大義名分少し前まではなんだかんだと理由をつけて日を開けずに訪れていた悟飯が神殿にこなくなってから数ヶ月が経つ。
神殿から地上の様子を伺えば、何やら家に篭って何かに熱中しているようだった。
あいつにも何か事情があるのだろうと呑気に構えていたものの、ここ1ヶ月程は悟飯の部屋の灯りが消える事はほぼない事に気づくと、何をやってるんだと気にもなる。
流石に身体を壊してしまうのでは、と心配するデンデにも背を押されて、珍しく俺の方から悟飯を尋ねことにした。
久々に降り立った地上の匂いと温度に懐かしさを感じつつ、目の前の悟飯の家を見れば、やはり悟飯の部屋の明かりだけが煌々と夜の闇を照らし出している。
かつかつと爪を立て窓を叩く。
机から顔を上げない悟飯に、きぃっ、と爪を下ろすと、びくっと小さな肩が跳ねて振り返った。
その顔はありありと疲れが滲んだ酷い有様で思わずぎょっと目を見開く。
とたとたと笑顔で駆け寄ってきた悟飯は窓を開けると眠そうな目を持ち上げて芯のない情けない声で俺を呼んだ。
「あは、ぴっころさん…きてくれたんですか…」
「お前…酷い顔だぞ…一体何をしてるんだ…」
「いや…ちょっと…勉強と…あと…研究…?」
うーん、と捻る頭はもう殆ど働いてないのだろう。
窓から中に入って机の上を覗けば、虫の標本や図鑑、その下にいくつかの教科書が散乱していた。
「なんか、勉強してたら、飽きてきちゃって…こないだ捕まえてきたやつを標本にしてて…」
「…ここずっとこんな感じなのか…」
「え…?あぁ…はい。本当は、もうすぐ試験だから…」
勉強しなくちゃいけないんですけどね…とばつの悪そうに笑うのを見て、思わずため息をつく。
その小さな身体に手を添えれば、ひんやりと冷たく、頬についた髪の皺に、机に突っ伏していたのを悟った。
それに悟飯から嗅ぎ慣れない香りがする。
すん、と鼻を寄せるとその正体はほんのり香ばしい木の実の香りだ。
その香りを辿れば机の上のカップからするのと同じで、それを軽く口に含めば、毒かと思うほどの苦味に、かっと目を見開いた。
「お前っ…こんなものを飲んでるのか」
「あぁ、コーヒーですよ」
これ飲むと目が冴えるんです、なんて病的に虚な目で言われれば、流石にこのまま見過ごして帰るわけには行かない。
その液体を外に捨て、あぁ!と非難の声を上げて伸ばされた手を捕まえるとそのまま小脇に抱えた。
え?と首を捻る悟飯をそのままに必要な教科書だけを纏めて束ねて、悟飯と一緒に窓からさらう。
ふわりと浮く身体に悟飯はばたばたと足を振った。
「ちょ、ちょっと!ピッコロさん!?」
「なんだ」
「なんだじゃなくて!!僕、勉強が…」
「してなかっただろう」
俺の返しにぐっと口籠る悟飯。
呆れたようにため息をついて、勉強は見てやる、と返した。
「え?」
「あそこには誘惑が多すぎる。なに、修行と同じだ。終わるまで帰れると思うなよ」
に、と歯を見せた俺が、もう悟飯の言い分など聞く気がないのは伝わっているだろう。
諦めたように項垂れた悟飯は、何処か嬉しそうな声で、はい、とだけ嘆いた。