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    zeppei27

    @zeppei27

    カダツ(@zeppei27)のポイポイ!そのとき好きなものを思うままに書いた小説を載せています。
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    zeppei27

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    なんとなく続いている主福で、単品でも読めます。リクエストでいただいた「月見」をテーマに、月に魅入られ月を楽しむ、二人のロマンチックなお話です。

    >前作:『餅は焼いても揚げても良い』
    https://poipiku.com/271957/10615331.html

    >まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html

    #RONIN
    #隠し刀(男)
    #主福
    #小説
    novel

    月を食む 人の心は変幻自在で移ろいやすく、今日花の可憐さに目を細めたらば翌日は懐の寂しさを嘆き、はたまた子の成長に目を見張る。世間そのものが変化に富んでいる中で、その一つ一つに感応しているとも言えるだろう。季節の移ろいに、事実以上の想いを見出すに至った隠し刀もまた、そうした俗世の眼差しを解するようになっていた。なべてそれは情人の福沢諭吉や、この歳になってようやく得た友人諸氏のお陰である。『人』の心は、人が知っている。
     故に自分もようやっと『人』になったものだと心密かに達成感を覚えるなどしていたのだが、実はまだまだであったらしい。横浜の写真館に、依頼された写真を届けついでに馴染みの飯塚伊賀七を訪ねた隠し刀は、真っ黒な紙を前にうんうん唸る友人の姿に首を傾げた。
    「ううん、やっぱり夜は難しいなあ。月だけじゃ、光量が足りないのか。しかし龕灯(がんどう)じゃあ到底足りないだろうし……夕焼けで勘弁してもらうしかないか」
    「夜、か。なるほど、これは夜を映した写真だったんだな」
    「わあ!」
    道理で真っ黒なはずだ、と隣に並んでしげしげと眺めれば、周囲のものに目もくれず夢中になっていた友人が飛び上がる。良い加減慣れても良さそうなものだが、こと習慣というものは簡単には変えられないらしい。ずれた眼鏡を丁寧に戻すと、伊賀七はうんうんと深く頷いた。
    「驚いたなあ。そう、そうなんだよ。実は、夜の月を撮影して欲しいという依頼があってね。しかし何度やってみても、夜の景色は上手く撮影することができないんだ。昼の光に負けないくらい、大きな……それこそ花火のような明かりがずっと点いていれば、撮影できる見込みはあるけれども、完璧に再現することは現在の技術では難しいだろうね。おっと、また喋り過ぎてしまった。ごめんよ、何か僕に用かい?」
    「用事と言えば、友人の様子を見ることだったから構わない。しかし、月ならばいつでも観られるだろう。それこそ、米国に渡ってでも観られるはずだ」
    この天と地が続く限り、太陽と月はどんな場所であれいつであれ、恐らく同じものが掲げられているはずだ。時刻を把握するために空を観察することが多いため、隠し刀にとっては馴染みの存在である。しかし印象を表現した絵とは異なり、事物をそのまま映す写真に残そうとする意図はどうにも理解できない。素直にその旨を伝えれば、伊賀七は肩をすくめた。
    「君の考えは科学的で、僕も賛成だよ。月はどこでも観ることができる。けれど、そう考えられない人もこの世にはいるんだ。『故郷から観る月の姿を旅先でも観て思い出したい』、というのが依頼でね。依頼した人には、特別な思い入れがあるのかもしれないな。ほら、お月見ってあるだろう?あの気分は僕もわかる気がするよ」
    「お月見?」
    なんと、この世には月をわざわざ観る催しがあるらしい。故郷から観た月、の何が特別なのか理解できぬ隠し刀は、もはや完全に置いてけ堀だった。全く、人は何に心を動かされるものか、奥が深くて追いかけきれない。いっそ全部捨て去った方が楽だと理性が甘言を囁く。だが、情人と共に過ごす世界を失うことは、もはや考えられなかった。大陸に渡りつつも根底の変わらぬ片割れが知ったらば、雑念が多いと失笑したことだろう。
    「秋には、お団子をお供えして、月を眺めながら飲んだり食べたりするんだよ。遅くまで起きる理由としてこじつけているだけかもしれないけれど、ぼうっと月を観るのはたまには良いかもしれないね」
    「つまり、本当にただ月を観るだけ、なのか」
    「そうだよ。だから、誰にでも楽しめるという寸法さ」
    他に観るとしたら流れ星かな、と伊賀七は至極真面目に返す。至って単純な行為と知って、隠し刀は眉間に皺を寄せた。これは『可愛い』よりも簡潔である分遥かに理解が難しい。諭吉と観れば違うかと言えば、彼とは度々夜道を共にし、長屋の縁側で月明かりの下酒を酌み交わしたこともある。さりとて月に何か思うところはちらともない。再び長考に入った伊賀七の手元に広がる黒々とした星ひとつない闇夜は、己の虚を映しているかのようで、隠し刀は小声でいとまを告げて去った。




