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    ※シブに藍湛視点と結をまとめてUP済。
    魏無羨視点終わった次藍忘機視点書く。

    #忘羨
    WangXian
    #龍狐AU
    dragonFoxAu

    実は狐の妖怪の魏無羨の話 魏無羨は緊張していた。何故なら藍忘機に伝えていない大きな秘密を抱えたまま、彼と恋仲になってしまったからだ。思いが通じ合ったのは実に幸せであったが言う機会を逃したままの秘密が、言えないまま魏無羨の精神を圧迫していた。

     魏無羨は狐の妖である。

     生前は、という注釈が付くが。献舍の術で人間の体に呼び戻された今とて、そう変わりはしない。この体の元の持ち主、莫玄羽は正真正銘ただの人間だが、狐の妖――体を失ってからは怪と言うべきかもしれないが――をその身に宿してからは魏無羨の気を受けてその存在が変質していた。
     だから結局のところ、今も狐の妖なのだ。

     しかしそれを知るものは一人もいない。

     雲夢江氏の者でも、江澄でも江厭離でも知らない。なんなら浮浪児だった魏無羨を拾った江楓眠ですら、魏無羨の正体を知らないのだ。周りを完璧に騙し通す魏無羨の変化の術は至高といっていいだろう。だがまさかこんなところで、それが悪い方に働くなんて思いもしなかった。

     何をそんなに思い詰めているのかと思うだろう。これまで隠し通せたのだから、これからも隠し通せばいいだけだと。その通りだ。その通りなのだが。

     異類婚姻譚の書簡が蔵書閣の机に置かれているのを見つけてしまっては、悠長に普段通り過ごすなんて出来るわけもない。

    (もしや、バレてる!?遂にバレた!?)

     冷や汗が体中から吹き出すような感覚に陥る。実際は一滴も出てはいない。しかしそう幻覚を覚えるほどには机の上の書簡は魏無羨を動揺させた。どくどくと早鐘を打つ心臓の音を聞きながら、それを手に取って広げた。
     普段の魏無羨なら目の前に落ちている書簡を拾ったら、きっとそれに目を通すだろうという行動予測に則ったのだ。不審な動きを見せてはいけない。真後ろには今、藍忘機が立っているのだから。

    「異類婚姻譚?へー、蔵書閣にはこんなものまであるんだな。見ろよ藍湛、龍と人間の婚姻話だ。」

     声が震えたりしていなかっただろうか。自分ではわからない。肩越しに藍忘機が覗き込む気配がする。

    「魏嬰。こっち」

     ほんの少しの密着のあと藍忘機は離れていった。声のする方へ顔を向ければ、藍忘機は棚の一つを見つめていた。あまり多くを語らない藍忘機だが最近は魏無羨にも、彼の伝えたいことが分かってきた。会話に慣れたということだろう。昔は……前世は、言葉の額面通りに受け取って、すれ違ったりしたものだ。
     まあつまり、藍忘機が棚を見つめてこっちというなら、この異類婚姻譚はあの場所にあったのだろう。巻子本や胡蝶本がきれいに並べて置かれている。そのうちの一つを手に取って中を見れば、やはりそれも拾ったものと同じ異類婚姻譚が綴られていた。

    「姑蘇には昔から龍と人間の異類婚姻譚が広く普及している。」

     へーそうなんだー。と読むのに集中する振りをして生返事を返す。視線は遠くの床にあり手元の書物の中身など一つも頭に入ってこない。

    「……」
    「……」

     沈黙が続いて魏無羨は疑問を感じ始めた。おかしい。異類婚姻譚をこれだけ見せつけたのだから、もう次は真実を暴く時ではないのか。というかそうとしか考えられない。だというのに藍忘機はただ静かに佇むだけで、魏無羨が顔を青くするような気持ちで待っている言葉を言う気配はない。いや、決して言って欲しいわけではない。

