冬の朝の海はきんと冷え切っている。
クリスと二人海辺を歩きながら、雨彦は朝日の昇る海を眺めた。
地方ロケで泊まる宿がたまたま海の近くだったことに、クリスはとても喜んだ。クリスが早朝に海を見に行く予定だと聞いた雨彦は、せっかくだからとクリスについて行くことにした。
しっかりと着こんでは来たが、風が吹くとやはり少し寒さを感じる。きらきらとした目で海を眺めるクリスも、鼻のてっぺんが少し赤い。あまり長居をすると身体が冷え切ってしまうだろう。よく見れば、クリスは手袋もしていない。
「古論、手袋はどうした?」
「宿に置いて来てしまいました」
クリスは冷えた両手にはあ、と息を吹きかける。
「まだもう少し見ていくかい?」
「はい。女将さんが、朝日を見るならもう少し先が良いと」
まだこのまま歩くのであれば、せめて手だけでも温めてやった方が良いだろう。
そう考えた雨彦は、自身が身に着けてきた左手の手袋を外す。そのまま手袋をクリスの左手につけさせて、素手になった自身の左手でクリスの右手を握った。
「雨彦」
クリスが少し照れたように雨彦を見上げる。
「これで少しは温まるだろう」
「ありがとう、ございます」
雨彦もクリスもアイドルだ。いくら恋仲だといっても、人の目がある以上普段の街中であればこうはいかない。
だが早朝の海は人気がない。であれば今くらいは、こうして外で恋人のように手を繋いでも問題はないだろう。
雨彦はクリスの手に指を絡める。
さっきまで海に夢中だったクリスが、雨彦を意識して時折ちらちらとこちらを見てくるのが愛おしい。
「朝の海も悪くないもんだな」
「ええ、そうでしょう!」
海の魅力に気づいてくれたのか、とクリスが明るい表情をする。
確かに朝日にきらめく水面は美しい。雨彦は海のことはよくわからないが、それでもこの光景を見ていると、心が洗われるような心地がする。
だが雨彦の言葉の意味はそれだけではない。
「海が綺麗なのはもちろんだが、こうしてお前さんと二人で手を繋いで歩くこともできるだろう?」
「ふふ、そうですね」
クリスが雨彦の手をぎゅっと握り返してくる。
「こうしていると、宿に戻るのが惜しくなってしまいます」
「また来ればいいだろう?」
「!はい!」
雨彦の言葉にクリスが嬉しそうに笑う。
そのまま海辺を歩きながら、二人は二人だけの静かな時間を過ごした。