遡及「…………デ」
「………ナーデ」
「……レナーデ」
「セレナーデ!!!」
誰かに名前を呼ばれ重たい瞼を開けると自分の顔を覗き込む2匹の妖精と目が合う。
「おはようございますフガ!」
「おはようございますポコ!」
妖精達の元気な挨拶で一瞬覚醒した脳は、窓から差し込む暖かな朝日と身体を包み込む布団の温もりにあっさりと敗れセレナーデは再び夢の世界へ旅立とうとする。
「ん〜…あともうちょっとだけ……」
モゾモゾと布団に潜り込もうとするがそこには柔らかい温もりはなく、代わりにひんやりとした空気が肌を撫でる。
「起きるフガ!!!!」
「寝ちゃダメポコ!!!!!」
見ると妖精達が怒ったような顔をしながら布団の両端を持ってふわふわと宙に浮いていた。
「ちょっと〜返してよぉ〜私のお布団〜」
セレナーデが布団に手を伸ばすと妖精達は布団を持ったままさらに遠くに離れていく。
「フガ!セレナーデ忘れちゃったフガ?!今日は「今日は"ちきゅう"に行く日ポコよ!!!!」
フガの言葉を遮ってポコが弾んだ声で大きな目を輝かせる。
「"ちきゅう"?」
「"ちきゅう"ポコ!」
「"ちきゅう"フガ!」
ちきゅう、ちきゅう、ちきゅう...とセレナーデは寝ぼけた目でブツブツと呟くと、突然バッとベッドから飛び起きた。
「忘れてたーーーーーーー!!!!」
悲鳴にも似た叫び声がポコリーヌ星の穏やかな朝の静寂を破った。
〜〜〜
「「「わぁ〜〜〜!!!」」」
歓声を上げるセレナーデ、ポコ、フガの前には巨大な宇宙船。虹色のボディーの宇宙船は何かの鉱物で出来ているのかキラキラと太陽の光を反射している。
「とってもキレイ!フガ!」
「これならブラックホールに吸い込まれてもすぐに見つけられるポコ!もちろんスペースジョークポコ!」
「すご〜い!カラフルストーン?な訳ないよね...何で出来てるんだろう....」
妖精達はクルクルと楽しそうに宇宙船の周りを飛び回り、セレナーデは興味深そうに宇宙船を観察していた。
「カラフルストーンですよ」
宇宙船と同じ虹色の宝石が中央に埋め込まれた小ぶりなティアラを頭に乗せ、深い青色の上品なドレスを着たセレナーデの母が宇宙船に釘付けになっているセレナーデ達を見て優しく微笑む。
「カラフルストーン?!?!」
夢中で宇宙船を観察していたセレナーデが虹色に光る宝石と同じくらいキラキラと綺麗に輝く宝石のような瞳を驚いたように大きく見開かせる。
カラフルストーンは見つければ幸福が訪れる、という言い伝えがあるほど大変稀少な鉱産物だ。この宇宙船を作るために一体どれほどの時間がかかったのか、想像するだけで気が遠くなりそうだ。
「貴方達の旅が幸せ溢れる楽しい旅になって欲しい、そんな願いを込めてお父様とヴィーヴォ達が用意してくれたのよ。それとこれ」
セレナーデの手に乗せられたのはパスケースのような魔法の道具
「これは私とカランド達から。もし貴方達の身に何かあったらこれを使いなさい。きっと貴方達を護ってくれるわ。」
「お母様とカランドお姉様と頑張って作ったんだから!セレナーデ、ステキな思い出沢山作ってくるのよ!」
「セレナーデ、ポコとフガに迷惑かけちゃダメよ?」
母の隣に立っていた快活そうな少女と大人びた少女がセレナーデに笑いかける
「お母様、カランドお姉様、アタービレお姉様、ありがとう」
セレナーデは手渡された魔法の道具をキュッと大切そうに握りしめ3人に笑顔を返す
「よぉ〜セレナーデ、こんな大切な日にまた寝坊したんだって?」
「...!ヴィーヴォお兄様!」
セレナーデよりも少し明るいミントグリーンの髪をした青年がニヤニヤと意地の悪い笑顔を浮かべながらセレナーデの肩に腕を回す
「セレナーデの叫び声俺の部屋まで聞こえてたよ?」
「僕、セレナーデの声で起きた」
眼鏡をかけた知的そうな青年とセレナーデに似たのんびりとした話し方をする青年もセレナーデの元に集まってくる
「わはははは!カルマートとコモドの部屋にまで聞こえてたのか!!!ははははは!!!」
