一日遅れのおもてなしミリオンシティの中央にそびえるエリオスタワー。いつもは市民の平和を守るためヒーローや職員達が任務に勤しんでいるが、今朝はゆったりと楽しげな空気が流れていた。
クリスマスの翌朝、昨夜は家族や恋人、大切な人と幸せな夜を過ごしたのだろう、皆にこやかな顔をして、朝の挨拶を交わしている。
壁にはところどころリースやクリスマスモチーフが飾られ、いつもは無機質な廊下が華やいだ雰囲気に満ちている。
そんなホリデーシーズン中の穏やかな空気に似つかわしくない重い足取りで、ウィルは廊下を歩いていた。不機嫌そうな顔で目的の部屋の前に立つと、ふぅと思い切り深呼吸をして、インターフォンを押した。
「おはようございます」
カメラに向かって声をかけると、数秒の沈黙の後、マイク越しに素っ頓狂な声が返ってきた。
「うおっ!ウィル⁉︎」
廊下に響き渡るほどの声にウィルが驚くと、自動扉が開き部屋着姿で驚いた表情を浮かべガストが現れた。その顔をウィルは黙って見つめる。寝起きなのだろうか、いつもはバッチリ決まった前髪が少し乱れている。
「いちいち驚くな」
少しあきれた様なウィルの言葉に、ガストは長い髪をかきあげますます気まずそうな顔になる。
「いやぁ……なんかウィルが俺を訪ねてくるの、まだ慣れなくてさ」
モゴモゴと言い訳する様に目を泳がせるガストの顔を見ながら、よくわからない奴だなと思う。いままで、しつこいくらいに仲良くしようと言ってきたくせに、最近、ガストへの態度を改めたウィルがこうして訪ねて行くと、決まって戸惑った様子を見せる。
「こんな朝早くにどうしたんだ?」
そう言ってガストは開いた扉の脇に寄りウィルを部屋へ招き入れた。
何度か訪れた事はあるが、他人の部屋というのはやっぱり落ち着かない。住み慣れたサウスセクターの部屋とは違う洗練されたリビングルームをウィルはガストに導かれるままに進み、ちょこんとソファーに腰を下ろした。
「レンはマリオンとロードワークに行っちまったし、ドクターはいつものようにラボに籠りきりだから」
物音のしない室内をキョロキョロと眺めていたのを見透かす様に言われて、ますます居心地が悪くなる。さっきまでぎこちなかったくせに、変なとこには気が回る。
「頼んでた件、上手くいったのか?」
早く用件を済ませてしまおうと慌てたように尋ねると、ガストは一瞬キョトンとした顔をしたが、ウィルの言葉に合点がいくとにっこりと笑みを浮かべた。
「おう!バッチリだぜ!」
クリスマスの夜、ウィルとアキラは幼馴染のレンの為にちょっとしたサプライズを計画した。
辛いクリスマスの記憶を抱えるレンに、少しでも楽しんでもらいたいと、ささやかなプレゼントを用意したのだ。普通に渡すだけじゃ面白くないとアキラの提案したサプライズは、目が覚めたら枕元にプレゼントが置いてあるというクリスマスには定番の方法だった。でも、サンタが来るのを楽しみにしていた子供の頃のことを思い出してくれたらいいとウィルもこのアイデアに賛成した。
そうしてレンと同室であるガストがプレゼントを贈るサンタクロース役を請け負う事になった。ガストはこの依頼を快く引き受けてくれたとアキラから聞いていたウィルは、プレゼントを受け取ったレンの様子が気になって、こうして朝早くにノースセクターの部屋を訪れたのだ。
「それで、レン何か言ってたか?」
ウィルが待ちきれないように尋ねると、ガストは向かい側のソファーにゆっくりと腰を下ろしながら答えた。
「ウィル達のプレゼントちゃんと置いたぜ。なんか寝起きでぼんやりしてたから、誰かのだ?って不思議そうにしてたけど、中身見たら嬉しそうな顔してた」
「良かった」
