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    zeppei27

    @zeppei27

    カダツ(@zeppei27)のポイポイ!そのとき好きなものを思うままに書いた小説を載せています。
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    zeppei27

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    RONIN主福、前作の何となく続きです。無茶な人助けばかりする隠し刀の姿を見たらば、普通は心配になってしまうのでは?理性的に面倒を避けようとする諭吉の理解を超えた行動なんだろうなあと思うと、ちょっとだけ申し訳なくなります。冷静な人がメチャクチャになってしまう姿は良い。
    前作>
    https://poipiku.com/271957/10302464.html

    #RONIN
    #隠し刀(男)
    #主福
    #小説
    novel

    名付けたならば まだ熱を持っているような気がする。鏡台の前で髪を整えながら、福沢諭吉は努めて上の空でいようと懸命な努力を続けていた。普段であれば真正面から鏡の中の自分に向き合うところが、今日はどうにも難しい。否、この数日ほどはずっと同じ煩悶を繰り返しては鎮めていた。毎日見てそらで思い出せるような自分の顔など、今更何を感じよう。形ばかりの気合を入れてちら、と鏡を見てう、と思わず呻き声が出た。
    「いつもと同じ、のはずなんですけれどもね」
    どうしてこうも面映さが沸々と胸の中を満たしてゆくものか。ちらりと一瞬見ただけで、自分に向けられた眼差しの熱さまで思い起こされて頬が上気する。数奇な出会いを経た友人かつ一教子に過ぎないはずの隠し刀が、戯れともつかぬ誘いかけで自分の顎に触れた。太く節くれだった指先は戸惑う諭吉の唇をこじ開け――狼藉はそこまでだった。悪戯げな囁きを残して、全ては何事もなかったかのように日常に舞い戻っている。
    『それは今度の楽しみにしておこう』
    取って食われるような恐怖を抱いた台詞は全く実行される素振りがない。隠し刀は約束した日時に横浜貴賓館に現れ、滔々と『白鯨』を下敷きにした諭吉の教えを受けるばかりで、まるで置物のようにおとなしい。元より感情の起伏を大きく表現する人間ではないと知っているものの、さすがの諭吉もこれには焦れる思いだった。自分が次に何を求めているのか、本当の意味で理解しているとは言い難い。さはさりながら、謎には答えがあって然るべきではないだろうか?
     生来の好奇心と探究心が疼き、諭吉は彼の唇ばかりを見つめる羽目になっている。他人の体を医師として診る以上の興味を抱いたことはついぞない。どれも誰もが持ちうる、ありふれた器官だと理性は無駄を打ち捨てる。色が違う、形が違う、どれひとつとして同じではないが、意味は同じ――その、はずだった。
     懐紙で髪油のついた手を拭うと、そうっと唇に触れてため息が溢れた。鏡の中を見つめて、もう一度己の唇に触れる。彼はこの先に何を求めただろう。違う。これは彼の手ではない。彼ならば、と走り出そうとする想像を止め、拳で膝を叩いた。噛み締めた顎がギシギシと軋んで痛む。
    「僕はどうしてしまったんだ……」
    自分の唇に触れて、他人を思い出すようになるとは奇妙な現象だ。最初から自分のものだったというのに、まるで知らないものに初めて出会ったような戸惑いを覚える。奪われずして根本から根こそぎ攫われてしまったも同然で、自分はもう変わってしまったのだと認めざるを得なかった。
     次こそ直接問うてみよう。いつまでも問いに答えるだけの教師のままではいられない。進まなければ永劫置き去りにされてゆくだけのことである。決意を新たにしたところで再度身だしなみを確かめると、諭吉は定刻通りに家を出た。向かう先は、横浜貴賓館。今日は隠し刀との勉強日なのだ。




