2021.12.11「不死身の長兄」web拍手お礼画面④ 鬼岩城の足取りを追っていた俺は、カールで、超竜軍団に蹂躙された爪痕を目の当たりにした。その中で、ダイの不思議な紋章と同じ痕跡を見つけ、嫌な予感に駆られた俺は、急いで仲間たちの元に戻ろうとした。
始めは、キメラの翼で、直ちにパプニカ王都に戻ろうと思った。
だが、少しでも魔王軍の情報があったほうがいいと思った俺は、人口が多く、かつ、まだ持ちこたえているベンガーナに立ち寄り、魔王軍の侵攻状況を聞こうと思った。
俺が訪れたベンガーナの街は、思ったよりも活気があり、人々も日常生活を営んでいた。
俺は、人の集まる街の大衆食堂に行き、そこで食事を注文しながら話を聞いた。
俺は、カウンターに座り、店の店主に声をかけた。
「このあたりの街は、無事なんだな。」
俺がそう言うと、店主は聞き返してきた。
「お客さん、どっから来たんだい?」
「・・・カールだ。」
「ああ、あそこはひどかったみたいだなあ。こっちもカールは隣国だから気が気じゃなかった。」
「カールは、ドラゴンの軍団の襲撃を受けたようだった。」
「ドラゴン!?」
店主は、声を裏返した。そして、少し声を落とすと、俺に言った。
「ベンガーナにも、最近、出たんだよ。今までドラゴンなんて出なかったのに。」
「・・・いつのことだ?」
「つい、数日前さ。街中にヒドラが出たんだ。」
「ヒドラ?」
「ああ・・・そのときは、小さな男の子が頑張って倒してくれたんだが・・・。」
「それは・・・どんな子だったんだ?」
「俺も直接は見てないから話だけなんだが、黒い髪の小柄な男の子らしい。何でも鬼神のように強かったって。」
「そうか・・・。」
すると、外から悲鳴が聞こえた。
「た、たいへんだー!ドラゴンがっ!!」
俺は急いで外に出た。
外では、広場に人々が集まっていた。
そして、皆、一様に同じ方向を見ていた。
人々が見ていたのは、南の方向だった。その方向で、遠くに煙が上がっているのが見えた。明らかに火の手だ。
だが、ドラゴンの姿はなかった。
「ドラゴンというのは?」
俺は近くにいた者に尋ねた。
「さっき、あっちの空を飛んでたんだ。それで、煙が上がってきて・・・。たぶん、あのドラゴンに、あっちの村が襲撃されたんだと思う。」
「誰か乗ってたよなあ。」
「遠すぎて見えなかった。」
―マズイな・・・。
先ほどの店主の話からすると、数日前に、ダイがこのあたりにいたということだ。そこにヒドラの襲撃とは、偶然ではないだろう。
それに、たった今空を飛んでいたというドラゴン。
超竜軍団とバランが動いていることは間違いなかった。
俺は、急いで、ドラゴンが飛んでいたという方角を目指すことにした。
俺が煙の方に向かって走っていくと、今度は西の方向で地響きがした。かなり遠くだが、地に響くような低い音が、地面から伝わってきた。
地震とは違う。これは魔法の衝撃だ。
それに気づいた俺は、すぐに方向を変え、走り始めた。
嫌な予感が胸から去らなかった。
俺は息を切らせながら山間の窪地を見下ろす崖の上に立った。
そして、目の前の光景に息を呑んだ。
なんだ、これは。
地面に横たわる、4体のドラゴンの躯。
大きく窪んだ地面は、重圧呪文の跡だろう。
敵は、3人。いずれも魔族か獣人型モンスターだ。
ドラゴンを従えているのだから、超竜軍団の一員なのだろう。
だが、魔王軍にいた頃の記憶を思い返しても、俺には見たことはない連中ばかりだった。バラン個人の配下なのだろうと理解した。
その3人を迎え撃っているのは、ポップだった。
ポップは、手傷を追っているものの、まだその目には強い光があり、相手に立ち向かおうとしていた。
だが、どうしたことか。
ほかの仲間の姿がなかった。
ポップは、一人で戦場に立っていた。
ありえないことだった。
ポップは、魔法使いだ。
体力や防御力に劣る魔法使いは、必ず後衛からの攻撃になる。そのため、魔法使いの仲間を守るために、戦士や武闘家といった前衛職が必ず一緒に戦うのが常識だった。
それなのに、なぜ、ポップが一人で、それも3人もの敵を一度に相手にして戦っているんだ。
胸に沸き起こっていた嫌な予感が、消えずに膨れあがっていった。
とにかく、ポップを救助しなければ。
そう思って、俺は、鎧の魔剣を構えた。
だが、ポップの目を見たときに、俺は、それ以上動けなくなった。
ポップは、傷だらけになり、血を流しながらも、なおも、目の前にいる敵を見据えていた。
相手は、全身を黄色の羽に覆われた鳥型のモンスターだった。下衆な笑い声が鼻につく、嫌な男だった。明らかに、ポップを見下していた。
だが、それでも、ポップの目は、闘争心を失っていなかった。相手を見据え、次の一撃を考えているのだろう、闘志に満ちた眼差しを向けていた。
俺は、剣を握り直した。
そして、思った。
これはポップの戦いだ。
そして、ポップはまだ諦めてはいない。
俺が安易に介入していいものではなかった。
それは、ポップの矜持に水をさすものだ。
俺はその場に足をとどめた。
ポップを信じよう。あいつは黙ってやられるような男ではない。まだ何かを考えている、戦おうとしているのだ。
だが、待つのは辛かった。魔剣の柄を固く握った掌に不必要な力が入り、痛みを感じた。
俺の目の前で、ポップの傷が増えていく。
鳥男は、ポップを見下した目で、嘲笑うように、ポップの体を切り刻んでいった。
そして、遂に、その刃がポップの首に当てられた。さしものポップも蒼白となっている。
駄目だ、もう待てない。
俺は、きつく唇を噛んだ。
考えるよりも先に、魔剣を握った手が動いた。
ポップの首に、鳥男の剣が振り下ろされるよりも早く、俺は、奴の背中に、ブラッディー・スクライドの一撃を叩き込んでいた。
連中の視線が、一斉に俺に向く。
俺は、崖から跳躍し、ポップに駆け寄った。彼の背中を支える。
遠目に見たときよりも、ずっと、ポップは衰弱していた。
それでもなお、彼は自分で立とうとしていた。
彼は、ちらりと俺を見上げた。
そして、自分を支えているのが俺であることに気付くと、憎まれ口をたたいた。
だが、一瞬だけ、ほっとしたような笑みを浮かべたのが見えた。
憎まれ口なのに、その言葉は、どこか、微笑ましかった。
「一番助けられたくない奴に助けられちまったぜ・・・。」
「そいつは悪いことをしたな。」
お前の戦いに介入して悪かった。
表面上は、俺は、おとうと弟子の憎まれ口を、そのまま返した。
だが、俺は、本心から、そう思っていた。
ヒュンケル