「エンカク、ちょっとお話があります」
「俺にはないからさっさと寝ろ。今何時だと思っている」
「正論! 正論なんだけどちょっとだけだからお話聞いて!」
すでにシーツに身を横たえ就寝準備ばっちり整った彼の横で叫んでいると、強制的に腕の中に抱え込まれて寝る体勢に持っていかれてしまった。これはいけない。そもそも今回議題に上げたいのはこの体勢についてのことなのに。
「じゃあこのままでいいから聞いてくれ」
「明かりを消すぞ」
「だから聞いてってばー!」
勝手知ったるとばかりにスイッチ一つで常夜灯に切り替えられ、肉体に蓄積したほどよい疲労がじわりと全身に眠気を広げていく。だが私はこう見えてもそれなりの修羅場を――具体的には終わらない書類とか締め切りは翌日の始業開始までとか出張先の簡易指揮所のテントで泣きながら忘れていた追加書類を捌いたりだとかを乗り越えてきた人間なので、なんとか瞼をこじ開けて彼の腕から抜け出したのだった。
「君は戦士で、刀を使う刀術士なわけだ」
「寝ろと言っているだろう」
「刀を振るうのは腕で、まあ正確には腕だけじゃないんだけど一番大事なのは腕だと思うんだよね。で、それに比べて私はただの指揮官なので最悪頭と口が動いていればいい」
「お前が『ただの』指揮官ならば、テラじゅうの戦場で失業者が続出するだろうよ」
お、乗ってきてくれた。なんだかんだ言いつつ彼は私の言葉が好きなので、喋っていると耳を傾けてくれる。ついでに頭も撫でてくれる手つきがいつになく優しくてつい本気で寝そうになるので、うんやっぱり私を寝かせる気しかないな。負けない。
「ふえっ、耳たぶすりすりするのは眠気を誘発する禁止カードだと先ほど私の中で決まりました。ああもうさっきまで暴君だったのにこういう時だけ手つきが優しいんだよなぁ」
「そのまま寝ろ」
「寝ーまーせーんー。あとさりげなく私の頭をもう一度抱え直そうとするの待って。今回はそのことについて苦情申し立てしたい」
「寝違えたか?」
「いいや、いつもぐっすり安眠なんだけど、そもそも君の腕を枕にすること自体が問題だと思うんだよ」
だって、彼の腕は彼にとって大事な商売道具だ。刀を振るい、敵を屠る。最善最短の動作を可能とするのは彼がいつだって鍛錬を欠かさず刃と肉体を鍛え上げているからであり、そんな大切な体の一部を一晩中私の頭が占拠し続けているというのはいかがなものだろうか。と切々と訴えてみたところ、返って来たのは大きな嘆息と舌打ちだった。
「この小さい頭ひとつで、刀を振るのに支障をきたすだと?」
「いちおう頭部は成人男性の平均重量はあるはずなんだけど多分。わあ、髪くしゃくしゃにしないでくれ」
「言いたいことはもう終わりか? ならさっさと寝ろ」
今後の作戦にも関わるかもしれない重要な問題だったのに、鼻で笑われてしまった。あと抵抗できないように完全に抱き込まれてしまったので彼のぶ厚い胸板で圧死しそう。
「いつか私が君を腕枕してやるからな……!」
「角が刺さるからやめておけ」
その意見には一考の余地がある。納得したら急に眠くなってきた。そもそも彼が今日はやたらとしつこかったから現在かなりいい時刻になってしまっているんだった。やっぱりこれエンカクが悪くない?
「就寝が遅くなったのはお前のせいだろう」
その通りだけど! まあ問題ないらしいのでこの件については解決済みの箱に入れて、私はふわあと大きなあくびをした。おやすみなさい。
後日、腕枕が原因で起こる腕のマヒを『ハネムーン麻痺』と呼ぶことを知ったエンカクが、ドクターが何を危惧していたのかをようやく理解したことでひと騒動起きるのだが、それはまた別の話である。