     情人はまたぞろ些細なことに頭を悩ませているらしい。諭吉は隣でぼうっと空を眺める男の顔をちらと観やって、病気ではないらしいと判断した。普段であればすぐさまこちらに気づいて微笑みでも返すところだが、全く上の空である。かと言って、自分といる時間に対して飽いたり倦んだりしている風でもない。今日は、馴染みの書店が在庫の虫干しをしたついでに整理も兼ねて安売りをすると聞き、洋書を安く手に入れる好機だと繰り出したものの、楽しいのは自分ばかりのようだ。
    「見てください、欧州各国における麦酒の味の比較だそうですよ!きっと私家本でしょうね。これは良いものですよ」
    「諭吉のために書かれたような本だな。きっと本も諭吉に読んでもらいたかったんだろう」
    流石に話しかければ気づく程度のそぞろではあるらしい。ようやっと見れた笑顔も言葉も本心だろうが、昼の太陽に薄雲がかかるにも似てどこかすっきりとしない。とは言え今を逃せば良本を逃す可能性は高かった。しばし呻吟し、好奇心と思慕を天秤にかけて、諭吉は目先の欲望を手早く済ませることに決めた。もし考え事をしているのであれば、多少まとまったところで話した方が問題も解決しやすかろう。というのは殆ど言い訳だったが、教育論集を見つけた諭吉の頭ではすぐさま憂が棚の上に置かれた。
     懐と入念に相談し、店主と駆け引きしようと息巻いたあたりで様子を伺うと、隠し刀は何やら図版を広げて繁々と眺めていた。もちろん洋書で、多少自分が手解きしたと言えども、こうも熱心に読み耽るほど隠し刀は通暁してはいないはずである。何もわからずとも見たいと思わせる――素晴らしいではないか?諭吉は、未知のものに示す男の素直な好奇心を愛していた。彼にその気持ちがなければ、二人の縁が深く交わることはなかっただろう。
     さておき気がかりなのは本の内容である。表紙に書かれた題名は、『Elements of chemistry』。著者はロバート・ケインとジョン・ウィリアム・ドレイパー。どちらも初めて見るが、幅広く最新の科学について書かれた本であるらしいことは推察される。自分も科学には深い興味があるものだから、諭吉は大胆にもぎゅっと身を寄せて隣から中身を覗き込んだ。
    「ん?諭吉、買い物は済んだのか」
    「まだ途中ですよ」
    そっと相手の頬が寄せられ、胸が高鳴る。我ながらわかりやすいものだ。はた目には仲良く一冊の本を分け合って読んでいるように見えるかもしれないが、親しすぎる仲にとっては危うい距離感だった。ここが往来でなければ、情人にしなだれかかっていただろう。隠し刀の胸板はがっしりとして、成人男性としてもかなり立派な我が身を預けるのに丁度良いのだ。猫が人の懐に入りたがるという気持ちもよくわかる。温かで自分にぴったりの場所は世界中のどこよりも居心地が良い。
     隠し刀が熱心に見ていたページには、ぼやぼやとした白黒の絵が刷られており、かすれた穴だらけの黒塗りの背景に、ぽっかりと丸い円が大きく描かれている。円の中には水泡のようにぽつぽつとした大小の円が淡く浮き上がり、円の左端に刷かれた爪のような墨の孤が強く印象に残った。表題は『the Moon』、それも添えられた説明によれば写真であるらしい。
    「月の写真ですって?信じられない、どうやって撮影したんでしょう」
    「諭吉程読めるわけではないが、方法については書かれていていないようだ。夜に撮影する方法が書いてあれば、伊賀七に教えてやれたのに」
    「なるほど、伊賀七さんですか。……うん、残念ですが、ここには撮影方法までは書かれていませんね」
    「やはりそうか」
    苦笑しつつも、隠し刀の表情はやはり晴れない。そんなにも思い入れのある依頼だったのだろうか。隠し刀の指先がつーっ、と虚像の月をなぞる。ただ写真を眺めているだけにも拘わらず、妙に艶やかな仕草だ。自然、情人の指が己の身を這う感覚を思い起こし、諭吉は微かに頬を赤らめた。
    「人はどうして月を観るのだろう」
    わからない、と男は小さく呟いて中空に目をやる。真っ白な昼の月が、ぼんやりと青空に浮かんでいた。どうということもない当たり前の風景で、不鮮明な写真ほどには感動もない。不可解さを見て取ったのだろう、隠し刀は伊賀七とのやり取りをかいつまんで説明してくれた。要するに、彼は月見を理解できぬ己に欠落を感じているらしい。
     真面目だ。生真面目すぎる。思えば先日は『可愛い』にいたく頭を悩ませていた。このままでは愛だとか生命だとか、高尚な禅問答の領域にさしかかってしまいそうで恐ろしい。なんとか方向性を引き戻してやろうと、諭吉は腹に力をこめた。
    「それじゃあ、今夜はお月見をしましょう。形から入るのも良いものですよ」
    解らなくても良いではないか。自分の気持ちを解らないままでいる朴念仁の癖に、何を深く悩むことがあろう。第一、月はいつまで経っても年を取らずに天にある。命の短い営みで押し切ると、隠し刀はぱたんと本を閉じた。俗世の勝利だった。