ヴィーヴォと呼ばれた青年が大きな口を開けて豪快に笑い、バシバシと肩を叩かれたセレナーデはうぅ〜ごめんなさい〜、と申し訳なそうに顔を伏せた
「フガ!セレナーデのお団子が本物のクマさんの耳みたいにしょんぼりしてるフガ!」
「ポ、ポコ〜〜〜!!このままだとセレナーデがクマさんになっちゃうポコ!!ヴィーヴォさま、セレナーデをいじめないでポコ!!!」
宇宙船の周りを飛び回っていたポコとフガが大切な主人を助けようと慌ててセレナーデの元に飛んでくる
「ははは、今日も賑やかなだな」
レインボーストーンがふんだんにあしらわれた豪華な王冠を頭に乗せ、立派な顎髭を生やし、青緑色の瞳をした男性がにこやかな笑顔を浮かべながら賑やかな輪の中に立つ
「セレナーデ、ついにこの日がやって来たな。お前は強く優しい子だ、例えどんな困難にぶつかったとしてもお前なら必ず乗り越えてくれると信じているよ」
それまでガヤガヤと騒いでいた全員が静かに王の話に耳を傾けている
「お父様、お母様もお兄様達も、みんなありがとう、私頑張ってくるね」
「ポコーー!!セレナーデはポコが守るポコーーー!!!」
「寝坊助なセレナーデはフガに任せてくださいフガ!」
「フガっ!寝坊助は余計だよお〜!!」
セレナーデの情けない叫び声と和やかな笑い声がポコリーヌ星の穏やかな空気を優しく揺らした。
〜〜〜
「お、重いポコ〜〜!フガ助けてポコ〜!」
「だから言ったフガ!フガ達は遊びに行くわけじゃないフガよ!」
チャックが締まりきらずお菓子やおもちゃがはみ出ている自分の体よりも遥かに大きな鞄をズルズルと引きずるポコとブツブツと小言を言いながらポコを手伝うフガ
「みんな!本当にありがとう!私ポコとフガと3人で頑張ってくるね!」
家族と別れの挨拶を交わすセレナーデ
「「「行ってきます!」」」
初めての長旅。
ほんの少しの不安と沢山のワクワクを胸に3人は虹色に輝く宇宙船に乗って広大な宇宙へと旅立っていった。
〜〜〜
小さな窓から外の景色を眺める。果てし無く続く宇宙に無限の可能性が広がっているような気がして期待が膨らむ。
「セレナーデ!これ読んでほしいポコ!」
大きな鞄からポコが取り出したのは"わるい王様とプリキュア"と書かれた絵本
「ポコ、本当にこの絵本好きだねえ〜、いいよ、おいで」
ポコから絵本を受け取り2匹の妖精を膝の上に乗せる。
〜
「プリキュアはわるい王様を倒し、宇宙の平和は守られましたとさ、めでたし、めでたし」
パタン、と絵本を閉じるとポコとフガは満足げな表情でぱちぱちと小さな手を叩いた。
「プリキュアカッコいいポコ!」
「セレナーデもこの絵本に出てくるプリキュアみたいに悪い奴倒せるフガ?」
フガがキラキラとした目でセレナーデの顔を見上げる。
「ん〜、プリキュアに変身したことはないけど私のご先祖様はすーごく強いプリキュアだったってお母様も言ってたし、うん!私ならきっと出来るよ!」
母と姉から貰った魔法の道具を手に取る
「キラキラしててかわいいフガ〜!」
「ポコもプリキュアになってセレナーデと一緒に戦ってみたいポコ!」
「ポコだけずるい!フガもプリキュアになるフガ!」
膝の上で揺れる黄色とピンクの小さな愛おしい友人に思わず笑みが溢れる。
その時。
『エンジントラブル発生 エンジントラブル発生 タダチニ緊急着陸ヲ行イマス』
と突然アラームと共に音声メッセージが繰り返し流れ始める。3人が戸惑っているうちに宇宙船はガガガガッと激しい揺れと共に見知らぬ星に着陸した。
「ちょっと〜なにこれ〜」
セレナーデが困ったように操縦席の前に立ち、その後ろから心配そうにポコとフガが顔を覗かせる。壁に取り付けられた巨大なモニターには宇宙船の全体図が映し出されエンジンらしき場所に赤いバッテンが付いていた。
「あ!そういえばカルマートお兄様がくれた説明書があったはず...」
ゴソゴソと鞄を漁ると底の方からぐしゃぐしゃになった”宇宙船取扱説明書”と書かれた小さな冊子が出てくる。
「あった!あった!え〜と、エンジントラブルは....」
