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    dorotkrb

    @dorotkrb 東リベ腐垢(ドライヌ・ばじふゆ・たいみつ)

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    dorotkrb

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    東リベ・海外旅行シリーズ第一弾。初めて書いたたいみつです。ほんとーに色々許してくださる、心の大きな方しか読んではいけない気がします…。合わなければ自主退避でなにとぞ。

    #たいみつ

    ガレリアでワルツを「おお、えぐれてんなー」

    ガレリアの中心部、丸いドーム型のガラス屋根の下にできた人だかりの中心に、そのモザイク画の雄牛は横たわっていた。同じ男としては少々痛々しく感じる姿で。

    「くだらねぇ…」
    「なんでだよ。一回ぐらいいいじゃん。最初で最後だよ」

    そう言って笑いながら見上げる恋人は苦々しい顔で腕を組む。それでも一緒に順番待ちをしてくれるようだ。口では素っ気無い事を言っても最後には自分に甘い。それを良く知っている。
    ミラノ有数の観光地は昼を過ぎていよいよ賑わいを見せていた。歴史ある優美な建造物にハイブランドが店を構えるここヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガレリア。お洒落に煩いミラノっ子達はもちろんありとあらゆる人種の観光客が行きかっている。

    「ここで三回、止まらないで回ると、もう一回ミラノに来れるんだって」
    「お前、そんな事信じているのか?」
    「まあね。だってもう一回くらい来たいじゃん。いくら時間があっても足りないくらい素敵だから…」

    通行人もカフェで寛ぐ人々も、ミラノの人々のファッションは目を見張るほど洗練されていていちいちスーツや洋服の生地や仕立て、全体のバランスや小物使いをチェックするのに忙しい。盗撮する訳にもいかないから、メモとペンでとにかく目に留まるアイディアを書き殴って夜ホテルでデザインのラフ画を起こした。目があと五つ、手があと八本欲しいなんてぼやくとまったく意味が解らんと、イタリアに来てすぐに大寿には呆れられていた。

    「でも大寿くんもやりたい事があるならそっち優先でいいよ。女の子じゃないんだし、スリには気を付けるからオレ一人で大丈夫だよ。夕方ホテルで待ち合わせしようよ」

    ガレリアの中央に当たる場所の床には五つのモザイク画が描かれていて、そのうちトリノの紋章である雄牛のとある部分にかかとを乗せて三回まわるともう一度ミラノに訪れる事が出来ると言う言い伝えがあった。そんな子供だましみたいなおまじないの為に長い行列に彼を並ばせるのは忍びない。
    都内数店舗にもなるレストランの若きオーナーとして成功している彼は別に観光でミラノを訪れて居る訳ではないのだ。一つ目はまだ日本では知られていない新作のドルチェの情報を得る為。地元では静かなブームとなりつつあるそのドルチェを提供する店でいち早く試食する事。二つ目は現地のコーディネーターがすすめるワイナリーで日本人好みのワインを買い付けること。そして、三つ目は色とりどりのデザートパスタの視察…カトラリーの買い付けの下見や食器の買い付けの下見、やる事は山ほどある。大寿の敏腕秘書もこちらに来ていて一緒に仕事をしているらしいが、三ツ谷はまだ顔を合わせていない。動き続ける大寿の指示で後を追うように仕事をさばいていっているらしいが、気の毒だな…なんて思ってしまう。
    今日はそんなイタリア出張の貴重なオフの日だと言うから、遅い朝食を部屋で摂ってから二人でガレリアを訪れた。ちなみにどうして三ツ谷がミラノ出張に同行しているのかと言えば、話は一ヶ月半前に戻る。

    『一週間、休みを取れ』
    『は?え?何急に?』
    『ミラノ出張にお前を同行させたい』
    『どう言う事?』

    絶賛、修羅場を迎えていた三ツ谷のアトリエに顔を出した大寿は冗談を絶対言わない怖い顔で冗談を言った。
    貧乏暇なし。その言葉は悪い響きかもしれないが、才能がまだまだ足りないと思っている自分に出来る事はとにかく作り出し続ける事だと、懸命に仕事に励んでいた三ツ谷にとってそれは冗談にしか聞こえなかった。だってスケジュールが空いてない。この修羅場が終れば、次の修羅場が待っている。