     期待した通り、今夜も月は紺青の空に淡く輝いていた。雲は千切れて遮りもせず、敢えて灯を置かずとも十分なくらいに縁側は明るい。宴をするべく膳を並べながら、隠し刀は月を見上げて首を振った。月は未だに月のままだ。
     洋書を買う折に、せっせと掘り出し物を探り当てる諭吉の顔が輝いていく様に胸打たれ、満遍なく観ることのできる立場を噛みしめたところまでは順調だったはずだ。ちょっかいを出したいものの、折角の機会を台無しにしたくはないという理由で空を見上げたのが、躓きの始まりである。月だ。伊賀七の元を去って以来、余り考えないように努めていた月が、正面からじっとこちらを見守っていた。
     幼い頃から変わりなく、ただ活用方法だけを覚えた存在が、今では化け物染みて見えるのだから不思議である。見れば見るほど惑うばかりだ。逢瀬中に他のものに注意をそらしてしまった報いは散々で、西洋の知識で多少は理解を深められるかと抱いた朧な期待は否定され、意図せずして放置した情人の機嫌も損ねてしまって惨憺たる有様である。諭吉はあからさまに口にはしないものの、面白くなかったのは間違いない。
     元々、今日は黒麦酒を出すという英国人が切り盛りする居酒屋に行く予定だった。そこの二階が間貸しをしているという何とも乙な趣向で、隠し刀はあわよくばと朝からふわふわと意気込んでいたのである。甘味処ではところてんを食べたいところをぐっと堪えて白玉の餡子添えを選び、汁粉を冷まそうと息を吹く諭吉を笑顔で見守りもした。さりげなく店の話をし、時折腕に触れるなどして意を伝えたつもりが、自分の行動一つで全て台無しである。そもそも自分の誘いかけが通じていたかも定かではない。
     人付き合いの上手い長州藩士や坂本龍馬に、たまには直接ではなく情緒を持って誘うべしと説かれ、あれこれ考え抜くも、自分にはまだまだ早かったらしい。その点、諭吉は暗示やさりげない強請りが絶妙に上手く、断ることは至極困難だ。相手が納得してくれたとて、好機を逃した己が憎たらしくなってしまう。事前にあれこれ想像を巡らせるものではない。
     無論、月見酒のために二人で菜を買ったり酒を選んだりするのは楽しい時間だった。何と言うことのない日常は、さながら二人が起き臥しを共にしているかのように錯覚させる。人は、変わらずにはいられない。だからこそ、余すところなく今を欲するのだろう。
    「ああ、綺麗な月ですね」
