あいつとあの人:司レオ「わっ、なんだなんだっ⁈」
景気良くばらまいた譜面を回収している最中、とすんと小さな衝撃があり、レオは屈んだ状態のまま背後を仰ぎ見た。
曲がり角でしゃがみ込んでいたレオに躓きかけたのだろう、小さな白い影は、「すみません」と機械的に謝罪の言葉を口にする。それは、レオが所属する事務所の新顔ユニット「Special for Princess!」の一員――神無だった。
「あれっ、お前たしか、ケイトが『宇宙人かと思った』って話してた新入りじゃないか⁈ うちの事務所入ったんだよな! どの辺りが宇宙人っぽいんだ⁉︎ あっ、挨拶分かる⁇ うっちゅ〜!」
捲し立てられながらも、彼の大きな瞳は揺れることなく、レオを一瞥する。
「はぁ……。やはりあの時、記憶を消しきれなかったことが悔やまれますね」
「……ん?」
「面倒ではありますが、先輩のことを無視しないようにと申しつけられています、こんにちは。そして、期待を裏切るようですが、ぼくは宇宙人ではありません」
「えっ……うーん、まあ、こんにちは? おれに言われたくはないだろうけど変なやつだな、おまえっ! ……ほんとに宇宙人じゃないのか?」
なおも食い下がるレオに、神無は隠すことなく溜息を吐いた。
「そういう物言いをされたのは、あのとき限りです。どちらかといえば『ロボットみたい』と言われることの方が多いので。ただ、ロボットの定義はそれを形作った戯曲まで遡るとかなり広く、宇宙を舞台としたサイエンスフィクションにおいては『アンドロイド』などと呼ばれるものでもあります。そのように定義するのなら、詭弁ではありますが、ある意味では宇宙人であるとも言えるのかもしれません」
「えーーと……地球人もまた宇宙人、みたいな話⁇」
「ロボットもまた宇宙人、という趣旨でしたが、そもそもが戯言のような雑談ですから、その辺りの認識の違いは差し支えないと考えます」
「わははっ言ってることがわからんっ! でもおれの知り合いの『宇宙人』もちょっとそんな感じだったかも? そうだ、初対面だし……だよな? いちおう自己紹介しておくけど、おれは」
「いえ、あなたのことはデータ上の情報以外でも伺っています」
「そうなの?」
神無は静かに、すうと常より深く息を吸う。
「Knightsの元リーダーであり、エキセントリックな天才作曲家。即興ダンスを得意とし、弓道の腕前も達者。せっかちで傍若無人に見える面もあるが、その実、視野が広く、大局を見据えた行動をとることも。他者を振り回しがちではあるものの、根は愛情深く優しい人であり、周囲から一見して理解されないナイーブな側面には可能な限り心を寄せて寄り添いたいと」
「待って‼︎ なんかそれ! ちょっと待て、誰から聞いたか想像はつくけど、それっておれが聞いても大丈夫なやつかっ⁈」
「……? 公言されているので特段問題はないのではないでしょうか」
「……そっか! そうか⁈」
口を塞ぐ勢いで詰め寄るレオから、神無は器用に身を逸らしている。抑揚はないものの、まるで書き起こした会話内容をそのまま読み上げたような、流暢な物言いだった。
「ともあれ、おまえがどんなやつなのかは大体わかった! ので、文句はスオ〜本人に言っておく!」
「文句、ですか?」
「そうだ。自覚があるのか無いのかはよくわかんないけど、人の紹介なのに自分の感情を混ぜ込み過ぎだし……その上なんかこっ恥ずかしいこと言ってるし……」
「他者の紹介の仕方として適切ではない、ということですか?」
「そう! 後ろ半分くらいは忘れていいぞ!」
しっしっ、と手を払うレオの仕草に対して、神無は考え込むように口元に手を当てる。
「忘れることは覚えることよりむしろ不得手で、確約はできません。……それより、少し気になってしまったので、他者の『正しい』紹介の仕方というものを教えていただけないでしょうか」
思いがけないその言葉に、レオは瞳を瞬かせた。
「ん⁇ おれが?」
「そうですね。本当に面倒ですが、アイドルとして必要となることもあるでしょうし、何より、先ほどの紹介にどうしてそこまで反発するのかが理解できませんでした。あんな風に言ったのですから、朱桜さんのことを紹介してみてください。そして、そういった紹介において適切な温度感、というものがあるのであれば教えてほしいです」
神無は相も変わらず、思考が読みにくい表情でレオを正面から見据えている。
「おれもそういうのあんまり得意じゃないけど……スオ〜に『霊感』もらって作った曲ならいくつもあるし、それじゃ駄目か?」
「他者の紹介という観点では比較しにくいので、言葉で説明してもらわないと困ります」
「うーん、まあ、いいけど。あいつは……」
真っ赤な丸い頭を脳裏に浮かべながら、レオは言葉を選び始める。
「……スオ〜は、今のKnightsのリーダーで、おれが王冠を手渡した『王さま』だ。……ってその辺はさすがに本人が言った情報かも? うーん、一言で言うなら、おもしろいやつだ! 普段は真面目にとりすましてるのに、おれには結構ぎゃんぎゃん言うし、それになんか……局面では全然行動が予想できなくて、見てて飽きない!」
これまで共に過ごした日々と、燃えるような意志を宿した瞳を回想しながら、レオは自身の気持ちが高揚していくのを感じる。
「弓は下手っぴだったけど、最近ではそうでもないな。頑張り屋だし、なんだろ……責任を背負うのが当たり前、みたいに生きてきたんだろうなって思う。でも、その一言で済ますのはちょっと勿体ないっていうか、もっと積極的に、図太くて欲張り! って感じ。与えたものを余さず受け取ってくれる、誠実な強欲さだ。だから、色んなものをあげたくなる……曲とか、王冠とか、試練とか? 全部あげたいな」
そうして目を細めるレオの横顔を、神無は微動だにせず瞳におさめている。
「奇跡そのものみたいなやつではあるけど、弱みがないって訳でもない。かつて『王さま』だったおれにしかわからないような苦悩もきっとあるだろう。だから、おれが騎士としてしっかり支えてやらなきゃな?」
♪
後日、「これって私が聞いても大丈夫なやつですか?!」という悲鳴がESビルのロビーに響いた。
【終】