mine(昨日のカザマ、可愛かったな……)
仕事終わりにカザマのおじいさんの店に向かう。仕事中は何とかガマンできたが、こうして一人になると、昨夜の恋人の姿を思い出しては口元が緩んでしまう。ワイルド系で売っている人気モデルのNanaの時には見せられない姿だ。
だけど、今の俺は七ツ森。しかもマスクで口元が隠れているとなれば、気持ちも顔も緩んでしまうというものだ。
昔の俺はこうじゃなかった。表情だって豊かじゃないし、テンションだってそんなに高くない。あまり目立たない、どこにでもいる普通の男。だけど高校に入って、友達ができて、恋人ができて……自分でも知らなかった自分をたくさん知った。
「あ」
高校時代に思いを馳せていたら、いつの間にか店の前についていた。そっと中に入ると、カザマはカウンターの近くでお客さんと話をしているようだった。店が閉まるまであと少しある。俺は仕事の邪魔をしないように店の隅に移動した。
話しているのは中年くらいの男性客だ。声が大きくて、離れていても会話の内容が聞こえてくる。
「玲太くん、最近お菓子作ってるんだって? 匡さんに聞いたよ。時期的にチョコレートかな?」
「あ、はい、バレンタインなので……」
「イギリス文化ってやつかぁ。あんなに小さかった君が、お菓子を作るようになってるなんてねぇ……そうだ、もう味見はしたのかい? よかったらおじさんが味を見てあげよう」
「え」
(は!?)
咄嗟にカウンターを振り返る。
あのオッサン、今なんて言った!?
「なんて、玲太くんの手作りなら、美味しいに決まって――」
「すんません」
オッサンの肩に手を置いた。それから威嚇の意味も込めて眼鏡を外す。
振り向いた男は目を見開いて、「な、な……」と絶句した。
「そいつのチョコ、全部俺のなんで」
「七ツ森!?」
カザマまでも驚いた様子で声を上げた。
それからカザマは慌てて男性客にフォローを入れて、俺は強制連行された。
「俺のだもん……俺のでしょ……?」
「はいはい、全部おまえのです。おまえのだから、とりあえず離れろ」
帰宅して、背中に引っ付いたまま離れない俺のアタマを撫でながら、カザマが呆れた声で振り返る。
「ったく……あの人、おじいちゃんの昔からのお得意さんなんだぞ。なんとか誤魔化したけど、マジで驚いたんだからな」
「だって」
カザマはしょうがないなと笑いながら、テーブルに並べたチョコレートをひとつ手に取った。それは一口サイズの、可愛らしい猫の形をしていた。
「カワイイ」
思わず顔がほころぶ。するとカザマも嬉しそうに笑う。
「おまえ用だからな」
その笑顔に心臓がキュンと高鳴る。差し出されたチョコレートをぱくりと食べ、そのままカザマの指までも味わう。
「……っ、おい」
チュッ、と音を立てると、抱き寄せた体がピクリと震えた。
カザマに恋をして、付き合うようになって、昔じゃ考えられないくらいいろんな感情が俺の中からあふれてくるのを感じている。だけど全然イヤじゃない。カザマとだったら、どんな自分が出てきたって楽しみに変えられる。だって、こんなにシアワセなんだから。
その日は、口の中で甘くとろけるチョコレートと恋人をたっぷり堪能したのだった。