縒 草木も眠る丑三つ時もとうに過ぎた夜──伊月暁人は北関東某山中にて、GPSを片手にひたすら彷徨い歩いていた。
「……しまったなぁ。もっと霊視の練習しとくべきだったかも」
手の中のGPSは画面がある一点から全く反応しなくなってしまった。それは電波が悪いのかそれとも霊的なモノなのか…しかしおそらくそれは後者であるだろうと暁人は踏んでいる。
『──、──!!』
「ん?あぁ、気にしないで。君達のおかげでこうして歩けてるんだから」
どこからか湧いてきた木霊の群れ。彼らは暁人を見るなり人懐こく側にやってきて、迷っていた暁人は期待半分に「山の中を案内してくれる?」と頼んだらこの通りである。肩に木霊一匹が乗り、その後ろを木霊達が歩く。正直心寂しかったのを紛らわせてくれてありがたい限りだった。
事の発端はエド達から頼まれた一件だった。ある山中に怪鳥が現れ、行方不明者が度々出るという依頼が舞い込んできたのだがエドもデイルも手が離せない。いまだにあの渋谷の夜に関した処理が終わってないのだそうだ。「僕で良ければ行きます」とバイクを飛ばしてここまで来たものの、山登りにバイクは使えないな…となった顛末がこれである。間抜けにも程があるが木霊達のおかげでこうしていられるのだから結果オーライと言った所だ。
しかし月明かり心許ない山道は暗すぎる。もはや登っているのか降っているのかもわからなくなってきた、そんな時に。
『…!』
「ん?どうしたの?」
突然肩に乗っていた木霊が体を大きく震わせた。そしてそれは他の木霊達も。まるで──何かに怯えている、ような。
「………声?」
かき消えそうなほどに小さいけれど、微かに声が聞こえてきて。声のする方に足を向けると木霊達は喚きながら方々へ散って行く。よほどその声が恐ろしいのだろうか。
〈──……て……たす……て〉
助けて?助けを求めているのか、と暁人は草を掻き分けて道を外れたその先へ進んだ。いずれにせよ生きている人間ではないのだろう。しかし幽霊でも何か力になる事は出来るはずだ。
そう、思っていると。
「あの…大丈夫、ですか」
草むらの向こうにソレは居た。やはり幽霊であり、その体は薄青く透けている。女性のようで俯きながらしくしくと泣いているようだった。
〈たす…けて、ここは…暗くて、ふかくて…〉
「待ってて。今そっちに行くから」
〈いたい……こわい……〉
暗闇で覚束ない足を必死に動かして幽霊の元へ辿り着く。
「どうしたの?何か助けになるなら僕が──」
その刹那。
足元に何かが強く絡みつき、暁人の身体が闇の中へと引きずり込まれた。
「っあ…!?」
全身に絡みつく黒い無数の手。俯いていた幽霊がその顔を上げる。がらんどうの眼窩から滴る、赤黒い血の涙と共に吐き出されたその言葉は。
〈に ゲ て〉
──伊月暁人の意識はそこで途切れたのだった。
* * *
唄が聴こえる。とおりゃんせ、とおりゃんせと子供達の笑い声に混じって優しい唄が。夕暮れの通学路に夕飯のカレーの匂い。
あぁそうだ、なんで忘れてたんだろう。この右手に何かを掴んでいたような気がするけれどそれはきっと気のせい。
……早く、家に帰らなくちゃ。
そう思った途端に急に後ろから声がした。
「どこに?」
どこにって家に決まってるだろ。
「本当にそれでいいの」
いいも何も…君は誰なんだ。
「そんなのどうでもいいよ。ねぇ忘れちゃったの?」
何を?
