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    yooko0022

    @yooko0022

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    yooko0022

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    かつてライシン♀があった世界線でシン♀レナ+オールキャラ/Ep.7周辺の時間軸/ようやく青春できるようになった人狼の迷走編/死神が主役ではない話なので彼も出せるかなと思った/捏造と妄想と高濃度幻覚/前に書いたマルセル視点の話と若干リンクしている/あと少し続く

    #女体化
    feminization
    #ライシン
    #シンレナ
    thinLena

    あまやかし⑥* * *
     
     
     
     ライデン・シュガ。
     ギアーデ連邦軍第八六独立機動打撃群ストライク・パッケージ、本部付戦隊“スピアヘッド”戦隊副長。
     
     パーソナルネーム“ヴェアヴォルフ”。八六区においては“死神”に従う人狼――激戦区を生き抜いた“号持ち”。連邦が最初に保護した五人のエイティシックスの一人。
     火力支援を得意とし、視野の広さに由来するサポート能力に定評がある。そして単騎で突っ込んでどうにかしてきがちな総隊長の補佐に付ける数少ない人物。
     総隊長の腹心もとい『女房役』――誰が呼んだか。“お母さん”。
     
     そんな人物が広間の外へと出ていった。
     出入り口を見つめたまま固まっている小柄な少年。呆然としている彼の肩を嫋やかな掌が、がっしりと掴む。
     男女で分かれて座っていた席の並びを踏み越えて。アンジュがセオへと詰め寄った。
     
    「……ライデン君どうしたの……!?」「いやなんか急に……多分シン関連だけど……!」「ど、どうしよう!? あんなライデン初めて見た……」
     
     シンとレーナのあれそれには不参加を決め込んでいたクレナまで寄ってきて。
     にわかに深刻な表情を浮かべている機動打撃群総隊長の側近たち。
     ひとたび〈レギンレイヴ首無しの死告げ姫〉に乗り込めば友軍からですら化物と揶揄される戦闘力を発揮する彼らの、戦場では滅多にお目に掛かれぬであろう狼狽した姿を前にして、
     
    「……いやさあ」
     
     マルセルは呟く。
     デザートまである朝食ビッフェからメープルシロップ掛けのヨーグルト(なんと両方本物)を受け取って席に戻ってきたら、なんか、修羅場が発生していた。
     とりあえず巻き込まれにくいであろうテーブルの端に腰を下ろして。マルセルはお代わりを貰ってきた代用コーヒーを啜った。いつも飲んでいる軍需品より美味しい、気がする。
     ちらりと。マルセルはライデンが出て行ったばかりの出入り口を見やる。十代の少年少女で構成された機動打撃群の戦闘員の中では一際秀でた体格の持ち主。
     ガタイが良いし、顔立ちも野性味が強いから。同性であるマルセルとて最初は正直怖ぇなと思った相手だが。
     けれど声をかけて、話をして、どういう相手なのか知ろうとしてみれば。
     
     なんてことはない。
     普通に良い奴。
     
     少なくとも――近頃は随分表情が動くようになったとはいえ基礎課程の頃は本当にひどかった――同期シンよりはよほど人間が出来てる。むしろ比べること自体が失礼。
     ……まあ。傍目に見ているだけのマルセルでもちょっと引く程度にはライデンはシンに対して甘い。どうやら長い付き合いであるらしいから、シンがあそこまで無愛想に仕上がっていた原因の一つではないかと思わなくもないが。
     
     だから今しがたのライデンの態度の理由なんて。
     天変地異の前触れかと大真面目に議論している彼らには悪いが。
     
    「……うん。なんというか、まあ」
     
     輪の中に入りそびれたダスティンと視線が合った。どちらともなくエイティシックスたちの――男女の区別なく、文字通りに額を寄せ合ってくっつき合いながら会話を交わす様子を見やる。
     マルセルとダスティンの感覚からすれば近すぎる男女の距離感。そろそろ見慣れたが。
     