    「え?今日は取りやめにしてほしい、ですって」
    「ああ。先ほど時計塔の前で出会した際に言伝を頼まれた」
    だが決意とは往々にして挫かれるもので、諭吉は横浜貴賓館に辿り着くなり残酷な現実を突きつけられていた。伝言配達人であったアーネスト・サトウ曰く、隠し刀は急用により本日のご講義取りやめ願いたい由話したという。相手がいなければ自分の一人相撲に終わってしまう。気負って出かけた分、肩透かしを喰らった心地で身の落ち着けどころがない。
    「ちょうど、時計塔で飛び降り騒ぎが起きたところだった。『攘夷の意思を伝えるためにここから飛び降りてみせる』だのなんだの話していたが、全くくだらない行動だ。命の使い所を間違えている。……失礼、話が逸れたな。あの男はその騒ぎを止めてほしいと時計塔の管理者に頼まれたようだ」
    諭吉の狼狽を読み取ったのか、サトウは事情を詳らかに説明し始めた。人の頼み事を滅多に断らない、苦労ばかりを買って出るような隠し刀らしい話である。サトウは唾棄すべき見せ物に舌打ちしたところで男に捕まり、伝言役を引き受けたそうである。どうして私が、と言いながらもサトウの目に愉快そうな輝きがチカチカ瞬いているのは諭吉の見間違いではないだろう。ここにまた一人、あの奇人に興味を抱く人間が生まれつつあるのだ。
     ぼやぼやしていれば、ただ口を開けて待っているだけであった自分は到底及びもつかない場所へと遠ざかってしまうかもしれない。ああこんな気持ちになるのであれば、もっと早くけりをつけて仕舞えばよかった!苛立ちを咳払いで振り払うと、諭吉はようやくサトウに礼を述べた。
    「伝言していただき、ありがとうございます。時計塔ですね」
    「構わない。まさか行くつもりなのかね」
    「一応、僕の教え子ですから」
    会釈をするなり飛び出し、諭吉は呆気に取られるサトウの顔をよくよく見なかったことを残念に思った。あの沈着冷静を絵に描いたような男が面食らうのはそうそうない。だが、今は日常の楽しみに浸っている場合などではなかった。