    『君は、本当は狐の妖だったのか。』
    『藍湛』
    『よくも今まで私を騙していたな、』
    『違う!これは、これはその……』

     頭の中で狐の妖であることがバレた時に言われる言葉をいくつも想像する。騙していたのかと責められて必死にいくつもの言い訳をするが最後には幻滅され捨てられる。これが魏無羨が今まで幾度となく想像した未来予想図である。

    「気になるなら持っていけばいい」
    「え?」

     静かに語りかけられて、魏無羨は呆けた声を出して顔を上げる。どうやらかなり想像の世界に耽っていたようだ。藍忘機の声はあまりにも普段と変わりなく、それどころか立ったまま読んでいた魏無羨を気遣うような気配すら感じられた。
     瞬きの間に気を取り直した魏無羨は挙動不審に気を付けて手に持った一冊を抱えた。遠慮した振りをして棚に置くのか、言葉に甘えて持っていくのか、どちらが普段の彼らしいのかもう全くわからなかった。

    「じゃあこれを持っていこうかなー、は?、いや、藍湛?」

     改めて書物の題名を確認しようとして、視界に入った藍忘機に怪訝な声を上げた。おもむろに手を伸ばした藍忘機が件の棚から積まれた書物を抜き去ったからである。

    「行こう」
    「あ、ああ」

     いやなんで?大量の異類婚姻譚を抱えている藍忘機は乱れのない動作で静室までの道を進んでいく。しかし魏無羨は百合の花のように美しい姿で歩く藍忘機ではなく彼の抱える書簡に釘付けだった。
     そんなにたくさん持って帰ってどうするつもりだ。それはもちろん読むつもりだからだ。いや、そうじゃない。そうじゃないだろう。むしろ魏無羨が狐の妖であることを隠していることに対しての当て擦り以外にあるだろうか?いやない。

    (藍湛、お前は潔い男だろう。引導を渡すなら早くしてくれ。そう、一思いに言ってくれ。この異類婚姻譚は俺の秘密に気付いているぞという言外の意思表示なんだろ?いや、それともこれは自白を促してるんだろうか?)

     しかし異類婚姻譚の書簡をこれ見よがしに見せつけられるなど、序の口に過ぎなかったということを魏無羨はこの後知った。

     ◇

    「魏嬰、昼餉を取りに行こう」
    「ん、もうそんな時間か。」

     藍忘機に声を掛けられて魏無羨は顔を上げた。手の中にあるのは先日、大量に持ってきた異類婚姻譚である。いや魏無羨は一冊しか持ってこなかった。大量に持ってきたのは目の前にいる男、藍忘機である。しかし目の前に積まれれば、なんとなく目を通してみようという気にもなるものだ。
     藍忘機が意図するところは魏無羨が妖であることを自白させることなのだろうが、魏無羨はなんだか意地が出てきて裏の意図をあえて読まず、知らないふりをして過ごしていた。こうなったら根競べである。藍忘機に指摘されるまで、絶対に自分からは告白しない。そんな強い意志の元魏無羨は藍忘機の後に続いた。二人で取りに行くのは、特に作業に熱中していないというのが一つ、もう一つは散歩も兼ねているからだ。一日中雲深不知処にいるような時は昼餉を取りに行くついでにあちこち歩き回ることがある。うさぎの様子を見に行くこともあれば、門弟の稽古の様子を見に行くこともある。今日は蘭室に向かっているようだから門弟たちの座学の様子でも見に行くのだろう。
     少し離れた場所から中の様子を伺う。机に向かう門弟の間をゆっくりと歩いている藍啓仁が見えた。

    「お~やってるやってる。今日は何を勉強してるんだ?先祖の系図か?それともやっぱり雅正集か?外の公子向けの座学ならともかく、今更門弟相手に雅正集なんてやらないか。」
    「そんなことはない。だが今日は、」

