作業BGMにしていた配信の声が止まり静かな音楽だけが流れている。画面を見れば頭を傾けた浮奇が目を瞑ってしまっていた。チャット欄が彼の名前を呼んでいるが、残念ながらそれは届かないだろう。
すぐに起きる可能性もあるからそのままただ彼の配信の音楽を聴きながら待っていたけれど、どうやら中々起きそうにない。可愛らしい寝息まで聞こえて来たから、俺は笑い声を溢してスマホを手に取った。
メッセージをひとつ、ふたつ。通知音は消しているだろうけれどバイブに気がつく可能性はあるかもしれない。少し待って、今度は電話をかけてやる。配信画面をよく見ていればピクリと彼が震え、それからゆっくりと目を開けた。俺は電話を止めて、『寝るならベッドへ』とメッセージを送った。
ごめんね、寝ちゃった、と見ている人たちに笑いながら謝った彼は、視線を下げておそらくスマホを確認した後、画面のこちら側にいる俺が見えているかのように目を細めて微笑んだ。
「今日はもう終わりにしようかな。ちゃんとベッドで寝ないと心配させちゃうから。ありがとね」
おやすみ。ちゃんと寝てね。また明日。と、優しい言葉で溢れるチャット欄は浮奇が俺に向けて言ったとは思ってもみないだろう。配信のチャット欄に俺はコメントを残していないし、このゲームは俺が好んでいるタイプではない。
いつも通りに見ている人たちとバイバイをした浮奇が配信を切って、すぐ、俺のスマホが着信を知らせる。
「お疲れ様。もう寝るんじゃなかったか?」
『配信見ててくれたの? 起こしてくれてありがとう』
「ちょうど空いていたから。水分は取ったか?」
『んん。……ふ、ぁ……んー、飲んでる……。……よし、顔洗ってこよ。ふーふーちゃん、もう寝る?』
「うん? 寝るんじゃないのか?」
『ちょっとだけやらなきゃいけないことがあるから、もし起きてるなら俺が寝ちゃわないように話し相手になってくれない?』
「……いいけど、また寝落ちをしても俺はベッドに連れて行ってあげられないよ」
『うーん、そろそろ一緒に住んじゃおっか』
「……」
『ふふ、まあその話は追々。顔洗ってくるからちょっと待っててね。あ、ディスコードに切り替える?』
「……いや、このままでいいよ。浮奇の声が近くて好きだから」
チッと舌打ちが聞こえた後、浮奇は立ち上がって部屋を出て行ったようだった。俺は椅子の背もたれに寄りかかり、パソコンの画面を切り替えた。すぐに終わらせなければならない作業はすでに終わっているけれど、探せばやることなんていくらでもある。浮奇が寝落ちしてしまわないように声をかけながらできる作業を選んでいるうちに、浮奇が戻って来て『ただいま』と呟いた。
「……ん、おかえり。目は覚めたか?」
『……んー、このままふーふーちゃんの声を聞きながら寝ちゃいたいけどね』
「寝るならベッドに」
『ふふ、うん、じゃあ後で一緒に寝ようね』
「……」
『冗談。でもおやすみは言えるでしょう? ふーふーちゃんがおやすみって言ってくれたらぐっすり寝られそう』
「……さっきもぐっすりだったけどな?」
『いじわる〜』
「ふ……、ほら、仕事があるんだろう? 寝ないよう見張っておいてやる。けど、本当に限界が来たらそこで寝落ちする前にちゃんとおやすみを言うんだ。わかったな?」
『オーケーベイビィ」
眠さのせいかいつもよりとろけた声が心地よく、まだ眠くなかったはずの俺まで眠気に誘われる。眠らなくたって、彼のそばにいるだけで十分にヒーリング効果がありそうだけれど。