「ポ!ポコ!セレナーデ大変ポコ!」
宇宙船の外を見ていたポコが慌てた声を上げそちらを見ると、宇宙船の足元からモクモクと白い煙が上がっていた。
「煙!セレナーデ!煙がモクモクしてるフガ!!!」
「ど、ど、どうしよう?!?!?!」
「宇宙船が爆発しちゃうポコーーーー!!!!!」
小さな宇宙船に響く3人の叫び声
〜〜〜
「え〜ん、お洋服が汚れちゃったあ」
洋服だけでなく手や顔にも黒い油汚れを付けたセレナーデがお気に入りの服を見て悲しそうな顔をする。
「煙止まったフガね!」
「宇宙船爆発しないポコ....?」
フガの後ろに隠れていたポコがピョコッと顔を出す。セレナーデは説明書をペラペラと捲ると、うーん、と唸り声を上げる。
「完全に治すにはもうちょっと時間かかりそう、かも?ポコ、フガ2人とも暇だったらちょっと冒険してきてもいいよ〜」
「冒険!するポコ!」
セレナーデの言葉で先程まで怯えた表情をしていたポコはパッと目を輝かせフガの手を取って飛んでいく。
(随分と荒れた星に着地したなあ)
緑ひとつない凸凹した茶色い地面が果てしなく続いている。ポコリーヌ星を思い出して少し寂しさが胸を掠める。
「さっ、早く治さないと」
セレナーデはふ〜と息を吐くと、地面に散らばった工具の1つを手に取った。
〜
数時間後、セレナーデ!セレナーデ!すごいの見つけたポコ!とポコが大きな声で騒ぎながらセレナーデの元に戻ってきた。
「何見つけたの?」
「"うちゅうじん"発見したポコ!」
宇宙人のような見た目をした妖精が宇宙人を発見したと喜ぶ姿に笑いが込み上げてくる
「?なんで笑ってるポコ?とにかくセレナーデも早く来るポコ!」
「わかったわかった」
"うちゅうじん"の発見に相当テンションが上がっているのか興奮気味に話すポコの後について歩く。宇宙船から少し離れたところまで歩き、ポコがぴたりと止まる。
「あの子ポコ!」
ポコが指差す先には地面までだらりと伸びた長い腕と腕とは真逆の短い足をした茶色い肌の異星人が立っていた。異星人は自分の周りを飛び回るフガをギョロリとした大きな目で追っていた。
「なんだか、ちょっと怖いね」
「ポコ!怖くないポコよ!この子はとってもいいこ
突然、言葉が途切れセレナーデの前でフヨフヨと浮いていたポコが消えた。いや、吹き飛ばされた。
ガラガラと大きな崩落音が鳴り、土煙の向こう側で地面に倒れるポコの姿が見える。
「な...に....?」
数メートル先にいたはずの茶色い異星人がセレナーデの目の前に立っている。吹き飛んだポコに向けていた視線がぎょろりとセレナーデを捉える。
フガがポコの名前を叫びながらポコの元へと飛んでいく。
(私も早くポコのところへ)
そう思うのに何故か足が動かない。不気味な瞳から逃れられない。身体の芯から冷えていくような、そんな感覚。
異星人が長い鞭のような腕を大きく振りかぶる。
腰につけていた魔法の道具が風に揺られ手に触れ、セレナーデは咄嗟にそれを掴んだ。
『今宵も聞こえる波の音』
叫んだと同時にセレナーデは虹色の光に包まれ、光が弾けた次の瞬間、そこにはプリキュアに変身たセレナーデが立っていた。
〜〜〜
「がはっ…!」
異星人の長い腕がセレナーデの細い体を吹き飛ばす。
「「セレナーデ!!!」」
2匹の小さな妖精がセレナーデの元に駆け寄る。
「セレナーデいっぱい怪我してるポコ!これ以上戦ったら死んじゃうポコ!」
ポコが青ざめた顔でセレナーデの腕を掴むが、セレナーデは制止を振り払って立ち上がった。
うまく立ち上がれずよろけ、震える膝に爪を立てる。
何度も地面にぶつけた頭が、殴られたお腹が、ミシミシと悲鳴をあげるあちこちの骨が、
痛い。
痛い。
痛い。
感じたことのない恐怖。
逃げろ、命の危機を感じ脳内に誰かの声がこだまする。
「セレナーデ、ポコを連れて逃げて」
フガの可愛らしい高い声が耳元で聞こえる。
「え…?」
フガが異星人に向かって猛スピードで飛んでいく。
「フガ行っちゃダメ!!!!」
