Forget me not.「リンドウと撮ったやつさ、全部消えてた」
「死神ゲーム」が終わって2日目の朝。早い時間の教室で、リンドウと一つの机に向き合っていた。机の上に載せたスマートフォンは何も変わらない渋谷の風景を映し出している。
「フレットも?俺も消えてた」
同意を返される。全く同じ状況らしい。
本来ならば動画に映っているのは、コートを風になびかせて鮮やかな斬撃を叩き込む新米サイキッカー・リンドウの姿のはずだったのに。
撮影会を始めたきっかけはほんのお遊びだった。バッジに念を込めることで「サイキック」が発動し、不思議な力で炎やら水やらを出して自在に操ることができる。サイキック能力を使って襲ってくる動物型の「ノイズ」を撃退する。まるで映画の主人公になったように感じて刺激的だった。試しに虚空に斬りかかるリンドウをスマホのカメラで撮影してみると、特撮を爆盛りにしたSF作品の主人公のようにバッチリ決まっていた。UGに来たばかりの頃はそれが新鮮で、豪華なイベントだなどとはしゃぎながらお互いの姿を撮りあっていた。
それから新しいバッジを手に入れるたびに動画が増えていった。俺はリンドウを、そしてリンドウが俺を。スマートフォンの中でおたおたと爆弾を構えて歩き回ったり、目にもとまらぬような速さで交差点を飛ぶように走ったり、指を鳴らすだけで炎の鎖を生み出したり。普段は決して見られないショットばかりだった。最初こそお遊びだったが、より手強いノイズと戦うようになってからは、動画を見ながら作戦を立てるようになった。新しいバッジが入るたびに、ちょっとした空き時間を見つけては動作確認と撮影会を行なっていた。画面の中のサイキッカー二人の動作を見ながら、誰がどのバッジで何を狙う、と話を進めた。
そんなこんなで、”ゲーム”が終わる頃にはかなりの容量の動画が二人のスマートフォンに溜まっていた……はずだったが。
「昨日寝て、起きて見たら誰も写ってなかった」
リンドウの声には失望が滲んでいた。
「俺も同じ。あれかな、心霊写真みたいな?」
「死んでたみたいなもんだしな……」
RGの渋谷に帰還し、死神ゲームの記憶が少しだけ遠らいだ今日の朝。早くも懐かしむような気持ちになっていた俺は、サイキッカーリンドウの姿を見直してみようと動画フォルダを開いた。ところがそこにあるのは何でもない渋谷の日常ばかりだった。スクランブル交差点を人が行き交い、原宿では女の子たちがクレープを頬張り、宇田川町の階段には夏の真昼の光が降り注いでいた。それだけ。
自分たちも、ノイズも、もちろんサイキックもそこにはいなかった。
「サイキッカーのリンちゃん、カッコよかったのに。皆にも見せたかったわ」
「恥ずかしいだろ、やめろよ」
「そうじゃなくてもさー、忘れないように取っとければ良かったなって」
「忘れるのか」
「忘れないとは思うけど……あそこまでリアルには思い出せないかも」
UGにいた頃ならワンチャン、思い出させることはできたかもしれない。いずれにせよ自分は無理だけど。
「……それなら」
リンドウがそっと、探るような声で提案した。
「今日放課後時間ある?」
その日の放課後、彼について訪れたのはキャット・ストリートだった。原宿へ繋がる通りのちょうど折り返しの辺りにあるスポーツブランドのショップに足を踏み入れる。
「何?お買い物?」
「いや……ちょっと待ってて」
待って、と声をかける暇もなく、彼は店の奥に足早に去ってしまった。手持ち無沙汰に店頭を物色する。死神ゲームが始まってから3週間と少し経っているが、ラインナップはまだ変わっていなかった。
会計を済ませた彼がすぐに戻ってきた。
「コレ。フレットにやる」
小さな白い袋を渡される。そっと中を覗くと、黒を基調として中心に渦が巻くようなデザインの缶バッジが一つだけ入っていた。
「……『ホネバミ』」
「持っといて」
「よく分かんないけど、プレゼント?ありがと」
早速袋から取り出して腰のキャップの脇に付けようとすると、違う違う、と言ったようにその手を差し止められる。
「そうじゃなくて、消えた動画の代わり。忘れないように、持っててくれないかな」
ハッとした。確かにそれは、リンドウが一番長い時間使っていたバッジだった。勇猛果敢に振りかぶり、黒いオーラを纏いながら相手を切り刻まんと躍りかかる彼の姿がよく目に焼き付いている。それは飾りにしてしまうには少し重い思い出かもしれなかった。
改めてバッジを袋にしまい直し、鞄のジッパーの中に大事にしまった。
「分かった。後で俺もお返しすんね」
明日はヒカリエの和雑貨の店に寄ろう。彼が敵地で身動きが取れなくなった時、俺はよく鎖のバッジで周囲の敵を拘束して彼を逃してやっていた。お返しをするならば、その時のバッジがピッタリに思える。
「ありがと、楽しみにしてる」
彼の顔にゆるりとした、安心したような微笑みが浮かんだ。