シャワーを浴びた雨彦が自室に戻ると、室内には不気味な音楽とボソボソとした話し声が響いていた。音の出処はテレビからで、どうやら有名な語り部が怪談を語り聞かせる番組の放送中のようだ。
夏といえば定番だろうというように、この時期はこの手の番組が増える。雨彦は好んで見るわけではないので、実際に放送されているのを目にするのは随分と久しぶりのことだった。
部屋を見渡すと、クリスが一人ソファに座り、番組をじっと眺めている。
「こういう番組を見ているのは珍しいな」
「たまたまやっていたのですが、つい見入ってしまいました」
ちらりと雨彦の方を見たクリスは、再びテレビの方に意識を戻してしまう。
クリスがこういったものを好むという話は聞いたことがない。本当に珍しいこともあるものだ、と思いながら、雨彦はクリスの隣に腰掛けた。
テレビでは、新居に夜な夜な現れる女の霊の話が語られている。イメージ映像と共に語られるそれを、クリスは興味深そうな顔で聞いていた。そこに恐怖の感情は見られない。
「お前さん、怖くはないのかい?」
「そうですね、話として興味深いとは思いますが、怖いとは感じないようです」
話が終わりスタジオの映像に切り替わったところで声をかけてみても、クリスはどうということもない、というような表情だ。雨彦の問いに答えたクリスは、それから少し考えるような素振りを見せる。
「……ですが、実際にお会いしたことがないので、そうなった場合はわかりませんね」
「お前さんなら、幽霊相手でも好奇心が勝っちまうかもしれないな」
「そうかもしれません」
冗談めかして言ってはみたが、ゾッとする話だ。
古論クリスという男は、真っ直ぐで汚れがない。『そういうもの』にとっては眩しすぎる存在であり、同時に強く惹きつけられる存在でもあるだろう。
そして誰にでも分け隔てなく接する彼であれば、人ならざるものにすら親身になって接してしまうのは想像に難くない。
「もしそんなことがあったとしたら、逃げるが勝ちだぜ?連れて行かれちまうかもしれないからな」
「確かにそうですね。その時はおとなしく逃げることにします」
本当にそんな時が来るとは思っていないかもしれないが、クリスがこくりと頷いたのを見て、雨彦は少しだけ安堵した。
クリスを危ない目には遭わせたくない。忠告をしておくに越したことはないだろう。
「……まあ、俺がそんなことはさせないがな」
「雨彦?」
「いや、こっちの話だ」
ぱちぱちと目を瞬かせたクリスは、そうですか、とだけ言って再びテレビに目を向けた。
番組は既に終盤だったようで、最後の怪談が語られた後、MCが締め括りの言葉を述べる。番組の終わりを見届けてテレビから意識を外したクリスは、雨彦の方に少し距離を詰めてきた。
「雨彦」
「うん?」
「怖い、というわけではないのですが、今夜は一緒に眠ってくださいますか?」
最初からお互いにそのつもりで家に招き入れたわけなのだが、こうして改めて誘ってくるところが律儀だと思う。
「眠るだけでいいのかい?」
「あっ、いえ、ええと……」
意地の悪い問いかけをしてみれば、慌てたような表情に、照れたような表情にと、くるくる表情が変わる。小さな呻き声と共に雨彦を見上げてくる様子が可愛くて、自然と口元が緩んでいくのがわかった。
「冗談だ」
迎え入れるように両手を広げてやる。それを見たクリスは嬉しそうに笑って、雨彦の腕の中へと飛び込んできた。