一期第八話ピーンポーン
ピーンポーン
ピーンポーン
ピーンポーン
「ああ!もう!!うるさい!!」
わかめだにとって久しぶりの連休。昼過ぎまで寝てやる、そう決めて昨日の夜は浴びるように酒を呑んだ。なのに!
「まだ11時じゃない…ってか頭いった…」
ピーンポーン
ピーンポーン
しつこく鳴り続けるチャイムにズキズキと痛む頭を抑えながらインターホンへと向かう
「誰よこんな朝早くから...はい」
「くーれはちゃんっあーそびーましょー」
カメラに映るのは片手にスーパの袋を持ちニコニコと笑顔で立つなしなの姿。そして
「え?なんでなしながゆーちゃんといるの...?」
なしなの横には深緑の髪を肩上で切り揃えた女性が困ったような笑顔で立っていた。
〜〜〜
「おはよ〜わかめだ〜!」
「わかちゃんおはよう」
「...おはよう」
ガチャリとドアが開き寝起きのわかめだが顔を覗かせる。
「やっと起きたな!ずっと待ってたんだから、ねっ!ユーロさん!」
なしなにそう言われるとユーロと呼ばれた女性は返答に困ったように苦笑いを返す。
「バカなしな起こし方ぐらい考えなさいよ、あとゆーちゃんのこと困らせないで」
起きない方が悪いんでしょ〜!と騒ぐなしなをまあまあとユーロが宥める。
「っていうかなんで2人が一緒にいるの?」
なしなもユーロもわかめだの友人ではあるが2人は面識が無かったはずだ。
「それはですね〜」
〜遡ること1時間前〜
特に予定もない休日。暇を持て余したなしながわかめだの住むマンションに向かうと部屋の前に1人の女性の姿があった。彼女は何かに悩んでいるようでスマホ片手にそこに立っていた。
(宅配...?ではなさそう..)
「どうかされましたか?」
突然声をかけられたことに驚いたのか女性は小さく驚きの声を上げてなしなの方を見た。
「あ、すみません...わかちゃ、わかめださんに用事があって来たんですけど出てこなくて...」
それを聞くとなしなは「あーーーーー!!!!」と叫び女性の手を掴む。
「もしかして“ゆーちゃん“ですか!?!?!?」
「えっ??っと…えっ」
なしなに手を掴まれた女性は先程声をかけた時よりもさらに驚いた様子でなしなの顔と掴まれた手を交互に見る。
「あっ、と…すみませんいきなり…“わかちゃん“って聞こえた気がしてつい…すみません…」
相手の反応を見て一瞬で冷静になったなしなはパッと手を離し頭を下げる。
「大丈夫ですよ!確かにちょっとびっくりしたけど…」
女性は優しく微笑み言葉を続けた。
「時石夕露(ときいし ゆうろ)です、わかちゃんからは“ゆーちゃん“って呼ばれてます」
「“ゆーちゃん“だ!本物の“ゆーちゃん“だ!」
女性の名前を聞き目を輝かせてはしゃぐなしなを“ゆーちゃん“が不思議そうな顔で見る。
「あ!自己紹介が遅れました!鍵閉 梨奈(かぎしめ なしな)っていいます!わかめだとはよく飲みに行ったりしてるんですけど酔うといつも“ゆーちゃん“の話ばーっかりしてて、なのに会わせてって言うとなしなにだけは絶対会わせない!って会わせてくれなくて〜」
お会いできて嬉しいです〜と言いながら再び手を取る。
「えっと…わかちゃん私のことなんて話してました…?」
“ゆーちゃん“が少し恥ずかしそうな、焦ったような表情でなしなの顔を見る。
「料理が凄くお上手だとお聞きしました!」
手を強く握ったままズイッとなしなが顔を近づける。
「えっと…」
「ゆーちゃんのご飯は世界を救うだとか!」
「そんな大袈裟な…」
「食べてみたいです…!世界を救うゆーちゃんのご飯!」
「ええっと…」
「是非!食べて!みたい!」
...
