【現パロ】初恋の終わり方 あれが初恋なのか憧憬なのかはわからない。ただ鮮烈に私の中に強く刻み込まれたものだったということはまごうことなき事実であったーー。
「社長、何そわそわしてんですか」
落ち着かない様子の社長こと、高杉晋作に声をかければ待ってましたと言わんばかりに顔を上げた。
「やあ、阿国くん。そんなにそわそわしているように見えるかい?」
「見えます」
「ふふ、それもそのはず!なんたって今日は雅とのデートだからね!」
「雅って誰です?」
「僕の婚約者兼恋人ーー…僕の未来の奥さんさ」
そう嬉しそうに語る社長を見て『ああこの人ってそういえばお坊ちゃんだったな』と事実を思い出す。
「へえ、しかしそんなに嬉しそうってことはゾッコンなんですか。社長」
「ゾッコンなんて言葉だけじゃ言い表せない!可愛くて、綺麗で、可憐で、優しくて、気立てがよくて…それで、」
「ああ、いいです。長くなりそうなんで」
そういえばちぇ、と拗ねたように社長は声を漏らした。しかし、社長の恋人となるとどのような人か気になるのは事実で放課後私はこっそり社長をつけて歩いた。社長は足取り軽く、一人の女性を見かけるとそこに駆けていき満面の笑みを浮かべた。
「あれはーー…」
思わず息を呑み、鮮明に過去の幼い頃の私が見た光景が思い返された。
「そうだ、やっぱり…」
そう思った私は思わず走りそして社長が言う、恐らく【雅】と呼ぶべき人の手を握った。
「きゃっ!?」
「な!?」
「驚かせてすいません」
そう言って笑うが彼女は驚いた様子のままだった。無理もない。
「私、阿国と申します。そこの社長…高杉さんの同級生です」
「ああ、それはそれは…」
「それでですね、私は…昔、記憶違いでなければあなたのことを見たことがあります。観客席から、堂々とした様子でヴァイオリンを弾くあなたを」
「!」
はっと顔を上げる彼女に私はつとめて優しく笑いかける。
「その時、あなたの立ち居振る舞いに…あなたの音に私は恋をしたのです。どうです?社長なんてやめて私は鞍替えなんてーー…」
「おい!」
とうとう我慢できなくなったのかひっぺがされてしまう。
「阿国くん、君なあ!ぺらぺらと彼氏の前で雅を口説かないでくれるか!?」
「だって本当のことですし」
「雅は女相手でも譲らないが!?」
「心が狭いこと」
「何をぅ!?」
ぎゃんぎゃんと噛み付く社長と私の応酬を見てぽかんとしていた彼女だったが申し訳なさそうに私に頭を下げた。
「えっと…?」
「すいません、私は…あなたの気持ちに応えることはできません。でも、それでもありがとうございます」
優しい人だと思った。だから私は笑みを返す。
「…あなたのフルネームを教えてくれますか?」
「…井上、雅子です」
「将来は高杉雅子になる予定だ」
「うるさいですよ社長!…綺麗な名前ですね」
そう言って私の幼い頃から続いていた恋は終わりを告げた。
***
「おや、雅子さん!こんなとこでお一人ですか?社長は?」
翌日の公園にて。ベンチに座って誰かを待っている様子の雅子さんに声をかけると困ったように笑った。
「先生に頼まれごとをされてしまって遅れるんですって」
「ああ…」
そういえばそんな様子だったなと思い至り雅子さんの方を見る。
「今日は、社長とデートですか?」
「え、ええ…」
恥ずかしそうに頷く雅子さんを見てあることを思いつき、体をグッと引き寄せるとそのままツーショットを撮る。
「雅子さん、今日一日私に奪われてくれませんか?」
「えっ?」
***
「今日は楽しかったです、本当にありがとうございます…っ、阿国さん」
はしゃいだ様子で雅子さんは笑いそんな彼女に私はいちごのフラペチーノを手渡した。散々遊んだ後私たちは有名なコーヒーチェーン店に来ていて、席につき私からフラペチーノを渡された雅子さんはまたきらきらと瞳を輝かせる。先ほど何度もなっている通知に苦笑いを浮かべつつ、撮ったばかりの美味しそうにフラペチーノを飲んでいる雅子さんの写真を送った。
「ゲームセンターなんて初めて行きました!いつか行きたいと思っていたのですが…」
「センスありますよ、雅子さん」
「そうですか?」
「阿国さんが保証します!」
「まあ、嬉しい」
ふふ、と雅子さんは笑いフラペチーノを口につけた。
「ーー見つけた!」
汗だくになりながら私たちの前に現れたのは社長で呆れてため息を吐いた。
「もう分かったんですか、その執着…呆れますね」
「君なあ…」
「大丈夫ですか?晋作様」
そう言って雅子さんは甲斐甲斐しく社長の汗を綺麗なハンカチで拭った。
「君のおかげで元気百倍だよ…ん?美味しそうだな、それ」
「期間限定だそうだすよ。阿国さんが頼んでくださって」
「また、君ばっかり雅子に色んなことを教えて…」
「さっさと教えない社長が悪いんですよ」
「うぐぅ…」
そんな声を漏らしつつも雅子さんに食べさせてもらい、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「雅、ゲーセンはどうだった?」
「楽しかったです!晋作様ともまた行きたいです」
そう無邪気に笑う雅子さんを見て慈しむように社長は目を細めた。
「そうか…なら、今度行こう。約束だ」
「はい」
きゅ、小指を絡めて笑い合う二人。完全に二人の空気になっているのに小さくため息を吐きつつ、今日の思い出を糧に私は頑張っていけそうだと思えるのだった。
***
「なあ、阿国くん…昨日の雅の写真」
「いくら払えます?」
「え」
「なんたって世界に一枚限りの【公園の君】の写真ですから!そりゃあ、欲しがる人が山のように…」
「…いくらだ」
そんな決意の籠った目で社長が言うものだから私はにやりと笑った。
「いい商売をしましょう?」
それはそれはいい商売になり、軍資金を手に入れることが叶ったーー。
-了-