デストロ⭐︎クッキング (トマオト)それはアラン様の突飛な一言から始まった。
「おい、トーマ」
「はっ、ここに。何でしょうか、アラン様」
「さたぱんびんが食いてえ」
「さた……?」
聞いたこともない単語に思わず目が点となってしまった。「食いてえ」の言葉からして食べ物なのであろうことは推測できるが、どういった物なのか全く想像がつかない。
さたぱんびん。一体なんなんだ、それは。
「アラン様、失礼ですがそれはどういった食べ物になりますか?」
「あ? あー……茶色の丸っこい、中が紫でサクサクしてたな」
「な、なるほど……?」
茶色の丸でサクサク、と聞く辺り揚げ物の一種には間違いなさそうだが……中が紫、だと……?
「承知致しました、直ちに探して参ります!」
実物が一体どのような物なのか未だ想像はつかないが、アラン様が求めているのであれば献上する他はない。これも今後のアラン様のご活躍のため、こうして俺のさたぱんびん探索の幕が開かれたのだ。
しかし、探すといってもまずはどのような物なのか把握しておかねばならない。手元の端末で検索をかけてみると、存外需要があるのか直ぐに説明やレシピやらがヒットした。
どうやらサーターアンダギー、丸い揚げドーナツのことを一部の地域ではさたぱんびんというらしい。中の紫色だったというのも紫芋を使用したさたぱんびんだったというだけで、何ら問題はなさそうだ。
「ふむ、これならば俺でもすぐに作れそうだな」
思い立ったが吉日、と施設内の調理室へ端末と共に意気揚々と向かった。
──── そこまでは良かった、のだが。
「……何故だ」
目の前には有り得ないくらいに大きく膨らみ、所々生焼けだったり、斑模様に焦げ目の付いた奇天烈な物体が幾つも転がっている。
レシピ通りの計量に手順を踏み、適量とされたサイズに形作って適温で揚げたはずだ。それなのに、何故。
アラン様をお待たせてしている手前、原因を追究する時間さえ惜しいと頭を抱えていると入り口の方から聞き覚えのある声が響いた。
「あれ、誰かいるの?」
「…………!」
「あ、お前は……」
入口の方を見遣れば、見慣れた赤髪の男が段ボールを手にエプロンを着けて佇んでいる。あれは確かダーク・W・ムーンの配下、お人好し戦闘員のオトだ。
「……何? それ」
こちらに近付いてきたと思えば、段ボールを作業台に乗せながら尋ねてくる「それ」とは、無論この奇天烈に仕上がった物体を指しているのだろう。
「……さたぱんびん、だ」
「さた……? ああ、南国の方のドーナツか。それにしても膨らみすぎじゃない?」
「うるさい」
キッと睨み付けるも気にする風でもなく、顎に手を添えて物体を眺めながら何か考えているようだった。
嗚呼、何故こんな奴に見つかってしまったのか。
「さたぱんびんかぁ〜……たまにはいいかも」
不意にそう言い放つと段ボールからの補填用の食材やらを仕舞い、それから彼は手際よく何かの計量を済ませて調理器具を出して作業を始める。
「何をしているんだ」
「俺もさたぱんびん作ろうかなって。ダーク様のお茶うけはいつも俺が作ってるから」
怪訝な面持ちで問えば、何食わぬ顔で同じ物を作ると言って退ける相手に己の眉間の皺が深まるのが自分でも分かる。この私が失敗した物をこんなお人好しが作れる訳がない。……作れる筈がない、のに。
「……おい」
「ん? なに?」
「何故、芋を砂糖で煮ているのだ」
彼の手元の鍋には丁寧に洗った後に輪切りにされた紫芋とそれらが浸るくらいまでの分量の水、そしてその上から砂糖が少し山を成して加えられている。手元のレシピにはそんなことは書いていなかったぞ。
「ああ、これ? ダーク様は紅茶をストレートでお飲みになるから、お茶うけは甘めにしててさ。お芋系はこの段階で少し甘くしちゃうんだ。糖度の高いお芋ならオーブンで焼き芋にしちゃった方がより甘くなるし、蒸すのよりおいしくなるよ」