     ちょうどその時、壇上に戻った藍啓仁が手に持った巻物を床に投げ広げた。紙の上を悠々と泳ぐ龍が床を滑る様に姿を現す。待て待て、と魏無羨はその巻物の絵を凝視した。あの絵は見たことがある。ついここ数日の間のことだ。なんならその絵が描かれた巻物は今も静室に置いてあるかもしれない。

    「今日は姑蘇に伝わる異類婚姻譚についての座学だ。」
    「なんで?」
    「姑蘇で夜狩を行うのに、この地に伝わる伝説を学ぶことは必要なことだ。」

     いやそれはそうだろうけども。魏無羨の頭の中にたくさんの疑問符が浮かび上がる。姑蘇の地に伝わる伝説を学ぶことは確かに夜狩で必要なことだろう。夜狩でまず行うのは、現地に伝わる伝承伝説過去の事件事故を調べることだ。住民に聞き込みを行い、今起きている事とその地に伝わる話を聞きだすことは夜狩の第一歩だ。しかしこれが中々、慣れていないと難しい。聞く人間を誤るか聞く言葉を誤ると全く情報を得られないばかりかその地から追い出される羽目になったり、逆に嘘偽りを話されたりするからだ。
     だがそもそもその地に有名な逸話があり、それを事前に知っていたのならばどうだろう。事件の全容を詳しくは知らない人の噂話からでも起こったことをある程度推察することができるようになる。だからこそ、特に姑蘇で夜狩を行う可能性が高い藍氏の修士達へこの地に多くある龍との逸話を学ばせることは有益なことだろう。

    (でもその座学、今わざわざ俺に見せる必要、ある?)

     魏無羨は考えた。これは明らかに藍忘機による催促だ。姑蘇の龍の逸話を知る座学があったとして、それが今日この時間に行われていたとしてだ。これを今この時に魏無羨に見せるのは他意があるといっているようなものではないのか。先日からあまりにも龍、つまりは人でないものと人との話に触れ合う機会が多すぎる。意図的にみせているとしか考えられない。
     だが魏無羨はつい先日、自白はしないと決意したばかりである。内心では憚らない藍忘機に恐れをなしていたが、それをおくびにも出さずに彼に笑ってみせた。

    「蔵書閣にたくさん置いてあると思ったが、座学まで行っているとはな。龍の伝説は随分この地に深く根付いているんだな。」
    「うん。」
    「これまでもお前とあちこちフラフラしながら夜狩をしてきたが、俺が今まで龍と関係する事例と当たらなかったのは、かなり確率の低い偶然だったんだなあ」

     魏無羨は蘭室の方へ顔を向けながら横目で藍忘機を見た。蔵書閣の異類婚姻譚も座学もお前の差し金なんだろう?さあ、言ってみろ、こんな回りくどい主張をしている理由を話してみろ。そんな意図を込めて皮肉っぽく言ってみるが、藍忘機の表情はピクリとも動かない。

    「わかった。」
    「?(なにが)」
    「今度君に龍と関係のある夜狩を紹介する。」
    「あ~、ははっ、あ~…まあ、機会があったらな~」

     こんな時の藍忘機の「わかった」ほど恐ろしいものはない。魏無羨は続く藍忘機の言葉にそう感想を抱いた。機会があったらなんて言ったが、彼のことだ「機会」を確実に作ってくるだろう。必然だ。もう龍の逸話が残された地に夜狩にいくことは、この瞬間必然になった。
     口では偶然なんて言ったけどこの世は必然の積み重ねだ。きっと今まで夜狩で出くわさなかったのも偶然ではないのだろう。ここ最近の藍忘機の動向を考えれば、彼の意思が働いていたのは間違いない。

     魏無羨はまだまだ異類婚姻譚地獄が続くことを知って、心の中でひっそりとため息を吐いた。

    (狐の異類婚姻譚じゃないだけ、まだマシだな)