    「今更ではあるよな」
    「……今、ようやくそこまで意識を回す余裕を得たということだろう」
     
     つまり、よくある話だ。
     
    「……」
     
     仲の良い友達が自分よりも付き合いの短い相手を優先するようになったことに対して。
     さみしい、と。
     思ってしまう。
     マルセルとて身に覚えがある、ひどくありふれた、情動だ。
     
     
    * * *
     
     
     やらかした。
     
     瀟洒な絨毯が敷かれた廊下を進みながら俺は呻く。いくらなんでもアレはない。無性に苛立って、ささくれ立って。自身の感情を制御しあぐねた。なんて無様だ。
     後悔しつつも客室――セオと同室に割り当てられた部屋に戻る気にもなれず。人の少ない場所へと俺の足は向いていく。
     辿り着いたのはホテルの庭園。朝であることを踏まえてもほの寒い、けれど清涼な空気が肌を撫でる。
     良い場所だった。つくづく。精神的な療養を目的の一つとして選ばれただけはある。
     俺は息を吸い込む。青々とした、森の香り。
     
    「……い」

     けれど。
     俺はそもそも、他の奴らほどの精神的なダメージなど受けてはいない。
     倉庫いっぱいの白骨死体も、断崖を埋める友軍機の残骸も。俺にとっては単なる光景でしかなかった。ショッキングなものだとは思ったけれど。それだけだ。結局は平静を保てる『程度』の動揺でしかない。
     
    「……おい」
     
     そんなものより・・・・・・・。シンが死ぬかもしれないと。……死を受け入れようとしたのかもしれないと。その事実の方がよほど俺の心を揺さぶった。
     八六区の戦場に居並ぶ戦友たちの遺骸より。一万もの白骨死体より。数すら分からぬほどの夥しい友軍機の残骸より。
     俺は、シンたった一人が死ぬことの方が――怖くて。
     俺は、
     
    「俺、薄情か……?」
     
     呟いて。
     
    「おい。ガキ」
     
     そこでようやく、背後から掛けられている声に気がついた。
     慌てて振り返る。
     いつからそこにいたのか。銀に近い金髪と、連合王国の流れを組むであろう淡い紫色の瞳を持つ男が佇んでいる。
     見た顔だ。機動打撃群整備中隊の一員。時たま、俺がシンの代わりとして整備班へと顔を出したときに見かけるエイティシックスの整備クルーの一人。
     
    「……なんすか?」
    「こっちのセリフだガキ。折角の保養地でなに辛気臭い顔をしてんだ」
     
     その形で固まってしまったかのような苦々しい顰め面。しかし、俺の不審な様子を心配して声を掛けてきたであろうことは察せられる。
     ……というか。呟きを含めて先程の様子を見られていたと思うと気まずい。
     今からでもと。ほとんど倣い性のように表情を取り繕う俺に、男は嘆息する。
     
    「休暇中に、しかも一介の整備クルー相手に格好つけてどうするんだガキ。……それとも呼んで欲しいのか? ヴェアヴォルフ。“死神”に従う人狼殿?」
     
     む、と俺は眉間に皺を寄せた。
     “死神”に従う人狼。
     八六区にいた頃、影でそう呼ばれていたことは知っている。
     “号持ち”とは総じてプライドが高く、基本的に誰かの下につくのを良しとしない。にも関わらず、何年も、パーソナルネームを冠する以前より“死神”に従ってきた人狼イヌ
     はっきり言って侮蔑の類いで――しかし今更だ。
     
