日本には数百もの伝統行事があると言われている。元旦・節分・七夕といった古くから伝わるものから、クリスマスやハロウィンといった西洋由来のものまで様々だ。
だがそうしたイベントごとも、年を重ねるごとに次第に意識されなくなるものだろう。日々の営みに追われ、街の彩りの変化で季節を知る。だが、結婚記念日や交際記念日など、人によって日付が異なる記念日はそうはいかない。街の空気で気づくことは出来ず、気づけば過ぎ去っていた__そんなことも珍しくはない。
「……そういえば、そろそろ目金君の誕生日じゃ無いかい?」
その「つい忘れがち」なイベントの一つが、友人の誕生日祝いであった。
「もうそんな時期か」
「えー、今年何も考えてないよね。去年何したっけ」
サッカー界の騒動やゲーム制作に追われていた中、メガネハッカーズの一員である漫画萌と芸夢好武は、リーダー格である目金欠流の誕生日が近づいていることに気付いた。目金君の誕生日祝いは、彼らにとって半ば恒例行事であった。目立ちたがりで褒められたがりの彼を持ち上げるのに、誕生日ほど都合のいい機会はない。
「去年は確か、メガネを目隠しした状態で拉致って絶叫アトラクションに乗せに行ったな」
「心霊スポット」
「三年前は?」
「バンジー」
「……僕ら、そんな祝い方しかしてなかったっけ?」
「車の免許取ってからはずっとこんなノリだろ」
大学生の悪ノリそのものの祝い方に、萌は自分が加担していたことを棚に上げて呆れてみせる。当時、自由に遠出できる高揚感に任せて無茶なプランばかり立てていたのだ。そして、追い詰められた目金君が見せるあのリアクション。それが見たいがあまり変な事ばかりしてしまっていたと、今更ながらに萌は反省する。
「改めて思い返すと、嫌がらせみたいな祝い方しかしてないね」
「悲鳴あげさせた後にプレゼント渡してるからトントンだろ」
「そうは言うけど彼いつも半ギレで受け取ってないかい?」
昨年も、絶叫アトラクション制覇の後にプレゼントを渡したら「有難うございました!」と怒気混じりの声で掠め取っていった目金君の姿が蘇る。あれはなかなか迫力のある怒鳴り声だったなと、萌はしみじみと思い出す。
「今年は長年関わってきたサッカー界の問題も解決したわけだし、普通に労ってあげたい気もするよね」
「ソープにでも放り込んでみるか?」
「目金君のことだから絶対何もせずに出て来るし、困惑する彼のリアクションも見れないから微妙じゃない?」
「そう言われりゃそうだな」
大人向けの、それも女遊び専門の店に連れて行かれる目金君の姿は想像するだけで愉快ではあるが、萌とゲームきが見れるのはあくまで店に入っていく姿までだ。女性相手に戸惑う彼の反応が見れなければ面白さは半減するだろう。かといって女性への応対を見るためだけに複数人での依頼を頼むのは異質な客すぎると、萌は思考を打ち切る。
「もう20代半ばになるんだからさ。そろそろ落ち着いた祝い方をしてもいいと思うんだ」
「落ち着いたねえ。具体的はどんな風に」
「プレゼント渡して、ちょっと良さげなご飯ご馳走するとか?」
「クソつまんなくねえか?」
「あはは。まあそれは否定しないけど、労いに重きを置くんだったらこれがベストじゃ無いかな?」
その反応に半ば同意するが、長年向き合ってきた問題が解決出来たこの年くらいは穏便な誕生日祝いも悪く無いだろうと、萌は笑いかける。ゲームきも「それもそうか」と納得した様な態度を見せた。
「だがその内容だと、プレゼントの中身を凝らねえとダメなんじゃねえか?毎年10000円分の商品券だったじゃねえか」
「あー確かに。サプライズが無いならプレゼントで驚かせないとだよね」
「それにメガネのやつ、飯へのこだわり少ねえしな」
「好奇心は強いけど、グルメってわけでは無いからねー」
ゲームきの言葉に萌は頷く。目金君は日々の食事は疎かにしがちで、酷い時は三食スティックバーという日もザラにある。決して食に関する関心が低いわけでは無いが、優先順位が低い印象だ。そんな彼を高級料理店に連れて行ったとしても、料理の味よりもその店の情報に関心を示すのがオチだろう。
「うーんじゃあ彼の好きなコミック全巻セットとか?」
「それ新装版で買い直してなかったか?」
「そうだった……」
「前に熱く語ってたレトロゲーの実品とかどうよ」
「それ確か駿雷屋で美品を手に入れたとか言ってた気がするよ?」
「マジかよ間が悪い……」
「あっ、絶版になったアニメの全話プレゼントするとか!」
「その作品、再録来るらしいぞ。完全受注生産だから間違いなくあいつも予約してんだろ」
「あーーー。ゲームきが知ってる位なら、間違いなく彼は知ってるだろうなあ」
目金君が喜びそうなプレゼントを提案し合っては、その案を却下する。ああでも無いこうでも無いと考えている内に互いが持つ手札が尽き、気まずい沈黙が降りる。
「……え?難しく無い?」
「金もフットワークもあるやつのプレゼント考えるのって、結構むずいんだな」
「えー、どうしよう……」
好きな物には金を惜しまず、欲しいがままにグッズを買い集める。そんな目金君に物を贈ることの難しさを理解させられ、二人で頭を抱える。
「お前、新作描き下ろしてこいよ。あいつ泣いて喜ぶぞ」
「そんな簡単に言わないでもらえないかなあ?」