     ◇

    「景儀~」

     魏無羨が片手をあげて見知った青年の背中に声を掛けると、ぱっと振り向いた青年――藍景儀は安堵の声を上げた。

    「魏先輩!含光君」
    「あなた様方は?」

     藍景儀の声に続いて彼に熱心に話しかけていた老人が声をあげる。今回魏無羨達がこの場所に来たのは夜狩の為だ。つまり藍景儀は恐らくたまたまこの村に立ち寄ったが、そこで老人につかまってしまったのだろう。一般人に仙門の修士の見分けなどつくはずもない。先に村を通った藍景儀を頼んだ仙門の人間が来たと勘違いしても仕方のないことだった。
     ちなみに今日の夜狩は先日座学を覗き見た折に話に出た「龍と関係がある夜狩」である。

    「俺たちは依頼を受けて様子を見に来た仙門の者だ。おじいさん、あなたが依頼主ですか?」

     魏無羨がそう言うと老人は藍景儀と藍忘機を何度か見比べてから、そうですと頷いた。こういうとき藍忘機の見た目は大層便利である。いやいや魏無羨だって顔は整っているのだから身なりを整えればそれなりに見えるはず、とそこまで考えてその考えを振り払った。やめよう。常時そんな恰好をするのは性にあわない。

    「二、三か月ほど前の事です。大雨が降って、そこの山を流れている川が氾濫したんです。とはいってもね、あの川は細いし大雨が降ったらよく溢れ出すんです。ああ、それで、その後から山に入った人間が帰って来なくなったんです。三人の被害が出て、おかしいと皆で探しに行ったら、居たんですよ。」
    「なにが?」
    「屍ですっっ。戻ってこなかった奴らが屍になってたんですっ。」
    「知り合いだってわかったのか?顔が見えたのか?」
    「ええ、ええ。昼間に行きましたから。それにあの首飾り、見間違えるはずありません。」
    「そうかそうか。それでおじいさんはどうして欲しいんだ?」
    「どうして欲しいって、それはもちろん、退治してください。彼らがこの村まで降りてきたらと思うと怖くてゆっくり眠れもしないんです。」
    「ふーん。そうか。ところで、三人の被害者はみんな屍になってたのか?」
    「いえ、わかりません……。わかったのは一人だけです。すぐに逃げてきたもんですから。」
    「わかった。じゃあ、とりあえず俺たち三人で様子を確認しに行くから、場所を教えてくれ。」

     魏無羨がそういうと横で佇んでいた藍景儀が素っ頓狂な声を上げた。

    「えっ!?」
    「なんだよ景儀、お前も一緒に行くだろ?それとも急ぎの用事でもあるのか?ないよな?だって急いでるなら、このおじいさんから解放された時に俺たちに先に帰ると話すはずだ。」
    「まあ、ないけど」
    「だろ?じゃあ一緒に行こうぜ。」

     そういって藍景儀を連れて山を登る。登ると言っても、普段から村人が利用していたのか、踏みしめられた道を道なりに進むだけだ。時折聞こえる川のせせらぎに耳を澄ませながら進むとやがて小さな滝が現れた。
     村人の老人が言っていた場所だ。しかし辺りはしんと静まり返り自然の出す音が聞こえるだけで、屍なんてどこにも見当たらない。匂いさえしなかった。

    「なんだよ、何もいないじゃないか」

     ごく当然の反応をしながら藍景儀が滝に近づいていく。魏無羨は立ち止まった際に組んでいた腕を解いて彼の後ろに陣取った。

    「滝壺も見てみよう」

     そういって藍景儀が水面を覗き込んだその時。派手に水しぶきを上げながら水面から何かが勢いよく飛び出してくる。魏無羨は驚いて刹那硬直してしまった藍景儀の襟を掴んで力いっぱい後ろに引いた。開いた空間にすかさず青い剣芒が滑り込み、飛び出してきたものを一閃の間に切り捨てる。切り捨てられた塊が二つ、飛び出した勢いのまま地面にそれぞれ音を立てて落ちた。それは屍、否、水鬼だった。

