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    アンリ

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    アンリ

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    #曦澄

    人間曦×人魚澄②あれから一度雲深不知処に戻り、蔵書閣で彼のような存在について何か記載されていないかと探したところ、禁書室にとある本があった。
     その本によると、彼は『人魚』と呼ばれる存在らしい。人魚は人の上半身に魚の下半身を持ち、とても美しい姿と声を持っていて、水の中で暮らしてる。また、知能がとても高く彼ら特有の言語に加え、我々人間の言葉も理解し、話すことができるとあった。
     確かに彼はとても美しい容姿をしていた。夜空を溶かし込んだかのような漆黒の髪にだが、先日彼はおそらくその人魚語のみしか話していなかった。警戒されていたのだろうか。
     彼と話してみたい。
     そう思い、叔父に話をして暫く雲夢に滞在する事になった。




    「あ……」
    「キュ……」
    「こんにちは。はじめまして、人魚さん。私は姑蘇藍氏、藍渙。字は曦臣で号は沢無君と言います。先日の怪我はどうですか?痛みませんか?」
    「キュッ!!!!キュイィ!!!!」
     人魚の彼とあった蓮花湖の畔に行ってみるとそこの岸に腰掛けていた彼がいた。
     再び会えた事の喜びで思わず近づくと水をかけられてしまった。どうやら近すぎたらしい。
    「すみません、興奮しすぎてしまいました」
    「…。キュゥ…」
     呆れたようにため息をつきがら尾鰭を見せてくれる。煌めく鱗が剥がれて痛々しい傷口は、一見血は止まっているものの動かすと血が滲み出てくる。動くと傷が開いてしまうためここから動けないらしい。
     確かに普段泳いで暮らすのならこれは困るだろう。水中であるために常に水に触れることから血が流れる限りいつまでも水へ流れ出てしまうのだろう。
    「失礼、触りますよ」
     そっと尾鰭を手に取ると跳ね除けられる。嫌だったのだろうかと思うと彼はキュイキュイと何かを主張している。だが、藍曦臣は人魚語がわからないので彼が何を伝えたいのかも理解できない。
     藍曦臣が理解してない事に気づいた彼はまた一つため息をついて口を開く。
    「手が熱いんだ…触るなら水温と同じくらいに冷やしてくれ。そうでないと火傷してしまう」
     ハッとした。そうだ、彼は人ではない。だから体温が人間と同じとは限らないのだ。
     慌てて手を湖につけて冷やす。蓮の盛りの夏場でもどこかひんやりとした水は確かに藍曦臣の体温よりもずっと低かった。確かに彼の体温が湖の水温と同程度なら彼にとって藍曦臣の手は熱すぎる。火傷をしてもおかしくなどない。
     暫く冷やしていると、徐に彼が手に触れてくる。何故かわからないが激しく跳ねる心の臓を不思議に思いながらもそっと見守る。彼はペタペタ、にぎにぎとひとしきり触った後、満足げに頷く。
    「これくらいなら大丈夫だ。…ほら」
     そう言って尾鰭を再び見せてくれるも、藍曦臣は触れようとしない。
     なぜなら、今ようやく人魚の彼が人の言葉を話していることに気づいたのだから。
    保おけている藍曦臣にムッとした顔をすると、その手を掴み、触れさせた。
    「ほら!!」
    「…あ、あぁ。では、見させていただきますね」
    グルゥと不満げな声をあげたため藍曦臣は本来の目的を思い出し、診察を始めた。
    上半身の傷は薄皮を貼り始めているが、下半身はあまり再生が進んでいないように見える。上半身はこのまま経過観察で良さそうだが下半身は魚なのだから魚の治療法を用いるべきだろうか?だが、そうなると一度戻って蔵書閣でしっかり調べたいところだ。
    ふと彼を伺いみると暇なのだろう。手で水をはねさせて遊んでいる。こちらもあらかた診察を終えたので会話を試みる。
    「その、お名前を伺ってもよろしいですか?」
    「ん?あぁ。俺は江澄、字は晩吟だ。呼び方は貴方が好きなようにすればいい」
    「では江澄と呼ばせていただきますね。江澄はなぜ私と人の言葉で話をしてくれるようになったのですか?」
    「貴方は俺に対して害意がなさそうだったからな。それに、なんだかぽわぽわしてて警戒するのも馬鹿らしくなった。あとは、こっちの方が意思疎通しやすいだろ?」
    「それは、いい意味で捉えてもいいのでしょうか?」
    確かに意思疎通はしやすい。それに彼も警戒を解いてくれたのも分かる。だが、あの可愛らしい人魚の言葉を江澄の口から聞けないのももったいない気がした。
    そんなことを考えているとキュキュイとあの声がした。パッと江澄を見やると彼はニヤリと悪戯な笑みを浮かべていた。
    「こっちも聞きたいとか思ってるんだろ。まぁ貴方達人間にとっては珍しいからな」
    「江澄はどうやって人の言葉を覚えたのですか?」
    「…確か、両親が教えてくれたはずだ。俺たち人魚の中でも偶に人間と出会うやつがいるんだ。その時、誤解を受けて討伐などに発展しないよう教えられた。人魚の言葉は人間には発音出来ないからな」
    幼い頃の記憶がないのだろうか?あまり詮索されたくなさそうだと特に深く聞くことはなかった。
    それから数日、何気ない話をしていたところ雲深不知処に帰る日が明日に迫っていた。だが、江澄の下半身の傷はちっとも治っておらずそれどころか鰭が裂けてきたりなど悪化し始めている。新しい治療法を探さなければならない。
    「江澄、私は明日姑蘇に戻ります。あなたの治療法を探すのでもしかしたら暫く来れないかもしれません」
    「姑蘇…だいぶ北の方だな。姑蘇か……確か碧霊湖と彩衣とかいう町に水路が繋がっていたはずだ。俺がそっちに行こうか?」
    「それは、確かに治療が捗るかもしれませんがこっちに来る間に悪化しませんか?」
    「問題ない。藍曦臣のおかげで普通に泳ぐ分には大丈夫なくらい回復はしたからな。鰭は…これはもう一度剥いで全部再生させた方がいい。この鰭での最後の旅だとでも思うさ」
    「それなら…。確かに彩衣町なら御剣の術ですぐに行けますが…」
    「ぎょけん?なんだそれは?何かの乗り物か?」
    江澄が姑蘇に来る利点を呟くと、彼が知らない単語に食いついてくる。どうやら彼ら人魚の間には修士や仙門百家のことは伝わっていないらしく、修士特有の単語が出てくると興味津々に尋ねてくる。いつもはキリッとした、ごく稀に見られる紫朝の空を思わせる瞳が大きく開かれる。その様子は大変可愛らしく、藍曦臣も楽しく説明をしていた。
    江澄の興味は完全に御剣の術に持っていかれてらしい。藍曦臣は苦笑して、御剣の術について軽く説明する。
    江澄の口からクルルルルと人魚の言葉が出る。人間がほぉうと言う時と似たような感覚なのだろうかと藍曦臣は考えた。
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     もう、一時は経っただろうか。
     藍曦臣は眠っただろうか。
     江澄はそろりと帳子を引いた。
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