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    saka_esa

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    リクエスト@ふぅ太さま:現代 大学生高校生

    「青いはる」 街中にいるあの人をみた。塾も終わり早く帰らなければ補導されかねない時間だった。
    いつもつかっている路線は人身事故で止まってしまったとネットニュースで知り、親に連絡すれば車を出してくれるだろうが成績が振るわないことを指摘される時間が増えるのが嫌で電話することができなかった。
    バスも行列が出来上がり並んでいるよりもそれなら隣の駅まで歩いてタクシーを捕まえるか、捕まえられなければ時間がかかってもいいから歩いて帰ろうと思った。
    普段歩かない夜の繁華街は昼間と違って空気が淀んでいる。ネオンライトの明るさとどこからともなく聞こえてくる重低音、客引きや多国籍な酔っ払いの下品な笑い声。
    繁華街には近づくなと散々言われたのはこういう理由なのかと大人の遊ぶ姿に辟易するが、それにしても楽しそうに笑う。
    自分の周囲にはなかなかいないタイプの人間はこういうところでこうやって笑いながら遊ぶのか。
    中学校受験に失敗してから両親との関係にヒビが入り勉強一筋でここまでやってきた自分はどうしたらあんな風に楽しそうに笑えるのかが想像もできなかった。
    「あ」
    小洒落た飲み屋の連なる通りを足早に抜け出そうとすると店から出てきた集団とかち合った。
    通路を塞がれ横に抜けようとしても広がった酔っ払いに遮られて通れない。早く帰りたいのにと苛立ちが増す。
    「藍君も次行くでしょ?」
    「君たちだいぶ飲んでいたけれど大丈夫?」
    どきっとした。
     開けられたままの扉から見知った顔がでてきた。しかも両脇に女を連れている。綺麗に化粧をして露出はそこそこ、清潔な印象も欠けていない、身なりに気を使った装いは江澄の好みではないけれど、あぁいうのはウケがいいんだろうなと思う。
    曦臣の好みかは知らないが、女たちに対して気遣わしげな顔をしている曦臣の顔は決して嫌そうではない。
     夜の繁華街に曦臣がいるのは妙な感じだったが曦臣とて大学生なのだ、成人しているのだからこの時間に、酒が提供される店に女と一緒にいたとしてもなんら問題はない。
    「あぁいうのが好きなのか」
    呟いた声は思ったよりも大きくすぐそこにいた数人が江澄を見た。何を言ったかまではわからなかっただろうが自分たちが歩道を陣取っていることには気がついたらしい。
    「邪魔になってるよどいてあげて、ごめんね」
    「制服でこんなところ歩いていたら危ないよ」
    酔っ払い特有のでかい声で笑いながらごめんねとよけていく。あいた通路を足早に通過しようとして阻まれた。
    「江澄…?何故こんなところに」
    見れば曦臣が目を見開き江澄の手を掴んでいる。自分を見ている曦臣に一瞬喜んでしまったのが悔しい。両脇には先ほどの女達が何事かと不躾に視線を向けてきていた。それが不快で睨みつける。
    「塾の帰りだ」
    「一緒に帰ろう。学生が一人で歩くにはあまりいい場所ではないよ」
    イラっとした。子供の江澄には場違いだと言われた。まさにその通りなのだが江澄が知っている曦臣こそこんな場所は似合わない。江澄の知っている曦臣は穏やかな日差しの中で優しく微笑んでいるような人だ。図書館で一緒に本を選んだり避暑に訪れた山奥で暑さにバテながら散歩をしたり…こんな夜のネオンと雑踏にまぎれ立つような人じゃない。
    「話していた弟さん?」
    「こんばんは、一緒に帰る?」
    急に近づいてきた女達から漂ってくる香水の匂いに苛立ちがピークに達した。
    「離せ、痛い」
    「江澄!」
    力が緩んだ隙に手を振り払って逃げ出す。あとはがむしゃらに走って走って曦臣を無視した。人混みは煩わしいと思っていたが曦臣を撒くにはちょうどよかった。目的地の駅についても走るのはやめずに家まで足を止めない。
    「はぁ…っ…はぁ…っ」
    途中でいい加減息が辛くなって電柱に手をついた。ぜーはーと肩で息をする。桜も散った春の夜はそれでも寒いのにに汗が首筋を伝い落ちるくらい全身が熱い。
    呼吸が苦しくて口を閉じることができない。肺に送り込んでは吐き出す酸素がちょんと全身に行き届いていない気がする。いつまでもいつまでも苦しくて、酸欠の中で曦臣の顔が浮かんだ。
     曦臣だって飲み会くらいいくだろう。酒が飲めないとは言っていたがどれほど飲めないのか江澄は知らない。酒の席になど出たことがない。曦臣とは親戚でもないし家族ぐるみであった時には酒がだされないから程度を知らない。
    一緒に居たって女の話なんてしないから曦臣がどんな女が好きなのかも今までどんな女と付き合ってきたのかも知らない。
     お似合いだった。隣にいる女二人はタイプが違ったが下品さがなくて、いささかくっつきすぎな点を抜かせば曦臣と曦臣の隣で笑いあっているのがお似合いに見えた。
    「きもちわるい…」
    走り過ぎた酸欠は治まってきたが胃の中がひっくりかえったようにぐるぐるとして気持ちが悪い。
    自分の知らない曦臣の顔をみたからなんかじゃない、曦臣の隣に立つのは自分であるはずがないと密かな願望を打ち砕かれたからじゃない。
     ポケットに入れっぱなしだったスマホが振動しているのに気がついた。見れば不在着信が数十件、未読メッセージも何十件とあった。
    7割は曦臣からで、留守電にはどこにいるのか心配だとかむかえにいこうかとかそういうのだった。残りは義兄と母だった。
    億劫だと思いながらも母にかけると第一声から怒られ、なぜ迎えを呼ばなかったのかと叱られた。今から行くというのをもう近くだからと断るのに苦労した。家に帰るという行動ひとつにもこんなにも制限がある。年相応の当然なことも今は鬱陶しかった。
    「…おとなになりたい」
    誰にも何も言われないように、あの人と同じ空間に居られるように。