慣れたように説明をする姿に、本当に普段から作っていることが伺える。つまりは彼の御方が所望するものが、オトならば作ることができる。
俺に出来なかったことがこいつには可能、という事実に多少の苛立ちを抱えつつも、ここはアラン様のために腹を括るしかない。
「おい」
「今度はなに?」
「……、その。作り方を、お、教えて、くれ」
我ながら教えを乞う態度ではないのは分かっている、きっと苦虫を噛み潰したような顔をしているに違いない。その証拠に、何とも言えない表情をしたオトが鍋の様子を伺いながらこちら見ている。
その視線から逃れるように顔を逸らすと、少しの沈黙の後に作業台にごろごろと何かが転がる音が響き、そちらを見遣れば無造作に転がるサツマイモの山が目に入った
「いいよ。じゃあ、もっと煮なきゃだね」
そう言って煮ていたものの火を一度止めて追加の芋を丁寧に洗ってから適当な大きさに切り、鍋に水と砂糖と一緒に投入していく。加えた砂糖を一通り溶かしてから弱火にし、蓋をすると彼はこちらへと向いて「トーマが使う分の材料、量ろっか」と作業台下からスケールと計量用のボールを取り出した。
促されるがままその上に容器を乗せると端から薄力粉・砂糖・サラダ油・卵……と順々に材料名と分量を言われ、その都度計量を済ませていく。量っていくにつれて先程のレシピは殆ど同じ量、同割だったのに対し、オトが言ってくるレシピは砂糖と薄力粉の分量が大きく異なっている。
「俺の見ていたレシピと分量が随分と違うな」
「どれ? ……ああ、これはお芋の水分量が砂糖水で煮た分増えるから、その調整で多少の増減はあるよ」
「なるほど……、っ!?」
理に適っている返答に感心していたのも束の間、最後に言われた材料の分量のあまりの少なさに思わず目が見開く。
「おい、これは本当にこの量で合っているのか」
「え? ベーキングパウダーはむしろ、このくらいじゃないとすっごく膨らんで……あー、そういうこと?」
ちらりとオトが視線を向けた先には先程の斑模様の失敗作。彼の中で何かが合点したらしく、その目は少し引いているように見受けられる。
「ちなみに何グラム入れたの?」
「言われた量の数十倍の数値が書いてあった」
「えっ、それって三桁じゃん。やば……」
ベーキング……加熱処理を指すそれは、熱することで何かしらの効果を得られることまでは推測していたが、よもや膨張剤であったとは。調理に関して無知だったとはいえ、やはり知らぬは一生の恥という先人の教えは正しいものだと思い知る。今後は様々な分野にも精通せねばな。
「ま、まあ、これで失敗の原因もわかったみたいだし? お芋をペースト状にして計量した後はさっきと同じ作り方でできると思うよ」
そう言いながら鍋を軽く揺り、蓋を開けて竹串で芋を何個か刺す。すんなりと通ったそれらにオトは満足気に頷き、火から鍋をおろせば流しに置いたザルへと中身を開けていく。残りの煮汁を流し終えるとザルを持って数度水切りを行い、空になった鍋を器代わりにザルを乗せる。そして目の細かいふるいを被せたステンレス製のボールの隣にそのまま鍋を置くと、引き出しから持ち出したトングで掴まれた甘露煮と化した芋が数個、ふるいの上に転がった。
ほこほこと湯気の立つそれらは、砂糖で煮たためか蒸したものよりも紫色が濃いように見受けられる。その上ほんのりと甘く、馥郁としたサツマイモの香りが確かに食欲を誘う気がしないでもない。
これならばアラン様もお喜びになるに違いない、と眺めるその隣で引き出しの中を漁っていたオトが今度は少し大きめの木杓子を取り出したかと思えば、そのまま流れるような所作で俺の手に握らされた。
「じゃあ、はい。これで濾して」
「なっ、俺がやるのか?」
「アランに俺が作ったやつ食べさせるのなら、別にそれでもいいけど」
「アラン『様』だ! 言葉に気を付けろ」
