ソファーに並んで映画を見ながら繋いでいた手がふっと緩む。トイレにでも行くのかと思い寄りかかっていた頭を持ち上げたけれど、手は離れることなく、指の間をさするように不規則に動いた。思わず画面から視線を離し隣の男を見つめる。
「ん?」
にこっと、嬉しそうな笑顔を隠さないで、浮奇はふわりと首を傾げた。映画はまだ中盤で、クライマックスまでは程遠い。俺は息を吐いて、繋いだ手にぎゅっと力を入れた。浮奇はすこしだけ不満そうに甘えた顔をする。
「一緒に見るっておまえが言ったんだろ」
「んん〜……そうだけど、だって、いちゃいちゃしたくなっちゃったんだもん」
「……終わってから」
「キスしてもいい?」
「だめ」
「んんん、ふーふーちゃん……」
「……映画に集中できなくなるから、だめ」
すでに集中は、できていないけれど。画面に視線を戻したって横顔に浮奇の視線を感じている今、映画に向けられている意識なんて半分もなかった。俺の肩に顎を乗せて、甘やかしたくなる寂しそうな声で「キスしたい……」と囁くズルい男に、俺は心底惚れている。繋いだ手のひらはそのままに浮奇は俺の腕に抱きつきすりすりと頬を寄せた。「ふーふーちゃん」と、トクベツに甘い音で俺の名前が紡がれる。
「……浮奇」
声の演技は慣れているのに、浮奇の前だとうまく取り繕うことができない。呆れたような声でポツリと落とすはずだった彼の名前は、宥めて甘やかすような優しい声で耳を撫でる。もう自分の思い通りにできないほどに、俺は彼に甘えられるのが好きだった。
「ふーふーちゃん、おねがい、いっかいだけ。もう邪魔しないから」
「……はぁ」
ため息は自分に対してだったけれど、浮奇はピクリと震えて腕の力をわずかに緩めた。映画から再度視線を外し、さっきより近い距離で浮奇と目を合わせる。浮奇はパッと目を丸くして、それからふにゃっとこどものように愛らしく笑みを溢した。
「えへへ……ふーふーちゃん、かわいい」
「……リバースカード」
「ん? ふふ、俺も可愛いって? ありがと」
「……邪魔なんかじゃないよ。いつでも、おまえはおまえの好きなようにしていい」
「……でも映画見る邪魔しちゃってるのは本当のことでしょ」
「映画と浮奇を天秤にかけたら浮奇に傾いてしまう俺の責任だ。映画は今じゃなくても見られるけれど、今この瞬間の浮奇は今しかいない」
「……優しすぎると人生損するよ」
「こんなに可愛くて美しい恋人がいる時点で、きっともうこの後は不幸なことしか起こらない」
「そんなことないもん! ずっと、俺がふーふーちゃんのこと幸せにする」
「ふっ、ああ。だから俺は目の前の浮奇を甘やかすことにするよ」
「ん、オーケー、未来のことは俺に任せて、ふーふーちゃんは目の前の俺に夢中になってて。百年後までずっと夢中でいていいよ」
「素晴らしい生活だな」
くすくすと笑い声を交わし、遊ぶように唇を重ねる。ちゅっと音を立てたり、舌を絡めたり、笑い声を溢して唇を噛んだり。楽しくて二人して口角が上がりっぱなしだ。映画だって面白かったのに、やっぱり浮奇に勝てるわけがなかった。