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    巨大な石の顔

    2022.6.1 Pixivから移転しました。魔道祖師の同人作品をあげていきます。

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    巨大な石の顔

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    サンサーラシリーズ第一章。兄上がとうとう天人から人間になる話。

    #魔道祖師
    GrandmasterOfDemonicCultivation
    #藍曦臣
    lanXichen
    #江澄
    lakeshore
    #曦澄

    天人五衰(六) ほどなくして江宗主は上半身を動かせるようになった。下半身はしびれが残っていてまだしっかり床に立てそうになかったが確実に彼は回復してきていた。
    雲夢江氏からは白蓮蓮によって毎日蓮の花のしずくが届けられている。雲深不知処からも滋養強壮にいい野菜や薬草が届けられた。届けにきたのは江澄が命がけで助けた少年だった。
    少年は江宗主と藍宗主に挨拶へきた。太い眉が凛々しい彼は礼儀正しくかしこまっていて恭しかった。その折り目正しい様子から幼いときの弟を藍曦臣は懐かしく思い出す。
     弟の藍忘機はいつの間にか兄を追い越して自分の道を歩き、運命を掴んだ。母が忘機には『お前は人間よ』とわざわざ言わなかった理由が今の兄には理解できた。弟は人間だったからだ、はじめから。
     江澄が両手を動かせるようになりさすがに食事の介助はやめさせられたが、二人で食事を取る習慣は続いていた。
     その日は、白蓮蓮が花のしずくとともに持ってきてくれた茎付きの花托から江澄が藍曦臣のために蓮の実を丁寧にむいていた。蓮花湖で早く熟していたものを採ってきてくれたらしい。
    「食べてみたかったんだろう」
     白い実は特に茎付きでないのと味に何が違うのか藍曦臣にはやはりわからなかったが、愛する人がわざわざ剥いてくれた実を食べるのは幸せとしかいいようがなくて一口食べるごとに頬がゆるまずにはいられなかった。
     このときとろけるような笑顔をすぐ近くで向けられて、江澄は表情を取り繕うのに必死だった。今にも顔が赤くなりそうだったからだ。
     くそっ顔がいい。江澄は舌打ちをしたくなりそうだったが、上品な沢蕪君の手前一つ大きく咳払いにとどめた。
    「大丈夫かい?」
    「なんでもない。あーときに藍渙。もう蓮池の絵は描かなくていいのか? 今が盛りなのに」
     江澄は羞恥をごまかすようにかねてより気になっていたことを尋ねることにした。
     寝巻の着替えや下ばきの交換、就寝時間以外は、なぜか射日の英雄沢蕪君はほぼ四六時中江澄のそばにいる。短くも濃密な時間を過ごすうちに藍曦臣の言葉はくだけ、今や二人はお互いを名前で呼び合うまでになっていた。
     けれどこれまで藍曦臣は江澄のために琴や笛、茶器、碁石に手を伸ばしても以前のように絵筆をとっているところを見かけたことがない。
    「私がここにいるのはひょっとして迷惑かい?」
     なぜこの四十近い男は小首をかしげて少し切なそうに言うのだろう。まるでこちらが悪いことをしているような気分になるじゃないか。なんだか金光瑶みたいなそぶりをするんだなというのは喉の奥へしまった。さすがの毒舌の江澄でも無神経すぎるとはばかられた。
    「いやそんなことはない。むしろあなたがいてくれて助かっている。でもあなたはそもそもここへ蓮の写生に来たのだろう? 俺はあなたのやりたいことを犠牲にさせてまであなたに助けられたいとは思わん。姑蘇藍氏の門弟を助けた俺への責任など感じずにあなたの好きに過ごしてくれ」