「────生き抜くって、約束したじゃない」
途端に、世界が音を立てて割れる。声の主は誰かもわからないまま足元が崩れていくのに落ちる感覚などは無くて。
でもなぜかその声がひどく懐かしくて──闇の向こうに見えた光に、思わず涙が溢れたのを感じた。
「………っ……あ、れ…?」
段々と視界が開けていく。頬に当たるのは、草と土か。体の節々が痛むがどうやら致命的な怪我はしていないらしい。ぐっ、と体を起こし辺りを見回すととても暗い。どうやらあのまま引きずり落とされてしまったようだ。上を見上げれば夜空がとても遠くに見える。怪我がないのは本当に不幸中の幸いだったのだろう。
しかし、それにしても。
「なんなんだ、この匂いは…」
先程から鼻をつく悪臭に暁人は顔をしかめる。今まで嗅いだことのない匂いはすぐ近くからのようで、闇に慣れない目を必死に凝らすと。
「っ!?これは…」
暁人は我が目を疑った。
そこに在ったのは積み上がった沢山の人骨。
すでに朽ち始めている骨や、死後数ヶ月といった遺体が折り重なるように山を作っていた。しかしそれは人為的というより、まるで『上から降って積み重なった』ような──。
今暁人が居るこの場所は周囲と比べて少しだけ拓けている。故にここに自然と積み上がっていったのかもしれない。よく見れば周囲は暁人でもわかるほどの穢れで満ちている。
「行方不明者はこの人達だったのか…」
遺体が着ている衣類も登山着だ、ならば間違いないだろう。ともすれば先程の幽霊の仕業…ということになるのだろうが今現在ここにその気配は無い。その上まだもう一つ暁人には見つけられていないものがある。
「そうだ、怪鳥────」
ハッと顔を上げたその時、突然突風が辺りを襲い暁人は咄嗟に地面にしがみついた。その風はまるで意志を持つかのように木々の枝を折り草を薙ぎ払っていく。
「っ…なんなんだ、コレ…!!」
フラつく体をなんとか必死に持ち直して再び顔を上げるとそこには。
太い枝に掴まりこちらを睨め付ける鳥のような怪物がこちらを睨め付けていた。
『■■■──■■、■──』
短い嘴の奥から発せられるその言葉は暁人にはわからない。蛇のような体躯に鳥のような翼と脚、その顔は鳥のようでいて爬虫類にも見えて。頭にまばらに生えている髪が余計不気味さを助長させている。
「妖怪…なのか」
じっと見つめ合いながら暁人は弓を手に取った。しかし相手が飛ぶのなら札はおそらく使えないだろう、間合いを詰めさせてはいけないとだけ念頭に入れておく。こういう時、彼が居たならどんな助言をしてくれただろうか。
「……来いよ、化け物!」
そんな思いを振り払うかのように、暁人は叫ぶ。それに呼応するかのように怪鳥はギャァ、と大きく鳴いて暁人に飛びかかった。
あの鋭い爪にやられたら終わりだ。暁人は少しだけ拓けていたその場所から離れて木々が生い茂る奥へと走り出す。しかし怪鳥は慣れているのか器用にそれを掻い潜り着実に暁人へと距離を詰めてきて。
「この…!」
近距離でも当たれば、と暁人は弓を射る。しかしその体はひどく硬いのか矢をいとも簡単に弾き飛ばした。いや、硬いというよりは何か膜を張っているような…?
しかしこれしか手立ては無い。今コイツをどうにか出来るのは自分しか居ないのだから。
そうだ、目を狙えば──!
弓を構えたまま暁人は狙いをつける、しかし。
「──ぁ…」
怪鳥の目から赤黒い涙が滴り落ちてきて──先程の幽霊が頭を過っていく。そして頭の中に流れてくる沢山の声。
〈たすけて〉〈こわい〉〈くらい〉〈いたい〉〈かえりたい〉〈なんで〉〈どうして〉
〈いつまで───このままなの?〉
弓を引く手が動かない。その赤黒い涙から目が離せなくて──暁人は眼前まで迫ってきた怪鳥から目を背けることも出来ず。
……あぁ、約束、したっていうのに。
『ギャアッ!』
突然怪鳥は素速い風の攻撃をいくつか食らって後方へと飛び去った。
「えっ……」
今のって、エーテル…?
