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    無名@本物

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    無名@本物

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    クレソンの過去

    #CPP

    星に願いをブブ、とスマホが震え手に取ると弟から一件のメッセージ

    「姉ちゃん欲しいものある?」

    文章の意図が掴めずしばらく考え込み、もう少しで自分の誕生日だった事を思い出す。祝ってくれるのは嬉しい事だが高校生に物を買ってもらうのは気が引ける。

    (そういえば最近夕と喋ってないなあ)

    「えーそんないいのに。でもたまには夕の声聞きたいかも…」
    「わかった☺!」

    よく出来た弟だなぁ、と思わず独り言を言ってしまう。その後他愛のない話を少しした後スマホの電源を落とした。

    「じゃあ私明日も仕事だからそろそろ寝るね。おやすみ〜」
    「了解!姉ちゃん仕事頑張ってね〜!おやすみ!」

    夕と話すのがこれで最後になるなんてこの時は思いもしなかった。
    〜〜〜

    いつも通りの残業
    終わらない仕事
    携帯にかかる着信も後回しにする
    やっと仕事がひと段落した頃には22時を過ぎていた。

    「わかめだ先輩、はい!これ!」

    デスクにポンとお菓子の箱が1つ置かれる。
    ぽかんとその箱を見つめていると後輩があれっ?!と焦った声を出す。

    「わかめだ先輩今日お誕生日...ですよね?すみません、何も用意してなくて...コンビニのお菓子なんですけどよかったら貰ってください!」
    「えっ?今日って19?」
    「え、先輩もしかして自分の誕生日忘れてたんですか?!」

    社畜だ〜!と騒ぐ後輩を横目にハッと思い出してスマホを見ると夕からの着信履歴と数件のメッセージが来ていた。

    「しまった....。あ〜、お菓子ありがとね!」
    「素敵なお誕生日にしてくださいね〜!って言ってもあと2時間しかないですケド」

    そう言って後輩は自分の席へと戻っていく。

    (自分から頼んどいて最悪だ...なんて謝ろう...)

    すると手に持っていたスマホがブーブーと震え出す。画面を見るとそこには夕の名前ではなく何故か母の名前。スマホを片手にオフィスから出る。

    「もしもし、お母さんが電話かけてくるなんて珍しい「夕が....!夕が...車に轢かれて...!」

    電話の向こうで母が声を震わせて泣いていた。
    〜〜〜
    数年ぶりの実家。懐かしい畳の匂い。
    だだっ広い和室に夕が静かに眠っていた。

    「夕、久しぶり」

    弟が死んだ。
    名前を呼んでも、顔に触れても夕はピクリとも動かない。
    冷たくなった弟の手を握る。
    夏は自転車でただ走って。川遊びして。小さい駄菓子屋の上開きの冷凍庫からアイス買って。冬はかまくら作ったりして。それで5時のチャイムが鳴ったらもう帰ろっかって手を繋いで帰る。
    あんなに小さかった手はもう私よりもずっとずっと大きくなっていた。

    「私を一人にしないで....」

    前に会った時よりも少し大きくなった弟が小さな骨壷に入れられても夕が死んだ実感は湧かなかった。
    〜〜〜
    朝起きて満員電車に揺られて職場に向かって終わらない仕事を淡々とこなして空が真っ暗になった頃に会社を後にしてずらっと並ぶ居酒屋から漏れる賑やかな声を聞きながら駅に向かって歩く。いつもと変わらない日常。夕がこの世から居なくなっても何も変わらず平凡な毎日が過ぎていく。

    (もう辞めてしまいたい。何もかも)

    その場に座り込む。
    周りから夢を否定された時も想像以上に過酷なこの仕事から逃げ出したくなった時もいつだって私の背中を押してくれたのは夕だった。
    立ち上がることができない。このまま消えてしまいたい。

    「大丈夫ですか...?」

    声をかけられハッと我に帰る。

    「あっ...す、すみません、大丈夫です」
    「あ、あの!」

    道のど真ん中で座り込む、そんな非常識な事をしていたことが急に恥ずかしくなって足速にその場を立ち去ろうとするわかめだに女性がもう一度声をかける。

    「いつもうちのお店に来てくださってる方ですよね…?」

    深緑の髪を肩上で切り揃えた物腰の柔らかそうなその女性に確かに見覚えがあった。

    「時石食堂の…」
    「そうです!すみません、突然声かけてしまって…。いつも凄くおしゃれな格好されてたから印象に残ってて…」

    彼女はそう言うと躊躇うように目線を落とし一瞬逡巡した後、パッと顔を上げた。

    「あの!よければうちのお店で食べていきませんか?」

    〜〜〜

    「今日って確か定休日でしたよね?本当にお邪魔しちゃっていいんですか?」
    「気にしないでください!それに誘ったのは私の方ですし」

    お待たせしました、そう言って目の前に丼茶碗が置かれる。

    「忙しい時って食事を疎かにしてしまいがちですけど、そういう時ほど美味しいもの沢山食べることってすごく大切だと思うんです」

    美味しい食事は心の健康にも繋がりますから、彼女は優しく微笑む。

    『今日は試験本番を控える姉ちゃんのためにカツ丼を作ってみました〜!どう?美味しい?』
    『うん、美味しいよ』
    『よかった〜、いっぱい食べてスタミナつけて入試頑張ってね!俺めちゃくちゃ応援してるから!』

