蓼食う虫も食わない(ほんと綺麗だな‥)
的前に立つ二階堂部長の射法八節につい見惚れてしまう。
辻峰高校弓道部に入部して早3ヶ月、部活中こっそりと二階堂部長の美しい姿を眺めるのが俺の愉しみになっていた。
「おーい。二階堂に見惚れてないで矢取り入れよー」
「不破先輩これは見取り稽古であって別に見惚れてたわけじゃ‥」
「ま、そういうことにしといてやるよ」
3年の不破先輩は何を考えてるのかわからなくて苦手だ。射手としてはとても尊敬しているが今みたいにニヤニヤと人をおちょくった態度を取られることもしばしばである。なのに女子からの人気は絶大でそれが解せない。
(絶対に二階堂部長の方がかっこいいし綺麗だしかわいいのに。俺なら二階堂部長と付き合いた‥)
「まーた二階堂見てんぞ、お前」
「不破先輩より二階堂部長の方がモテそうなのになって‥あ不破先輩ももちろんかっこいいんですけど」
「いい性格してんな〜さっきからお前」
「って」
そう言って不破先輩に頭を小突かれた。
「おいお前ら、さぼってないで的前」
「はいすみませんっ」
ふざけ過ぎたせいだろうか、普段あまり感情的にならない二階堂部長の顔が険しいことに気が付き背中に冷たい汗が流れた。
「そんなカリカリすんなって、後輩とのコミュニケーションは大事よ、二階堂部長」
「お前のはただのウザ絡みだろうが」
「あれ、俺が後輩くんばっか構うから拗ねちゃった」
「なわけねーだろ。うざい。」
「もー図星のくせに」
「はぁ」
(あれ、二階堂部長の機嫌が治った‥)
不破先輩と不毛な言い争いを始めた二階堂部長の顔からは先程みた険しさはなくなっていた。
***
「よりによって部室に課題忘れるとか最悪‥」
俺は家へ帰ってる途中で明日提出の課題を部室のカラーBOXに置いたままだったのを思い出し学校に戻ってきた。
「部室まだ誰かいる、ラッキー」
ぼんやりと灯りがついてるのを遠目で確認し、職員室に鍵を取りに行かずに済んで良かったと足を部室に向けた。すると中からガタッと大きな音がして話し声が聴こえてきた。
「不破、やめろっ‥こんなとこで盛んな」
「あんな顔して見てくるからキスして欲しいのかと思って」
「んな顔してねぇ」
「へぇ無意識であんなエロい顔してたの彼氏としては超心配なんですけど」
「どんな顔だよ」
「不破のこと大好きだから今すぐ抱いて♡って顔」
「しね」
「でも今日ウチには泊まりに来るんだろ」
「‥‥‥‥行く」
「じゃあさっさと帰りますか」
そんな会話を聞きながら二階堂部長と不破先輩が部室から出てきた時に見つからないよう、身を屈めて2人が遠ざかるのを待つ。
情報過多で俺の思考回路はショート寸前だ。
(不破先輩が二階堂部長の彼氏で今から不破先輩ん家で×××するだとあの二階堂部長が×××を)
俺は二階堂部長のエロいシーンを想像して下半身が兆してしまったことにより自分の二階堂部長に対する想いがただの憧憬ではなかったことを思い知ると同時に、失恋した。
***
「すみませんでした以後気をつけます」
失恋のショックや後諸々のせいで自分がなんの為に部室に戻ったのか忘却の彼方だった俺は次の日課題を提出出来ず、職員室で先生に平謝りしていた。
(くそ、踏んだり蹴ったりだ)
俺は転がってた空き缶を蹴り上げた。
「うわー荒れてんね~」
「不破先輩‥」
「課題忘れて怒られでもした」
「なんで知ってるんすか」
「だって部室に忘れてたじゃん。昨日」
「‥もしかして俺が取りに戻るのわかっててわざと、あんな‥」
「そう。だってお前の二階堂を見る目、俺と同じだったから」
「え」
「二階堂の見た目だけに惹かれてるならほっといたけどさー。でもお前、二階堂の内面に触れたいとか思ってただろあいつの心にさ」
そして俺を見据えていつもの不破先輩では考えられないような真剣な表情で言ってきた。