    「今更、悪口程度に噛みつき返せるほど子供ガキじゃねぇんで」
     
     こちらに噛みつかせて発破を掛ける、なんて。そんな自傷のけらいすらある気遣いに乗れるほど子供ではない。
     それに、そもそも。
     
    「“ヴェアヴォルフ”。最初っから……“死神”の奴は悪口で使ってましたよ」
    「……なんだと?」
     
     男の淡紫色の目が細められる。
     
    「口うるさく噛みついてきて鬱陶しいから、なんて。……俺だって直接尋ねるまではもう少し謂れがあるだろうと思ってましたけど」
     
     あの馬鹿はやっぱり頭がおかしい。
     肩を竦める俺に、男は唸る。
     
    「……別の名前を名乗ったって良かっただろう」
    「戦隊長が直々に呼び始めたら変えようがねぇっすよ。……それに、」
     
     非常に。
     癪ではあるが。
     
    「悪口だったとしても……呼ばれるのは嫌いじゃなかった」
     
     小隊名と番号を組み合わせただけの無機質な識別名コールサインではない。
     俺だけの名前。
     あんな、次の瞬間には死んでいるかもしれない、死が近すぎる八六区の戦場にあっても。自分自身のかたちを規定されたかのようで。
     亡霊が蔓延る戦場において曖昧になっていく生と死の狭間で、踏み留まるためのよすがになってくれているようで。
     
     ……こんなことを素直に口に出来たのは。目の前の相手が関わりの薄い相手であったからか。
     仲間たちや、ましてシンの前では照れくさすぎて言えやしない。
     
    「なにせ、俺はあの馬鹿に初めてパーソナルネームあだ名を付けさせたわけだからな」
     
     それだけは。
     昔も今も――誇らしい。
     
    「最初は悪口だったとしても、今となっちゃ俺の一部だ」
     
     俺の、俺だけのなまえ。
     朝の冷涼な空気の中。思考の熱さねつを自覚する。ふぅわりとした心地良さ。奇妙な高揚感。
     
     酒などなくとも、人は酔える。
     
    「それにパーソナルネームを得たってことは、」
     
     あいつのなかにきざめるものがふえた。
     
    「――――」
     
     滑りの良くなりすぎた舌先を、しかしすんでで止める。レコード盤の針が乱れたような。ノイズじみて、しかし。雑音ノイズというにはあまりに俺の内側に馴染みすぎた思考回路。
     
     俺が死んでもシンは覚えてくれているあいつの中に刻んで遺せるものはある
     
     今ここで生じたわけがなく。
     ずっと自分の中にあった思考を、自覚して、
     
    「……あー、いいか?」
     
     ごほん、と。
     咳払い。
     
    「話してるところに悪いが、盟約同盟軍の大尉殿からレクリエーションのお誘いだ」
     
     見れば眼鏡を掛けた長身の青年――シンとも旧知の仲であるらしい整備クルーのグレンだ――が庭園の入り口に立っていた。
     
    「勿論強制じゃないが――プロセッサーは原則全員参加が望ましい」
     
     近づきながらグレンは告げる。盟約同盟軍の大尉――オリヴィアの誘いということは交流を深めることが目的であろうか。
     思考しつつ、俺は出入り口へと足を向ける。
     
    「了解、」
    「休暇中だろ?」
    「……っす」
     
     苦笑するグレン。すれ違い様にグレンと、そしてもう一人の整備クルーにも軽く目礼をして俺は庭園を後にする。
     はっきりいって気は進まないが、まあ、我が儘を押し通すつもりはない。
     俺は足早に建物の中へと戻った。
     
     
    * * *
     
     
    「……真面目だな」
     
     グレンは一つ瞬く。野性味の強い、ともすれば荒々しいぐらいの容貌に反して真面目な少年だ。
     全員参加が望ましい、なんて。命令ではない、いわば『お願い』に唯々諾々と従うあたりはいっそ優等生的。機体の扱い方にも性格が反映されている。
     
     シン?
     あいつはどんどん悪化している。
     
     先の戦いでの〈アンダーテイカー〉の損傷具合を思い出してグレンは息を吐いた。自身を省みない無茶をする戦い方は八六区に放り込まれた当初から今まで変わっていないし、狂気の沙汰でしかない近接戦の領域で生き抜いてきたらしい。
     専用に予備機を宛がわせるくらいしないと修理も整備も間に合わない、と。顰め面で提言してきたのは――先程、ライデンと話していた整備クルーだが。
     