     新しい横浜を象徴する建物の一つである時計塔の前は、サトウが言う通り野次馬でごった返していた。皆が一心に見つめる先、時計塔の文字盤前には確かに青年が一人へばりついていて何やら大音声で捲し立てている。もちろん全て日本語で、この場にいる殆どの人間――異人たちが理解できはしない。サトウが例外的な存在であるだけだ。訴え出る青年の頭を占める世界が、いかに狭いかを表す物悲しい現実だった。蟷螂が斧を振るうような滑稽な様相は、幕府が大獄などで民を徹底的に囲い込もうとした皮肉な結果である。
     なんにしたってただの迷惑だ、と諭吉は目当ての人物を探すべく周囲の建物群の屋根上をぐるぐると見回した。サトウの話から推測するに、隠し刀はきっと猿のように建物を登って上から騒ぎを起こした青年を捕まえにかかるだろう。彼はどこぞの忍出身らしい、常人ならば考えつかない移動手段を多数取り揃えている。今回のような頼み事を二つ返事で引き受けられるのは、きっと彼だけに違いない。時計塔の管理者は幸運の持ち主だったのだろう。
     命知らずの男を探すうち、ひゅうるりと近隣の蔵から鉤縄を使って飛ぶ姿を見かけ、諭吉はあっと声を上げた。予想違わず、彼には一切躊躇というものがない。塔に辿り着いたとて、騒ぎの首謀者は一丁前に武器など持っているのだから、見つかったらば無事では済むまい。どうしてそんな蛮勇を振るえるのか、彼の行動力は諭吉の理解を超えていた。
    「あ」
    と、飛びゆく男の顔が途中で振り向き、小さく手を振って見せた。恐らく、諭吉を見つけたに違いない。どうしてどうして、余裕があることだ――危機的状況下で自分を見つけ出した偶然を喜んでしまう自分が悔しい。手を振り返す勇気を発揮できぬうちに、男は颯爽と塔のてっぺんまで上がって悠々と青年を鉤縄で捕まえていた。目にも止まらぬ早業に、群衆は一瞬水を打ったように静まり返り――そうして歓喜に沸き立った。何一つしていないというのに自分のことのように喜ぶ気楽さが忌々しい。
    「すみません、道を開けてください」
    手ぐすね引いて待っている場合ではない。無責任者たちをかき分けると、諭吉は半ば強引に隠し刀の元へと飛び出した。捕囚はすっかり気を失わされたらしく、おっとり刀で駆けつけた幕府の下役人にしょっぴかれていく。感激して早口で捲し立てる管理者の言葉をわかっているのか、男はうんうんと適当に頷いて謝礼を受け取っているらしかった。十分な見返りであると良いのだが――今気にするべきはそこではない。
    「諭吉、来ていたのか」
    「来ていたのか、じゃあありませんよ」
    自分の姿を認めるや否や、パッと表情にほんのりと明るさが灯る隠し刀が恨めしい。これではろくろく文句も言えないではないか!言いたいことは数えきれないほどに胸の内に湧き上がっているというのに、諭吉がどうにか絞り出せたのは一番大切な一言だった。
    「心配したから来たんです。あなたがご無事で、本当に良かった。僕は、」
    「ありがとう」
    「僕は怒っています」
    礼節の手本のような返事を前に、諭吉の理性は全て吹き飛んだ。何を太平楽なことを言っているのか、さっぱり理解できない。男が逃げぬよう右腕を掴むと、諭吉はずんずんとそのまま群衆の外へ飛び出した。どこへ行くかは決まっていない。ただ、大切なことを全て伝え切ってしまいたかった。こうして掴んでいても、またぞろ誰かが助けを求めれば抜け出していってしまうに決まっている。余人の邪魔が入らぬ、静かな場所が心底欲しい。
     最終的に辿り着いたのは横浜貴賓館の図書室で、諭吉はしばらく二人にして欲しいと受付の役人に言い置いて閉め出した。ここまで手を尽くせば十分だろう。ようやっと虜を解放してやると、黙ってついてきた男は至ってくつろいだ様子で勝手に椅子に腰掛けた。どこまでも余裕を持っていることが忌々しい。自分が、自分がどんなにめちゃくちゃになったかも知れないで、と見当違いの怒りを携えると、諭吉は彼の正面に陣取った。もはや椅子など必要ない。膝と膝が触れ合うほどの距離に立つと、諭吉は男が逃げ出せぬようその両肩を掴んで押した。膂力には自信がある。しばらくはこれで十分だろう。
    「どうしたんだ、諭吉。何か困りごとでもあったのか?」
    「あなたは何もわかっていない。どれほど腕が確かでも、考えなしにあんな無茶を働かないでください。そりゃあ、あなたは人に頼まれれば大概のことはできてしまうんでしょう。ですが、何でもかんでも一人でできると思ったらば大違いです。サトウさんから知らせを受け取って、僕がどれほど心配したことか」
    人助けに邁進する隠し刀の姿は、さながら崇高な聖人君子かお伽話の主人公だ。非現実的で危うい。現に、彼の着物の合わせ目からチラチラ覗く肌はひどい傷だらけである。彼とて人間の身に違いはないのだ。取り返しがつかぬほどに傷付けば、当然儚くなってしまうだろう。
    「僕の知らないところで、勝手に傷付かないでください」
    「無茶を言う」
    「そうですよ、これは僕の我儘だ」
    けれども、言わずにはいられない。この身のうちに抑えきれぬ感情を生み出し、名を持たせた相手なのだから、それくらいの責任を取ってもらっても良いではないか。
    「無茶をする時には、せめて僕のことを思い出してくれませんか。……僕と、楽しむんでしょう」
    言ってしまった。言ってしまった、とうとう言ってやった!到底真正面から隠し刀の顔を見ることなどできず、諭吉は彼の肩口に顔を埋めてしがみついた。そうでもしなければ、理性的な振りなど続けてはいられない。否、もうとっくに自分は感情の手綱を取れなくなっている。男はこんな自分に幻滅しただろうか。しん、と静まり返った空気がもどかしい。先ほど喚いていた青年と、自分はどう違うと言うのだろう。相手に伝わらなければ、どんな行為も無意味だ。
    「すみません、気持ちを押し付けるような真似をしました。あなたは僕とは違う人間だとわかっているはずなのに、っ」
    「嬉しいな」
    離れよう、とした矢先にぎゅっと抱きしめられ、諭吉は声が出ないほどに驚いた。生きた人間にしか持ちえぬ熱に触れて、冷えた心がだんだんと温もりを取り戻してゆく。
    「嬉しいという気持ちを覚えたのが……あまりに久しぶりで、どう表せば良いのかわからなくて反応が遅れた。諭吉がこんなに私を思ってくれているとは知らなかった」
    「朴念仁」
    「意味はわからないが、諭吉が言うならそうなのだろう。悪かった」
    よしよし、と男の腕が背中を撫でる。身を寄せ合っていると不思議と心が落ち着くものなのだ、と諭吉は初めて知った。なるほど世の人が情人に溺れるわけだ。この温もりを手にしたらば、忘れることは難しい。
    「今度から、何かする前にはあなたのことを思い出すことにする。それと、なんだが」
    「はい、何でしょう」
    「楽しんでも良いのか?」
    からかいまじりの声音に、諭吉は相手の腕をつねることで答えてやった。大した人間に惚れてしまったものだ――そう、自分はとっくのとうに答えに辿り着いている。
    「良いですか、僕たちは恋をします。この意味は理解できますね」
    「私は物覚えが悪い生徒だからな」
    「もう!」
    「……だから、わかるまで教えてほしい。諭吉先生」
    ぐ、と男の声が一段低くなる。恐る恐る顔を上げて、諭吉は表情に乏しい男の炯々とした瞳に心を奪われた。ゆっくりと彼の膝上に体を預け、促されるままに頬を撫でる手に身を委ねる。
    「良いでしょう。覚悟を決めました」
    この気持ちに名前をつけたのだから。ぎゅ、と目を瞑って、諭吉は心に飛び込んだ。めちゃくちゃで、まるで理に叶っていなくて、けれども全てを表す心――愛とはかくも度し難い。だがひどく満たされる。コツを掴んだ男の愛は、一体どんな形を成すだろう。その日がたまらなく待ち遠しかった。