     日がな一日何もすることのない江澄は沢蕪君がそばにいてくれて本当に助かっていた。
     さすが歩く蔵書閣と巷で噂されるだけあって知識が豊富で話は面白いし、碁だって非常に手強く、雲夢江氏からきた重要案件なども主管と話して煮詰まったら横からすっと的確な進言をしてくれた。江澄が望めば金麟台から借りた琴をつまびき裂冰も吹いてくれる。
     昨日など、「蓮が見たいな」とぼそりと呟いたら、江澄を軽々と抱き上げて四阿まで連れて行ってくれた。今はあきらかに江澄のほうが体重は重いはずなのにどこにそんな力があるのか驚くばかりだった。
     周りに人がいなかったとはいえ、一人前の男が別の男に公主抱っこをされるのは大変恥ずかしかったが、おかげで姉の形見である蓮池を拝むことができた。そこで江澄はずいぶん長いこと蓮の盛りの季節に金麟台を訪れていなかったことに気付いた。
    「子軒が造ってくれたのよ」と満開の蓮池を前に、生前の姉はとても嬉しそうで幸せそうだった。
     小雨のさなかあの頃と同じように可憐に咲いている蓮をみて思わず涙が流れたが、藍曦臣は何も言わずに江澄が「帰ろう」と言うまでずっと微動だにせず抱き上げてくれていた。今江澄が実を剝いてやっている茎付きの花托はその気遣いへの静かな返礼だった。
     とにかく藍曦臣という人は江澄にとって非常に都合がい……いや、自他ともに認める気難しい江澄をいたく居心地よくしてくれる稀有な人であった。沢蕪君の献身のおかげで江澄の気は紛れ、早く雲夢へ帰らねばという焦りはちっとも生まれることはなかった。
     ひねくれものの江澄としては、何か大きな裏があるんじゃないか、ふだんから激務をこなす江澄の体調をしきりに気遣う主管がここぞとばかりに休ませようと金麟台へ縛り付けようとしているんじゃないかなどと勘繰る。
     けれど、観音廟事件が起きる前、泥にまみれたことのないような浮世離れしたところがあったものの藍宗主は確かに裏表なく物腰も穏やかで善良そのもののような人だった。座学時代から彼はずっと人に親切だったのを思い出す。以前の彼に戻ろうとしているならばそれは喜ばしいことだ。
     江澄に問われて、きたと藍曦臣は思った。
     蓮の写生はあくまで方便であって彼が金麟台へ来た本来の目的ではなかった。その昔金光瑶と眺めた蓮池を見届けたら義兄弟二人の後を追いかけようと彼は思っていた。だが江澄の厚意に触れその彼が毒霧を浴びて重体になり藍曦臣がここにいる目的は変わってしまった。
     義兄弟二人の魂がこの地上から解放されていないとわかって再び寒室で己を閉ざそうとも思ったが、江澄によって彼はこの世にどうにか引き留められていた。だがそれをそのまま話せば、彼は藍曦臣のことを単なる友人ではなく重荷に感じるだろう。
     根が生真面目な江澄はさきほどの問いをいつか言いだすだろうと予測していたので、藍曦臣はあらかじめ用意していた答えを告げた。
    「最初は門弟を助けてくれたお礼のつもりだったけれど、今は私の意志で君のそばにいる。江澄、君と一緒にすごしているといつも時間が経つのを忘れてしまうぐらい私も楽しいんだ。一人で蓮の絵を描いているよりもずっと気が晴れる。こんな明るい気持ちになったのはあの事件以来だ。今私が君のそばにいるのは、宗主としての義務感からじゃない。私が君といるのが楽しくて幸せだからだよ。ずっとこのままでもいいとすら思っている」
     藍曦臣は誠意をこめて言った。今江澄に話した言葉には一片の嘘偽りも一切のごまかしもなかった。
     ただ、蓮の絵を描くより君といる方が楽しいと言いながらも実はこっそり江澄の姿絵を描いたと言ったらこの人はどんな顔をするだろう。そう思うと悪戯を隠している子供のような少し愉快な気分だった。
