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    曦澄ワンドロ③
    お題:手紙

    邪祟の影響で声を出せなくなった江澄と
    沢蕪君の恋の始まりのお話です。

    沢山読んでいただけてとても嬉しかったのを覚えています。

    #曦澄

    花を欺く貴方の顔容 金凌の夜狩に江宗主が付き添うことはよく知られている。そこまで若き金宗主を大切にしているのだが、江澄にはもう一つ狙いがあった。狙いと言うより下心が正しい。
     夜狩の規模には大小あるが、四大世家に来るものは大抵が大きな噂である。陳情を聞きつけて駆けつければ、他の仙師達と出くわすことは少なくない。何の因縁か、金凌は藍氏の少年達と鉢合わせる事が多く手柄も奪われがちだった。その事を江澄は咎めはしないし、金凌もこの歳でようやく友人と呼べる者が出来て喜んでいた。
     しかしそれは同時に成長の証でもあった。若き宗主の金凌はもう江晚吟に情けなく泣きつく事も、助けを求める事もないのだ。それでも彼の為だと下手な嘘をついて近場の街で見守り続けた。
     本当の目的は一つ。江澄が沢蕪君に一目でもいいから会いたかっただけである。
     藍氏の少年たちになにかあった場合、その大抵が含光君が駆け付けるのだが、今までたった一度だけ沢蕪君が救援に来た。瞬く間に強大な邪をまるで舞うように優美に祓い、絡まった糸のような謎も鋭い洞察力で解決して見せた。
     江晚吟は彼の手助けをしたに過ぎないが、夜狩を共にした日の熱はまだ忘れられない。まるで世間に語られる英雄譚の登場人物になれた気がした。
     宗主同士、なにか訳をつけて会えば会えなくもないが、自分も相手も無駄な談笑をする様な人柄ではない。仕事として会えばたわいも無い世間話を交わして暫くすれば会話が途切れてしまうことは想像に容易かった。
     こんな勝率もかなり低い方法に縋ってでも、江晚吟は藍曦臣に懸想しているのだった。

     浮かれていたのだ。再び藍氏の救援花火が揚がった時、また沢蕪君と夜狩が出来ると心躍らせてしまったのだ。
     邪祟ではなく沢蕪君の勇士に気を取られ、反応が遅れてしまった。
    「叔父上!!」
     金凌の叫び声と共に、喉に何か蛇のような黒い靄が巻き付いた。振り払おうにも相手は靄で掴めやしない。恐ろしい力で持ち上げられ、つま先で空を掻いた。
     もう駄目かもしれない、そう覚悟とした時――裂氷の音色が遠くから聞こえた。薄れる意識の中でもその簫ははっきりとしていた。

     目が覚めると雲深不知処だった。どれくらい眠っていたのか分からない。外窓から見たの景色は暗闇に浮かぶ月とそれを照らす木蓮だ。なんとも雅である。
     様子を見るために外に出てみると、遠くから聴こえるあの簫の調べに誘われる。
    (沢蕪君……)
     どこか物悲しいが心地良いものだ。
     その人は一筋の月の光に照らされていた。一枚の絵のように美しく尊いものだと、江澄は魅入ってしまった。
     ずっと心の底から恋焦がれていた人が今、自分の手の届きそうな所にいる。
    「……っ!」
     声を掛けようにも言葉が上手く出ない。喉の奥で言葉がつっかえてしまっている様だ。必死に声を出そうとするが掠れた息だけだった。
     心当たりはあの喉を締め付けてきた邪祟しかない。取り憑かれると声を奪う邪祟だったようだ。
    「目が覚めましたか」
     喉を指さして声が出ない事を必死に訴える。
    「嗚呼……邪祟のせいで声が出ないのですね。ここに着いた時すぐ医者に見てもらいましたが異常はないとのことでした。時期に声も戻るでしょう」
     こくりと頷いた。感謝を伝えたい、謝罪も、伝えられない時に限って普段は伝えられない思いが溢れてくる。口をパクパクとさせても目で訴えても伝わらなくてもどかしい。自分の無力さと情けなさに俯きがちになる。
    「ここに書いていただけますか」
     沢蕪君が空いた掌を江晚吟の前に差し出す。おずおずとその差し出された手を取る。江晚吟に想う人の手を取る事は初めての経験で、震えを上手く誤魔化せられなかった。
    (も、う、し、わ、け、な、い)
    「いいえ。よく魏無羨から貴方は多忙だと聞いています。疲れていたのでしょう。せめてここにいる間は体を休めてください」
    (あ、り、が、と、う)
    「構いません。江宗主にとっては予想外の出来事でしょうが、私にとっては貴方とお話できて嬉しい誤算です」
     ずっと伏せていた頭をそろそろと上げると、そこには沢蕪君の微笑みがあった。花を欺く顔容とはまさにこの事だと江澄は感嘆の溜息をつく。月夜に照らされた温かくて安らかな笑みである。
     この笑みを自分だけのものにしてしまいたい、そんな浅ましい欲望が江晚吟の腹から沸いてでる。こんなに清廉潔白な人は卑しい俺が怪我していはずがない。そう自分の気持ちに蓋をしようとした。
    「こんな時にする話ではありませんが……江宗主は字が綺麗ですね。どうでしょう。これを機に友になって頂けませんか」
     江晚吟の封じ込めようとした想いが顔を覗かせる。
    「まずは文から、貴方の綺麗な文字で綴られる文を楽しみにしています。時間を作って姑蘇の名所を案内しましょう。時期になれば蓮花塢にもご案内していただけますか」
    (私、で、い、い、の、か)
    「私は江澄、貴方がいいのです」
     江澄は藍曦臣の手を両手で掬い、自身の頬に添えた。
     伝えられなくても今はいい、この恋を殺すのはまだ早いのだから。
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