ポメになった尾形 今日はひっさしぶりに尾形さんに会える!
俺は夏休みで暇だったけど、尾形さんはお盆休み前の詰め込み業務でこの二週間ぐらいめちゃくちゃ忙しかった。らしい。らしい、というのは、忙しくなるから連絡できなくなるとは思うが何か連絡は欲しい、と先月半ばに前もって予告されていたのと、本当に尾形さんからの連絡がなかったからだ。
俺は尾形さんに言われた通り、何でもない連絡を一日一通は送っていた。今日食べた美味しいものの写真だったり、俺の自撮りだったりを添えて。それらに既読はつくけど一切の返信はなかった。
とはいえそんな日々もおしまい! 今日は前から約束していた久しぶりのデートの日! 疲れてる尾形さんとのんびりお家デートだ。お菓子とジュースも買って、ついでに夕飯と明日の朝ご飯も作れるように色々と買ってきた。はー、久しぶりに会えるの嬉しいな。
俺は合鍵で尾形さんちに上がる。
「お邪魔しまーす、尾形さーん?」
家の中は暗い。廊下を過ぎてリビングに入る。カーテンは締め切られていて、電気もついていない。まだ寝てるのかな。寝室を覗いてみるが、そこに尾形さんの姿はない。
「んん?」
不安に思いながら部屋の電気をつけると、ソファーの上には尾形さんのスーツやワイシャツが脱ぎ捨てられていた。脱ぎ捨てられてるっていうか、そのまんま乗っている。中身だけ溶けちゃったみたいな感じだ。だってスラックスにベルトは巻かれたままなんだよ? 変な感じじゃない?
俺は少し怖くなりながらトイレと風呂場を確認しようと思った。もしかしたらどっかで倒れているかもしれないし。
と思ったときだった。
尾形さんのワイシャツがもぞもぞと動き出す。
え、怖い。待って、めっちゃ怖い、な、なんでワイシャツが動いて……。
「アン!」
「かわいい!」
中から出てきたのはポメラニアンだった。思わず感想が口から出る。
「違う。ええっと、ポメちゃんどうしてここにいるの? 尾形さんに拾われたのかな? それとも勝手に入った、はないか。玄関の鍵閉まってたもんな」
しゃがんでソファーの上のポメラニアンと目を合わせる。撫でても大丈夫かな。手を伸ばすと、ポメラニアンは大人しく頭を差し出してくれた。すごくいい子だ! 頭を撫でながらポメラニアンににじり寄る。抱っこもできるのかな……。お腹の下に手を入れてお尻を支えながら俺の膝の上に動かす。本当に大人しいポメラニアンだな。頭を撫でると気持ちよさそうに目を閉じた。
「ポメちゃん、尾形さん知らない? この洋服の持ち主なんだけど」
ワイシャツの袖口をポメラニアンの鼻先に当てる。犬の嗅覚は人間よりもすごいって聞くし、分かったりするかなーって思ったんだけど、ポメラニアンは興味がなさそうだ。そらそうか。ああいうのって特殊な訓練をしているんだろうなぁ。
「そうだ、トイレと風呂場」
俺はポメラニアンを膝から下ろして立ち上がる。念のために確認しておかないと。倒れてたら怖いもん。
「アン!」
「ぅえ?」
飛び跳ねたポメラニアンが俺の膝に攻撃を仕掛けてきた。何だ何だ、どうしたどうした。
「ポメちゃん?」
小さい前足を俺の膝に当てて立っている。うるうるした目で見られても、俺はどうしていいのか分からない。
「抱っこ?」
聞いてみたら、首を縦に振った。ように見えた。人間の言葉が分かるのかな。だったらすごく賢いワンちゃんなのでは?
俺はポメラニアンを抱っこして、尾形さんの家の中をウロウロすることにした。
「尾形さーん? どこにいますかー?」
「アン!」
「んー、ポメちゃんいい子だねー」
とはいえ家のどこにも尾形さんの姿はない。着ていただろう服はソファーの上にあるし、仕事鞄もソファーの横に置かれていたし、スマホと財布と鍵はテーブルの上に置かれている。手ぶらで外に行くかな。
ソファーとテーブルの隙間に座ってポメラニアンを撫でる。
「ポメちゃーん、尾形さん知らない? 俺の大事な人」
「アン!」
「分かんないよねぇ。ええー、どこ行ったんだろわっぷ」
急にポメラニアンが立ちがって俺の顎に頭突きをしてきた。舌を噛まなくてよかったな、と思っているうちにポメラニアンはソファーの上に飛び乗る。尾形さんのスーツを前足でぺしぺし叩いて「アンアン!」と鳴いている。
「ポメちゃん?」
「……」
今度はスーツの上でぐるぐる回り始めた。何だろう。何か訴えたいのかな。
ポメラニアンの目は大きくて、今にもぽろりと落ちてしまいそうだ。その目を見つめる。俺に犬語が分かったらよかったのに。
「尾形さん?」
「アン!」
この子、もしかして尾形さんの名前に反応するのかな。ポメラニアンと尾形さんに何の関係があるんだ? 俺と会えなかった間に犬を拾ってくる人だとは思わないけど、昨日の仕事終わりならあるかもしれない。……仕事がひと段落ついた謎のテンションで、道端に捨てられていた犬をついつい? 尾形さんが? 拾う? 俺というものがありながら?
というのは冗談にしても、もしかして、いやそっちの方が冗談みたいだけど、このポメラニアンが尾形さん、とか? いやいやさすがに冗談でしょ。人間が犬になるなんて聞いたことな……いや、あったな。ちょっと前にニュースで話していたような気がしないでもない。
「あのー……、ポメちゃんが、尾形さん?」
恐る恐る尋ねる。するとポメラニアンはふわふわの尻尾をぶんぶんと振り回して俺に飛びかかってきた。
「キャン!」
「ぎゃん!」
ポメラニアンもとい尾形さんの甲高くもかわいい鳴き声と、ふわふわの塊を顔面で受け止めた俺の悲鳴が重なる。まじか。まじか?
尾形さんの背中を撫でながら俺はそのまま床に倒れた。このふかふかで軽くて柔らかくて可愛いポメラニアンが尾形さん? 本当に? ただでさえ可愛いのに、ますます可愛くなっちゃったの? 尾形さんの可愛さは天井知らずだな。最高。大好き。
尾形さんが今日からお盆休みでよかった。会社に休む連絡を入れることになったらどうしようかと思うもんな。電話? メール? チャット? 電話はダメでしょ。とにかくよかった。ちょうどよかった。
「クゥン?」
尾形さんが俺の顔を覗き込む。言われてみれば、ポメラニアンのまん丸の瞳は尾形さんにそっくりだ。可愛い。
「よく分かんないけど、とりあえずスーツはハンガーにかけましょうか」
「アン!」
もう少しこのもふもふを堪能してから起き上がろう。
時間はあるんだし、急ぐものでもないし。