本音は筒抜け、気付かぬは私ばかり 今日からの勤め先となるナルニア様の執務室の扉を叩こうとしたら、背の高い男悪魔が出てきた。
「誰っすか? 見覚えのない女の子っすね」
「えと、今日からナルニア様の秘書室に配属となりました。なのでご挨拶に」
「そうなんすね。ナルニアさんならいないっすよ。あ、俺はフェンリルっす。ナルニアさん、アンリさんの下、魔関署局次長っす。フェンちゃんでいいよ。よろしくね」
「……よろしく、お願いします」
立て板に水の勢いで言われて、よくわからなかったけどとりあえず頭を下げた。
「秘書室の場所はわかる? こっちっすよ」
「わ、わかります」
こちらの返事を待たずにフェンリル様はすたすたと行ってしまう。背が高いから足も長くてあっという間に先に行ってしまう。
「あ、ごめんね。ところで何でこんな中途半端な時期に異動なんすか?」
「ナルニア様が13冠になられたので、13冠の秘書経験者としてアンリ局長のところから異動になったんです」
「へえ。優秀なんだ。けどナルニアさん怖いしアンリさんの方が良かったんじゃないっすか」
……フェンリル様、怖いもの知らずだなあ。私はとてもじゃないけど、ナルニア様にもアンリ様にもそんなことは言えない。
「ナルニア様とお話したことがないので怖いかはわからないです。わからないですけど綺麗なお顔ですよね。ドキドキします」
「ふうん」
聞いておいて興味なさそうなフェンリル様は秘書室の前に着くと、くるっと振り向いた。
「ここっす。ナルニアさんは明日の午前中にはいるから、早い内に行くといいっすよ」
「ありがとうございます」
「いーえ。がんばってね」
そう言って私の頭をわしゃわしゃかき混ぜて、フェンリル様は行ってしまった。
「……がんばろ」
それからというもの、フェンリル様とは時々お会いしてはナルニア様について話すようになった。
「初めてナルニア様に褒めてもらえました」
「良かったっすねえ」
「明日、会食にご一緒するんです。楽しみです」
「楽しみなんすか」
「ナルニア様、お忙しそうなのでなにか巻取れればと思うんですけど、私ごときじゃなかなか」
「その気持ちだけで十分だと思うっすよ」
ナルニア様についての話をフェンリル様はうんうんといつも興味あるんだかないんだか、わからない顔で聞いている。
けれどある時フェンリル様の方からナルニア様について聞かれた。
「君はアンリさんのとこに戻りたいと思わないんすか。ナルニアさん怖くない?」
「怖くないし、戻りたくもないです」
「そーなの」
「私、好きですよ。ナルニア様。仕事が丁寧ですし、私達秘書にも横暴な態度を取りませんしね。もちろんアンリ様もそうですけど。……あの、誰にも言わないで欲しいのですが」
フェンリル様が私の方に体を傾けてくれたので耳元に口を寄せる。
「ナルニア様の声、好きなんです。だからもっとご一緒して聞いていたいんです」
「……へえ」
「フェンリル様の声も好きです。あとフェンリル様は背中も好きです。大きいですよね」
「……そっか」
その後フェンリル様は言葉少なまま別れてき、余計なことを言ったかもと反省した。
ある日魔関署ないの廊下を歩いていると牙隊大佐のアザミ様に呼び止められた。
「こちらをフェンリル様に渡しておいてくれ」
「承知しました。けど、こちらナルニア様宛てでは」
「だからフェンリル様に渡すのだ。今日はフェンリル様の姿で外出の予定で……もしかして、まだ知らないのか。失礼した」
「えっ」
アザミ様はそのまま行ってしまった。
……フェンリル様の姿で外出の予定って言ってた。それは、つまり、あれだ。あれ、だな?
フェンリル様……ナルニア様だったの……。
仕事中じゃなかったら奇声を上げていたと思う。マジか。マジなのか。私、フェンリル様に散々いかにナルニア様が好きか話してたんだけど!?
ナルニア様の好きなとことか、かっこいいとことかさ〜〜〜。
しかし、手元の書類を渡してこなくてはいけない。深呼吸して意を決してナルニア様の執務室へと向かう。
扉を叩くと、いつかと同じようにフェンリル様が顔を出した。
「どうしたんすか」
「こちらを、アミィ大佐から預かりましたのでお届けに伺いました」
「ありがと。……なんかあった? 顔背けちゃって」
「……フェンリル様が、ナルニア様って、伺いました」
「あら、バレちゃったんすか。おいで」
フェンリル様は私の手を引いて執務室の扉を締めた。見上げるとフェンリル様の服装のナルニア様が私を見下ろしている。
「ひえ」
「いつものように、私の好きなところを上げてくれて構わないが?」
「む、無理です!!!」
「ああ、フェンリルの方が好きなら、そちらの姿にしようか」
「そ、え、いや、そうではなく」
「好きなのだろう? 私の声が」
「す、好き、です」
そう答えるとナルニア様は薄く笑った。
「いくらでも聞かせるから、欲しいと言ってごらん」
「ぴゃっ」
キャパシティはとっくにオーバーしてて、私に逃げ場なんてなくて、ただただナルニア様の綺麗な顔と、不釣り合いに鋭い牙に見惚れるしかなかった。