    『抱えてる仕事の手伝いに何人かこちらに回す手配はした。死に物狂いで仕事終らせて、オレとミラノに来い。お前に新しいドルチェの善し悪しを見てもらいたい。それとそれの合う食器とカトラリーの下見だ。勿論、報酬も出す。出張費も全額ウチで負担する』
    『それは、オレの舌とデザイナーとしてのセンスを買っての仕事依頼って事でいい?』
    『そうだ』

    頷いた大寿の目を眼鏡の越しにじっと見上げると彫刻のような硬い美貌がふと綻んだ。

    『お前しかいねぇ…』

    溜息のように低い声でそう乞われて、断る事など出来ない事を知っている癖に。

    『……解った。その依頼受けるよ』

    それから、本気で死ぬほど忙しく働いて。スケジュールの調整を成功させた三ツ谷はこうしてミラノにいるのだった。

    「ここでくるって回ったらその辺の店覗いて帰るから。ね?」
    「ダメだ…」
    「なんで」
    「てめぇは昨日の事、忘れたのか?」
    「それは…」

    言い淀む三ツ谷は大寿の口に出した昨日の事を思い出して苦い顔になる。
    自分達の前に並ぶ大柄な白人のドイツ語を右から左へと聞き流しながら。

    「あれは不可抗力って言うかさ」

    それは昨日あった小さな出来事。
    予定していた仕事を全て終えたのは珍しくまだ早い時間だった。秋の短いミラノはそれでも夕暮れ時を迎えていたけれど、予約しておいたディナーの時間にはまだ早かった。それならばと一度ホテルに帰り溜まっていたメールの返信を始めた大寿の隣で空港で買っておいたファッション誌に目を通していた三ツ谷はおもむろに立ち上がると大寿の肩を叩いた。

    「なんだ?」
    「お願いがあるんだけど」
    「……?」
    「ちょっとだけ。気になるスーツの店、少しだけ覗きに行かせて」
    「一人はダメだ」

    にべも無く断られてむうっと眉を顰める。
    イタリアに来て初日。空港のカフェでエスプレッソを飲みながら大寿は三ツ谷に告げていた。
    『絶対に一人で出歩くな。必ずオレの傍に居ろ』
    日本に比べれば諸外国の治安がそんなに良くないと三ツ谷だって知っている。けれど、別に自分は若い女性と言う事でもないし、子供でもない。それなのにどうしてだろう。大寿に問いただそうとすると、タイミングがいいのか悪いのか三ツ谷の分のカプチーノが運ばれてきた。それっきりその話題は終ってしまっていて、三ツ谷自身も仕事での同行だから大寿に従おうと疑問を飲み込む形にした。

    「大寿くん」

    断った大寿はまだノートパソコンと睨み合いを続けていた。大きな手の長い指先が信じられないくらい素早く文章を綴っていく。

    「どうしてだよ、オレそんなに信用ない?確かにこの出張は仕事だけど、少しくらい自由な時間欲しいよ。
    オレも…せっかくミラノに来たのにさ」
    「……」
    「デザインのヒントがこんなに溢れてる街で、生殺しじゃんこんなの…」

    ワザとらしく声に寂しさを混ぜ込んで強請る。
    大寿が本当は自分に惚れていて、たいそう甘いと知っていての演出だ。

    「オレの仕事は大寿くんの仕事と比べればそりゃあ、意味の無いものかもしれないけど…」
    「……」
    「それでもオレだって真剣に仕事してるし。いろんな知識を持ち帰りたいと思ってるし」
    「……」
    「日本じゃお目にかかれないと思うんだ」
    「……解った」
    「おっ!?」
    「一時間で蹴りをつける。見て回る店を教えてから行け。迎えに行く。リストランテの予約は七時からだ。いいな?」
    「やった!!」