小さくなっていくフガの背中に手を伸ばす。
一瞬何が起きたのか分からずポカンとしていたポコがフガの後を追おうとする。
『セレナーデもこの絵本に出てくるプリキュアみたいに悪い奴倒せるフガ?』
セレナーデはフガを追いかけようとしていたポコの小さな手を掴み、異星人と逆方向、宇宙船に向かって走り出した。
「セレナーデ何してるポコ?!早くフガを助けないと!!!」
もがくポコを無理やり腕の中に閉じ込める。
ポコはセレナーデの手から逃げようと必死に抵抗するが、妖精の小さな体ではセレナーデの力には打ち勝てない。
『ん〜、プリキュアに変身したことはないけど私のご先祖様はすーごく強いプリキュアだったってお母様も言ってたし、うん!私ならきっと出来るよ!』
ごめん
『お前は強く優しい子だ、例えどんな困難にぶつかったとしてもお前なら必ず乗り越えてくれると信じているよ』
ごめんなさい
「はぁ、はぁ、はぁ」
必死に足を動かす。凹凸の激しい地面のせいで足がもつれ上手く走れない。腕の中で大切な人の名前を叫びながら小さなピンク色の妖精がもがいている。ちゃんと呼吸をしているはずなのに息苦しい。涙で視界がぼやける。
私のせいだ
わたしがよわいせいだ
にげなきゃ
はやく、はやく
「早く逃げて!」
子供の時からずっと一緒にいた、大切な友達が後ろから大声で叫んでいる。
ごめん、ごめん、ごめんなさい。
宇宙船に飛び込み、訳も分からないまま操作盤を叩く。
宙に浮いた宇宙船が少しずつ異星から離れていき、やがてその姿は見えなくなった。
〜〜〜
荒れた茶色い大地に1人の少女が降り立つ。
彼女は地面に捨てられた黄色の猫のぬいぐるみを掴むと小さく呟いた。
「あなたも私の“オトモダチ“にしてあげる」
少女がぬいぐるみに手を当てると黒い光がバチバチと火花をあげる。
その時、ぬいぐるみがポツリと一言言葉を漏らし、一瞬虹色に光った。
虹の光を浴びた少女はしばらく呆然とその場に立ち尽くし、そうなのね、と寂しそうに呟き再びぬいぐるみに手を当てた。
バチバチと虹色の火花が少女とぬいぐるみを照らした。
〜〜〜
気がつけば私とポコはポコリーヌ星へと帰ってきていた。
地球へと旅立った時と変わらないポコリーヌ星の景色、でもそこにはいつも一緒にいたフガはいない。
あれからポコは塞ぎ込み自分の部屋から出てこなくなり、私は毎日あてもなくポコリーヌ星を歩き回った。
ある日、いつものように歩いていると草むらの中に黄色いネコのぬいぐるみが落ちていた。フガだった。
目を覚ましたフガが1番に発した言葉。
「ポコ、さんってどこにいますか…?」
フガは忘れていた。
自分のことも、私のことも、ポコのことも。
窓から差し込む月明かりが暗い部屋を淡く照らす。
セレナーデは自室の扉を閉めると、その場に崩れ落ちた。
「ひっ…うっ…ひくっ…うっ…」
1人の部屋にセレナーデの嗚咽だけが響く。
「お前に泣く資格なんてあるのか?」
声がして前を見る。
窓に向かって伸びる自身の影がゆらりと揺れる。
「お前が逃げたせいだろ?」
「お前が逃げたせいであの子は記憶を失った」
「お前が逃げたせいであの子は大切な人を失った」
「お前のせいだ、全部全部お前のせいだ」
セレナーデの宝石のような瞳が月明かりを反射してキラキラと輝いた
〜〜
数年後、ポコとフガは再び地球に旅立っていった。
お父様に私も行きたい、そう言ったのに私は連れていってもらえなかった。
ガサガサと雑草をかき分け進むと少し開けたところにボロボロになった宇宙船が私とポコが異星から帰ってきた時と同じ状態で放置されていた。
「わぁ〜まるであの時にタイムスリップしたみたい!」
セレナーデは初めて宇宙船を見た時と同じようなワクワクした表情で宇宙船に乗り込む。
操作盤をポチポチと押してみるとウィンと音が鳴り宇宙船が作動する。
「よぉ〜し!出発進行〜!」
セレナーデを乗せて輝きを失った虹色の宇宙船は広大な宇宙の暗闇に吸い込まれていく。
大丈夫、大丈夫!
「守りたいものを見つけた私は強いんだから!」