土鍋だけが知っている 暁人がそれを見つけたのは偶然だった。
本日は行きつけの大型スーパーのサービスデー。ちょうど切れかかっていた洗濯用洗剤と柔軟剤もチラシに目玉としてのっていたので、夕方のタイムセールにあわせ意気揚々と買いに来たのだ。
カゴにお目当てを二つずついれ、さてついでに晩御飯に使えそうなものでも買って帰ろうかと生鮮食料品コーナーに向かおうとした瞬間、目に入ったのは『今夜はお鍋で家族ぽっかぽか』とでかでかと描かれたポップだった。その下には多種多様のサイズや柄の土鍋が所狭しと並べられていた。
「あれ、意外と安いんだな……」
1人用のかわいいサイズから5~6人用とされる一抱えあるものまで。今までじっくり見たことがなかったが、安いものなら大きいものでも片手以下で買えそうだった。
KKと付き合い始めてから夕食を共にすることが増え、なんならKK宅の台所はアジトと同じく暁人の城と化しつつある。KK含め、どうにもアジトのメンバーは熱中すると食をおざなりにする悪癖があった。
暁人も人に説教出来るほどしっかりしてるとは言えないが、少なくともあのメンバーよりはマシという自認があったし、自分の作るものが喜ばれるのは嬉しくもある。
そんなわけで台所に必要なものはアジトもKK宅も暁人の裁量で購入して良いことになっているのだ。これはチャンスかもしれない。
カゴをおろして土鍋を物色する。1人用を二つ買うことも考えたが、それだとコンロで作ってから完成品をテーブルに持って行くのがメインになるだろう。出来ればカセットコンロとセットにして、テーブルの上で色々出来る方が良い気がする。それなら湯豆腐やしゃぶしゃぶなども出来て、冬の食卓のバリエーションも広がりそうだ。
こたつで鍋を二人でつつくのを想像して、暁人の口角が知らずにあがる。
サイズはどうしようか。1~2人用書かれてるものは、暁人からするとどうにも心許なさすぎるように見える。いくらKKが自分より食べないにしてもあっという間に中身が消えてしまいそうなサイズだ。
「……大は小を兼ねるって言うしな」
大きいのにしよう。そう心に決めて、暁人は棚から10号と書かれた箱を取り出し壊れないようにカゴにいれることにした。
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「うーん、一回帰ってからにすればよかったかな」
右肩に洗剤たちの入った袋を、左肩に鍋の材料が入った袋を、そして両手で土鍋の箱を抱えながら暁人は一人ごちた。
そんな大した買い物をすると思ってなかったので今日はバイクを使わず徒歩で来たのだが、それが良いのか悪いのか。まあ暁人とて若い男であるので重量的には持てなくはないのだが、いかんせん割れ物はちょっと怖い。
よいしょ、とつぶやいて荷物の位置を直し帰路につこうとしたのと、肩をたたかれたのは同時だった。
「何やってんだ暁人」
「あれ、KK? 今日はもう帰り?」
いつの間にやら横に現れた恋人の常より早い帰宅に驚きつつも尋ねれば「おう」という声とともに荷物を渡せというジェスチャーをされる。ありがたく少々重量のある洗剤類を詰めた袋を手渡せば、ずいぶん楽になった。
「なんだその箱」
「土鍋だよ」
「は? 土鍋?」
「今時の土鍋ってけっこう安く買えるんだね。最近だんだん寒くなってきたし、見たら食べたくなってさ」
「だからってオマエ、土鍋ごと買うか?」
言葉こそ馬鹿にしたような物言いだが、声音は優しい。暁人の突拍子のない行動に面白がってるのかもしれない。土鍋なら落としたら困るだろ。野菜の袋も寄越せ、と言われ素直にお願いすることにした。二つの袋を持ったKKがその重量を確かめて呆れたようにため息をついた。
「野菜に洗剤に土鍋って、オマエ欲張って買いすぎじゃないか?」
眉間にしわを寄せて言われたセリフが、金銭的な意味ではなく荷物の多さに心配してのことだと暁人にはわかる。
「イケるかなって思ったんだよ」
「オマエ時々そういうとこあるよな……そういう時はオレを呼べよ」
だいたいこの鍋もオレの家に置くつもりで買ったんだろ? という確認に小さく頷く。改めて考えると、二人で鍋をつつく想像にうっかり浮かれすぎたんだろうなと思い至って少し恥ずかしい。
「キヲツケマス……」
思わず片言でボソボソ言えば、暁人の心情などバレバレなのであろう、KKからは「仕方のない奴」とでもいうような視線を受けた。
年上の恋人は、時々そういうどこか慈愛とでも言えるような色で暁人を見る。それが子ども扱いされてるようで焦れったくもあり、嬉しくもある。
なんだかんだで、自分はこの師であり恋人である男に甘えてるのだ。
「でもKK、これで色々作れるからさ、楽しみにしててよ」
「そこは疑ってねえよ」
オマエの飯はなんでもうまいからな、と続けられどうにも機嫌は上あがりになる。本当にこの人は暁人を褒めることにためらいがない。
そんな風にあの夜のようななんてことない会話をしながら歩けば、やがてKKのアパートにたどり着く。二人だとちょっとした道のりもはやいなぁと思う暁人の横で、KKが玄関の鍵を開け扉をおさえて先に入れてくれた。扉をしめながらKKが言う。
「暁人、おかえり」
「ふふっ、ただいま。KKもおかえり」
「おう、ただいま」
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靴を脱ぎ、テーブルに土鍋の箱を置く。思ったよりも腕が疲れてたので、KKにたまたまかち合って正解だったかもしれない。
さあ、野菜と洗剤も中身をそれぞれ取り出して仕舞わなければ。それに土鍋は使い始めは処理をした方が長持ちするときくし、調べてやってみよう……と考えて伸ばそうとした手を、KKによってつかまれた。
そのままぐいと引っ張られて、唇がふさがれる。重ねるだけのキスを何回もされて目を見開くことしか出来ない。
「ん! ちょ、KK……なに?!」
「いや……なんだかご機嫌なお暁人くんが、ヤケにかわいく見えてな」
「は?! ば、馬鹿じゃないの!?」
思わず開いた口ごと、食いつかれるように口づけられる。腕をつかんでいた手が後頭部と腰に回され、舌先や弱い上顎をいたずらするように触れられる感覚にぞわぞわと背筋に快感が走った。これはまずい。
「ちょ、けぇけぇ……っ」
片付けと、土鍋の処理! と息も絶え絶えに訴えるも、目の前の男はうっそりと笑うだけだ。
何がスイッチになったのかまったくわからないが、その目の奥には先程とは違う熱がある。じりじりとしたその熱は、やがて自分に移ってしまうのだと暁人は知っている。
「飯は後でいい」
低い声でささやかれると、反射的にびくりと体が震えた。自分がこの声に弱いとわかっててやってるだろう絶対。
そのまま耳たぶを軽くはまれて声が出そうになるのを必死に耐えた。だがそんな事お見通しなのだろう、いたぶるようにきわを舌で撫でられ、そのまま吐息を吹き込むように意地の悪い声が耳に落とされた。
「――オマエの味見の方が先だ」
「~~~~~~~~っ!」
はたして片付けと晩御飯の支度は出来たのか、そしてただの『味見』ですんだのか……それを知るのはそれこそ二人以外には土鍋だけである。