    複数の酒杯を並べた盆を持った諭吉が、昼と異なり感慨深げに空を見上げる。昼間は何ら特別感を抱いていないように感じられたものの、やはり彼にも感じる心はあったらしい。並んで座り、清酒を猪口に注ぐ。とっとっとっと、ととっくりが鳴らす音はこちらの喉から出る音にそっくりだった。武骨な黒い猪口に、澄んだ清酒がきらりと照りを与える。受け取ったそれを素直に口に運ぼうとすると、諭吉がつい、と手で制した。
    「今日はお月見ですよ」
    言うや否や諭吉は左手で自分の猪口を捧げ持ち、中空に差し出した。ついで右手は自然にこちらを招く。吸い寄せられるままに身を寄せれば、猪口の中でゆらゆらと月が揺らめいていた。
    「月を捕まえたんだな」
    月をまとった雫は、盗人の口へと流れ込む。ただの遊びと知りつつも、隠し刀も自分の猪口で月を盗んだ。
    「昔の人は、湖や川に船を浮かべて月を楽しんだとも聞きます。僕に用立てられるのはこれくらいですが、湖は飲み干せませんから」
    「どうかな?酒の湖だったら、諭吉は泳いでいきそうだ」
    「あなたは僕を何だと思っているんです」
    ぷい、と明後日の方を向く仕草に思わずくすくすと笑みが零れる。
    「すまない。月を取ってくるから、許してほしい」
    今度はギヤマンのグラスにウヰスキーを注ぐ。琥珀色の湖に浮かんだ月は淡く、不確かな写真の姿を思わせる。情人の唇にグラスの縁を当てれば瞬く間に蕩け、渡そうとした手の上から諭吉の手が添えられた。逃げられない。ちら、と上目遣いに強請られるままグラスを傾けるも、どっどと渦巻く血流が激しく騒いで喧しい。最後の一滴まで、永遠とも思われるほどの時間が飲み干された頃にはもう、隠し刀の理性ははち切れそうだった。
    「ご馳走様です」
    きら、と光が目を貫く。瞬きを繰り返すと、隠し刀は次の一杯を探し始めた諭吉の頬に手を添えた。
    「月が綺麗だ」
    「ええ、」
    諭吉の戸惑う瞳の中で、月が揺れる。なるほどこれは楽しむ価値がある。酒に映る月を愛でるくらいなのだ、間違ってはいるまい。虜にした月を貪ると、しっとりと濡れた感触が柔らかく応えた。
     この『月』を、もし手元に残せるものならば残したい。あるいは全部食べ尽くそうか。ようよう離れるも未練がましく、隠し刀は飲み足りないと不平を漏らす諭吉の頬を突いた。
    「これから先、月を観る度に思い出しそうだ」
    「ふふ」
    麦酒の瓶を開けて、諭吉が肩を揺らす。なんとか機嫌を直してもらえたらしい。
    「それじゃ、僕も月を観なくてはなりませんね」
    後で、じっくりと。注がれる眼差しの熱さに頭が煮えてしまいそうだ。黙って静かに頷くと、隠し刀は麦酒の泡を流し込んだ。

