアシㇼパが居る。菊田は有古とくっついたし、三島と野間は別れる気配が全然ありません。つまり、つまりですよ、月島係長。適任は俺しかいない、と思いませんか? 尾形百之助、第七営業部所属。現在部署内で唯一フリーのαです」
     お得な点しかないと思うんですが、どうでしょう。酷く真剣な声音で言うものだから、月島は思わず噴き出した。
    「どうでしょうって、お前」
    「真剣なんですけど」
    「何が言いたいのか分からん。もっと経緯を踏まえて説明しろ」
     尾形の形の良い額が、月島の肩口に埋められる。ぼそぼそと、その傷だらけの背中に染み込ませるように、艶やかな声は言葉を紡いだ。
    「あれから、ずっと考えていたんです。俺たちはいつになったら人間になれるのかと」
     愚かな男たちに向かって、喉が張り裂けそうな程叫ぶその背中。表情なんて見えないはずなのに、尾形は月島がどんな顔をしているのかよく分かった。獣であると烙印を押されて、運命に縛られて、まともな幸せを見せつけられて這いずり回って生きる人でなし。一体いつになったら俺は、そしてこの人は、その地獄から解放されるのだろう。
    「でも、どんなに考えても俺はαで、月島さんはΩです。何十億の中で一握り、獣の本能を宿したまま生まれてしまった人でなしです。だけど」
     するり、と尾形の四角い指先がベルトをなぞる。それは初めて抱かれた時、興味本位に触れてきた温度とは全く違った。そこには慈しみと愛と、祝福があった。
     ずっと獣で、クズで、人でなし。世間一般で言う幸福というものは、御伽噺のような夢物語で、それはどこまでも自分に関係なくて、運命はいつだって悪意を持ってこの身を翻弄した。綺麗に描かれた正しい世界で、上手く呼吸が出来ない自分たちはいつだって逸脱者だった。
    「だけど、月島さんとなら、少し人間になれた気がした。アンタが俺を呼ぶたび、俺はこの人に価値を与えられた人間だと。αでも、祝福の子でもない尾形百之助を見てくれているのだと。そう理解するたび、俺は俺の輪郭を強く保てました」
     ベッドの中で、デスクから、夜の輝くネオンの中で。月島が海松色の目を細めて尾形を呼ぶたび、尾形が丁寧に作り上げた壁は少しずつ崩されていった。崩されて剥き出しになった心は、月島から与えられた言葉や想いで補強されていったのだ。
    「月島さんはどうですか。俺と居る時、少しでも人間になれていますか。そうだと、己惚れて良いですか」
    ねえ、基さん。尾形はどこか必死な声音で、月島の硬い身体を抱きすくめた。

    「俺だけの傷を、アンタにつけさせてくださいよ。——アンタの項を、噛ませてください」

     それは、尾形の一世一代の告白だった。
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