「浮奇から連絡来た?」
「いいや、まだ。どうせ寝坊だろうから適当に時間を潰すよ。ユーゴ、この後の予定は?」
「空いてるよ! 付き合う!」
「よし、カフェでも行こう。奢る」
「やったー!」
恋人とのデートの約束の前、昼までユーゴの買い物に付き合う予定だったけれど、昼を過ぎても浮奇と連絡が取れなかった。彼らが好む人の多いこの街が俺はあまり得意ではないからユーゴが一緒にいてくれるととても助かる。どこでも好きな場所を、と彼に店選びを頼むと、彼はあっという間に駅からあまり離れていないのに落ち着いた雰囲気で人の多くない店を探して俺をエスコートしてくれた。二人席に向かい合って座り、俺はレモネードを、ユーゴはアイスティーとショートケーキを注文する。
「いい店だな」
「ね。当たりだ」
「来たことがあるわけじゃないのか?」
「今ネットで見つけたんだよ。俺のお気に入りはロックカフェだけど、ふーちゃんは静かな方が良いだろ?」
「……ありがとう。ユーゴはいい彼氏になりそうだな。恋人はできたか?」
「うわ!? 急にそういう話すんのやめて!? ふーちゃんと恋バナなんて恥ずかしくて無理だから!!」
「ふ、オーケー、了解、もうしないよ」
「一瞬で変な汗かいた……。……てかさ、そういうふーちゃんだって、浮奇の好きそうな店なら探すの得意だろ? いい彼氏だ?」
「……」
「へへへ、この話はやめとく?」
「浮奇に似てきたな……」
「マミィの教育のおかげだね?」
ニヤニヤするユーゴにため息を吐いてみせて、俺はレモネードに口をつけた。ほろ苦い甘さがとても好みですぐにもう一度口にする。ショートケーキが届いたユーゴは目を輝かせて写真を撮っていて、その姿を見て俺はイタズラを思いついた。
「ユーゴ、ママに怒られるかもしれないイタズラに巻き込んでもいいか」
「え? イタズラ? いいよー」
「そんな迷いなく返事していいのか……」
「だってふーちゃん楽しそうだもん。面白いことなら少しくらい怒られたってやんなきゃでしょ」
「そうこなくちゃ。まだケーキは食べないでちょっとじっとしててくれるか?」
「オーケー」
提供された時より少し減ってしまっているけれどグラスが汚れてはいないからそこまで違和感はないレモネードをカメラに写し、わざとその奥、向かい側に座っている人のカップとケーキも見切れるように画角に入れる。俺のしたいことが分かったのか楽しそうに笑い声を上げたユーゴが「このネイル浮奇に見せたことないからバレないし良いんじゃない?」と言いカップの持ち手に細い指先を添えた。写真を撮り、ユーゴに出来を確認してもらう。
「うわぁ、これはやばいね。堂々と浮気してるよ」
「浮奇に送ってやろう」
「なんて書くの?」
「『ゆっくりおいで』」
「ふはっ、イジワルだ」
「寝坊で待ちぼうけを喰らってるんだからこれくらい許されるだろ」
「マミィ〜、ダディが寂しがってるよ〜」
「ふふ。よし、それじゃあ寂しいダディにもう少し付き合ってくれ」
「ママにネタバラシしてから退散するよ。最近浮奇と遊べてないし、新しいネイル褒めて欲しいし」
「怒られるのまで付き合ってくれるのか? それならケーキをもう一つくらい頼んでもいいぞ」
「ケーキはこれで十分。サンドイッチ半分こする?」
「ああ、いいな、そうしよう」
サンドイッチを分けながらくだらない話をして待っているとようやく俺の携帯が着信を知らせた。メッセージじゃなく、電話だ。ニヤニヤと楽しそうに笑っているユーゴを見てから、俺は応答ボタンを押し耳に当てた。
「もしもし」
『どこ』
「……待ち合わせの駅の近くだよ。今起きたのか?」
『店の場所送って』
「浮奇、ゆっくりでいいから、気をつけておいで」
『俺がゆっくりしてる間に浮気するから?』
「……来たらちゃんと話す。俺はおまえを待ってるだけだよ」
『すぐ行く』
ブチっと電話を切られ、視線を上げるとユーゴが心配そうな顔をしていた。大丈夫だよ、と伝えようと口を開いたけれど、出てきた言葉は「セクシー……」という浮奇への感想だった。一瞬で呆れ顔になったユーゴが「はあ?」と声を上げる。
「なに? 浮奇、なんて?」
「いや……怒ってた……ものすごく怒ってて……寝起きの声のせいもあって余計に……めちゃくちゃセクシーだった……」
「……惚気か。心配して損した。ふーちゃん、それ浮奇に余計に怒られないの?」
「たまに」
「ふ、ばーか。浮奇、すぐ来るよね。帰る準備しとこ」
残っていたケーキもサンドイッチもユーゴは大きな口でパクパクと食べ切り、荷物をまとめ始めた。すぐと言っても浮奇の朝の準備は時間がかかるしもうしばらく来ないだろうけどな?