    「セーヤ」
     
     グレンは淡紫色の瞳を持つ整備クルーの名前を呼ぶ。
     庭園を歩き回っていたライデンの不審な様子に目を止めたのはグレンもセーヤも同じだったが、話し掛けようと歩み寄ったのはセーヤが先だった。
     気難しくすらある彼にしては珍しい行動だとグレンは思ったが。
     
    「……少し、似ている気がしちまった」
     
     近づいたグレンの耳が、セーヤの声を拾う。

    「無愛想なガキ相手にも面倒見がよくて、お節介なくらいの世話焼きで、」
     
     半ば独り言の、ぼそぼそとした言葉。

    「……同い歳だった・・・くせに。頼んでもいないのに兄貴分面してきた奴に、少しだけ」
     
     あいつもまだまだ子供ガキだったってのに、と。
     声を濡らすことすら赦されない。
     そう、自らに課した類いの響き。
     グレンは足を止めて、空を仰ぐ。
     
     まあ。色々あるのだろう。
     八六区のプロセッサーなど概ね自分がガキであると自覚も出来ていなかったクソガキどもで、自分たち整備クルーはガキをガキだと知りながら合金アルミ製の棺桶ジャガーノートに詰め込んだクズでしかない。
     グレンはセーヤの過去など知らない。
     頑なにシンの前には姿を見せようとはしないし、そのくせ、〈アンダーテイカー〉に描かれた首なし骸骨を恨むように睨みつけていることが多々あるけれど。理由を知る必要があるとは思っていない。
     腕は確かだ。
     そして万に一つも不備があってはならぬと整備に臨む――執念。
     それだけ知っていれば、十分すぎる。
     
    「……ガキだよなぁ」
     
     先ほどのライデンの呟きはグレンも聴いていた。
     自らの在りようかたちを把握しきれてもいない、青臭さ。
     
     薄情なわけがないだろう。
     薄情どころか、
     
    「……」
     
     グレンは瞼を伏せた。
     無意識に、焔紅種パイロープに由来する紅い髪を掻く。
     この目は少し、『見える』ものが多い。
     
     風の噂で“スピアヘッド”へと配属されたと聞いていた東部戦線の“死神”――かつての『ちびちゃん』は生きていて。
     グレンたちエイティシックスを受け入れたギアーデ連邦においても軍の第八六独立機動打撃群プロパガンダ目的の決死隊の総隊長などという地位に収まっていて。
     再開が叶ったことは、グレンが大進行を生き延びたこと以上の幸運だろう。
     
     一見したところ少年のようだった――おそらく少女を守るためにそう振る舞わせた誰かがいた――子供は手足も伸びて。大人びて。化粧までするようになっていて。
     長い黒髪に映える、赤い唇を『見て』。
     
     ぞっとした。
     
     血のような真紅あか
     そこに塗り籠められた想い。
     あの『ちびちゃん』は少しだって忘れていない。
     ……グレンとて、これに関してだけはシンのことをとやかく言えないけれど。
     
    「――――」
     
     なあアリス。
     やっぱりお前は、お前自身が自覚していたよりひどい女だよ。
     
     『ちびちゃん』が、お前の最期まで真似をせずに済んだことは――幸運以外の何物でもない。
     
     どれだけ優しい人間の、優しい願いと、優しい在り方であったとしても。
     死んだら呪いになるしかない。
     お前自身、身をもって知っていたはずなのに。
     
     あるいは呪いを呪いと自覚もせぬまま、たった十七年ぽっちの生涯を閉じた少女だったのか。
     
     譲られた、お守り代わりのスカーフはただしくお前を守ってくれたのだろうけれど。
     引き換えのように、お前は生き残り続けてしまったのに。
     
    プロセッサーガキどもめ」
     
     グレンは呻く。
     そんなアリスですらもあっさりと死んで。スカーフと約束を引き継いだシンは亡くした仲間の誰もを忘れずに連れて来ていて。だからグレンはそこに己の罪を見ざるを得ない。
     グレンもまた、死なないでくれと、生き残ってくれと――共に戦い続けてやってくれと。そんな呪いを掛けてしまった側だから。
     