     以前、懐桑が差し入れしてくれたのは顔料だった。墨だけでなく多彩な色をもってこの人を絵師の白木蓮はこっそり描いていた。
     我ながら口説いているかのような――ひそかに口説いているのだが――こっぱずかしい台詞をすらすら淀みなく述べたのもあってか、藍曦臣は金光瑶が愛想のいい笑顔を浮かべながらよく言っていた耳心地のいい美辞麗句の類をふと思い出した。
     ああもしかして彼は私によく思われたくていつもなりふりかまわず必死だったのだろうか。今の私のように。
     観音廟のとき彼が藍曦臣には純粋に友情を寄せてくれていたのかもはやわからなくなってしまったが、今こうやって藍曦臣が江澄に言葉を尽くしているのも男としての薄暗い下心ゆえに他ならない。それは出世欲や野心、自己保身などと比べて清らかで尊いといえるだろうか。
     水面から天へ伸びる蓮は美しいが、池の底はひとたび足がつけば一瞬で頭まで沈み込むおどろおどろしい黒い泥が広がっている。けれどその泥がなければ蓮も咲かない。それでいて蓮は泥から生まれても泥にはまみれない。これまで何も住まわせていなかった無色透明の心に、藍曦臣はとうとう江澄への恋情という泥を受け入れたのだ。
     一方、藍曦臣にひそかに恋心を寄せられている江澄からすると、歯の浮くようなことを平然と答える彼のまわりできらきらした光の粉が舞っているのがみえた。
     かつての世家公子番付万年一位が復活しつつあるのはとても喜ばしいが、同じ男としての矜持や劣等感を刺激されて、生来負けず嫌いの江澄としてはなんだか腹立たしい。
    『糞、なんでまだ少しやつれているくせにそんな恥ずかしい台詞を言っても嫌味にならずこんなに金粉をまきちらかしているみたいにキラキラ輝いているんだこの人は。ずるいずるいぞ沢蕪君』と耳まで赤くなりそうになる。
     その実、江澄は彼の言葉にひそかに喜んでもいた。
     長らく閉関していた藍渙が金麟台へ来たいと望んでいると知った当初は、金光瑶との思い出がたくさんある場所で首をかききるんじゃないかと江澄はひやひやしていた。しかし、今の彼は絵師に身をやつしていたときよりずいぶんと顔色と機嫌がいい。この滞在は、彼の言葉を信じれば江澄とともにいることによって実りあるものになってくれたようだ。
    『ずっとこのままでもいいとすら思っている』
     なぜこんな馬鹿なことを真顔で言うんだ。そんなことお互いの立場でできるわけがないとわかっているだろうに――江澄の体が治ってしまえば藍渙と離れ離れになってしまうのが寂しいだなんて、そんなこと江澄はちっとも思っていない。ちっとも。
     これで彼が閉関をとき表舞台へ復帰してくれるなら江澄はようやくあのときの恩を返せる。彼の二年越しの望みが叶うのだ。そちらの方が喜ばしいに決まっている。
     江澄も気づいているように、最近の沢蕪君の血色や髪の艶がやたらいいのは自身の体から放たれている生気のせいだと知ると、彼はおそらく紫電を振り回す前に衝撃のあまり卒倒するだろう。
     ほぼ毎日江澄のそばにいてその強烈な生気を吸っ……浴びている藍曦臣は元通りではないが頬や体に肉もついてきた。閉関中すっかりなりをひそめていた金丹も存在を誇示し始めている。
     まことに驚くべきことに想い人である江澄との交流は双修と似た効果を彼にもたらしていた。
     毎晩君を想って熱を放っていると知られたら、きっと紫電で滅多打ちにされるだろうな。
     心の中で苦笑いする。愛されることなどないとわかっていても江澄への肉欲を抑えるのは至難の業だった。
     性に関して淡白なほうだと思っていたら決してそんなことはなかった。単純に興味や関心を抱く相手が今までいなかっただけだ。
     寝巻の合わせの奥を気付かれないようにちらりと覗いていると、江澄は大きく腕を組んで鼻白んだ。