「──ったく、何ぼうっとしてんだよ」
懐かしい声が背後から聞こえてくる。
そんな訳ない、あるはずがない。でもこの声は…。
そう思いながら振り返れば──。
「KK…?」
「…よう、暁人。久しぶりだな」
ニッと笑い暁人を見つめる黒衣の男は間違いなくKKだった。
「う、そだろ…」
「そう思うよなぁ?俺だって嘘だろって感じだ」
「生き返った、とかじゃ」
「残念ながら」
ほれ、とKKは暁人の肩に触れるがすり抜けてしまった。本当に幽霊のままで此処に存在しているらしい。
「…それにしてもなんで」
「なんでかはわからん。ただ確実に言えるのは…」
KKの目線が前方へ向けられる。そこにはダメージを喰らった怪鳥が激しく怒っているのか、翼を広げてその喉元をぐるぐると鳴らしていた。
「あそこにいるバカでけぇ鳥を始末するのが最優先ってこった」
いけるか、相棒?とKKが右手を差し出す。
未だに混乱している脳内。しかし今は確かにあの怪鳥をどうにかするのが先である。
暁人は自身の頬を両手で軽く叩き、キッとKKを見据えた。
「──当たり前だろ」
「ハッ、言うねぇ相変わらず」
暁人がKKの右手に重ねるように右手を差し出せば、KKの幽体があっという間に自身へと取り込まれていく。懐かしいといえばおかしいが体の中に徐々に自分のものではない力が漲っていくその感覚は、間違いなくあの夜と同じものだった。右手に宿る黒い靄とコアは、確かにKKが此処に居る証である。暁人はそれらを一瞥してから再度敵へと向き直った。
『久しぶりだからなぁ。上手くできるか?暁人くんよ』
内に響くKKの声に自然と暁人の口元が緩んだ。思えばそんな軽口を幾度となく叩き合って戦いに挑んでいたな。
「そんなのこっちのセリフだよ」
びゅう、と右手に纏う風のエーテル。声こそ聴かないがKKが確かに笑ったのを感じる。不穏な空気を感じ取った怪鳥は再び声を上げて高く飛び上がろうとするが──。
『させるかよ!』
『■■…!!』
広げた翼を目掛けて風のエーテルショットを放ち、暁人は駆け出し間合いを詰めていく。やはり弓矢よりダメージは入るようだが…何かがおかしい。何発も翼を狙い続けると怪鳥はぐらりと体勢を崩し出した。
「KK、アイツ…」
『あぁ。手応えがマレビトに似てるようで何かが違うな。それに……いやそれはあとだ、来るぞ!』
怪鳥は何事かを呻きながら地面に降り立ち天を仰いだ。そして。
『…■■■■──!』
嘴の奥から吐き出された青い炎。その炎は暁人を目掛けて周囲を焼き尽くしながら迫ってくる。
「悪いけど…効かないよ!」
暁人はすぐさま手印を結び水のチャージショットで炎も怪鳥もまとめて弾き飛ばした。立ち上る水蒸気と熱、衝撃によろめく怪鳥の隙を二人が見逃すはずが無かった。
『準備は出来てるぜ…やっちまえ!』
「あぁ!」
この熱は皮膚を焼くものか、それとも戦闘に躍る二人の心か。手を翳して体の奥から湧き上がる力をすべて解き放つ。
〈絶対共鳴〉──!
強い衝撃波が辺りを覆い、久しぶりのその衝撃に暁人さえも脚を少しよろめかせてしまうほど。
『■…■■……!』
声にならない声で叫び、怪鳥はその身を捩らせてその場に立ち尽くす。するとその身体の中心に見慣れたものが露出していた。
「えっ、コア…!?」
『やっぱり俺の睨んだ通りか…暁人!』
KKの促す通りに手を翳しコアを引き抜く…しかし、そのコアは一つではなかった。少なくとも片手で数える以上はあって、こんなものは未だかつて見たことがない。
「ど、どうことなのKK!?」
複数のコアから伸びたワイヤーを引っ張りながら暁人は軽く混乱している。
『俺の予想だが……コイツはおそらくマレビトを食ってる。もちろん、そこらに落ちてる遺体もな』
バキン、と音を立てて引き抜かれたコア。そこで霧散するはずの怪鳥の体はなぜかそのままで、薄黒かった体躯は紫がかった青色へと変貌していった。
「…これが、コイツの本当の姿…なのか」
しかし土地の穢れは消える気配はなかった。
『暁人、引導を渡してやれ。今なら弓も通るはずだ』
「弓を?」
『──コイツにはその終わり方がふさわしいんだよ』
KKに言われるがまま、暁人は弓を構える。自身の中身が消えたことに苦しみ喘ぐ怪鳥は再び何事かを呻き出して。
『イつ…ま……いつ、…マデ……』
その目からは涙が溢れていた。しかしそれはもう、赤黒いあの涙ではなかった。
────いつまで、このままなの?
