《トマ蛍》まだ間取りも決めていないのである ソファに腰掛けながら膝の間に座る小さな体を抱えて、その柔らかい髪に頬を寄せる。すんと鼻を鳴らせばお風呂上がりの甘い石鹸の香りがいっぱいに飛び込んできた。
もこもこの部屋着に包まれた蛍を愛でるトーマなど気にもとめず、本人は家具カタログを捲ってはあちこち印をつけている。
二人で使うものだから一緒に決めたいの、とふんふん鼻歌を歌いながらカタログを眺める蛍。あまりにもかわいい。ぎゅっと抱きしめながら覗き込んだカタログは、ベッドの図版を載せたページを見せていた。
「どうせなら奮発してキングサイズにするかい?」
「ひとりでキングサイズはさすがに大きすぎるよ」
「……え? ひとり?」
腕の中で首をひねった蛍は、聞き返したトーマを不思議そうに見上げる。お互いの困惑に何とも言えない沈黙が満ちた。
もしかして。蜂蜜色の大きな瞳に、今さらの確認を投げかける。
「いっ……しょに寝るんだよな?」
「ん? それぞれの部屋で寝るんじゃないの?」
「え!?」
まさか。同棲するのにベッドが別なことがあるか。せっかく朝から晩まで離れずに過ごせるのに、わざわざ分かれて眠るなんてもったいない。
それに、同じベッドに転がって毎晩あれやそれやといちゃいちゃするのがいいんじゃないのか。さすがに直接そうとは言えないけれど、額にキスを落としながら甘える仕草で押し通す。
「一緒に寝ようよ」
「うーん」
「やだ?」
「いやってわけじゃなくて。同じ時間に寝て起きるわけじゃないし……トーマがちゃんと寝られなかったら申し訳ないよ」
「そんなことで!」
そんなことってなによう、とぷっくり頬を膨らませる蛍。かわいい。無意識にやってるんだからずるいよなと思いつつも、それに騙されるわけにはいかない。いくら蛍が心配しようが、どうしてもここだけは譲れないのだ。
蹴られたって踏まれたって眠れなくたって構わない。憧れのベッドでいちゃいちゃ! を手放すなんて、そっちの方が考えられないだろう。
「オレは蛍とずっと一緒にいたいよ」
「それは私もそうだけど」
「よし。じゃあこの天蓋付きの大きいベッドとかどう? 可愛いよ」
「部屋は一緒でもいいけど、やっぱりベッドは別にしようよ」
「…………ベッドくっつける?」
「くっつけたら意味ない気がする」
トーマからしてみれば、離す方が意味がない。
蛍が歩み寄ってくれた以上はトーマも何か諦めるべきかもしれない。それでも、わがままだとわかっていても、どうしても、どうしても一緒がいい。
同棲に浮かれているのはトーマだけかと不安になるが、カタログから顔を出すたくさんの付箋を見るに蛍も同じ気持ちでいてくれるはず。
なんだかんだトーマには甘いから、もう少し押せば頷いてくれるんじゃないか。背中を丸めて蛍の首筋にすりすりと鼻を寄せる。
「そんなにこだわる理由はあるの?」
「もちろん。朝起きて一番に蛍に会える。それにくっつけば暖かいし、布団に入りながら色々話したりとか、あとはほら、その……」
「……えっち」
「まだ何も言ってないのに!」
取り繕おうとするトーマの邪な考えを見抜いた蛍が、耳まで真っ赤にしながら腕をぺちぺち叩く。かわいいなあ本当に。唇を食むとそれを受け入れて大人しくなるものだから、愛しさが溢れて思わずその身体を絡め取りたくなる。
けれどここではしゃいでしまえばトーマの願いは一生叶わないだろう。ぐっと堪えながら揺らぐ蛍に畳み掛けた。
「どう? だめ?」
「うぅ」
「おねがい」
「……ずるいよ」
蛍がトーマのお願いに勝てたことはない。ページに皺がつきそうなほど握りしめて弱々しく訴えられても、引くつもりはなかった。
申し訳ないと思うけれど、この権利は命を懸けてでも守り抜く。蛍がよく言う可愛い顔、で覗き込めば、ぎゅうと目を瞑った蛍がゆっくりと頷いた。
勝った。
口角が元気に持ち上がるのを止めずに勢いのままキスを落とす。ゆっくり開かれた瞳にありがとうと伝えれば、小さく返事をした蛍からのお返しのキス。
そう、こういういちゃいちゃをベッドで楽しむのに憧れてごねたのだ。この幸せを毎晩味わえたら最高だと思わないか。
拳を突き上げたくなるのを抑えながら、カタログを取り上げてそっと蛍の肩を押す。
「結局ソファでするならベッド関係ないじゃない」
「……大きいソファも買う?」
「買わない!」