     酷い戦場だった。
     周囲より生き残る運と才能に恵まれて、強くて、……優しくて。それだけだった子供に神様をさせてしまうくらい、酷い戦場だった。
     八六区に閉じ込められて歪に育った子供たちがどうにか前へ進もうとしていることは、進むべきだと諭して手段を与えている周囲がいることは。間違いなく幸いだけれど。
     
     グレンはかぶりを振った。切り替える。プロセッサーたちは未だ休暇中だが、自分たち整備クルーはそろそろ仕事の時間だ。
     同じことを考えたのか。いつも通りの顰め面で歩いてくるセーヤに軽く手を振った。
     
    「まあ、どうにでもなるだろ」
     
     うろうろと。大きな身体で庭園を歩き回っていた少年。環境ゆえに発育に難のある者も少なくないプロセッサーの中では秀でた体格の持ち主。顔立ちも随分大人びているが、未だ十代の少年だ。
     激変した環境の最中で、迷走する瞬間もあるだろう。
     
    「ガキはガキらしく、迷いながらでも進めればいいさ」
     
     少なくとも今だけは。
     迷うことが出来る時間もあるので。
     
     
    * * *
     
     
     地下大迷宮と称された洞窟の中で、爛々と輝く紅い瞳。
     あえて灯りを絞られた洞窟内部では光るまなこもよく分かる。俺は嘆息を呑み込みつつ、瞳に仄紅い光を宿したまま進んで行こうとするフレデリカの掌を握った。観光用に整備されているとはいえ、剥き出しの硬い岩肌だ。『余所見』の結果、転ばれては堪らない。
     
    「ふむ……中々にいい雰囲気よのう」
    「いいから自分の目の前を見ろよ」
    「ほう。シンエイの方から手を繋ぎおった。やるではないか」
    「聞けよ」
     
     俺の声は聞こえているだろうに黙殺されて。異能を用いた出羽亀と実況を続けるフレデリカに、俺は今度こそ隠しもせずに息を吐く。
     自分よりもずっと背の低い幼子に先導されている格好だから、必然的に中腰に近い姿勢。
     いっそ肩車でもしてしまった方が楽だと思わなくもないけれど。流石にフレデリカの頭が天井にぶつかりかねないし、それ以前に「淑女レディへの接し方ではないわ」と拒絶されることは想像に容易い。
     小さな背丈で必要以上に大人ぶるところが、いかにも子供らしい。
     
    「……」
     
     ……子供だった、のだろう。今のフレデリカとそう変わらない年齢で戦場に放り込まれた、かつての俺たちも、また。
     
     戦争と迫害で傷ついた『子供たち』の心を癒す愛玩動物ペットだなんて。出逢った当初のフレデリカが口にしたひどい自虐。哀れまれる者同士の傷の舐め合いなんて御免被るし、ロクでもない。
     だがマスコットの軍服を纏って戦地に立つ幼い少女の背中を見ると、かつての俺たちを省みてしまう瞬間があるのも事実だ。
     
    「そなたは気にならぬのか? 『シンエイの親友ではない』ライデンよ」
     
     いつの間にか瞳から紅い光を消して。フレデリカがライデンを見上げてくる。
     『親友』。いつか否定した言葉。実際、事実だ。単なる腐れ縁。単に――死ななかったから。だから一緒にいた。
     それだけが事実だ。
     
    「気になるってか、さっさとどうにかなって欲しいってのはあるけどな」
     
     あと覗き見はほどほどにしておけ、と。俺の言葉にフレデリカはむぅと唇を尖らせた。
     彼女自身も一応は弁えているようだが、幼い少女であるフレデリカに見せたくないものは俺とてかなり、たくさん、大量にある。
     消したい過去黒歴史とまでは思わないし、あえて思い出すこともないけれど。
     