    *****



     いつも明るく笑顔をつくる魏無羨の隣に立つ江澄は勝気な笑みを浮かべる子だった。
    魏無羨と一緒に羽目を外しては怒られて泣いたり笑ったり、感情表現が豊かそうに見えて実はいつも年上の顔色を伺っている節があるのには気がついていたが、中学校受験に失敗したと落胆する彼はそこから感情の表出が極端なほどに不機嫌と怒りにしぼられてしまった。魏無羨以外には冷たすぎる態度をとっているのをしばしば目撃している。
     力になりたくて何かと声をかけては共に過ごし彼の進路にも相談に乗ったことがある。
    実の親よりも話しやすいと笑顔で言った江澄の顔は今でも忘れられず、またその時に広がった多幸感は鮮明に覚えている。
     大学受験に失敗するわけにはいかないからと高校ではひたすら勉強に勤しんでいた彼とは会う頻度が減り、弟のように思っていた分とても寂しいと感じていた。
    そんな彼と街中で遭遇するとは思ってもいなかった。滅多に参加しないようにしているゼミの飲み会で、酔ったという女性二人をタクシーに乗せようと店の外に出た時に目の前をすり抜けていった江澄。
    思わず引き留めたがそのときの江澄の目は今までかつて見たことがないほどに冷え切っていた。
     去ってしまった江澄をあんな時間に一人で歩かせにはいかない。急ぎおいかけたが捕まえることはできなかった。
    何度連絡しても応答はなく、心配で弟経由で魏無羨に確認したところ無事帰宅したそうで安心したが何故逃げられてしまったのかがずっと胸に引っかかっている。
     ――ちょうどここだったな
    江澄と遭遇した繁華街は比較的大学に近い場所にある。ゼミの研究で使いたい資料があれば繁華街の一本先にある店が潤沢なので曦臣も昼間は静かになる飲み屋の連なる通りを歩く機会は多い。
     今のように明るい時間帯では歩く人々も比較的年齢層が若い。夜独特の空気感をまとった大人達がいないだけで街の雰囲気はこんなにも変わる。どちらかといえばこちらの今の雰囲気の方が好ましいのだからとことん酒の席というのには向いていない。やはり次からは参加を断ろうと決めた。
    「おい、江澄どこか食べて帰ろうぜ」
    江澄という言葉を耳が拾うと考えるより先に目が江澄の姿を探す。江澄と読んだのは魏無羨だった。魏無羨の視線の先、ビルの大きなガラス戸から江澄と懐桑が出てくる。
    「激辛は嫌だぞ」
    「じゃあなにがいいんだよ」
    「最近できたカフェいきません?あそこのパンケーキ美味しそうなんですよ」
    「いかない」
    ビルから出てきた制服姿の三人が笑いあいながら藍曦臣の前を過ぎていく。距離は少し離れているからこちらには気がついていない。ビルを見上げると看板に塾らしい名前が連なっていた。江澄が言っていた「塾」とはここだったのか。
    「肉かな。ハンバーガー新作でたっていうから行こうぜ」
    曦臣とは反対方向にむかっていく江澄と魏無羨や懐桑の姿を立ち止まって見送った。
     明るい日差しの中を制服姿で歩く三人の横顔が曦臣にはなかった初々しさと十代の頃にある何にも怖くないという勝気さに満ちていて、あの三人がとても眩しかった。
    もう自分にはないもの、かつて持ち合わせてもいなかったかもしれないキラキラとした様子に言葉が出ない。
    声をかけることができなかった。あの三人に今声をかけても何をいえばいいのか。何をいっても異質さが目立つ気がした。
    「あの頃に戻りたい…?」
    制服を着ていた頃を思い出す。塾に行かずとも自宅に家庭教師が来て学ぶことができていた。部活動はせず、叔父上指導のもと楽器を習っていた。友人と呼べるのは聶明玦や光瑶が居たが今は苦い記憶になってしまっている。
     ――離せ
     江澄の冷えた視線がフラッシュバックした。
    ざらついてしまった十代の頃を江澄が知っているはずはないのに見透かされて軽蔑されたのではないかと錯覚する。「はぁ…」
    触れてはならない。柔らかくて脆い年頃に、鬱屈したものを抱えてしまった自分が近づいてはいけない。
    江澄に抱いていた庇護欲も形を形成しそうだった今は名前もない感情も全てに蓋をすることにした。
    大人になることとはこんな気持ちを抱かねばならないのだろうか。弟も江澄も。そう思うと陰鬱さが視界を曇らせるようだった。
    「おとなにならないで…」
    叶わない願いだとはわかっている。曦臣のエゴは誰に聞かれることもなく雑踏にかき消されていった。
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