    飛び上がって大寿の背中に飛びつく。
    「ありがとう!」

    子供のように喜ぶと、三ツ谷は早速外出の用意をして部屋を出た。
    ホテルから2ブロック先にある味わいのある小さなスーツの仕立て屋を覗きたいと仕事の帰り道、タクシーで前を通る度にずっと思っていたのだ。明日は足を伸ばしてガレリアに行く予定だったから半ば諦めていたのだが、思わぬチャンスが巡ってきた。ディナーに行く為にジャケットを羽織っていたから少しくらい、いかめしいスーツの仕立て屋を覗き込んでも大丈夫だろう。
    宿泊しているホテルのドアマンににこやかに微笑まれながら外に出ると、三ツ谷は記憶を頼りに道を歩き出す。確か…ホテルの前の通りを東にすすんで、角のカフェを右に曲がって。
    日本とは違い、アスファルトでは無いでこぼこの石畳をつまずかないように早足で進む。狭い歩道は旧市街ならではの古いけれど重厚な建物に囲まれていて、もうちらほらと外灯に明りが灯り始めていた。
    商店が必ずしも夜遅くまで開店している訳ではない。海外の店は防犯の意味もあって、日本では考えられないくらい早仕舞いするのが殆どだ。どうか開いていますように、と願いながら目当ての店の看板が視界に入った。
    ( まだやってる! )
    内心ガッツポーズで喜んで、ドアから中を伺うと確かに明りが灯っていた。深い色合いの木のドアを押し開けて中に入る。すると生地の匂いがした。天井まである棚にはぎっしりと布が詰め込まれている。全て同じ色合いなのに、全く違う生地たち。トルソーにはまだ針で仮止めされた形のスーツが着せられていた。
    思わず圧倒されて、店の中を見回す。セットアップされたシャツとタイと、ジャケットの組み合わせが絶妙で思わず見入る。ニュアンスの違う様々なジャケットの形。ボタンの位置……。なんてセンスなんだと舌を巻く。

    『コンニチワ』
    そんな三ツ谷が急に聞こえた日本語に驚いて振り返ると、そこに居たのはブラウンの髪とヒスイのような緑色の目をした若いイタリア人だった。この店のテーラーだろうか、上等なスーツを身に纏い、首から長いメジャーをぶら下げている。

    『アナタニホンノカタデスカ?』

    カタコトの日本語がその唇から紡がれるのを不思議な気持ちで眺めていた三ツ谷は思わず『あ、どうも…』なんて会釈をしてしまう。

    『キニイリマシタカ?』
    「あ、はい…」
    『アナタノナマエハ?』
    「みつや…」

    なんで自分までカタコトみたいな言い方になるのか。
    少し気恥ずかしくなりながら微笑んで見せると目の前の男はオーバーな仕草で自分の胸に手を当てた。

    『ミツヤ!ンン~』
    「え?なに?」
    『ワタシハ、ニホンニ、スンデイタマシタ…ノヨ』
    「へ、あ…そう」

    イタリアの色男から発せられるヘンテコな日本語に思わず吹き出してしまって、口元を押さえると気を良くしたテーラーはまた笑みを濃くした。信じられないほど彫が深い目許が緩んで優しくなる。

    『モットアナタトハナシタイネ。オクニスワリマセンカ?』
    「え?いや、オレはツレがいるから」
    『ツレ?』
    「え…っと…」

    首を傾げられてなんて説明していいか困る。いくらイタリアでも大寿との関係を初めて出逢った赤の他人に告げることは躊躇われた。けれど、なんて説明していいかも解らない。
    いっそ家族とでも言えばいいだろうか…なんて考えている三ツ谷の腰にするりと優しくテーラーの手が回される。極自然なボディタッチに背筋を薄ら寒いものが駆け抜けた。
    これはもしかして、ナンパか?

    「あ、あの、ちょっとまって…」

    西洋ではエスコートは当たり前の礼儀作法だとは知っている。それでも同性に対して行うべきではないし、これはいささか過剰だとすぐに解った。それでもいきなり突き飛ばす訳に、ぶん殴る訳にもいかず三ツ谷はやんわりと男の胸を押し返す。