    「――さて。どうにかなってくれるかね」
     
     俺たち・・の視線の先。玉座の間のドームには、いかにも雰囲気満点ムードたっぷりのシンとレーナがいるわけで。
     本当に。さっさとどうにかなって欲しい。
     フレデリカへと口にしたばかりの注意は棚に上げて。シンとレーナの様子を伺う列に加わる俺に、そっと向けられるセオの視線。朝は悪かったと口の動きだけで伝えると、顔を背けられた。……後でちゃんと謝っておこう。
     とはいえ今は、と。俺はドームの中へと視線を戻す。
     
     
     
     まあ。
     どうにかならなかったわけだが。
     
     洞窟散策を終えて玄関広間ホールへと戻り、俺はぐっと伸びをする。腰を中心に身体の骨がポキポキと鳴った。まあ、フレデリカは特に転んだりしていないので良しとする。俺たちの集団で――主に精神的な――ダメージを負ったのはダスティンだけだ。
     広さがゆえに充分な灯りも設置された空間は薄暗闇に慣れていた目には少し眩しい。あちこちで散策を終えた少年少女たちが雑談を交わす中――オリヴィアと話し込んでいるレーナの姿を見つける。
     彼女の隣にシンがいないことを不思議に思う俺の背後に、するりと近づいてくる影が一つ。
     
    「おい」
     
     足音を立てないから、むしろ誰であるかが分かりやすい。
     けれど大人しく振り返ってやるのも癪で。無言を返した俺に、背後の人物は――シンは続けた。
     
    「ばか」
    「?」
     
     馬鹿に馬鹿と言われるのは腹が立つ。
     顔を歪めて、俺は振り返る。
     
    「はっ、」
     
     シンがわらう。
     
    「怖い顔だな」
     
     まったくそうは思っていなさそうな。いっそ嘲笑めいた感情を浮かべた血赤の瞳が俺を見ている。
     
    「来い」
     
     シンが玄関広間ホールの一角を指し示す。そして俺が何かを言うより先に身を翻して歩き出すから、俺はついて行くしかない。
     細い背中。
     長い黒髪。
     音もなく、けれど屹然とした歩き方。
     壁際で隣り合って並んだ俺とシンの周囲から、す、と人が遠ざかっていく。戦場を生き抜いたエイティシックスたちの本能。シンは眼差しだけで他人を威圧することが出来る。
     赤く塗られた唇が動く。
     
    「その表情はやめろ。お前の図体でむやみに周囲を威圧するな」
     
     迷惑だ、と。シンの言葉に俺は眉間へと更に深い皺を刻んだ。迷惑だなんて。ここ数日間、いちばん言われたくない相手から言われている。
     だがしかし。俺は内圧を下げるように息を吐いた。反面教師、とは違うけれど。かつてのシンのように、むやみやたらに他者を威圧したいわけではない。
     俺は意識して表情筋を緩めて、それから、口を開く。
     
    「朝食の席での件か? 誰から聞いたんだよ」
     
     誰から話が回ったのだろうか。セオかアンジュかクレナか――候補など幾らでもいる。別に責める気持ちはないが。
     しかし、シンは怪訝そうに片眉を吊り上げた。
     
    「あの場にはおれもいたが」
    「知ってるけどよ」
    「なら、どうしておれがお前の様子に気づけないと思うんだ」
     
     じぃ、と。
     紅い瞳。
     
    「お前と一番付き合いが長いのは、おれだぞ」
    「――――、」
     
     見つめられて、息が止まる。
     
    「そもそもお前、溶岩湖でおれを見つけたときから落ち着いていなかっただろ」
     
     隠し通せているとでも思っていたのか、と。淡々とした声音。……〈ヴェアヴォルフ〉に搭乗していてなお悟られていたというのか。悔しくて、けれど納得もあった。
     シンはそうと分かりづらいだけで他人をよく見ている。昔から。
     咄嗟に何も言えない俺に対し、シンは続ける。
     