    〆.
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    zeppei27

    DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。七夕を楽しむ二人と、夏の風物詩たちを詰め込んだお話です。神頼みができない人にも人事を超えた願いがあるのは良いですね。
    >前作:昔の話
    https://poipiku.com/271957/11735878.html
    まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
    星渡 折からの長雨は梅雨を経て、尚も止まぬようであった。蒸し暑さが冷えて一安心、と思ったが、いよいよ寒いと慌てて質屋に冬布団を取り戻そうと人が押しかけたほどである。さては今年は凶作になりはすまいか、と一部が心配したのも無理からぬことだろう。てるてる坊主をいくつも吊るして、さながら大獄後のようだと背筋が凍るような狂歌が高札に掲げられたのは人心の荒廃を憂えずにはいられない。
     しかし夏至を越え、流石に日が伸びた後はいくらか空も笑顔を見せるようになった。夜が必ず明けるように、悩み苦しみというのはいつしか晴れるものだ。人の心はうつろいやすく、お役御免となったてるてる坊主を片付け、軒先に笹飾りを並べるなどする。揺らめく色とりどりの短冊に目を引かれ、福沢諭吉はついこの前までは同じ場所に菖蒲を飾っていたことを思い出した。つくづく時間が経つ早さは増水時の川の流れとは比べるまでもなく早い。寧ろ、歳を重ねるごとに勢いを増しているかのように感じられる。
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    zeppei27

    DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。リクエストをいただいた、諭吉の「過去のやらかしがバレてしまう」お話です。自伝の諭吉、なかなかの悪だからね……端午の節句と併せてお楽しみください。
    >前作:枝を惜しむ
    https://poipiku.com/271957/11698901.html
    まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
    昔の話 気まぐれに誰かを指名した後、その人の知り合いを辿ってゆけば、いずれ己に辿り着くらしい。世界広しといえどもぐるりと巡れば繋がっていると聞いたところで、福沢諭吉には今ひとつわかりかねる話だった。もっともらしい話をした人物が、自分に説諭しようという輩だったから反発心を抱いたということもある。その節にはいくらか激論を戦わせてもの別れになり、以来すっかり忘れてしまっていた。
     だが、こと情人である隠し刀に関していえば、全ての人と人が何某かの形で繋がっているのではないかという気にさせられる。勝海舟邸に出入りするようになって日が浅いが、訪れる人が悉く彼の知り合いだった、などは最早驚くに値しない。知らぬうちに篤姫からおやつを頂戴していた際には流石に仰天させられたし、勝の肝煎である神田医学所はもちろん、小石川植物園にまでちゃっかり縁を繋いでいる。幕府の役人でさえそう縦横無尽に出入りすることはままならない。彼の自由さは本物であり、語る冒険譚は講談の域に達している。
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    zeppei27

    DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。御前試合の後、隠し刀が諭吉に髪を整えてもらうお話です。諭吉の断髪式に立ち会いたかった……!どうしてなんだ、諭吉!
    >前作:探り合い
    https://poipiku.com/271957/11594741.html
    まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
    枝を惜しむ もう朝である。障子を通り過ぎた陽の光に瞼をぴくりと動かすと、諭吉はうっすらと浮かび上がっていた意識を完全に現実へと上陸させた。つい先ごろうたた寝をしながら書物を読んでいたつもりが、いつの間にやら轟沈してしまったらしい。やるべきことは山積していると言うのに、ままならぬものである。光陰矢の如しというが、このところは本当に年中時間が勝手に体を通り抜けていっているような気がしている。国全体が大きなうねりの中にあって、置いていかれぬためには必死で鮪のように泳ぎ続けねばならない。
     無意識のままに簡単に身支度を整え、ここが勝海舟の邸だということを再認する。要するに仕事で一日を食い潰したのだろう。どこを向いても自分くらいしかできないだろうという未来が転がっているので、少しも気の休まる日がない。顔を洗ってもしっくりしないので、朝食を終えたら(もちろん太っ腹な勝であれば出してくれるに決まっている)朝湯に行って仕切り直しを図ろうか。鏡を見て、自分の髪を整え直し――諭吉は鏡の端に写った相手に会釈した。
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    zeppei27

    DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。数年間の別離を経て、江戸で再会する隠し刀と諭吉。以前とは異なってしまった互いが、もう一度一緒に前を向くお話です。遊郭の諭吉はなんで振り返れないんですか?