    〆.
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    zeppei27

    DONE何となく続きの主福で、清い添い寝を終えた朝に二人で湯屋にお出かけするお話です。単独でも読めます!
     好奇心が旺盛な人間は、純粋な気持ちで夢中になっているうちに地雷を踏むことがままあるでしょうが、踏んで爆発する様もまた良い眺めだと思います。

    前作>
    https://poipiku.com/271957/10317103.html
    もみづる色 情人と添い遂げた後の朝とは、一体どんなものだろうか。遥か昔の後朝の文に遡らなくとも、それは特別なひとときに違いない。理性の人である福沢諭吉も同様で、好きになってしまった人と付き合うようになってからというもの、あれやこれやと幾度となく想像を巡らせてきた。寄り添い合うようにして行儀良く寝たまま起きて笑い合うだだろうか?それとも、決して隙を見せることのない隠し刀のあどけない寝顔を見ることが叶うだろうか。貪られるのか貪るのか、彼我の境目を失うように溶け合ったとしたらば離れがたく寂しいものかもしれない。
     では現実はどうであったかというと、諭吉は窮屈な体をうんと伸ばしてゆるゆると目を覚ました。はたと瞳を開き、光を捉えた瞬間頭をよぎったのは、すわ寝坊したろうかという不吉な予感だった。味噌汁のふわりとした香りが空きっ腹をくすぐる。見覚えのない部屋だ。己の身を確認すれば、シャツと下穿きだけという半端な格好である。普段は米国で入手した寝巻を身につけているのだが、よそ行きのままということは、ここは出先なのだろう。それにしたって中途半端だ――
    9067

    zeppei27

    DONE何となく続きの主福で、付き合い始めたものの進展せずもだもだする諭吉と、観察者アーネスト・サトウの友情(?)話です。お互いに相手をずるいと思いつつ、つい許してしまうような関係性は微笑ましい。単品でも多分読めるはず!

