キミだけに見せていた 黒々としたコード類と、名前が分からない背の高い機器達に囲まれて、ダンデは試合前ですら感じたことの無い緊張感で足がすくむ。ポケモン関係の雑誌へ掲載する特集記事に向けた撮影だと、事前に聞いていたが、ここまで大掛かりな撮影は初めてだ。
ダンデにとって、写真を撮るといえば家にある年代物のカメラのタイマー機能でハイポーズ。位しか経験していなかったし、ジムチャレンジ中はポケモンバトルに夢中になり過ぎて、母親から渡されたスマホは、図鑑を見ることくらいにしか使っていなかった。第一、写真を撮る時には「みんなで集まって」とか、いつ撮られるのかよく分からないままじっとさせられるのがダンデは苦手だったのだ。
そんな、写真に対して殆ど知識も経験も無い子どもが、まさかこんな本格的なスタジオで写真を撮るなんて想像していなかった。
「そんなに固くならないで下さいね」
「…はい」
沢山の大人達と機材を遠巻きに見ながらガチガチに緊張しているダンデを見て、朗らかに声を掛けてきた男性カメラマンは、恐らくベテランなのだろう。ただ、そんな言葉もダンデにとっては、なんの助けにもならないのだった。
「ちょっと、休憩しましょうか」
撮影は、今のところ散々と言ってもお釣りがくる位遅々として進んでいない。あの手この手でダンデの自然な笑顔を引き出そうとしてくるカメラマンとスタッフ達が躍起になればなるほど、ダンデの表情は固くなっていく。絶対に上手くいっていないのに、カメラマンを始めとしたスタッフ達はずっと優しく励ましてくれる。それがまた、ダンデに焦りを生む。
「ほら、チャンピオンもちょっと一息吐こう」
「…ありがとうございます」
しょんもりとスタジオ端の椅子で座り込んでいると、最初に声を掛けてくれたカメラマンが、ダンデにミックスジュースの缶を渡しながら空いている隣の席に座ってくる。
「やっぱり、緊張するかい?」
「…どんな顔をすれば良いのか分からなくて」
「ははっ、意外と子どもらしい悩みだね」
上手くできないことを注意されるのかと思っていたのに、最初に会った時と同じく、朗らかに笑われて驚く。そんな驚く姿を見て余計に目尻の皺を深くする彼は、指を一本立てながらちょっと楽しそうに提案する。
「レンズの先に、大好きな人がいると思えば良いんだよ」
「大好きな人?」
「そう、大好きな人。家族でも、ポケモンでも…好きな子でも良いね!」
「…すっ好きな子?」
「おっ!そうそう、その調子。好きな人に見てもらうんだって思えば頑張りやすいでしょ」
じゃあ、そろそろ撮影再開するよ。なんて朗らかに笑いながら機材のスタンバイに戻るカメラマンを見送りながら、ダンデは温くなってきたミックスジュースの缶を手に、ぼんやりと考える。
好きな子…好き…
ダンデにとって、今まで出会った人はみんな大好きな人だ。なのに、さっきカメラマンに言われてパッと頭に浮かんだのは、お日様みたいな色のオレンジのバンダナに空みたいな青色の瞳だった。
「(好き…?)」
今まで会った人達を思い出した時とは違う、胸の奥がドキドキと不思議な感覚で高まる。
「(そっか!好き!!)」
ぐいっと勢い良く飲み干したジュースの缶をダストボックスに投げ入れ、思い切って立ち上がる。先程まで恐怖すら感じていたスタジオが、今は不思議と怖くなかった。
そこからの撮影は、まるで今までのことが嘘だったかのように順調だった。スタッフ達は不思議そうに首を傾げていたけれど、カメラマンだけは、悪戯っ子みたいなウィンクを一つ、ダンデへしてくれた。
「なにこれ?」
「この間撮った雑誌だせ」
「うん、それは分かる。だからなんで?」
「キミのお陰で良い顔が撮れたからな。お礼だぜ!」
イベントでの仕事の後、名前を呼ばれたかと思えばグイッと雑誌を押し付けられたキバナは疑問符を浮かべる。ただ、ダンデは疑問に答える事なく言いたいことだけ言うと、止める間もなくリザードンと一緒に笑いながら駆け出して行った背中を見て、首を傾げてキバナは渡された雑誌を見る。
「なんだ、いつもの顔じゃん」
雑誌の真ん中には、自分と会う時と同じ、いつもと変わらない笑顔を見せるダンデの姿があるだけだった。