「で、わかめだも起きないしスーパー行こーってなって今に至る!」
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
なしなの話を聞き終えた瞬間わかめだが特大のため息をつく
「朝からそんな大きなため息ついたら幸せがいっぱい逃げてくぞ〜、ってか部屋入れてくんない?重い」
ツッコむ気すら無くなったわかめだが無言でドアを開けるとなしなはまるで自分の家のようにわかめだの部屋に入っていく。
「なしなに変なことされてない?」
「あー...うん、されてないよ、なしなさん凄くこう、なんていうか、賑やかな人だね!」
「あいつしょうもないことしかしないからまともに相手しなくていいからね」
すると突然、部屋の中からなしなの叫び声とドタンッと何かが倒れる音、そしてカラカラカラと何かが転がる音が一斉に聞こえてきた。
「ちょっと何今の音!!!」
わかめだとユーロが急いで中に入るとそこには床に仰向け転がっているなしなの姿、そしてその周りには空き缶が転がっていた。
「何してんのアンタ」
「何してんのじゃないよ〜!!床に空き缶置くな!!!踏んづけて転けちゃったじゃない!!」
「アンタが鈍臭いのが悪いんでしょ!!」
「わかちゃんちょっといい?」
言い合う2人を制するようにユーロがわかめだの肩をポンと叩く。振り向くといつもの優しい笑顔、いや、ほんの少しの怒りが混じった笑顔のユーロが空き缶を指差しニコニコと笑う。
「わかちゃんまたこんなにお酒飲んだの?」
「あっ」
「しかも片付けずに寝たの?」
「えっと、」
「飲み過ぎはダメって前も言ったよね?」
「す、すみません...」
笑顔で怒りを露わにするユーロとまるで母親に怒られる小さな子供のように萎縮するわかめだ
(心なしか双葉もしょんぼりしてる気がする)
わかめだのトレードマーク、いつもぴょこんと跳ねている双葉のような触角もしおしおと枯れた草のように元気がない、ように見える。普段見ることの出来ない友人の姿になしなは笑いを堪えながらスマホをそっと構えシャッターを切った。
〜〜〜
「ぎゃーーー!!!またやっちゃった!!」
「なしなさんはもう座っててください!」
荒れ果てた部屋をテキパキと出際よく片し、今は台所に立つユーロ
「ユーロママ」
わかめだの隣に座るなしながボソリと呟く
「わかめだ家主なんだからちょっとくらい手伝いなさいよ」
「私が手伝ったら逆に邪魔になる、なしなも今ゆーちゃんに怒られたでしょ」
「まあ確かに。でもユーロさん本当にお母さんみたい、いつもやってもらってるの?」
「ゆーちゃんのお店が休みの時だけね」
なしなはふーん、と言いながら昼食の準備をするユーロを見る。
「ユーロさんがわかめだの守りたい人?」
「えっ?ああ、うん、まあそうだけど」
わかめだがなしなの肩に腕を回し顔を寄せる。
(一応言っとくけどゆーちゃんの前ではぜっっったいプリキュアの話しないでよね!)
(わかってるよ〜それくらい)
「わかちゃん、なしなさん何コソコソ話してるの?ご飯の準備できたよー」
「「はーい!」」
「あれ?なんか量多くない?」
わかめだの言う通り食卓には3人分とは思えない量の食事が並べられていた。
ピーンポーン
「あ!来た来た!わかめだ座ってていーよ!」
「は?ここ私の家なんだけど?!」
わかめだの反論を聞かないままパタパタと玄関に駆けていくなしなに諦めのため息を吐き椅子に座る。
「迷わずこれた?」
「うん!くるっぽーちゃんと、それにフガもいたから!」
「岩波方向音痴にも程があるネ。オマエよく1人で地球に来れたナ」
聞き覚えのある声に勢いよく立ち上がり玄関へ走るわかめだ。そこにはセレナーデと共ポ、そしてセレナーデの腕に抱かれたポコとフガの姿があった。
「は?!ちょっ、はぁ?!」
「あ、おはよ〜!わかめちゃん!」
「わねかだ、そんなに慌ててどうしたアルか」
(ちょっと!なしな!なんでセレナーデと共ポまで連れてきてんのよ?!それにポコとフガまで!!)
(だいじょーぶだいじょーぶ!ポコとフガにはぬいぐるみのフリしといてもらうから!)
なしながポコとフガにバチんとウインクをすると2匹はそれに応えるように目をパチパチと瞬きさせ、わかめだは本日2回目の大きなため息をついた。
〜〜
「胃が痛い...」
「わかちゃん大丈夫?食べ過ぎちゃった?」
「酒の飲み過ぎでしょ」
「アンタのせいよ!」
「いひゃい!ぼうりょくはんひゃい〜〜〜!!!」
わかめだが隣座るなしなの両頬をギュッと掴む。食事中何度か口を滑らせそうになったなしなと共ポを必死に誤魔化し、セレナーデに至っては誤魔化しきれず少し変わった子なのだとユーロを納得させ、部屋に漂う美味しい匂いに我慢ができずモゾモゾと動く妖精達に睨みを効かせ、正直食事どころではなかった。
「錠前タコみたいネ」
「あはは〜私こういう宇宙人見たことあるよ〜!」
(わかちゃん、楽しそう)
出会った頃のわかめだは手を差し伸ばさなければそのまま消えてしまいそうで、ずっと下を向いていた。でも今はなしな達に囲まれて楽しそうに笑っている。
「皆さん、これからもわかちゃんのことよろしくお願いします!」
勢いよく頭を下げたユーロをなしな達は一瞬キョトンとした顔で見た後ニコッと明るい笑顔を浮かべ同じように頭を下げる。
「こちらこそわかめだのことよろしくお願いします!」
計画していた休日よりも随分と騒がしくなった
(けど、ゆーちゃんが楽しそうならいっか!)
(クレソン達がお喋りしてる今がチャンスフガ!)
(ポコ!ゆっくりゆっくり慎重に行くポコ!)
数分後、ユーロが「なんかあのぬいぐるみ動いてない?」と食卓に向かってモゾモゾと動く妖精達を指し寿命が縮む思いをする事になるなどこの時のわかめだは知る由もなかった。