11:00普段だったら行列が出来ている駅前のカフェも今日は1分も並ばずにいちばん人気の日当たりの良い席に通される。
10食限定の日替わりパフェも数十分待ちのラテアートも全部僕たちのために用意されるのだからまるでお店を貸し切ったみたいな気分だ。
実際は平日の午前中にカフェに来るような暇人は僕達くらいしか居ないと言った方が正しいのだけれど。
文化祭の翌日の学校はその賑やかさの残り香だけ纏ったまま誰ひとり存在しないがらんどうな箱になる。文化祭だって遊びみたいなものなのだから翌日の学校が有ったっていいのに、なんて熱冷めやらぬクラスメイトたちは残念そうにしていたけれど人前に出ることが出来ない代わりに裏でひたすら立ちっぱなしで焼きそばを焼いてはパックに詰めるだけの単純作業に徹していた僕は一刻も早く寝たくってたまらなかった。
文化祭を終えれば生徒会長としての任務もひと段落。この先は来月の選挙とその後の引き継ぎのための作業で追われることになるからこの振り替え休日はつかの間の休日だ。
珍しく月曜だというのにレッスンもお休みだったから久々にめざましを掛けずに眠ってしまおうと画策した僕のおだやかでしあわせな惰眠を打ち破ったのは一件の着信だった。
あいにく、どんな眠りだって覚ましてくれるぴぃちゃんのそれではない着信音に一瞬、無視してしまおうかと心が揺らぐ。ぴぃちゃんからの連絡に必要な気力はゼロ、むしろマイナスなくらいだけれど、それ以外は100なんかじゃとても足りないくらいに気力を要する。まったくこんな休日になんの用?と寝ぼけ眼でスマートフォンを手繰り寄せアプリを開く。途端目に入った文字列に僕はその着信を無視しなかったことをひどく後悔した。
『百々人先輩、パフェ食いに行きません?』
「……パフェ?」
差出人はユニット最年少。まだまだお子ちゃまな彼は格好つけたいお年頃なくせに甘いものには抗えないらしくよくこの手の連絡を送ってくる。放課後のタピオカ、レッスン帰りのクレープ、夏はアイスを半分こ。キミ、本当にアイドルとしての自覚ある?だなんて聞きたくなってしまうけれど、悲しいことに彼の方が実力もセンスも僕より遥かに上で。
そして厄介なことに僕が断らないのをいいことにどうやらこの年下は僕も甘いものが好きなのだと思い込んでいるらしくたびたびこの手の誘いをかけてくるのだった。
僕はキミと違って気を抜くと吹き出物も出来てしまうし頬も荒れるんだけどな、とは口が裂けても言わない。あの卵みたいにつるつるとした頬を見るたびに惨めな気持ちになるから。
僕が断らないのは甘いものが好きだからではなく断る方が億劫だからだ。なんてことキミは一生知らないままでいい。
ただし今日ばかりは断る気力よりも僕を縫い付けんばかりのベッドから起きる方がよっぽど億劫で。なんだって休日までいっしょに遊ばなければならないんだと思いながらトーク画面に表示された(月)の文字に一般的には休日ではないことを思い出す。
『キミ、学校は?』
生徒会長なのに学校をサボるなんてわるい子、そんな揶揄いを孕んでやんわりと断ればすぐさま既読がついた。
『昨日、体育祭だったので』
どうやらあちらも振休らしい。これは流石に想定外だ。そもそも何で僕が休みだとキミが知っているんだという疑問がふつふつと湧いてくるけれど理由を聞く気力は湧かない。
『体育祭って春じゃないの』
『俺の学校、毎年秋ですよ。文化祭が夏なので』
写真、見せたでしょうなんて言われてみればそうだったっけとぼんやりとも思い出せないレベル。なにせ結成当初の僕はあまりに自分のことに必死すぎてぴぃちゃん以外のことがちっとも見えていなかったのだから。あいまいなスタンプを送ってごまかして、話の流れを無理やり戻す。
『体育祭のあとで疲れてるんじゃない?』
『大丈夫です。レッスンで鍛えてるんで。それに土日や放課後じゃいけない訳があるっていうか』
そういってアマミネくんはポンとひとつリンクを送ってきた。どうやらアマミネくんが今日食べたいパフェを販売している喫茶店のSNSらしく、そこには色とりどりの季節のフルーツがあしらわれたパフェとともに1日10食の文字が踊っていた。
アマミネくんは天才の割に案外ミーハーで限定に弱い。優れたものや人気があるものは認めるべきだなんてよく主張しているけれど単に新しいもの好きなだけだと思う。
僕はあまり新しいものを受け入れることが得意ではないからアマミネくんが何か最新の流行に飛びつくたびにどこかまぶしくて胸の奥をちくりと刺されるような心地を覚える。
『10食限定ならひとりで行ったほうがいいんじゃない?』
『男子高校生ひとりでパフェを食えと?』
『ふたりで行っても変わらないと思うけど』
『変わりますよ。俺、奢るんで』
どうしよう。困ったな。退路がどんどん断たれていく。正方形のパフェの写真は魅力的だしアマミネくんと出かけるのも「出かけたくない」より「断るのが面倒くさい」が勝つレベルにはそこそこ楽しんでいるんだと思う。だけどやっぱり少しだけ気が重くって、『別会計だったらいいよ』と返したのはせめてもの僕の抵抗だったのだろう。