「はいはい。その怒りはお芋にぶつけてね〜」
木杓子を芋の上へと誘導され、不本意ながらも言われた通りに芋へ力を込める。だが、柔らかいそれはそこまで力む必要はなくすんなりとふるいの目を通り、濾されていく。何度か軽く擦り潰してやれば芋の繊維と皮を残して跡形も無くなった。
「……柔いな」
「炊き上がったばっかだからね。この調子でどんどんやっちゃおっか」
そう言ってオトが追加の芋を乗せると俺が押し潰して濾していく。それを幾度か繰り返すと、あっという間にザルの中が空になっていた。
「うんうん、上手上手。さっすが戦闘狂なだけあるね!」
「貴様、馬鹿にしているのか」
「褒めてるんだよ。お前のおかげで、ほら、こんなにいいペーストになった!」
ふるいの裏面についたペーストを削ぎ落とし、きらきらとした眼差しで濾されて芋の原型をなくしたボールの中身を見せてくる姿に、こういう所があのダークに気に入られているのだろうと推認する。
しかし、これが悪の組織の一員だと言われると疑問しか浮かばない。
「わかった、わかったから続きを始めろ」
「うん、じゃあ次はペーストを量って……あ、粉類は合わせてふるっておくでしょ。それから別のボールに卵を割って砂糖を加えてホイッパーでまぜるよ。まぜる時は泡立てないようにね」
私はペーストを、オトは粉類のふるいを二人分行い、各々のボールに卵を割り解して砂糖を投下する。この辺りは先程と工程が変わらない故、失敗に繋がるリスクはなさそうだな。彼もそう判断したらしく、特に何も言われぬまま次の工程へと移っていく。
「砂糖がまざったらサラダ油を加えてまぜて、それもまざったらお芋のペーストを入れて、今度はゴムベラで馴染むまでまぜてね。まざったらふるっておいた粉類を入れて……あ、粉をまぜる時は軽く切るようにするといいよ。この時に練るようにまぜちゃうと薄力粉のグルテンが出て食感が変わっちゃうから注意してね」
こんな風に!と数回斜めにヘラを入れからボールの縁から底にあるペースト液を掬い上げるような動きで「切るように混ぜる」工程の見本を見てから自身も見様見真似で行ってみる。確かに先程はホイッパーで混ぜてねっとりと重い感触に手こずったが、これならば生地を纏めるのも容易そうだ。
「生地がまとまってきたらニトリルやビニール系の手袋をして、手のひらにサラダ油をつけてから生地を分割。大体ゴルフボールくらいに丸めるのがいいかな」
「こう、か?」
「んー……ちょっと小さい気もするけど、大丈夫だと思う」
言われたサイズよりも一回り小さな生地に、何かを察したであろうオトは小さく苦笑を溢し、触れることなく自身の生地を分割していく。一方、俺はあの失敗作の奇妙な膨らみ方が未だ忘れられずにいる所為で小振りな玉を幾つも生成していっていた。
あれは実験の途中で破裂したキメラ並にとんでもないものを作り出してしまった、と反省せざるを得ない……などと思索に耽っている間にどうやら互いに分割も終わったらしい。作業台の上には紫色の玉が幾つも転がっていた。
「これで最後だな」
一息吐いて手袋を剥ぎ取る。思ったより個数は取れていないが、膨らむサイズを考えればアラン様とはいえ、恐らく事足りる量であろう。
「終わった? じゃあ、あとは鍋にサラダ油を入れ160〜170度に温めて、全体がきつね色になるまで揚げれば完成だよ。油はトーマが使ってたやつ使おっか」
先に成形が終わっていたらしい彼は既に油の入った鍋を火にかけ、揚がったものを並べるバッド類の準備を始めていた。
何から何まで用意周到に熟す姿は、本当に癪ではあるが今回に限っては頼もしく、そして有難くもある。
「ようやく終わりの兆しが見えてきたか……」
「ははっ、あともう一息だからさ。あ、揚げる時はこうして膨らむから鍋にあまり入れないのがコツかな」