    「悪かった」
    「……お前が謝ることなんてねぇよ」
     
     咥内に貼りつこうとする舌をどうにか動かす。
     シンが謝らねばならぬことなど何もない。
     
     ずっと。全部。最初から。
     シンが背負わなければいけないものなんて本当はなくて。
     けれど俺は、俺たちは。シンよりも弱くて。だからずっとシンに背負わせ続けた。
     
    「……おれはな、ライデン」
     
     ふぃ、と。
     隣の俺へと向いていた白皙が正面を向く。
      
    「〈無慈悲な女王〉と――斥候型アーマイゼとの会敵時。ライフルを握りながら、レーナの名前を呼びたくないと思ったんだ」
     
     そう・・なったとき。
     最期の思惟で彼女の名前を繰り返し続けることになるだろうと確信して。
     
    「その上で。レーナの名前を呼ばないための一番確実な手段なんて思い浮かびもしなかった」
     
     〈アンダーテイカー〉機体も壊れた状況で。〈レギオン〉に連れていかれぬための一番確実な手段を、俺もシンも知っている。それ・・を選んだ奴らを何人も見てきた。
     それでも。
     
    「……多分。思い浮かんでも選ばなかった。最後まで連れていくと約束したあいつらへの裏切りのようで……いや。それすらも頭から抜け落ちていた。死にたくないと。おれはレーナと生きたいと。思ってしまったから」
     
     いつか必ず死ぬだけの八六区の戦場から、シンは出ようとしている。
     
    「ライデン」
     
     シンは言った。
     やはり真っ直ぐに前を見据えて。
     紅い瞳は白銀の少女だけを見つめている。
     
    「もしもそう・・なったとして。おれはお前の名前を呼ぶことはない。今も……昔も」
     
     ……ああ。
     
    「……」
     
     呼ばれたって、困る。
     俺はシンのように亡霊の声を聞くことなど出来ない。聞こえなければ、呼ばれたとて届かない。
     
     ……そもそも。
     あの頃の俺がお前に先に死なれていたら、なんて。
     
     考えたくもない・・・・・・・
     
     俺はシンの横顔を見つめたまま、どうにか言葉を紡ぐ。
     
    「……お前さ。ほんと、レーナのこと、」
    「そう、だな。そういうこと、なんだと思う。……レーナには笑っていて、欲しい」
     
     噛み締めるように。
     年頃の少女らしく、はにかむから。
     俺もまた、わらってしまった。
     
    「そうか」
     
     ああなんだ。
     答えなんてとっくの昔に。
     
    「そりゃあ――良かったな」
     
     心底からそう思えた。
     シンの笑み一つであれだけささくれ立っていた心が凪いでしまうのだから、自分の単純さにいっそ呆れる。
     
     まったく。
     我ながら、なんて甘い。
     
     くつくつと喉を震わせる俺に、シンは少しばつが悪そうに眦を染めた。あの鉄面死神が。つくづく変わってくれたものだ。
      
     それを嬉しいと思えたのだから、俺だって、多分少しは変われている。
     
     
    * * *
     
     
     しかし。
     まあ。
     
    「……ダスティンの奴はやっぱ一発ぐらい殴っておいても良かったな?」
    「やめろ。顔に青痣を作った男にアンジュのエスコートをさせる気か」
    「俺だってダイヤのぶんの一発をくれてやりたかった」
     
     正直ちょっと頼りないし。
     俺のぼやきにシンは「早い者勝ちだ」と肩を竦める。
     玄関広間ホールの人ごみの中。アンジュの『お叱り』を受けたダスティンは身体を縮こまらせていて。対するアンジュは相変わらずの綺麗な笑顔。……中々どうして。楽しげではある。
      