……あぁ、そうか。君も苦しかったんだね。
暁人は深く呼吸をしてから怪鳥を見据えて──その額へと矢を射ったのだった。
* * *
その後。暁人はひとまず現場保持をするために一旦グラップルで崖の上に上がり、周囲を探索したが他に異常は見られなかった。暁人が見たあの幽霊はおそらく怪鳥が餌として見せたものなのだろうとKKは結論づける。そしてこの崖も穢れによる影響で不可視にされて、まんまと引っかかった人間をそのまま落として食らっていたのだろうと。
『あいつは妖怪〈以津真天〉だな。死体を放置しておくとその上を飛び回っていつまで、いつまでと叫ぶ妖怪だ。平安、戦国時代なんかに良く現れたそうだぜ』
「何のために現れるの?」
『いつまでこの死体をこのままにしておくんだと呪詛を吐いて周囲に知らしめるため…らしいが、結局人の屍肉も食うみたいだしな。結局人の怨念が生み出した存在なんだろう』
「なんだかマレビトみたいだね…」
『だな。アイツが食ったマレビトも、亡くなった犠牲者の念から生まれたものだろうな。人を食って力を得た分、食わずにはいられなかったんだろ』
そしてあの体にコアを取り込み、あの場はどんどん穢れていったのか。しかし。
「そもそもなんで以津真天がここに出たんだろう…?」
行方不明事件が妖怪の仕業なら、その妖怪は何故発生したのか──KKは渇いた笑いで一蹴する。
『それはエド達の仕事だろ。…仲良くやってるみたいで何よりだ』
「どうかなぁ」
『……さてと』
ズ、とKKは暁人の体から黒い靄と共に姿を現した。
「KK?」
「そろそろ時間切れみたいだな」
顔を上げれば、木々の向こうに見える山の尾根に光が溢れ始めていた。朝がやってくる。
KKの身体は薄い朝日の光にさえ透けていて、此処に彼は居るけれど居ないのだと改めて実感させられた。
「これって夢なのかな」
「さぁな。夢なら夢で悪くねえだろ?」
「ふふっ…自分で言う?なんでだろ、もっと話したいことあったのに──言葉が出てこないや」
渋谷のその後のこと、頼まれた伝言のこと、KKの居なくなったアジトのこと。少しだけ、ほんの少しだけKKみたいな力が使えそうだから日々練習してること。たくさん伝えたい話は一つとして、言葉にならない。
「そうか…じゃあそれはあとのお楽しみだ」
「え」
触れられないはずのKKの手が暁人の頭を撫でる。
「頑張って生きて、苦しんで楽しんで、しっかり死んで──それからまたゆっくり語り合おうぜ」
のんびり待ってるからよ、とKKは笑う。すり抜けている手の感触などわかるはずもないのに、なぜかほのかな温もりを感じた気がして。
「……うん、そうだね」
はたして今の自分はどんな顔をしているのだろうか。変な顔じゃなければ良いけど。
朝日が、昇っていく。KKと暁人はその光に目を凝らした──思えば二人で本物の太陽を見るのは初めてだったな、と暁人はそんなことを思う。
「これから先、簡単に死にかけんじゃねえぞ」
「わかってるよ。KKも僕が死んだ時ちゃんと迎えに来てよね」
「なんだそりゃ」
「それから」
「ん?」
「…ありがとうって。麻里に伝えておいてくれる?」
KKは少し目を丸くして、ふっと口元だけで笑った。あの時自分を呼び起こした声は、間違いなく麻里のものだった…いつまで経っても世話焼きなんだから、アイツは。
「これで使いパシリはおあいこだな」
どちらともなく笑う。まるであの夜の他愛ない会話のように。
「──暁人」
「なに?KK」
「しっかり、生きろよ」
KKの言葉に暁人は小さく頷いた。それを見てKKは安心したように笑って。
「…じゃあな」
そんな素っ気ない言葉一つを残して光の粒と共に消えてしまった。その光も風にさらわれて文字通り、跡形もなくなってしまって……本当に夢だったのかもしれない。そう思っていると、不意に足元で何かの気配を感じた。
『──!』
「木霊…?心配して来てくれたの?」
振り返るとわらわらと群がる先ほどの木霊達が安心した、とでも言いたげに暁人の周囲をくるくる走り回っている。そして。
