愛しのあなたと食卓を囲む 「ただいまー」
家に帰るとKKはまだ帰ってきていないようで、部屋は真っ暗だった。電気をつけて手を洗い、買ってきたものを冷蔵庫にしまっていく。今日の買い物は奮発した。
壁にかけられたカレンダーを眺めて、暁人が笑みを浮かべる。今日が何の日か、おそらくKKのことだから忘れているだろう。だからサプライズして驚かせてやろうと、暁人はあることを企てていた。
スマートフォンの画面を開き、メッセージの通知が来ていないかを確認する。KKからのメッセージはまだ来ていなかったが、夕飯までには帰ってきて欲しいと伝えておいたので問題は無いだろう。
「さてと……まずは唐揚げを作ろう!」
その頃、KKはようやく依頼を終わらせ凛子に連絡をする。凛子からは「報告書は後日でいいから、今日はそのまま直帰して。いいわね?」と少々強引に返されてKKは不思議に思いながらも帰路に着く。煙草の残りが少ないことに気がついて、通りかかったコンビニに入った。
せっかくだからとぐるりと店内を周り、無意識に暁人が好きなお菓子や飲み物を手に取っていた。会計しようとデザートの棚の前を通ると、半額シールが貼られているショートケーキとチョコレートケーキが置かれている。
「……まぁ、たまにはいいか」
暁人が喜ぶだろうと、2つともカゴに入れレジに向かう。結局、ビニール袋の中身はほとんど暁人のためにと買ったものでいっぱいになってしまった上に、肝心の煙草は買い忘れた。また入るのも面倒だからと、そのままコンビニを後にする。以前のKKならさっさと煙草だけを買っていたが、KK自身、まさかここまで変わるとは思っていなかった。
「さっみぃ……」
11月だと言うのに今日はかなり冷える。足早に暁人が待つ我が家へ向かった。
「よし、できた!」
料理が完成した頃、KKからメッセージが送られてきた。あと10分ぐらいで着くとあって、ナイスタイミングである。久々に出来たての料理をKKに食べてもらえると思うと胸が高鳴った。テーブルに料理を並べていき、待ち人の帰りを待つ。暁人も好きな唐揚げに、KKが好きだと言ったおかずに、おいしいと評判の蕎麦も用意した。
間もなくして玄関のほうから物音が聞こえ、鍵の開ける音がする。KKが帰ってきた。
「ただいま」
玄関を開けた瞬間に触れる暖かい空気と美味しそうな匂いは、KKの心まで踊らせるのに十分だった。足早にリビングに向かう。
「おかえりKK、ご飯できてるよ」
「おう、ただいま。手洗ってくる、あとこれ」
暁人に買ってきたものを渡し、洗面所に向かう。ビニール袋の中身を見て暁人がつい笑いだした。
「これ、全部僕の好きなものだね。わざわざ買ってきてくれたの?」
「煙草のついでに寄っただけだ、買い忘れたけどな」
2つのケーキを見て暁人は胸がいっぱいになる思いに駆られながら、それをそっと冷蔵庫にしまう。着替えて戻ってきたKKが、テーブルの上のご馳走を見て不思議そうに暁人に尋ねた。
「豪華だなぁ……今日はなんかの記念日か?」
「KK…まさか、本当に忘れてるなんて……」
「ま、待て待てッ」
暁人がわざとしょんぼりした表情を見せれば、KKが慌てた様子で必死に思い出そうとする。その様が可笑しくてつい暁人が吹き出した。
「ふふっ冗談だよ。今日はKKの誕生日だろ、忘れてたの?」
「…………あぁ、誕生日か、すっかり忘れてたよ」
「やっぱりね。じゃあサプライズは成功ってことかな?」
温かいうちに召し上がれ、と暁人が料理を取り分けて皿に盛っていき、グラスにはビールを注ぐ。いただきます、と手を合わせて食べ始めた。
「これ、鶏胸肉の唐揚げ。胸肉でも美味しく作れるレシピで作ってみたんだ。あっさりめのほうがいいかと思って…どう?」
「……ん、美味い。オマエ、揚げ物上手だよな」
「ほんと?大変だけど、作りがいがあるからね」
暁人も一口食べると、衣のサクッとした音が響く。味付けも揚げ加減もバッチリだ。KKも暁人もどんどん箸が進んでいく。KKが別のおかずも口にして、これの味付けが好きだ、と摘みながらビールを味わう。
「さすがに蕎麦は打てなかったからさ、ネットで調べてスーパーに売ってる美味しいお蕎麦を買ってきたけど、どう?」
つるつると蕎麦を一口、食感も味も申し分ないものだった。
「おう、美味いな」
美味しそうに蕎麦をすするKKを満足そうに見つめながら、暁人がせっかくだからと提案する。
「卵もあるし、月見蕎麦にする?すぐに用意できるけど」
「あー……そうだな。せっかくだから、作ってもらっていいか?」
「もちろん、喜んで」
珍しく素直なKKが愛おしくなって、満面の笑みで残りの蕎麦が入った皿を手に台所へ向かっていく。麺つゆを残してしておいた蕎麦の茹で汁で割り、火にかける。その間、再び食卓に戻りまた唐揚げを一口頬張る。
「……暁人」
「ん?」
「…………こんなに幸せでいいのかね、オレは」
KKが少し俯いて、浮かない表情で呟いた。
「……何言ってるんだよ、僕が幸せにするって決めたんだから。当然だろ」
暁人の男前な返答に、KKがふっと笑いだした。
「ははっ……そうかよ。頼りにしてるぜ、お暁人くんよ」
「……来年も再来年も5年後も10年後も、こうやってお祝いさせてよね。KK」
「おいおい、さすがにジジイになってからもお祝いされても嬉しくねぇぞ?」
「僕がしたいんだよ。KKが生まれた特別な日なんだから、問答無用でお祝いさせてもらうよ」
我ながらとんでもねぇ若者を好きになってしまったと、KKは嬉しさを含めた苦笑いをした。
「誕生日おめでとう、KK」
「……おう」
ビールの入ったグラスを合わせ、改めて乾杯をした。
「月見蕎麦、できたら持っていくから他のを食べててよ」
パタパタと暁人が台所に戻り、どんぶりに温まった汁と蕎麦を入れ、卵とネギを散らして完成。持っていこうとすると、いつの間にかKKが隣に立っていた。
「うわっ、びっくりした!」
「暁人」
暁人の名前を呼んでそっと頬にキスを落とす。すると、暁人が物足りなさそうな表情をKKに向けてきた。
「……こっちがいい」
今度は暁人からKKの唇にキスをする。柔らかな唇が心地よかった。
「ほら、お蕎麦伸びちゃうよ!」
照れ隠しをするように暁人がそそくさとテーブルに月見蕎麦を持っていく。湯気がふわりと立って美味しそうだった。
「それじゃ、たらふく食べたあとはベッドでデザートだな」
「オジサンくさいって……準備万端だから、いつでもいいけど」
準備万端、と言われて思わずKKの喉がごくりと鳴る。KKが帰宅する前から料理の準備も、夜のお誘いの準備も、すべては愛する人――KKのためにしてくれたのだと。
「……まったく、最高のプレゼントだな」
温かい月見蕎麦を一口、身体も心も温まる、愛情のこもった一杯をじっくり味わっていく。
「来年のオマエの誕生日、楽しみにしておけよ」
「うん、楽しみにしておくね」
ふたつのケーキをそれぞれ半分にして、二人で笑い合いながら食べる、幸せの食卓。
愛しのあなたと、食卓を囲む。