    「オレ、もう帰るから」
    『ドウシテ?』

    耳元近くで囁かれて更に鳥肌がそそけ立った。もうこれ以上はムリだ。ぶん殴ろう。
    そう思って逃げる為に足に力を入れて、拳を固めた。

    「ちょっと、…」
    「おい、何、勝手に触ってんだ」

    待てと言おうとしたその声に被せるように響いたテノールに顔を上げると最高潮に機嫌が悪い顔をした大寿がテーラーの腕を掴み上げて、乱暴に突き放していた。
    驚いた男はイタリア語で何かを言っている。
    それを真正面から睨んで黙らせると、今度は大寿の腕が三ツ谷の腰を抱いた。ふわりと香ったフレグランスの慣れた匂いに緊張していた身体の力が抜ける。思わずその腕に縋りつくとまた強い力で抱き寄せられた。
    密着する厚い体躯。自分のものだと言うように遠慮なく引き寄せられる事が、たまらなく嬉しい。それだけで、三ツ谷の顔に笑顔が戻る。
    「すげータイミングじゃん。流石」
    「ぬかせ、隙だらけんなんだよ、お前は」
    「ごめん」
    確かに今回は自分が悪かった。素直に謝ると、大寿は突然イタリア語で何かを言い放った。
    「Non toccarlo」
    余りにもいい発音すぎて聞き取れない。え?イタリア語できんの?聞いてないけど…そんな風に思った三ツ谷のこめかみにふいに大寿の唇が押し当てられる。
    「…ちょ…、!?」
    「行くぞ」
    強引に腰を抱かれたまま店の外に連れ出される。
    テーラーを盗み見ると彼は笑いながら両手を上に向けて肩を竦めていた。映画みたいに様になってるなぁ…さすがイタリア男だなんて思いながら三ツ谷はまだ腰に回ったままの大寿の腕から逃れようとした。けれどしっかりと固定されたそれはまったくびくともしない。

    「大寿くん。怒ってる?」

    眉間のシワが深い。金色の目が更にいろどりを増して鮮やかに燃えている。
    うわあぁ、めっちゃ怒ってる。心の中だけで肩を竦めて、素直に引きづられて行く。皮靴の底が石畳の上を少し速いテンポで歩いていく音を聞きながら、自分の失敗を呪った。

    「アジアの人間は若く見られがちだ。それに少しでも笑って見せたりしたら気があると思われても仕方ねぇ」
    「……」
    「お前は自分がどんだけ魅力的か知るべきだ」
    「は?」
    「長い睫の目許、シミのない肌、細い頤、黙ってれば慈悲深いピエタ像の生きた姿だ」
    「ちょ、ちょっと待ってよ大寿くん」

    いきなり何を言い出すのかと頬が熱くなる。

    「その声も…」
     
    羞恥でどっと溢れた冷や汗が更に吹き出る。

    「掠れて甘い」

    言いながら立ち止まった大寿が三ツ谷の腰を正面から抱き直して唇を掠め取っていく。普段は往来のある道でなんて絶対キスを許さない三ツ谷だった。そんな事をしたら強烈なパンチをお見舞いしている。
    けれど無口で無駄な事を一切話さない彼の口から、イタリア人もかくやと言う口説き文句の応酬に気絶寸前まで追い詰められて、すっかり腑抜けになった心では抵抗も出来ない。
    指先が触れるカシミヤのコートの肌触りの良さに掻き毟る事も出来ず、三ツ谷の指はその厚い胸板を力なく押し返すだけ。

    「他の男になんて触れさせたくねぇ。だからオレから離れるなって言っただろうが」

    やっと情熱的なキスから開放されてとろりと理性の溶けた三ツ谷を覗き込みながら低い声が囁く。
    ちょっとずるい位格好良くて三ツ谷はニッと照れ隠しに笑って見せた。

    「愛してるよ、俺には大寿くんだけ…」

    目を細めた大寿あもう一度三ツ谷の身体をかき抱く。
    夜の帳が折り始めるミラノの片隅で二人で額を擦り合わせて何度もキスを繰り返した。





    順番がついに回ってきたタイル画の上で、穴の開いた雄牛の大事な部分に内心謝りながらかかとを乗せた。
    にこやかな順番待ちの人々に見守られながら、三ツ谷が両手を広げて見守る大寿に笑いかけた。

    「いっくぞっ!!せぇーのぉーっ!!」

    勢いをつけて回ろうと身体を思いっきり捻ったけれど、止まらずに三回転などフィギアの選手でもあるまいし回れるはずも無い。一回転するやいなや失速し両足を地面につけようとすると、ふいに三ツ谷の身体は大寿の腕に抱かれて半ば強引に回転させられた。
    まるでワルツを踊るように。
    わっとあがる周囲の人々の歓声に頭の上で大寿が笑う。

    「これでまたミラノに来れるぞ。三ツ谷」
    「ははは、マジ最高!!」


    美しいガレリアの丸いガラス天井からは眩しいほどの日差しが降り注ぎ、もうすぐ来る冬が遠のくほどの幸せに満ちていた。
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