安心した声で呟いたウィルの顔をガストは愛おしそうにみつめる。その視線に気付いたのか、ウィルは「ありがとう」気恥ずかしそうに礼を述べた。
「ウィルに感謝してもらえるなら、来年も喜んでサンタ役引き受けるぜ」
「来年はちゃんと自分で渡すから、お前の出番はない」
「そりゃ残念」
戯けたガストの口調に、ウィルは厳しい顔で言い返す。少しずつガストへ歩み寄ろうとしているが、こうやって揶揄うような態度を取られる思わず辛辣になってしまう。それでも、以前のような刺々しい気持ちにはならなかった。
機嫌を損ねたウィルの様子にガストは少し困ったように笑う。
「せっかくのクリスマスだし、悲しい思い出より楽しい思い出が増えた方が良いよな」
目を細めながら呟くガストの声は優しく穏やかだった。そういえば、今年も弟分達にプレゼントを配ってたみたいだな、とウィルはアキラから聞いたのを思いだす。
本当に世話好きなんだな……。いままで目を向けようとしてこなかったガストの内面が輪郭を結ぶように目に映ったような気がした。そう思ったら胸の奥がなんだかむず痒くなり、向かい合ったガストと目が合っただけでドキリと心臓が跳ねた。
気まずくなって「それじゃ」と立ちあがろうとするウィルを「ちょっと待ってくれ」とガストが呼び止める。
「こないだケーキ屋でシュトーレン見つけてさ、なんか懐かしくなって買ってきたんだけど、1人じゃ食べきれなくて。ウィル甘いもの好きだろ?良かったら食べてかね?」
出来るだけ早くこの場を立ち去りたかったが、甘いものと聞いてウィルの心が揺れる。
「お茶淹れるから、ちょっと待っててな」
ウィルの返事を待たずにガストはキッチンへと向かい、身を持て余したウィルは大人しくソファーに座り直した。
「コーヒーより紅茶がいいか?」
「あの……砂糖は……」
「たっぷりだろ?」
尋ねるガストの声に混じりケトルが沸騰する音が聞こえて、しばらくするとティーカップと皿を手にしたガストがキッチンから戻ってきた。ゆっくりとテーブルに置かれた皿の上には、真っ白な雪のような砂糖を纏ったシュトーレンが数切れ乗せられている。
「いただきます」
薄くスライスシュトーレンにフォークを刺し、一口頬張る。ゆっくりと噛み締めると表面に塗された砂糖がホロホロと溶けて、ぎっしり詰まったドライフルーツの甘さが口の中いっぱいに広がった。
「美味しい」
幸せな甘みにウィルは嬉しそうに呟いて顔を輝かせる。その顔をガストは目を細めて満足そうに眺めた。
「クリスマスまでにちょっとずつ食べるのが楽しいんだよ。一日遅れだけどウィルと一緒に食べられて嬉しい」
そう言いながら、懐かしむような目をしてガストはティーカップに口をつけた。その様子がなんだが寂しげに見えて、ウィルは目の前の男の事をまだ何も知らないのだと感じた。そして、もっとガストの事を知りたいと思ってしまった事に戸惑う。
「アドラー、お前、今日は何か用事があるのか?」
「え?別に何もねぇけど」
「だったら……一緒にランチでも行かないか……」
辿々しいウィルの誘いの言葉に、ガストはえっ、と驚いた声を漏らした。
「む、無理にとは言わない……」
「無理じゃねぇよ。絶対に行く!」
焦ったようにガストはウィルの言葉を遮り、まるで花が咲いたように満面の笑みをうかべた。
──クッキーとミルクのおもてなしをしてなかったな。プレゼントを届けてくれたサンタクロースにちゃんとお礼をしてあげないとな。
ウキウキと浮き足立つように落ち着かないガストを眺めながら、一日遅れのクリスマスプレゼントはなにが良いだろうかと、たっぷり砂糖の入った紅茶を飲みながら、ウィルは想いを巡らせた。