車を道の端に寄せて止め、スマホでメッセージをひとつ送る。すぐに既読がつき俺のメッセージへの答えと質問が返ってきたから今度はメッセージではなく、電話を。躊躇うような数コールの後、繋がった途端にため息をつく失礼な男だった。
「もしもし、ファルガーか?」
『おまえがかけたんだろう』
「ご挨拶だな。それで、家にいるなら少し出てこれないか?」
『……は。ヴォクシー、おまえ、今どこにいるんだ……?』
「おまえの家の前」
電話の向こうで何か大きな音がして、犬の鳴き声が電波だけでなく空気を震わせてこちらに聞こえて来る。ファルガーが何も言わないまま電話が切れ、数秒後に見つめていた家の扉が開いた。見慣れた銀髪の男と、その後ろに大きな犬が見える。手を上げて見せるとファルガーは思いっきり顔を顰めた。振り向いて犬に何かを言いつけ、扉を閉めてこちらに近づいてくる。
「やあ」
「……何してるんだ、こんなところで」
「遊びに来ただけだよ」
「この車は?」
「レンタカーだ。少しドライブでもしないか? もし運転したい気分なら運転席を譲ってもいい」
「……頭の中がごちゃごちゃで事故を起こしそうだから遠慮しておく。……本当に、俺に会いに? わざわざ?」
「おまえがイギリスにいてくれたらここまで遠出にはならなかったんだけどな。でもアメリカにも来たかったから、楽しんでいるよ。それで、話もしたいしドライブデートはいかがですか?」
「……着替えてくるから少し待ってろ」
「もちろん」
部屋着らしい少しくたびれたその服だって悪くないけれど、わざわざ俺と出かけるために着替えてくれると言うのなら断る理由はない。いつまででも、喜んで待とう。
そう時間がかからずに再び家を出てきたファルガーは予想外に洒落たシャツに黒のライダースを着て、ムスッとした顔のまま助手席の扉を開けて車に乗り込んだ。目を丸くして見つめる俺に「なんだ」と拗ねた声で返す。それらが照れ隠しだと分かっているから心臓はトクトクと軽やかに鼓動を早めた。
「いや……ファッションにはあまり興味がないんだと勝手に思っていた。素敵な服で驚いたんだ。よく似合ってるよ」
「……、どこに行くんだ」
「ふ……。そうだな、適当に走らせるからもしよければ道を選んでくれ。ここらへんのことはおまえのほうが詳しいだろ?」
「……わかった」
エンジンをかける前に、ファルガーの肩へと手を伸ばす。覆い被さるように近づいた俺にファルガーは目を丸くし、シートベルトを伸ばして嵌めると思いっきり舌打ちをした。全く、可愛い子だ。
「キスが欲しいならそう言ってくれないと」
「っ、そんなこと言ってな」
口を塞げばすぐに大人しくなり、唇を割って入った舌にもたどたどしく応えてくれる。だんだんと馴染んでくる舌の動きを楽しみ、肩を押されてからそっと唇を離した。とろけた瞳と赤い顔を見つめていれば数回の喘ぐような荒い呼吸のあと、固い手のひらで目を塞がれる。くすくす笑うと反対の手が俺の頬をつねった。お仕置きにしては甘過ぎるんじゃないか?
「車の中は室内じゃない、調子に乗るな」
「室内なら調子に乗っていいんだな、わかった」
「揚げ足取りめ。早く運転席にきちんと座れ、今すぐ帰るぞ」
「オーケーオーケー、もう出るよ」
ファルガーの手首を掴み、視界を遮るそれを引き摺り下ろした。ちゅっと音を立てて手のひらに唇を触れさせれば「オイ!」と咎める声が飛んでくる。それ以上怒られる前に手を解放して無罪の証にひらひらと振って見せた。睨みつけられても、俺はおまえのことを好きな男だよ、可愛いだけだ。
「よし、それじゃあ行こう。いい天気で良かったな、景色がよく見える」
「……」
「ファルガー、運転を始めたらおまえのことを見ることができないから、できたら返事をしてほしいな」
「……わがままを言うな」
「俺のわがままが好きだろう? 信号で止まるたびにキスをするのはどうだ?」
「信号で止まる前に飛び降りてやる」
「映画みたいだな。ああそうだ、どこかで飲み物を買いたい。おまえのよく行く店はあるか?」
「……次の信号を左」
「ありがとう」
「……ヴォクシー」
「ああ、なんだ?」
「……会いに来てくれてありがとう」
「……」
信号で止まるより先に、俺はもう一度路肩に車を寄せた。ファルガーの肩を座席に押しつけて唇を重ねる。今度は最初から気持ちいいだけの最高のキス。沸騰しそうな血の熱さをコイツに教え込ませてやることは車の中では難しそうだ。ドライブデートだなんて格好つけずに、すぐに家に押しかけてやれば良かったな。せっかく着替えてくれたこの服だって、もう脱がしてしまいたくて堪らなかった。