    「うわあぁああ!」
    「景儀~、お前、中々大胆だな。」

     一連の動作が止まってからやっと驚いた声を上げた藍景儀は襟を掴んだまま覗き込んでくる魏無羨の方を見て、その後ろにいた藍忘機に視線を向けられて肩をすくめて縮こまった。彼は自分が失敗してしまったことを自覚して怖ろしく震えた顔で藍忘機を見つめ返した。そうしてまるで現実逃避でもするかのように視線を切り捨てられた水鬼に向けて魏無羨に問いかけた。

    「えっと、この人があのじいさんが言ってた知り合い?」
    「違うな。首飾りがなかった」

     魏無羨は首元をとんとんと指で差しながら藍景儀に言ったが、彼は離れたところに落ちた二つの塊を交互に見ながら首を振った。

    「そんなの含光君が切り捨てた時にどこかに弾け飛んだかもしれないだろ?」
    「だから、お前を引き上げてるときに見たけど無かったんだって。しかし、あのおじいさんの知り合いとやらも水鬼だろうな。」

     滝壺を見ながらそういう魏無羨の横で藍景儀は立ち上がると剣を引き抜く。しかし先ほどの件もあってどう動けばいいのか分からない様子だった。その時だった。小さくすすり泣く声が聞こえてきたのは。藍景儀はあたりを見回して音の元となる場所を探っている。
     
    「藍湛、聞こえるか?」
    「うん」
    「どの方向から聞こえてくるか、分かるか?」

     重ねてそう問いかける時にはすでに藍忘機は目を瞑っていた。魏無羨は彼の邪魔をしないよう、音をたてないように気を付けながら辺りを見回す。

    「……わからない」
    「こんなにはっきり聞こえるのに、なんで方向が全く分からないんだ!?」

     静かに答えた藍忘機に続いて騒がしく藍景儀が言った。生きている者が発する音がこんな開けた森で全方向から聞こえてくるなど普通はない。聞こえるのに場所がわからないなら、泣いているのは生者じゃないという事だ。はじめ魏無羨は泣き声が藍氏の二人にも聞こえるから、生きている人間が泣いているとばかり思っていた。しかしそれが死者であるなら魏無羨が場所を探したほうが見つかるだろう。否、向こうから来てもらえばいい。

     魏無羨が口笛をひと吹きすると滝の上から一人の少女が降りてきた。少女は魏無羨達と一定の距離を開けて立ち止まると袖で口元を隠して佇んでいる。身に纏う白い衣は麓の村人のものと比べると上質な布で出来ている。死装束にしては少し凝った作りをしていて身に着けた装飾品も高価なものであることが一目でわかった。

    「女の子の幽霊……?」

     藍景儀が確かめるようにゆっくりと言と少女の幽霊は怯えた表情をして一歩後退った。そんな少女の様子をみて魏無羨は小さく首を振った。

    「お前ら、俺は少しこの子と話をしてくるから離れててくれ。」
    「うん」
    「なんでだよ!」

     魏無羨の意図を汲んで頷いた藍忘機とは逆に藍景儀は抗議の声を上げた。まるでこのまま見学する流れだっただろうとでも言うようだ。

    「景儀、お前この間の座学に参加してたよな?あの異類婚姻譚の座学だ。」
    「え?う、うん。いたけど……」
    「ならわかるだろう?この地にどんな話が残ってるのかも!」
    「ええ、ええっと……」

     魏無羨から指摘されて藍景儀は必死に記憶を探っている。しかしその視線は藍忘機を盗み見ているのが魏無羨からはよく分かった。この地の話は異類婚姻譚には珍しい結末を迎えたから魏無羨は覚えていた。というかそもそもこの話を異類婚姻譚に混ぜ込むのはおかしいだろうと思った記憶がある。それほど異質な話であったのに藍景儀はさっぱり思い出せないままの様子だった。