    >前作:ハレノヒ
    https://poipiku.com/271957/11274517.html
    まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
    答え 今年も春は鬱陶しいほどに浮かれていた。だんだんと陽が熟していくのだが、見せかけばかりでちっとも中身が伴わない。自分の中での季節は死んでしまったのだ、と隠し刀は長屋の庭に咲く蒲公英に虚な瞳を向けた。季節を感じ取れるようになったのはつい数年前だと言うのに、人並みの感覚を理解した端から既に呪わしく感じている。いっそ人間ではなく木石であれば、どんなに気が楽だったろう。
     それもこれも、縁のもつれ、自分の思い通りにならぬ執着に端を発する。三年前、たったの三年前に、隠し刀は恋に落ちた。相手は自分のような血腥い人生からは丸切り程遠い、福沢諭吉である。幕府の官吏であり、西洋というまだ見ぬ世界への強い憧れを抱く、明るい未来を宿した人だった。身綺麗で清廉潔白なようで、酒と煙草が大好物だし、愚痴もこぼす、子供っぽい甘えや悪戯っけを浴びているうちに深みに嵌ったと言って良い。彼と過ごした時間に一切恥はなく、また彼と一緒に歩んでいきたいともがく自分自身は好きだった。
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    zeppei27

    DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。七夕を楽しむ二人と、夏の風物詩たちを詰め込んだお話です。神頼みができない人にも人事を超えた願いがあるのは良いですね。
    >前作:昔の話
    https://poipiku.com/271957/11735878.html
    まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
    星渡 折からの長雨は梅雨を経て、尚も止まぬようであった。蒸し暑さが冷えて一安心、と思ったが、いよいよ寒いと慌てて質屋に冬布団を取り戻そうと人が押しかけたほどである。さては今年は凶作になりはすまいか、と一部が心配したのも無理からぬことだろう。てるてる坊主をいくつも吊るして、さながら大獄後のようだと背筋が凍るような狂歌が高札に掲げられたのは人心の荒廃を憂えずにはいられない。
     しかし夏至を越え、流石に日が伸びた後はいくらか空も笑顔を見せるようになった。夜が必ず明けるように、悩み苦しみというのはいつしか晴れるものだ。人の心はうつろいやすく、お役御免となったてるてる坊主を片付け、軒先に笹飾りを並べるなどする。揺らめく色とりどりの短冊に目を引かれ、福沢諭吉はついこの前までは同じ場所に菖蒲を飾っていたことを思い出した。つくづく時間が経つ早さは増水時の川の流れとは比べるまでもなく早い。寧ろ、歳を重ねるごとに勢いを増しているかのように感じられる。
    3654

