女装男子出久くん31年A組。
理数科クラス。
2クラスしかない理数科は普通科よりもだいぶ偏差値が高くて、何かと普通科に敵視されている。
少しでも隙を見せればあっという間にそこをつつかれるような環境で、僕が格好の的になるのは時間の問題だった。
その日は理数科の数少ない女子と一緒に買い物に行く予定で、みんなで喋りながら下駄箱で靴を履き替えているところだった。
「緑谷ちゃんは今日は何を買いたいのかしら?」
「うーん、夏物のワンピース、ブラウスの下に着れるキャミ、あとリボンタイももっと欲しいけど、お金が無い」
「わあ!うちもワンピ欲しいっ!でくくんは細いからええけど、うちむちむちだから可愛いワンピース似合わんからなあ」
「え、そんなことないと思うけど……」
「可愛い系はわたくしも似合わないので緑谷さんが羨ましいですわ」
「ヤオモモは綺麗系似合うからいーじゃーん」
理数科の女子はみんなオシャレだ。
みんなそれぞれに合った服装をしている。
清楚系が似合う八百万さん。
ロック系が似合う耳郎さん。
露出度高めの芦戸さん。
みんなとても素敵で勉強になる。
今まで足を踏み入れたことのなかったお店もたくさん教えてもらった。流行のメイクのコツとか小物使いの応用とか、女子はみんな情報通だ。いくら話しても話が尽きない。
「早くバイト入りたいなあ……」
「そういえばでくくんバイトは何を、」
麗日さんがそう僕に尋ねようとした瞬間、突然後ろから声が飛んできた。
「うわあ、ほんとにいた。女装男子」
「ありえねえー」
「キモ、」
人を馬鹿にしたような声。
続けて上がる笑い声。
僕はびくりと肩を震わせてしまったのに、A組の女性陣は一斉に振り向いて普通科の男子生徒たちを睨み付けている。
いけない。
こんな反応をされるのは想定していたはずなのに、A組のみんなが受け入れてくれたから油断していた。
「いきなりなんですのあなたたち」
「しっつれーしちゃうなー」
「相手するだけ無駄無駄」
「行こ、でくくん」
「あ、」
僕が何とかしなきゃいけないのに、みんなは僕を囲んで守ってくれている。
それが余計気に食わなかったようで、普通科の男子生徒たちが更に噛み付いてきた。
「ああ?!男のくせに女子に守られてんじゃねえよ!!」
「女の子のカッコーしてるから中身もなよっちいのかよ~」
「オラどけよ女子、俺たちが用あんのはその女装野郎なんだよ!」
男子生徒の一人が八百万さんを突き飛ばした。
蛙吹さんと芦戸さんが素早く受け止めて倒れずに済んだけど、更に他の女子にも手を伸ばしていて、僕はその間に無理矢理割って入った。
「僕に用があるなら僕が聞く、これ以上みんなに手を出すな」
「そんな格好で凄まれてもなあ~ぜんっぜん怖くないんですけど~」
「じゃあちょっとツラ貸してくれよな、緑谷ちゃん?」
がしりと腕を掴まれる。
体格差は歴然としていて僕が敵うはずもない。せめてもの抵抗にと相手を睨み上げたところで僕は、あ、と目を丸くした。
「ツラ貸すのはおまえらのほうだよ」
背後から聞こえた重低音に、男子生徒たちの顔が一斉に引き攣った。
果たしてそこに立っていたのは、黒いジャージにお世辞にも綺麗とは言えない白衣を纏った我らが担任、生活指導担当の相澤先生だった。
「俺の生徒に文句があるならまず担任の俺がじっくり聞いてやる」
ギギギ、と首から音がしそうなほど震えながら振り向いた男子生徒たちが短い悲鳴を上げる。
「けけけ結構です!!」
「遠慮します!!」
「文句なんか無いです!!」
そう言って逃げ出そうとした男子生徒たちの肩をがっちりと捕まえて、先生は人の悪そうな笑みを浮かべた。
「俺が聞きたいんだよ、指導室行くぞ。逃げんじゃねえぞ」
「ひっ、は、はい」
さっきまでの勢いはどこへやら、すっかり小さくなってしまった男子生徒たちの背中を押して指導室に向かわせてから、相澤先生は僕のほうに向き直った。
「あいつらはきっちり絞めとくが、またああいった輩に絡まれないようしばらく切島や障子あたりと一緒に行動してもらえ」
「はっ、はい!あ、ありがとうございます……!あの、ごっ、ご迷惑おかけして申し訳ありません……!」
深々と頭を下げたら、相澤先生は不思議そうに僕をまじまじと見ている。
「何で緑谷が謝る?」
「え、だ、だって僕がこんな格好をしているから絡まれたわけで……」
そう。
相澤先生もクラスメイトのみんなも許してくれたけど、僕の格好を受け入れてくれない人たちのほうが多いことは明白で。
みんなに迷惑をかけてまでわがままを押し通すのは間違ってるのかなってぎゅっとスカートを掴んだ。涙がもう溢れて零れ落ちそうになる。
そんな僕の頭を相澤先生はぽん、と撫でた。
「絡んでくる奴らが100%悪い。おまえはそのままで良いよ」
俺が誰にも文句は言わせない。
そう言って先生は行ってしまった。
先生の手の感触だけが頭のてっぺんに残っている。
「うわあ、やっぱ相澤センセ、超コワ」
「さすが生徒指導の鬼」
「も~~相澤先生超格好良いじゃん」
「うん……超、格好良い……」
「でくくん?」
みんなに声をかけられても、しばらく僕はぽやんと先生の後ろ姿を眺めていた。
この時に僕は、相澤先生に恋をしてしまったんだ。