    「しかたないな。じゃあ向こうで藍湛としっかり復習しててくれ。よろしくなあー藍湛!」
    「ああ。魏嬰も滝壺には近づかないように。」
    「わかってるって。さ、お嬢さん、俺と少し話をしよう。あの白装束の男たちはあっちへやった。怯えなくていい。こっちへおいで。」

     藍忘機が木々の向こう側へ身を隠すように移動したのを見届けて魏無羨は再びはらはらと涙を流す少女へ語りかけた。少女は辺りを見回すとゆっくり魏無羨に近づいてくる。やはり白装束、白い服を着た男が怖かったようだ。それも仕方ない。だってこの少女は、白龍の怒りを鎮めるためにこの滝に身投げした――生贄として命を散らした少女だからだ。

     魏無羨の記憶にあるこの地に伝わる話によれば、ある日滝の上の川で遊んでいた少女が足を滑らせて崖下の滝壺に落ちてしまった。この滝壺は人を受け止める水深はあるが、流れが複雑で落ちた者はみな溺れ死ぬと伝えられていた。だから誰もが少女は助からないと思い両親も嘆き悲しんだ。しかし次の日、少女は元気な姿で帰ってきた。どうしたのかと話を聞けば滝の下に真っ白な服を纏った美丈夫がいて、彼に助けられたのだと言った。両親は喜んで感謝の証に用意できるだけの品を見繕って件の滝へと赴いた。果たして美丈夫はまだその場所にいた。両親が感謝の気持ちを伝えると、男は品はいらない、娘が欲しいといった。男は空から落ちてきた娘に一目惚れしていたのだ。
    両親は男の身なりから高貴な身分の者だと思って、その提案に快諾した。しかし娘には幼い頃から将来を誓い合った仲の男が村にいた。だから娘は断った。すると男は怒り狂い本性である白龍の姿となって洪水を起こし麓の村を水に沈めた。困った村人は龍の怒りをおさめるため娘を生贄として滝壺に身投げさせたのだ。かくして龍の怒りはおさまり、洪水もひいたという話だ。のちにこの滝の近くには龍を祭る小さな社が建てられたと書かれていたが、どうやらその社はこの度の大雨と川の氾濫で流されてしまったようだ。台座のようなものは見つけたがその上にあっただろうものは跡形もなくなっていた。

    「お嬢さん、どうしてずっと泣いているんだい?」
    「あ、わ、私、私、この滝壺に人を近づけたくなくて、近づく人を追い払おうとしたんです……。でも私を見て驚いた人が川に落ちてしまって……。私、私のせいで……ごめんなさい…」

     この滝壺は伝承によれば流れが複雑で中に入れば溺れ死ぬとあった。それに加えて大雨で水位も水流も増していただろう。そんなところに人が入れば溺れるのは当たり前だ。

    「だから隠れていたのか?同じことが起こらないように。」
    「うん。でも今度は溺れた人が滝に近づいた人を引きずり込んでしまって……。私、どうすればいいのか、わからなくて……」

     溺れた人は、きっと水鬼になったのだろう。そうして先ほどの様に水辺に近づいた人間を引きずり込んだのだ。こんな山奥の滝まで来る人はそうそういないだろうから今まで放っておかれたのだろう。

    「ところでお嬢さんはずっとここにいるのかい?」
    「あ……そう、です。両親が建ててくれたお墓が壊されてしまって。それで、目が覚めたの……」
    「なるほどね。なら俺たちが滝にいる水鬼を取り除いて、君の墓を直すよ。それでいい?」

     少女は小さく頷いた。しかしその表情には憂いが浮かんでいる。その表情の原因に思い当たった魏無羨は片目を瞑って笑顔を向ける。

    「大丈夫。俺がやるから。さっきの白い服を着た人たちは離れて待ってもらうよ。」
    「……うん。」

     少女は小さく頷くとはじめにいたところまで戻っていった。魏無羨も得られた情報を伝えるために木の後ろに隠れた藍忘機達のところまで歩いていく。それにしても、龍の逸話がある地域で夜狩をするとは覚悟していたが、なぜよりによって、こんな婚姻に失敗した話の場所を選んだんだ?座学でわざわざ教えるほど、それなりに遭遇するんなら何もこの逸話を選ばなくてもいいじゃないか。
     少女は自分を結果的に死に追いやった白い服の美丈夫を完全に怖がっている。これはもしや暗示か?お前もこうなるという暗示なのか?覚悟しておけよってことなのか?恐っ!

