卒業旅行「七ツ森、コーヒー飲むか?」
「飲む」
声はすぐに返ってきた。帰宅してからずっと部屋に籠っているようだが、どうやらゲームや配信などではないらしい。ドアの向こうに「オッケー。あとで持ってくる」と伝えてその場を離れる。
「何してんだろうな……」
普段からパソコンの前でなにかしていることが多いが、特に最近はその時間も増えているように思う。高校最後の夏休みも目前に控えているし、夏の予定でも立てているのだろうか。
コーヒーを用意して部屋のドアをノックする。
「ドーゾ」
「邪魔したか?」
「全然。って言うか、カザマにも見せたかったし」
「え?」
そばに来るよう促され、カップを置いてパソコンの画面をのぞき込む。そこには懐かしい風景が映し出されていた。エリザベスタワー、バッキンガム宮殿、大英博物館……。どれも有名な観光スポットだ。この場所は――。
「……ロンドン?」
「そ。俺らの卒業旅行先候補」
「は!? なんだそれ、聞いてないぞ」
「まぁ、言ってなかったし?」
なんでもつい最近あの二人と卒業旅行の話になり、行き先の候補を聞いたら揃って「イギリス!」と答えたらしい。
「はぁ……。なんで俺のいない所で決めてんだよ」
「まだ決定じゃないケド、反対する理由もないデショ」
反論できない。
遊びでもなんでも、あの二人に「行きたい」と言われたら、何だかんだそうなるように出来ているのだ。このグループは。
「カザマのオススメってある?」
そのことを見透かしているであろう七ツ森も、決定じゃないとか言いながら確定事項のように話を進める。
「……観光なら、ウェストミンスター寺院とか、セント・ポール大聖堂とかもあるな」
「へぇ……。ここか」
「トラファルガー広場、ハイド・パークで散歩するのもけっこう気持ちいいよ」
「なる。あー、確かに気持ちよさそー」
七ツ森は俺の言うロンドンの観光スポットを検索して、次々と画面に表示させていく。どれも懐かしい景色だった。
「さすが、詳しいな?」
「まぁな……。人生の半分はイギリスで過ごしたんだ。詳しくもなるだろ」
「……そうでした。マジで帰国子女だったんだな」
「いや今更かよ?」
感心するように頷く七ツ森につい笑ってしまう。
「や。知ってはいたケド、カザマってあんまりイギリス感出さないから」
――イギリス感ってなんだ?
「例えば? ハグとか?」
「カザマ、ハグとかすんの?」
「そりゃ……あっちでは挨拶だし、キスもするよ」
「へっ!?」
「え?」
予想以上の反応を見せる七ツ森にこっちも驚いてしまう。珍しい姿に、ちょっとからかってやろうという悪戯心が芽生える。
「そんなんでどうすんだよ。今から練習しとくか?」
「……練習?」
「そ。ほら、ハグ」
冗談半分で両手を広げてみせると、チェアーに腰掛けたままの七ツ森もおずおずと両手を差し出した。
そのまま軽くハグをする。ついでに頬にキスしてやると、ビクッと七ツ森の体が揺れた。
「す、ストップ! わかった、もういい……っ」
「はは。おまえには少し刺激が強かった……か……?」
体を離してやると、七ツ森は真っ赤になった顔を逸らして俺の胸を押してきた。動揺のせいかその手に力はほとんど入っていない。
その姿に、不覚にも胸がときめいてしまったのは秘密だ。
「……七ツ森、おまえイギリスでハグ禁止な」
「ハ!? なんで!?」