    料理に手をつけずぼうっとしているわかめだを女性が不安そうな顔で見る

    「もしかしてカツ丼苦手でしたか?すみません...私何も聞かずに作っちゃって」
    「あ、いえ、すみませんぼーっとしちゃって、カツ丼大好きです、いただきます」

    ツヤツヤした黄色い卵に包まれたボリューミーなカツを口に運ぶ。噛むたびにサクサクと軽やかな音が鳴り、口いっぱいに旨味が広がる。

    「おいしい、です、凄く、おいしい」

    一口、また一口、食べるたびに涙がこぼれる。
    久しぶりに人の手料理を食べたからなのか、人の優しさに触れたからなのか夕との思い出が次々と溢れて止まらなくなる。

    「わたし、私ずっとファッション雑誌の編集者になりたくて、でも周りからはお前には無理だって、反対されて、だけど、弟だけは、弟だけは応援してくれたんです」

    「なのに、弟、いなくなっちゃって、姉ちゃんに電話してくるって、家出てったきり帰ってこなかったって、わたしが、わたしが夕の声聞きたいなんて言ったから、わたしの、わたしのせいでっ」

    嗚咽混じりに話すわかめだを女性は何も言わずただ見つめている

    「もう、なんか、何のために、頑張ってたのか分かんなく、なっちゃって、もう、ぜんぶ辞めちゃいたいって」

    「その夢は弟さんの夢だったんですか?」

    「え?」

    わかめだが涙に濡れた顔を上げると真剣な顔をした女性と目が合う。

    「違いますよね?確かにお姉さんが夢を叶える過程で弟さんの助けがあったのかもしれません、でも夢を叶えたその事実は紛れもなくあなたの努力のおかげです」

    彼女がふわりと微笑む。

    「あなたのそんな姿を見てたから弟さんも応援したいってそう思えたんです。弟さんはきっと今もあなたの夢を一緒に追いかけてくれてるんじゃないでしょうか?」

    偉そうにすみません、女性は言い切ると頭を下げる。
    冷え切った心の氷が温かく溶かされてゆく。

    「謝らないで、下さい、ありがとうございます、本当に、ほんとうにありがとう」

    二人きりの店内にただただ優しい時間が流れた

    〜〜〜

    私が勝手に誘って勝手に作っただけなので!そう言い張る彼女に根負けして結局お金も払わずに店を出てきてしまった。

    (そういえば久しぶりにちゃんと人と話したなぁ)

    あれからずっと辛い現実から目を背けて夕が死んだという事実から逃げ続けていた。今日やっと夕の死と向き合えような、そんな気がする。

    「ごめんね、夕」

    死んだ人間は生き返らない。
    大切な人を失って、絶望して、毎日悲しみに暮れて、前を向けないでいた。でもそんな沢山の絶望の中でほんの少しの人の優しさに触れて、人はまた前を向いて歩けるようなるのかもしれない。
    今はまだ苦しいまま。だけどきっといつか。

    鞄から一枚の写真を取り出す。そこには笑顔で肩を並べる自分と夕の姿

    「そこから見守ってて、お姉ちゃん頑張るから」

    空を明るく照らし続ける都会の明かりに負けないほど1つの星が強く強く夜空に輝いた。

    〜〜〜〜〜〜〜

    プルルル...

    プルルル...

    プルルル...

    『ただいま電話に出ることができません。ピーと言う発信音の後に、お名前ご用件等を、お話しください。』

    「もしもし、夕です」

    「今日も残業かな、いつも仕事お疲れ様」

    「夢に向かって頑張り続ける姉ちゃんはずっと俺の憧れです」

    空を見上げる。
    姉はまるで無数に散らばるどの星よりも強く光り輝くあの星のように、誰よりも輝いていて、誰よりも格好良かった。

    「これからも姉ちゃんのこと応援させて下さい」

    姉が迷った時の道標になれるように

    遠く離れた姉に届くように

    一つ一つの言葉に

    声に

    星に

    強く強く願いを込めて

    「ハッピーバースデー、姉ちゃん」
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