    「ふん、あなたもずいぶん物好きだな。俺のようなひねくれものといるのは絵を描くより楽しいなどとのたまうなんて。長く閉関すると外見だけでなく趣味嗜好まで変わるらしいな」
    「ふふ、そうやって照れて悪態をつくのもなんだか猫がじゃれついているみたいでかわいいね……おっと」
     思わずくすりと笑ったら枕を投げつけられた。藍曦臣は当然片手でひょいと受け止める。
     一方生まれて初めて姉以外の人からそれも男からかわいいと言われてしまった江澄は首筋まで真っ赤にしてこめかみに青筋をいくつも立てていた。
    「藍渙! 次に俺のことを可愛らしいだとかかわいいと侮辱するつもりなら、いかなあなたといえど紫電と三毒の餌食にするからな!」
    「わかった、気をつけよう」
     ああその怒ったさまもかわいくてたまらないと言ったら、しばらく口をきいてくれなくなるだろうと思って藍曦臣はそれ以上からかわなかった。


    「……なんだあれ」
    「すごいだろ、あの二人あれで付き合ってないんだぜ?」
    「沢蕪君のあんな上機嫌な笑顔今まで見たことないなあ……」
     回廊の柱の陰から三つの黒い頭と一つの小さな頭が縦に並んでいた。姑蘇藍氏の小双璧が若き金宗主を真ん中に挟み、その下で金凌の飼い犬の仙子が尻尾を振っていた。
     人語を解する霊犬は表情筋をひきつらせている人間三人とは違って、口を開けて嬉しそうに江宗主と沢蕪君の様子を眺めていた。金凌が雲深不知処の座学にいる間、江宗主が金麟台へたまに主人とはなればなれになっている仙子の様子を見に来てくれて金凌の手紙を読んでくれた。だから江宗主が幸せそうだと仙子も嬉しいのである。
     もっとも若者三人は、恥知らずな魏無羨と含光君夫夫で耐性はついていたとはいえ、付き合いたての恋人同士のようにいちゃついているようにしかみえない大人二人に顔が赤くもなりげっそりもした。
     遠くから様子をうかがっているだけでこんなにも甘い菓子を食べすぎたかのように胸焼けするとは。
     とくに金凌はたまに三人で食事を一緒に取っていたが、叔父と沢蕪君の間に漂う親密というにはただならぬ空気を感じ取って、最近などは叔父の滞在する部屋に近寄ってすらいない。
     だが江澄と沢蕪君の様子をみてきてほしいと頼まれているので、そうそうこの場から離れるわけにもいかない。
     誰に? もちろん江宗主と口づけした罰として含光君により静室から三か月外へ出してもらえない魏無羨に、である。
     おそらく彼がこの場にいても自分と含光君のことは棚に上げて「なんだ昼間っからいちゃついてあの恥知らず」と呆れるに違いない。
     それほどしっとりした甘い空気が叔父と沢蕪君から醸し出されていた。主な発生源は沢蕪君だ。
     沢蕪君が投げつけられた枕を寝台へ戻そうとした。彼の長い指が叔父の肩にそっと触れただけで金凌は悲鳴をあげそうになった。彼が叔父に今にも口づけするかもしれないと思ったからだ。
    「叔父上が幸せそうだから俺からは何も言えないけど、なんでよりによって沢蕪君なんだ! 顔か! やっぱり顔なのか!?」
    「おいその言い草はなんだよ、金のお嬢様! 沢蕪君が顔だけの男だっていうのか? そんなこと言うならお前んとこの江宗主だって性悪で皮肉屋じゃないか! 沢蕪君もいったい何がお気に召したのやら」
    「ああ!? 景儀、お前俺の叔父上を侮辱する気か!」
    「ああ!? やんのかこら?」
    「もう二人とも喧嘩はやめろ! 江宗主と沢蕪君に気づかれるだろう」
     そのとき、ぞわっとする寒気が三人と一匹の背筋を走った。
     なんと沢蕪君がじろりとこちらを見つめていたのだ。面やつれしている分表情に凄みを増していた。