     藍忘機のことは好きだ。自分の恋心を自覚してからは、以前にも増して好きの気持ちが大きくなっている。そんな彼から狐の妖とは番えない死んでもらう、なんて言われたら自分はどうするだろうか。

    (少し前ならなんとか弁明をして仲の修復をなんて思ってたけど、よく考えたら言われただけでショックで死ぬかもしれない。)

     勝手に想像して恐怖と悲しみに暮れながら、藍忘機達がいる木に上半身を傾けて裏側を覗く。そこには地面に座して俯いている藍景儀と出迎えるかのように魏無羨の方を向く藍忘機の姿があった。

    「藍湛~、ただいま」
    「おかえり」

     藍忘機のおかえりを聞いただけで沈んだ気持ちが上昇する。嬉しくなって魏無羨は思わず抱き着いた。阻まれることなく背中に手を回して抱きしめられると、今までに想像した不安は何処かへ消え去っていった。本当はこのまま口付けしてしまいたいが、藍景儀の存在を思い出し踏みとどまる。そうだ夜狩の話をしなければ。

    「あの子はやっぱりこの地に伝わる龍神伝承の生贄の御子だったよ。あの子の壊された墓を建て直して滝壺の水鬼を駆除する。けど、それは俺がやる。」
    「私も手伝う!」

     俯いていた藍景儀がぱっと顔を上げて言う。なんでそんな状態になっているのか詳しく聞く気はないが、その一言で雲深不知処に戻った後の反省が増えたことを魏無羨は感じた。

    「藍湛?景儀にここの話、説明しなかったのか?」
    「帰ったら調べるように言った。」
    「……しなかったんだな。」
    「えっ、なに?どういうこと。」
    「景儀、あの幽霊の子は白龍の怒りを鎮めるために生贄となって死んだんだ。そいつは人の姿の時、白い服を着ていたから同じように白い服を着た人が怖いんだ。姑蘇藍氏の校服は白いだろ?だから藍氏の門弟がこの件に対処したら、あの子は怯えて、墓を直したところで再びの安寧を得ることは出来ないだろう。だからお前がまずやるべきことはこの地の話をよく調べて覚えることだ。」
    「あっ、はい」

     魏無羨が丁寧に説明してやると藍景儀は本日何度目かの動揺を見せて瞳を彷徨わせた後、神妙に頷いた。

    「魏嬰」
    「うん。なに水鬼の駆除は慣れてる。俺がどこに所属してたか知ってるだろ?墓石は村人に用意してもらうし、この近くまで運ぶのだけ手伝ってくれる?」
    「もちろん」
    「ありがと!じゃ、麓の村に戻ろう。事情を説明して俺たちも準備しないとな。」

     魏無羨は未だ座ったままの藍景儀を立たせると三人で麓の村に降りて事情を説明した。はじめに依頼を説明した老人は魏無羨の話に驚いた後、墓石を用意することに快く同意した。たまにこの交渉でごねられる事があるので魏無羨はほっと胸を撫で下ろす。それどころか老人は謝ってきた。滝の傍にあった墓のような形をした岩を数か月前、村の若者がふざけて転がし壊したのだ。
     もちろんそのことを魏無羨は知っていた。幽霊の少女は墓が「流された」と言わず「壊された」と言った。それに墓が置いてあった台座を確認したが、最近墓石が無くなったとわかるような跡が台座の真ん中にくっきりと残っていたのだ。老人がはじめに話していたが、この辺りは大雨が降るとすぐに川が氾濫する。もし川の氾濫で流されるような墓石なら、きっととっくの昔に流されて少女の幽霊の話が広まっていたとしてもおかしくない。