『──、──!』
木霊達の向こうに居たのは一人の幽霊。どうやら木霊達が連れて来たようだった。
「君は…」
彼女は──あの時の。表情こそは分からないがその雰囲気はとても穏やかなものに感じ取れた。
〈見つけてくれて…本当にありがとう〉
青白く光る魂は天へと昇っていく。その足元にぽとりと落ちたのは一つの勾玉──先程の妖怪のものか。彼女が、持っていたのか。
「……僕は何もしてないよ。今だって心配かけさせてばっかりだ」
自分一人では、何も。麻里やKKが居なければ此処にこうして立っていることすら無かったかもしれない。
暁人は滲む視界に目を細めた。涙が少し溢れるのはきっと眼を差すこの朝陽のせい。だらしないな、と袖で乱暴に目元を拭いて。
────もっと強く生きていかなきゃ。
「行こうか」
木霊達に、そして何よりも自分自身に強く言い聞かせるかのように暁人はその場を後にしたのだった。
* * *
『無事で何よりだ、暁人。そして観測結果も詳細も確認した。すぐに警察及び捜索の手がそちらに届くだろう。君は気にせず帰還してくれ』
あれから下山したのちようやく復活したGPSと通信機、念のため現場の観測と簡単なレポートをまとめて送信するとすぐにエドから返事が来た。暁人は田舎道の誰もいないポツンとあるバス停留所にバイクを停めて通信を繋げる。珍しくレコーダーではない声に少し驚いてしまった。
「はい。…あの、エドさん」
『何だ?』
「夢みたいな話ですけど──KKにまた会えて、一緒に戦ったんです。……あっ、幻覚とかではないですよ!?」
『まだ何も言っていないが』
ふむ、と通信機の向こうでエドは少し考え込んでから「なるほど」と呟いて。
『おそらくその事故現場は、あの世…冥界との繋がりが強い場所だったのだろう。人が亡くなりやすい場所、というのはわかるね?世間的には呼ばれると言った場所だ』
良く事故が起きる場所──そういう所のことだろうか。しかし何であんな所が?
『数年前、その近辺で婦女拉致誘拐事件が起きている。犯人は捕まったが拘置所内で自殺。その被害者はいまだ見つかっていない。おそらく君が会った幽霊は』
「その被害者だったってこと…ですか?」
『推測通りならね。そしてその被害者の遺体から湧いた情念に妖怪以津真天が現れ──結果その存在が呼び水となった。誰にも気付かれず放置された怨念は相当だったろう』
たすけて、かえりたい。確かに彼女はそう言って泣いていた。でもきっとあれは被害者達の声でもあったのだろう。
「図らずもあそこがそんな場所になって、冥界と繋がりやすいからKKが来てくれた。でもそんな…それだけで」
『君達は死してもなお繋がりが消えてないんだろうね。ちょっとだけ宗教的な話にもなるが、どんなに離れても一度結んだ縁は切れることはないらしい。遠く離れてもそれは細い糸になりやがて互いに引き寄せるように、再び縒り合わさっていく。今回ばかりはKKを手繰り寄せたと言う感じだが』
君達だと糸と言うよりワイヤーだな、とエドは軽く戯けたように言うけれど。
「………ホント、そうかも知れませんね」
なんだか冗談にも思えなくて笑ってしまった。心なしか「やれやれ」と呟くエドも笑っているような。
──KKも麻里も、みんな見守ってくれてるんだろうか。そうだとしたら。
「今からそっちに帰ります。話したいこと、たくさんあるんで」
あの夜、あの街で自分の弱さを知って強くなるための一歩を踏み出した。
泣いてもみっともなくても僕は生きていく…そう約束したんだ。生き抜いた先にまた胸を張ってみんなに会える、そんな自分になりたいから。
「ありがとう。安心して、見守っててよ」
何もない右手のひらにそう言って暁人は笑う。
ヘルメット越しの視界はとても良好で、いつもよりも軽やかな気持ちで暁人は右手で強くアクセルを握ったのだった。
この意思と縁が縒り合わさった先にある〈いつか〉があることに──少しだけ胸を弾ませながら。
終