予想よりだいぶ早く、一時間程で浮奇はやってきた。カフェの入り口からまっすぐ俺に向かって来て、俺の向かい側に座るユーゴの後ろ姿を見てピタリと足を止める。思わず笑ってしまった俺を見て確信したのか、ブチ切れていた綺麗な怒り顔から拗ねたような可愛い怒り顔に変わってしまう。振り返って浮奇を見つけたユーゴが「浮奇!」と明るい声で名前を呼ぶと、彼は肩を落としてこちらへやってきて、やさぐれた目で俺たちを見下ろした。
「まじで心臓止まるかと思ったんだけど」
「へへ、イタズラ成功だね」
「ユーゴかぁ……そういえば午前中はユーゴと出かけるって言ってた……聞いてたよ……けどそんなの忘れてたし、ネイル可愛いしケーキ食べてるし……ああもう……ユーゴ、ネイル可愛いね」
「でしょ? よし、じゃあ俺の用事はもう終わったし帰ろうかな。仲良くしてね、マミィ、ダディ?」
「ダディがこれ以上イタズラしなければね」
ハグをしてユーゴを見送り、浮奇はユーゴの座っていた席にそのまま座った。ユーゴのことはすっかり許したようだけれど、俺を見つめる瞳にはまだ怒りの気配が残ってる。
「何か飲むか?」
「その前に言うことない?」
「……一発で目が覚めただろ?」
「……寝坊したのは、ごめん。でも本当に……ほんとうに、心臓止まるかと思ったんだから……」
「……俺もごめん。ちょっとしたイタズラだったけど……そんなにか?」
「だってふーふーちゃんバイじゃん。綺麗な女の人にナンパされたらついて行っちゃうかもしれない」
「……ずいぶん信用がないんだな」
「不安なんだよ。寝坊して待たせるし、自分勝手でワガママだし」
「そんなのなんでもないよ。俺の恋人は浮奇だけだ。だけどこれからはこの方向のイタズラはしないことを誓う」
「……ん、ありがと、ごめんね」
しょぼんとしてしまった可愛い恋人へ手を伸ばし、寝癖のついた髪を撫でた。きっと慌てて出てきたんだろう。いつも通り美しいけれど、いつもよりメイクも薄い。擦らないように優しく頬を撫でれば拗ねた瞳が俺を見上げた。
「ごはんの前に、メイクし直してもいい?」
「十分可愛いよ?」
「……すぐに飛んで来たかったけど、もし知らない女といるなら俺の彼氏なんだけどってビビらせてやらなきゃって思ったから、一応メイクはしたけど最低限だし……ふーふーちゃんとのデートの時は、一番可愛い俺でいたいの」
「……どんな浮奇も愛してるけど、そう言うならいくらでも時間をかけてくれ。美しくて可愛い俺の彼氏さん」
「……ふーふーちゃんが浮気なんてするわけなかった」
「分かってくれたようで何よりだ。飲み物を頼んでおこうか?」
「ん、ラテ頼んでおいて。遅くならないようにするけどふーふーちゃんも何か食べて待ってていいよ。ケーキはユーゴだけ?」
「ああ。イチゴのアイスがあるからそれでも食べてようかな」
「アイスクリーム? 珍しいね、甘いものの気分なの?」
「戻ってきた浮奇の美しさに魅了されてキスをしてしまった時、甘いほうが浮奇も嬉しいだろう?」
「……本当にキスしてやるからね、ビッチ」
舌打ちをして席を立った浮奇は俺のすぐ横に立ち、見上げた俺に顔を寄せて一瞬だけ唇を重ねすぐに離れた。本当にこんなところでキスをするつもりはなかったから眉間に皺を寄せれば、浮奇はちろっと舌を出して唇を舐め笑みを向けてくる。
「レモン味だ。もしかしてそれも狙ってた?」
自分がついさっきまでレモネードを飲んでいたことなんてすっかり忘れてた。怒りはもうどこかに行ったらしく機嫌の良さそうな足取りで化粧室に向かった浮奇を見送ってから顔を俯ける。注文は、熱くなった頬が冷めてからにしよう。こんなんじゃアイスクリームも溶けてしまう。