     斯くして数日後、準備を整えた魏無羨は慣れた手つきで水鬼を駆除すると村が用意した墓石を建て安息を吹いて鎮魂とした。そうして村人には墓を荒らさぬよう釘を刺すのも忘れない。
     墓石はちょっとやそっとで流されないように重かったので、魏無羨が運ぶのは少々大変だった。もちろん近くまでは藍忘機に運んでもらったが、少女の幽霊が怖がるため最後は魏無羨が運ぶしかない。重たい墓石を運んだ事で、すっかり一仕事終えた気分の魏無羨はさっきまですっきりとした気分のままに鼻歌を歌っていた。そう、さっきまでは。

     雲深不知処に帰ってきて早々、藍忘機は魏無羨を連れ出した。ついてきて欲しいと言われるままに頷いて上機嫌で後をついて行っていた魏無羨は、見知らぬ洞窟に連れてこられて急に不安になった。
     もしもここで殺人がおこっても誰も気付かないに違いない。それくらい入り組んだ道を通ってきた自覚がある。帰り道は覚えているが、道を隠すようにある茂みを退けたり、崖のように見える階段を下った先にある洞窟なんて一体なんの目的で使うのだろうか。

    (これは来た。とうとう来た。藍湛はついに俺に真実を突きつけ俺を、俺を……)

     その先は考えたくなかった。もしも許さないと失望したと、そして命を絶つよう言われたら魏無羨はどうするだろう。わからない。今はただ藍忘機についていくしか出来なかった。
     洞窟の内部はひんやりと冷たくて少し肌寒い。まるで鏡のように磨かれた地面を通る度、足音が響く。岩壁には所々白の混ざった透明な結晶が張り付いていた。心になんの後ろめたさも無ければこの景色を少しは楽しめたのかもしれないが今の魏無羨は緊張に支配されていて、当然ながら目に入る景色に思いをめぐらすことなど出来そうもなかった。
     通路のような大きさの道を通り抜けると天井が高く開けた場所に出た。本当に広い場所だ。静室なら簡単に中に納まってしまうのではないかという程に広い場所だった。
     中央は窪んでいて階段の様に段差になった岩を徐々にくだって降りていく。その一番下、この広場のおよそ真ん中あたりに来たところで藍忘機は立ち止まり後ろに付く魏無羨を振り返った。

    「魏嬰、君に伝えなければならないことがある。」

     魏無羨は喉を鳴らした。
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    Replies from the creator

    tuduri_mdzzzs

    DONE※シブに魏嬰の分と結をまとめてUP済。
    このあとは結書く。
    実は龍の化身である藍忘機の話藍湛視点


     藍忘機は緊張していた。何故なら魏無羨と恋仲になれたのはいいが、絶対に受け入れてもらわねばならない大きな秘密があったからだ。思いが通じ合ったのは天にも昇る心地であったが、これから明かさねばならない秘密が、藍忘機の心を深く沈めていた。

     藍忘機は龍の化身である。

     いや正確に言うならば龍神の使いなのである。藍氏本家直系は龍神の使いとして代々、人の身と龍の身、この二つの身を持っているのである。

     しかしそれを知るものは直系の人間とその伴侶以外いない。

     外弟子は当然ながら、内弟子でも知らぬことだ。しかし逆に伴侶は知らねばならない。知って、この事実を受け入れなければならない。何故ならば直系の子との間に子を産めば、それは龍の身となって産まれてくるからだ。大抵の者は自らの産んだ子を見て発狂する。母が二人も産めたのは今にして思えば奇跡だと、否、二人目までは大丈夫な者も多いのだそう。次こそはと願いその希望が叶わなかった時、ぽきりと心が折れてしまうと、いつだったか聞いた。それでも愛しまぐわうならば知らねばならない。龍の精を受け入れれば、男女に関係なく孕んでしまうのだから。
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