    前作>
    https://poipiku.com/271957/10313215.html
    帰宅 比翼という鳥は、一羽では飛べない生き物だという。生まれつき、一つの目と一つの翼しか持たず、その片割れとなる相手とぴたりと寄り添って初めて飛べるのだ。無論伝説上の生き物であるのだから現実にはあり得ないものの、対となる相手がいなければどうにも生きることさえ立ち行かないという現象は起こりうる。
     かつての自分であれば鼻で笑ってしまうような想いに、福沢諭吉は今日もむぐむぐと唇を運動させた。ぐっと力を入れていなければ、ついついだらしのない表情を浮かべてしまう。見る人が見れば、自分が誰かを待ちわびていることが手に取るようにわかるに違いない。
     隠し刀と恋をする(そう、自分はけじめをつけたのだ!)ようになって以来、諭吉は一日千秋という言葉の意味を身を以て知った。滅多矢鱈に忙しい相手は、約束なくしては会うことの叶わぬ身である。彼の住まいに誘われたことはあるものの、家主は方々に出掛けてばかりで待ちわびる時間が一層辛くなるだけであった。
    7612

    zeppei27

    DONERONIN主福、前作の何となく続きです。無茶な人助けばかりする隠し刀の姿を見たらば、普通は心配になってしまうのでは?理性的に面倒を避けようとする諭吉の理解を超えた行動なんだろうなあと思うと、ちょっとだけ申し訳なくなります。冷静な人がメチャクチャになってしまう姿は良い。
    前作>
    https://poipiku.com/271957/10302464.html
    名付けたならば まだ熱を持っているような気がする。鏡台の前で髪を整えながら、福沢諭吉は努めて上の空でいようと懸命な努力を続けていた。普段であれば真正面から鏡の中の自分に向き合うところが、今日はどうにも難しい。否、この数日ほどはずっと同じ煩悶を繰り返しては鎮めていた。毎日見てそらで思い出せるような自分の顔など、今更何を感じよう。形ばかりの気合を入れてちら、と鏡を見てう、と思わず呻き声が出た。
    「いつもと同じ、のはずなんですけれどもね」
    どうしてこうも面映さが沸々と胸の中を満たしてゆくものか。ちらりと一瞬見ただけで、自分に向けられた眼差しの熱さまで思い起こされて頬が上気する。数奇な出会いを経た友人かつ一教子に過ぎないはずの隠し刀が、戯れともつかぬ誘いかけで自分の顎に触れた。太く節くれだった指先は戸惑う諭吉の唇をこじ開け――狼藉はそこまでだった。悪戯げな囁きを残して、全ては何事もなかったかのように日常に舞い戻っている。
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    zeppei27

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     好奇心が旺盛な人間は、純粋な気持ちで夢中になっているうちに地雷を踏むことがままあるでしょうが、踏んで爆発する様もまた良い眺めだと思います。

    前作>
    https://poipiku.com/271957/10317103.html
    もみづる色 情人と添い遂げた後の朝とは、一体どんなものだろうか。遥か昔の後朝の文に遡らなくとも、それは特別なひとときに違いない。理性の人である福沢諭吉も同様で、好きになってしまった人と付き合うようになってからというもの、あれやこれやと幾度となく想像を巡らせてきた。寄り添い合うようにして行儀良く寝たまま起きて笑い合うだだろうか?それとも、決して隙を見せることのない隠し刀のあどけない寝顔を見ることが叶うだろうか。貪られるのか貪るのか、彼我の境目を失うように溶け合ったとしたらば離れがたく寂しいものかもしれない。
     では現実はどうであったかというと、諭吉は窮屈な体をうんと伸ばしてゆるゆると目を覚ました。はたと瞳を開き、光を捉えた瞬間頭をよぎったのは、すわ寝坊したろうかという不吉な予感だった。味噌汁のふわりとした香りが空きっ腹をくすぐる。見覚えのない部屋だ。己の身を確認すれば、シャツと下穿きだけという半端な格好である。普段は米国で入手した寝巻を身につけているのだが、よそ行きのままということは、ここは出先なのだろう。それにしたって中途半端だ――
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    zeppei27

    DONE何となく続きの主福で、付き合い始めたものの進展せずもだもだする諭吉と、観察者アーネスト・サトウの友情(?)話です。お互いに相手をずるいと思いつつ、つい許してしまうような関係性は微笑ましい。単品でも多分読めるはず!