     三人と一匹は逃げ去ろうとしたが、剣呑な視線が四つの黒い影を留め針のようにその場に縫い付けて動かなくさせた。
    沢蕪君のこんな険しい目つき、家規を破ったときにでさえお目にかかったことはない。
     彼は唇だけ静かに動かした。
    『他の人に私と江澄のことを喋ったらどうなるかわかっているね?』
     魏先輩になんて報告しよう? と思追は青ざめた。

    「藍渙どうした?」
    「ああ、おしゃべりがすぎる小鳥の群れがいたんでね、追い払った」
     これは嘘ではなくもののたとえだ。
     あの子たちは大方弟とその道侶に様子見を頼まれたのだろうが、江澄と魏公子の関係があまりうまくいっていない以上、藍曦臣が江澄へ一方的に想いを寄せている関係を彼にあれこれ詮索されたくはない。江澄の唇を奪われたことをひきずっているというのもある。
    「ん? 鳥の鳴き声なんてしなかったが」
    「私は人より耳がいいんだ。だからつい聞きたくもない音を拾ってしまう」
    「なるほどそれは大変そうだな」
     今日の午後は、江澄が座学時代ぶりに琴を弾いてみたいということで指導することになった。誰に何らはばかることなく江澄の体や手に触れることができて藍曦臣は嬉しさのあまり涙が出そうになった。
     もちろんそれをおくびにも出さなかったが。
     江澄は呑み込みが早いのか、特性があったのか夕方には難易度が中級の曲を数曲つまびけるようになった。   
     そのことに十代の少年のように得意げで、とても晴れやかな笑顔とともに彼の師に感謝を述べた。
     江澄が初めて見せる極上の笑顔に、藍曦臣は心臓を射抜かれたのはいうまでもない。
     なるほど、人に感謝されつつ自分のよこしまな望みも叶うのは存外楽しいものだなと彼は思った。阿瑶、お前のことが今ならほんの少しだけわかる……。
     観音廟のとき、阿瑶のことをもはや得体のしれない生き物のように思ってしまったが、彼と同じものは確かに藍曦臣も持っているのだ。
     彼が抱え込んでいた泥には到底及ばないだろうが、今たしかに江澄への執着という泥が藍曦臣の中に生じている。ときには狂いそうになりながらその泥にまみれたおかげで、たしかに阿瑶は私と同じ人間で、私は阿瑶と同じ人間なのだと彼はようやく思い知った。
     彼はかなり遠回りしてしまったが、自分の知らなかった阿瑶にやっと会えることができたように思えた。四十年近く生きて尚知らなかった自分自身にも。
     そのきっかけを藍曦臣にくれた彼の想い人は、寝台の上でいつになく楽しそうに笑って琴をつまびいている。朝露に濡れた蓮の花のように今の彼は輝いていた。
     藍曦臣は彼の奏でている明るく速い律動にすっと裂氷の澄んだ音色を合わせた。指を重ね合わせるように、二つの異なる音が滑らかに重なる。
     いつまでもこの人とこうして穏やかな時間を過ごしていたいと藍曦臣は願った。それが叶わないのもよく知っている。
     夕暮れが満開の蓮池を照らしていた。薄紅色の花も葉も茜色に染まっている。この世とあの世の境がなくなる時間。少ししたらお互いの顔がわからなくなる闇に沈む。
     もう少し。もう少しだけ。彼のそばにいさせて。


     その日の夜、藍曦臣の夢に母が久しぶりに現れた。
     このとき母の顔はもはやぼやけてなかった。彼女は自分たち兄弟にそっくりだった。
     なんだ、すぐ近くにただ一つの形見はあったのだ。
    「あなたは私と同じ人間よ」
     父がいる寒室をちらちらと見る母。父のことを切なげに語る母。
     母はたしかに羽衣などまとっていなかった。はじめから。
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