※「」の台詞は作中の共用語
※『』の台詞は少女の国の言語
遊園地のベンチに座っていた少女は、場所に似合わぬ退屈そうな顔で周囲に行き交う人を眺めていた。
付近で立ち止まった青年、ルークに目を向ける。
時折辺りを見渡し、キャラメル味ポップコーンを食べて破顔する様を見て、優しそうで、素敵な人だと思った。
瞬間、少女はベンチを降りて駆け出し、古いコートの裾を掴んだ。
「ん? ……君、どうしたの?」
ルークはその場にしゃがんで彼女と視線の高さを合わせた。
想像通り優しい人だ、と分かってほっとした少女が声を出す。
『パパが戻ってこないの』
その言葉は青年には聞き馴染みのない言語。
だが、言葉は理解出来なくても状況から推察することは出来る。
「迷子かな?」
『迷子じゃないよ、パパを待ってるだけ。でももうひとりでいるの飽きちゃった』
少女は共用語のリスニングは出来るが発声は出来ない。首を横に振って違うと示すが意図が掴めないルークは困惑するばかり。
「ごめん。君の言葉、分からないや。」
『お兄ちゃん、私と一緒にいてくれる?』
「ええと……ポップコーン、食べる?」
ベンチを指差す少女に絆され、二人揃ってベンチに座る。
二人の間に置いたポップコーンを双方が摘まむ。
『お兄ちゃん、思った通りとっても優しいのね。ありがとう』
「喜んでくれてるみたいかな。よかった。…けど」
何かを探してキョロキョロと辺りを見渡すルークにむくれて少女は腕を引く。
『ちゃんとこっち見て』
一度は振り向いたものの、すぐにまた辺りを見渡す。お目当ての人物がいたようで、大きく手を振っている。
「ん? ……ああ、いた。モクマさん!」
こちらに気付いて駆け寄ってきたのはモクマ。
オレンジジュースとアイスコーヒーを手にしている。
不機嫌な様子の少女に目を向け、ルークの隣に座る。
「ルーク、その子は?」
オレンジジュースをルークへと手渡しつつ視線を少女に向ける。
「なんか迷子みたいで…。1人にするのも心配で付き添ってました。インフォメーションカウンターってどこにありますっけ」
「それならあっちの角を曲がった所だね」
「じゃあそこまで預けてきますね」
『私行かないよ。パパ、ここに帰ってくるって言ったもの。お兄ちゃんと一緒に待ってるの』
ルークの腕を引いて必死に顔を横に振る少女。
預けるのも駄目、会話も通じないではどうしたものかと考えていると、モクマの声が背後からかかる。
「この子、お父さんとここで待ち合わせしてるってさ」
「モクマさん、分かるんですか」
「簡単なとこだけな。」
ルークからの羨望の眼差しと、何故だか敵意があるような少女の眼差しがモクマへと向かう。
後者は気にとめないようにして、モクマは薄く笑った。
『じゃあインフォメーションカウンターに行くんじゃなくて、君のお父さんを呼んできてもらうよ。お嬢ちゃん、お名前は?』
『……マイ』
『うん、いい名前だね。』
「この子、マイちゃんだってさ。こっちに来るようにアナウンスをしてくるって伝えたよ」
「マイちゃん、ですね。じゃあ僕、係の人に話して来ます。……って、あれ。」
『お兄ちゃん行っちゃだめ』
ベンチから立ち上がろうとしたルークの手を掴んだままだった少女が更に力を込める。
「はは、ルークにご執心だねぇ。俺が依頼してくるよ」
「お願いします」
『おじさん、ありがと』
モクマは勝者の笑みを浮かべる少女にほんの少しだけ眉を寄せ、飲み物を置いてインフォメーションカウンターへと足早に向かった。
「モクマさんすごいなぁ。何ヶ国語喋れるんだろ」
『お兄ちゃんはあのおじさんが好きなの?』
「うん?」
『お兄ちゃんはとってもきれいな目なのに、視力は悪いのね』
「なんか貶されてる気がする…。なぜ…。」
『私きっと美人になるよ』
「うーん、お話出来るモクマさんが残った方が良かったんじゃないか?」
『私はお兄ちゃんがいい。一目惚れしちゃったんだもの』
「ええと、お父さんと会えなくて寂しいのかな。……不安だよね。」
『お兄ちゃんが慰めてくれれば平気よ』
噛み合わない会話が続く。
無論、少女は言葉が通じないと分かっていてもルークと共に居られるようにと願ったのだが。
ゆっくりと食べ進めていたはずのポップコーンが半分になる頃、モクマが戻ってきた。
「おまたせ」
「モクマさん、お帰りなさい」
『マイちゃん、今流れてるアナウンスでお父さん呼んでるから』
『…ありがとう』
少女の名前や服装、場所を伝えるアナウンスが流れている。少女の返事は少し浮かない。父親が来るなら嬉しいが、それは別れに等しいと理解している。
『……それと、このお兄ちゃんはあげないよ』
『それはお兄ちゃんが決めることよ』
やはり自分を挟んで知らない言語での会話が繰り広げられるのはいたたまれない。
そう考えたルークは酸っぱく感じるオレンジジュースを啜った。
『マイ!』
「あ、マイちゃんのお父さんかな。良かったね」
『……ありがと、お兄ちゃん達。』
少女はベンチに膝立ちしてルークの頬へとキスをする。
『早くお父さんのとこ行ってあげな』
『…お兄ちゃん、またね』
少女の父は恐縮して礼をしようとしていたが、それほどのことはしていないとルークとモクマは受け取らずにその場を去る。
モクマが連絡先を渡すのも貰うのもごめんだと考えているとは善意しか持たないルークが気付くはずもなく。
親子を見送って暫く。次のアトラクションへと向かう。
「最近の子ってマセてるんですね。小学校に入ったくらいの歳ですよね。」
「……ルーク、ハニトラとかひっかからんといてよ」
「はい?」
『いくら相手が子供でもね。好きな子が誰かに口説かれてるのを見るのはいい気分にゃならんから』
「モクマさん、その言葉、僕じゃ分かんないですって」
「おっと、つい名残が出ちった。でもかわいい子にモテて良かったじゃない。いっつもアーロンやチェズレイ羨ましがってたもんね」
「モテ…って、相手は子供じゃないですか…」
「子供じゃ不満かい? んじゃ、目の前のおじさんにもモテモテかもよ」
「お気遣いありがとうございます……」
どうせ冗談なんだろうな。
どうせ冗談だと思われるんだろうけど。
似たようなことを考えながら次のアトラクション……に辿り着く前に見つけたチュロスのワゴンの列へと並ぶのだった。