「大好き」っていうのは◇◆──────────
空が薄暗くなる時刻が早くなった。制服が夏服から冬服に戻った。街路樹の葉が赤や黄色に染まり始めた。隣で歩く莇との会話の内容は大して変わらないのに、二人を取り巻く風景が、少しずつ次の季節へ変わっていく、そんな時期だった。
莇と同じ制服を着て、同じ学校への行き帰りに、二人で会話をする。あと数ヶ月もすれば、それができなくなるんだ、と、当たり前のことなのに、九門は急に寂しく思えてきた。
この焦燥感は、この切なさは一体何だろうか。思いのほか冷たい風が頬にぶつかって、何故だか鼻の奥がつんとした。
そして、赤信号で立ち止まり会話も途切れたとき、つい、言ってしまった。
「オレ、莇のこと好きだ」
口から言葉がこぼれる、というのはこういうことかと思った。しまった、言っちゃった。九門は自分の発言をなかったことにする方法を探して、頭をフル回転させた。
答えが見つからないまま、信号が青になる。ローファーのタッセルを揺らして歩きはじめた莇は、振り返らずにこう言った。
「知ってっけど」
「えっ⁉︎」
「は? お前が言ったんだろ。てか、九門は誰のことでも『大好き』じゃん」
横断歩道を渡っている途中にもかかわらず、九門は後ろに倒れそうになった。「そんなの破廉恥だ!」なんて言って怒られてしまうか、最悪口も聞いてくれなくなるんじゃないかと思って、そうしたら「知っている」なんて言うから、もしかして莇もオレのことを、と期待して。この数秒間で九門の気持ちはジェットコースターのように急上昇急降下、急旋回した。
「『兄ちゃん大好き』とか、『椋大好き』とか。紬さんにも言ってたよな。俺には言わねーんだなって思ってた」
莇はなにやら嬉しそうだ。しかしそれはたとえるなら、犬が懐いたとか、子供に好かれたとか、そういう類の「嬉しさ」だ。
「あー、でも、『大』好きではねーんだ?」
悪戯っぽい声。黒髪の隙間から見える銀色のピアス。まだ半年間しか着ていない、綺麗なブレザー。
「大好きに決まってんじゃん!」
二の腕を掴むと、莇は驚いてようやく振り返った。
「わっ、いきなりなんだよ」
「『なんだよ』はこっちのセリフ! 全然伝わってないっ! オレが莇を好きっていうのは!」
びゅう、と風が吹いて、莇の髪を揺らした。九門は風が止むまで待った。
「恋人に、なってくださいって、ことなんだけど…!」
莇はいつも眠そうな目を見開いて、九門を見つめた。
心臓がバクバク鳴り始めて、莇の腕を掴んだままの左手は震えて、もう秋だというのに顔は熱く、背中に汗をかいてきた。
今、オレ、最高に「生きてる」かも。
皺一つない艶やかな唇が開いて返事を告げるまでの数秒間、九門はそんなことを考えた。
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