    zeppei27

    DONE企画2本目、うさりさんよりいただいたご指名の龍馬で、『匂いを嗅ぐ』です。龍馬は湯屋に行かないのでなんというか……濃そうだな、などと具体的に想像してしまいました。香水をつけていることもあり、変化を楽しめる相手だと思います。
     リクエストありがとうございました!
    聞香 千葉道場の帰り道は常に足取りが重い。それなりに鍛えている方だが、疲労は蓄積するものなのだと隠し刀は己の限界を実感していた。所詮は人の身である。男谷道場も講武館も、秘密の忍者屋敷もすいすいとこなしたところで、回を重ねれば疲れるのも道理だ。
     が、千葉道場は中でも格別であった。理由の一つは毎度千葉佐那が突撃してくることで、一度は勝負しないと承知してくれない。そうでもなければ、「私に会いに来てくださったのではないですか」などとしおらしい物言いをされるので弱ってしまう。健気な少女を健全に支えたつもりが、妙な逆ねじを食わされている形だ。
     佐那だけならばまだ良い。性懲りもなく絡んでくる清河八郎もまあ、どうにかなる。問題は最後の一つで、佐那が坂本龍馬と自分との手合わせを観たいとせがむところにあった。彼女は元々龍馬と浅からぬ因縁があり、ずるい男は逃げ回るばかりで年貢を納めようとしない。その癖、隠し刀の太刀筋が観たいだのなんだの言いながら道場までついてくる。佐那は龍馬と手合わせできないのであれば、二人が戦う様を観たいと譲歩してくれるというのが一連の流れだ。
    3110

    zeppei27

    DONE企画4本目、加糖さんよりご指名頂いた黒田で、『分け合いっこ』です。豪快さと可愛さの合わせ技、黒田君はいろんなものを何の気なしに分け合ってくれるような気がします。多分他意はないんだ……あるって言って!
     リクエストありがとうございました!
    太陽の共食い 薩摩藩上屋敷は夏真っ盛りだった。縁側をみっしりと埋め、前庭に敷いた筵一面に広がる夏の成果に、黒田清隆は目を疑った。江戸に来てから久しいが、このような異様な光景に出くわすのは初めてである。
    「西瓜……だと?」
    「その通りだ、黒田」
    朋輩たちがわらわらと興味本位で群がる様に呆然としていると、のっそりと大きな影がさした。いついかなる時も沈着冷静な人は誰であろう、大久保利通である。流石に彼ならば事情を知っているに違いない。こちらの困惑を見て取ったのだろう、利通は淡々と続けた。
    「篤姫様が、暑気払いにと御下賜されたのだ。京の都から取り寄せたらしい。……一人一つだ!欲張るでないぞ!」
    「承知しもした!」
    すかさずちょろまかそうとした輩がいたのだろう、利通の一喝ですぐさま場の空気が引き締まる。確かに、薩摩の暑さに比べれば江戸の夏など可愛らしいものだが、暑いには変わりない。西瓜のみずみずしい甘さは極上に感じられるだろう。篤姫も小粋な計らいをしてくれたものだ。
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    zeppei27

    DONEいつもの主福の現パロのハロウィン話です。単品でも読めます。本に書下ろしで書いていた現パロ時空ですが、アシスタント×大学教授という前提だけわかっていれば無問題!普段通りの場所の空気が変わるのって、面白いですね。
    幸なるかな、愚かな人よ 最初はクリスマスだった。次に母の日が来てバレンタインデーが来て、父の日というなんとも忘れられがちなものを経てハロウィンがやって来た。日本のカレンダーでは直接書かれることはまだまだ少ないものの、じわじわと広まった(あるいはメディアなどの思惑に乗って広められた)習慣は、お花見よろしくお祭り騒ぎをする格好の理由として大流行りを迎えている。街中に出れば、芋栗南瓜くらいしかなかった秋の風景に、仮装衣装が並び、西洋風の怪物や魔女、お化けといった飾り物が目を楽しませてくれる。
     秋と言えば何といっても紅葉で、その静けさと味わい深さを愛していた福沢諭吉にしてみれば、取り立てて魅力的なイベントではない。寧ろ、大学で教鞭を奮う立場にとっては聊か困りものでもあった。校門前には南瓜頭を被った不審者が守衛に呼び止められ、学生証の提示を求められている。ブラスバンド部が骸骨が描かれた全身タイツを着て、ハロウィンにちなんだ映画音楽を演奏し、それに合わせて黒猫の格好をしたチアリーダーがぴょんぴょん跳ねる。ここぞとばかりに菓子を売る生協の職員は魔女で、右を向いても左を向いても仮装をした人間が目立った。まともな格好をしている人間が異界に迷い込んだ心地とはまさにこのような状態を指すだろう。
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