風真は焼き菓子を作るのが上手い。詳しく聞いたことはないが、彼の母親がお菓子を作る人だったらしくその影響だと言っていた。
「今日は何作るの?」
キッチンには卵、砂糖、小麦粉、牛乳、バターが並べられている。だけど大抵のお菓子はそれらの食材で作られるので、七ツ森はまだ、風真が何を作ろうとしているのか分からない。ただ、その食材達が冷蔵庫の中で乏しくなると七ツ森は少しソワソワとする。
なにせ大抵のお菓子は、それらの食材で作られるので。
「マフィン」
風真はそう言って、一つずつ計りに食材を乗せていった。彼の頭の中のレシピに則り、それぞれ分量が揃えられていく。
「丁寧だよな」
「お菓子はそういうもんなの。配合が違うと全然別ものになるか…下手したら失敗する」
「そうなんだ」
「そのくせ人の手に任せる部分は妙に抽象的だったりする。『もったりなるまで』、『さっくりと』、『粉っぽさがなくなるまで』とか。初めの頃は意味が分からなかった」
そう言って風真は、卵と砂糖を『 』泡立て、小麦粉をふるい『 』合わせ、牛乳とバターを加え『 』混ぜた。それらは全て、七ツ森には等しく『混ぜる』という行為に見えた。
「実、カップどれがいい?」
風真は紙製のマフィンカップを数種類、テーブルに並べた。
「今日は何のマフィンなの?」
「チョコレートチャンク、ナッツとドライオレンジ、あとは…」
そう言って冷蔵庫を覗き込み、底の見えそうなジャムの瓶を数個、取り出した。
「残り物のジャムとクリームチーズ、かな」
「リョーカイ」
「これに並べて」
七ツ森は金型を受け取り、マフィンカップを選んでいく。青とシルバーのストライプ、素朴なボタニカルデザイン、赤のギンガムチェック。それらを金型にはめて風真に渡し、一列ずつ指をさす。
「チョコ、オレンジ、ジャム」
「わかった」
マフィンの生地はいつの間にか絞り袋に入れられていて、手早く同量ずつ、型に絞られていく。風真はその上からそれぞれ、チョコを並べ、ナッツを散らしオレンジを刺し、ジャムを混ぜてクリームチーズを埋め込んだ。
「焼けるまでどれくらい?」
「二十分ちょっとかな」
「じゃ、こっち来て」
「…洗い物とか、済ませておきたいんだけど」
「後で俺がやるから」
七ツ森になかば強引に手を引かれ、風真はソファに倒れ込んだ。
「っ、おい」
「ちょっとだけ」
彼らの口に入る頃、マフィンは何故か、少し冷めてしまっていた。