    「だが、アンジュだ。ちゃんと幸せになれる」
     
     勿論泣かせたらゆるさないが、と。
     頷き合って。
     どちらともなく吹き出した。
     
    「――そろそろ帰るらしいよ。二人とも」
     
     けたけたと笑う俺とシンにセオが声を掛けてくる。
     
    「おう」
    「ああ」

     俺とシンは壁際から背を離して――俺はセオの傍に、シンはレーナの許へと向かう。
     オリヴィアと話し込んでいたレーナは気落ちした様子で。何かあったらしいことは察せられるが、シンも混ざって、雰囲気そのものは和やかだ。
     問題ないだろうと判断して。俺は隣のセオへと顔を向ける。
     金の前髪の隙間から見上げてくる、じとりとした翠瞳。
     
    「朝は悪かったな」
     
     朝というか――多分ここ暫く。
     セオは鼻を鳴らして、ばしん、と俺の肩を叩いた。音のわりには痛くない。
     
    「謝られる方が嫌だからやめてね。――随分すっきりした顔してるけど、シンとなにを喋ってたのさ?」
    「どう見えた?」
    「問いに問いで返さないでくれる?」
     
     セオの唇がへの字に曲がる。
     
    「最終的に二人揃ってあくどい顔してたから、むしろ何事って感じだったよ」
    「なら、見えた通りだな」
     
     俺はやっぱり笑ったまま、
     
    「アンジュを泣かせたらダスティンの奴を殴るって計画について話をしてた」
     
     ぱちん、と。
     セオが瞬く。
     
    「なにそれ」
     
     光に透かした若葉の色をした瞳が、童話に出てくる猫みたいな笑みを描いた。
     
    「当然、僕も混ぜてくれるよね!」
    「そんな事態にはならねぇ方がいいけどな」
     
     笑い合いながら歩いていく。
     
     
     ところでセオは気づいているだろうか。
     くだらない、軽口の延長であろうとも。
     俺たちは今。
     未来さきについての話をしている。
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    【ダストボックス・イン・ザ・マリア】
     
     
     倉庫いっぱいの白骨死体より。
     断崖を埋める友軍機の残骸より。
     俺はお前に、俺より先に死なれることの方が怖い。
     
     ……それはあまりに重たい感情だ。
     重たい上に、身勝手だ。
     
     死んだら何もしてやれないのに。
     共に戦った記憶も、ささやかな施し合いも、交わした言葉も、……ねつも。死んでしまえばすべからくが呪いに変わる。
     お前を生かすための祈り。この世に繋ぎ止めるための楔。どうかお前は生きて、歩き続けてと。お前だけは止まってくれるなと背を押して――託したが故に。託された側に後戻りを出来なくさせる。
     
     神さまなんているわけもない戦場地獄で。なおも救いを求めることをやめられなかった。
     崇めるのも罵るのも。実のところは大差ない。閉じ込められた戦場の中で、感情の吹き溜まりにしたことに変わりはない。
     自分よりも弱い誰も彼もを見捨てられなかった一人の子供に『死神神さま』役を押し付けた。
      
     挙げ句の果てが鉄面死神だ。
     削られきって、感情を顕すことすらろくに出来なくなっていた子供だ。
     削ったのは、俺たち・・だ。
      
     無力に無為に。
     ただ死んでいくだけの俺たち・・だって、お前を傷つけるぐらいのことは出来てしまう。
     
     ……我らが“死神”と。
     俺が口に出した当初の目的は、戦隊内の士気を高めて結束を生むためだった。
     異能にせよ経歴にせよ見目にせよ性格にせよ。シンはどうしたって周囲から浮く。
     戦隊の再編成が行われるたびに遠巻きにされてしまうシンの様子に、ならばいっそ一種の偶像イコンとして扱わせてやった方が周囲も協力し合えるだろうと。『違う』存在として見れば余計な反発も起りにくいだろうと。考えた末の言葉。

     浅はかだった。

     最初の意図がどうであれ、口に出した言葉こそが事実となる。
     我らが“死神”と。自らが口に出した言葉に、俺自身が縋るようになるまで時間は掛からなかった。
     気づいたときには手遅れだ。
     
     
     あの頃。
     八六区の戦場で。
     まるで都合の良い夢神さまを見るように。
     俺はシンを見つめていた。
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