ゆっくりと静かに投下された生地玉がパチパチと音を立てながら油の海を泳いでいる。次第に膨れ上がるそれは、はじめに作ったものとは違い一定の大きさまで膨らむとその形を保ちながらこんがりと色付いていく。
時折、その形に沿うように菜箸で転がし、全体が斑なく綺麗なきつね色に揚がればそのままクッキングペーパーを底に敷いたバッドの網の上へと移された。
「これが、本来のさたぱんびん……」
「天ぷらとかでもそうだけど揚げ物では形崩れしないようにあまり箸入れはしないで、たまに転がす程度で様子を見るといいよ。あと、慣れないうちは揚げる前に温度をこれで計ってね」
一通り自身の分を揚げ終わったオトから菜箸と温度計を受け取り、柄にもなく少々緊張した面持ちで生地玉を油の中へと落としていく。彼のよりも小さめのそれは、可愛らしい大きさまで膨らむとその成長を止め、今度は淡く色付き始める。どうやら今回は成功したようだ。
小さく安堵の息を溢しつつちらりとオトの方を見遣れば、彼は後片付けをしているらしく流しで鼻歌交じりで洗い物に興じていた。今までの活動上、戦闘面に於いてあまり活躍をしている印象はなかったが、もしかしたらこういった内面で上司たるダークを支えているのかもしれん。……などと、くだらない思考をしているうちにどうやら全体的に揚がったようだ。
鍋の中のものをバッドに上げてから温度を確認し、次の生地を落としていく。これを数回ほど繰り返し、ようやく全ての生地を揚げ終わる頃にはオトの方もひと段落したらしく、あとは粗熱を抜いて袋詰めするだけとなっていた。
◇ ◇ ◇
「はい、これ」
ラッピングや片付けも粗方終わり、急いでアラン様の元へ出来上がったこの品を届けるため荷物を纏めていると不意に掛けられた声と共に手元にある物と同じような袋が入った手提げを渡された。
「なんだ、これは」
「さっきのはアランの分だろ。これはトーマの分」
「アラン『様』だ! 何度言えば分かるんだ、全く……それに私の分など必要ない」
押し返すもその手を掴まれ同じように押し返される。先日も私の攻撃を受け止めたりと、下っ端の下っ端たるこいつでも思いの外、力はある辺りはやはり『フューチャー・デストロイ』に所属するだけはあるのかもしれない。
「折角作ったんだから持っていきなよ。どうせアラン様〜とは一緒に食べたり、とかしないんだろ?」
「そんな畏れ多いことができるか、愚か者め」
「だったら、なおさら。あとこれ、スイートポテトも作ったから研究の合間にでも」
いつ、そんなものを作る暇があったのかと思っている間にも手提げにぽいぽいと差し込まれていく。存外、強引な面もあるらしい。
「お前、アランのことになると周り見えなくなって食べるのも忘れそうだし」
「アラン『様』だと言っているだろう!」
「はいはい。そのアラン様のところへ急いで行くんだろ?」
器具なら俺が片すから、とさたぱんびんの入った袋と共にちゃっかり手提げも握らされ背を押されていたが、入り口でその足をぴたりと止める。その様子を不思議に思ったらしいオトが肩越しに覗いているのか、彼の赤髪が視界の端で揺れている。
「どーしたの? 忘れ物?」
「……一応、礼は言っておいてやる」
「! へへっ、いってらっしゃい」
笑顔でひらひらと手を振るその姿は、本当に悪の組織の一員なのか?と再び疑問に思えてしまうくらい平凡で異質だったが、今回は貸しということで目を瞑っておいてやろう。
今は一刻も早くアラン様の元へ向かわねばならない。そう思い調理室を出る際に手渡された手提げがかさりと音を立てる。
隙間から見える中には自身の手に持っている袋と同じものと、カップに入ったスイートポテトの入った袋に飲み物のボトルがいつの間にか追加されていた。
「(……毒味も兼ねて食べてやるか)」
小さく毒吐きつつも一笑を胸の内に秘め、まずは手荷物を減らすために自室へと足を向けたのだった。