    前作>
    https://poipiku.com/271957/10313215.html
    帰宅 比翼という鳥は、一羽では飛べない生き物だという。生まれつき、一つの目と一つの翼しか持たず、その片割れとなる相手とぴたりと寄り添って初めて飛べるのだ。無論伝説上の生き物であるのだから現実にはあり得ないものの、対となる相手がいなければどうにも生きることさえ立ち行かないという現象は起こりうる。
     かつての自分であれば鼻で笑ってしまうような想いに、福沢諭吉は今日もむぐむぐと唇を運動させた。ぐっと力を入れていなければ、ついついだらしのない表情を浮かべてしまう。見る人が見れば、自分が誰かを待ちわびていることが手に取るようにわかるに違いない。
     隠し刀と恋をする(そう、自分はけじめをつけたのだ!)ようになって以来、諭吉は一日千秋という言葉の意味を身を以て知った。滅多矢鱈に忙しい相手は、約束なくしては会うことの叶わぬ身である。彼の住まいに誘われたことはあるものの、家主は方々に出掛けてばかりで待ちわびる時間が一層辛くなるだけであった。
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    zeppei27

    DONE初RONINで気分のままに、隠し刀(男)×諭吉です。どうして契らせてくれないんだ諭吉ぃ!姫扱いをしてきたのにこの仕打ち、昇華させずにはいられませんでした。服装と言い、恥じらいを見せる様子と言い、居合(史実)まで持ち出してきて胸がいっぱいです。理性的な人が熱くなって激情に身を任せる時の勢いって良いですね……。
    舌足らず 横浜貴賓館は今日も活況を呈していた。国も身分も分け隔てなく、世界に対し門戸を開かんとする人々で溢れ、明日への野望や希望がひしめき合って熱気を孕んでいる。交わされる言葉はほぼ日本語ではなく、目を閉じて仕舞えばここが日本であることをも忘れてしまうような様相である。長らく鎖国を強いてきた国とは思えぬ状態で、十年前の日本人であれば誰もが想像だにしなかっただろう。
     ここに、輝かんばかりの明日が見えようとしている。福沢諭吉もまた、そんな足掛かりを得るべく出入りする人間の一人だった。当初は幕府外国方として公文書を翻訳するためだけであったが、今では出入りする人々に日本語を教えるという小遣い稼ぎもできて一石二鳥である。とりわけアーネスト・サトウは、並々ならぬ熱意を持って学ぼうという姿勢が面白く、彼に教える時間が公務に計算されることも含めて希少な存在だ。本居宣長に興味を持ち、和歌を嗜もうとする英国人など、彼の母国でも滅多におるまい。彼との交流は、諭吉に母国に対する新しい見方を発見させる刺激的な時間だった。
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    zeppei27

    DONERONIN主福、前作の何となく続きです。無茶な人助けばかりする隠し刀の姿を見たらば、普通は心配になってしまうのでは?理性的に面倒を避けようとする諭吉の理解を超えた行動なんだろうなあと思うと、ちょっとだけ申し訳なくなります。冷静な人がメチャクチャになってしまう姿は良い。
    前作>
    https://poipiku.com/271957/10302464.html
    名付けたならば まだ熱を持っているような気がする。鏡台の前で髪を整えながら、福沢諭吉は努めて上の空でいようと懸命な努力を続けていた。普段であれば真正面から鏡の中の自分に向き合うところが、今日はどうにも難しい。否、この数日ほどはずっと同じ煩悶を繰り返しては鎮めていた。毎日見てそらで思い出せるような自分の顔など、今更何を感じよう。形ばかりの気合を入れてちら、と鏡を見てう、と思わず呻き声が出た。
    「いつもと同じ、のはずなんですけれどもね」
    どうしてこうも面映さが沸々と胸の中を満たしてゆくものか。ちらりと一瞬見ただけで、自分に向けられた眼差しの熱さまで思い起こされて頬が上気する。数奇な出会いを経た友人かつ一教子に過ぎないはずの隠し刀が、戯れともつかぬ誘いかけで自分の顎に触れた。太く節くれだった指先は戸惑う諭吉の唇をこじ開け――狼藉はそこまでだった。悪戯げな囁きを残して、全ては何事もなかったかのように日常に舞い戻っている。
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