「二階堂は俺のだから。手出しはさせねぇよ」
「‥へぇ。いつも余裕綽々な先輩でもそんな顔出来るんすね」
「二階堂のことで余裕あったことなんかねーよ俺は」
いつも何を考えてるかわからなかった不破先輩の思考が実はミジンコレベルで単純だったことに笑ってしまう。全て二階堂部長中心なのだ、この人は。
そんな人に敵うわけがなかった。
「まぁ、俺をダシにしてイチャつくくらいですもんね」
「あー、バレた」
「俺にやたらちょっかいかけては二階堂部長にヤキモチ焼かせてたってクチでしょどうせ。日に日に二階堂部長からの当たりキツくなってくの割と傷ついてたんすよ俺」
「あいつも俺のこと大好きだからなー」
「爆ぜろ」
「待て。俺先輩だぞ口悪過ぎじゃね」
「これはリア充への常套句ですから」
この食えない先輩のせいで散々な目に遭ったのだ。一矢報いることで憂さ晴らしするくらいは許されるだろ。
***
淡い恋心を失ってから初めての部活で二階堂部長に会ったが普通に接することが出来ていたと思う。傷が浅いうちに諦めることが出来て良かった。しかしなぜかその二階堂部長からやたら視線を感じるのは気の所為じゃないよな‥
「あの、二階堂部長‥俺に何か」
「は」
「いや、さっきからずっとこっち見てるじゃないですか」
「そんなことねーだろ」
「それならいいんすけど‥俺先帰ります。本日もありがとうございました」
「待て」
「あ、はい」
「‥お前、不破のことどう思ってる」
いつも堂々としてる二階堂部長が目を反らしてそんなことを聞いて来る。
これは、めちゃめちゃかわいい‥
諦めたばかりの俺には目に毒でしかない。しかしこのかわいい二階堂部長は全て不破先輩のものなのだ‥くそ。
「どうもなにも先輩としか思ってないですが‥あとどっちかって言うと苦手です。胡散臭いし距離感近いし。人のこと観察してきてはおちょくってくるし。いつも余裕かまして何様だ、って思ってます」
悔しさが滲み出たせいか悪口寄りな評ばかり口をついて出た。
「‥‥‥」
「二階堂部長」
黙ってしまった部長を見るともの凄くショックを受けた顔をしている。え、なんで、どこにショック受ける要素あったやっぱ大好きな彼ピッピの悪口を言ったからかいやでも二階堂部長が日々不破先輩に浴びせてる罵詈雑言に比べたら大したことないですよねこんなの
頭の中がマークで大渋滞だ。
「一緒なんだよ‥」
「え」
「俺が不破に思ってたことと一言一句全部」
「は」
「あいつの外見や人当たりいいとこだけ見てるヤツならたくさんいる。そんなのは気にしねぇけど。でもお前のそれはダメだ」
(わぁ。なんかこの流れ知ってるなー)
「不破の隣は渡さね‥」
「それ心っ底要りませんから」
二階堂部長が言い切る前に被せて叫んだ俺に目を丸くしている二階堂部長もかわいいな‥じゃなくて何が悲しくて先日失恋した相手から恋敵認定されなきゃならないのか、泣きたい‥
「なになにもしかして俺を取り合っての修羅場」
出たよ。諸悪の根源が。
「「テメェは黙ってろ」」
俺と二階堂部長の声が見事にハモった瞬間だった。
***
諸悪の根源こと不破先輩の悪行を洗いざらい話せた俺はとてもスッキリしていた。それに反比例するように二階堂部長は恥ずかしさからか椅子の上に三角座りをして顔を埋めてしまった。かわいい。
「ありえねぇ‥そんなバカな手に引っかかって俺は‥」
「ヤキモチ焼く二階堂からしか得られない栄養ってあるからさー」
「黙れよ」
「でもえっちの時それで盛り上がっ‥いって」
「次は顔を狙うからな」
「‥うっす」
そうか。俺はえっちを盛り上げるダシにまでされてたのか。もうそんなの今俺出涸らしじゃん。
「あーまじで爆ぜねーかな」
俺の呟いた呪詛は部室の壊れかけた換気扇に吸い込まれて消えていった。