唐突に漫画を描けと命じられ、萌はにこやかに微笑みながら怒りを露わにする。あと一週間しか猶予がないのに、それも1番のファンである目金君相手に下手なものはお見せ出来るわけがない。
「つっても、あいつが本気で喜ぶものなんざ他に何も……あっ」
「どうしたんだい?」
「あいつがクリア出来てねえゲームの攻略本とかどうよ」
「いやそんなのとっくの昔に買ってるでしょ」
「俺お手製の」
「ちょっと話変わってくるな」
攻略本そのものは当然彼が持っているはずだが、ゲームき自作となると話は別だ。ゲームきはそのあだ名通り筋金入りのゲーマーで、知識量は目金君以上だ。ゲームきならまだ目金君が手をつけ切れていない新作の攻略本もまとめ上げることができるだろうと萌は考える。
「目金君、最近忙しいせいで買ったは良いけどクリア出来てないゲームとか結構あったよね」
「それにあいつ、クリアしてねえゲームの攻略情報あんまり見たがらねえタチだからな。ネタバレ要素を極力排除したやつならそれなりに喜ぶだろ」
「最近は攻略サイトの情報も玉石混交だからね。ゲームきがまとめた情報なら、目金君は安心して読めると思う」
ネット情報が増えすぎて質が落ちた今だからこそ、ゲームき製作の攻略本は最適解だと萌はうなずく。
「……あ。その攻略本の挿絵僕が描くのはどうかな?漫画はともかくイラストなら資料さえあればある程度描けるだろうし」
「お、良いじゃねえかそれ」
話がまとまると、二人の計画は一気に形を帯びていった。どのタイトルにするか、どんな情報を載せるか。細部まで詰め合い、満足げに頷き合う。
「よし、何とか上手くまとまったね。いやあ、一時はどうなることかと」
「つうか、散々悩んだ末に手作りの物プレゼントとか。それこそ学生の考えた誕プレじゃねえか」
「それは言わない約束じゃないか。まあ、何だかんだで目金君は僕たちのこと大好きだし、僕ら二人で作ったプレゼントってだけで大喜びするよきっと」
「お前よくそんな恥ずかしいこと言えるな」
「だって事実だからね」
そういって萌は肩をすくめて笑った。
「それにしても、目金君遅いね」
「メガネから遅れるって連絡あったか?」
「いや、無かったはずだけど……」
携帯を確認しても連絡は無い。ゲームきは訝しげに眉を寄せたかと思うと、ふと表情を変えて入り口へ。そして勢いよく扉を開くと__
「め、目金君!?」
「…………」
アジトの前で、戸惑った表情の目金君がそこに立っていた。
「一体いつからそこに」
「えっと、『もう直ぐ目金君の誕生日だよね』の辺りから……」
「最初からじゃ無いか!」
話の始めからずっと立ち聞きしていたと言う目金君に、萌はつい声を荒げる。
しかし目金君も「僕だってこんな悪趣味な事をするつもりはありませんでしたよ!」とこちらも声をあげて反論する。
「最近のお二人は毎度僕を変な所に連れ回すじゃないですか。なら先に内容を把握して、わざと裏切ってやろうかと……」
いかにも彼らしい言い分に、萌は苦笑をこぼす。長年誕生日を迎える度に友人達に自分が不得手とするスポットに連れて行かれるとなると、警戒するのは仕方がない話だ。
「ところが今年は真剣に考えてくれてるし、僕のことをよく見てなきゃ分からない話まで出てきて……。出て行きづらくなったんですよ」
照れくさそうに目金君がそう語る。その赤らんだ横顔に釣られ、萌の頬も自然と熱を帯びる。横目に映るゲームきも、落ち着かない様子で視線を逸らしていた。
目金君の誕生日祝いがドッキリ形式になったのは、彼のリアクションの良さは勿論ある。が根っこには、正面から感謝を伝えるのが気恥ずかしかったという事情がある。だから大学生のように茶化してきたのだ。けれど、流石にもう24になるのだから、そろそろ真面目に祝おうと思ったが故に今回の話になったはずなのだが、いざこうして喜びながらも照れる目金君をみると、やはりどうしても照れ臭い。それに耐えきれず、萌は咳払いして切り返した。
「……まっ、でも知られちゃったからにはさっきの案は無しだね」
「ええっ!?何で!?」
「当の本人に知られちまったらサプライズでも何でもねえだろ」
「そんなあ!?」
悲壮感あふれる声を上げる目金君。そのリアクションに萌の照れは一気に消え去った。むしろ可笑しくて落ち着きを取り戻していく。
(ま、別の日に改めて考え直すか。実用品の詰め合わせでもいいし)
そんなことをゲームきと目配せしていた時だった。
「あの……」
そのか細い声に二人が振り向くと、目金君がかすかに震える声で呟いた。
「本当にくれないんですか?さっき話してた誕生日プレゼント」
「……えっ」
悲しげな色を帯びた瞳。その目が、ゲームきと萌が自作する攻略本を本気で欲しがっていると物語っている。照れで誤魔化そうとしていた二人とは違い、目金君は仲間を好きだという気持ちを一切隠さず、真っ直ぐに仲間お手製のプレゼントを欲しがっている。そんな目金君の素直さに押され、萌は言葉を詰まらせた。
気恥ずかしさと、妙な甘さ。
ただ、友への贈り物について話し合っていただけだと言うのに。アジトの空気は、不思議な温度を帯びていくのだった。
「きっっっもちわり」
「そんなこと言っといて、お前も照れてたの僕は見逃してないからな!」