龍門での会合の帰り、寄りたい場所があるからと途中でアーミヤたちと別れたドクターは、護衛のエンカクひとりを伴ってぶらりと電飾輝く通りを歩いていた。
「ホシグマが教えてくれたんだ、今日はここに夜市が立つからって」
「祭りか何かか」
「下町の各地域をね、巡回するらしい。といっても不定期だからありつけるかどうかは地元の人でもわからないらしいけど」
なるほど、移動式の屋台が多いのはそのためか。見れば道に置かれた看板はどれも軽く、持ち運びが容易なものばかりで、吊り下げられた電飾はコンパクトな収納式のものだった。それでもこれだけの数が並べば壮観としかいいようのない景色であり、人と食事の生み出す熱気にエンカクですら気圧されそうになるほどの喧騒が、その一帯には満ちていた。
「あ、あれ! あの串焼きの屋台! おすすめだって教えてもらったんだよ」
止める間もなく、黒いコート姿の小柄な影は一瞬で人混みの中に飲まれかけた。慌てて腕を掴めば、ぶつかった見知らぬリーベリから舌打ちが飛んでくる。が、文句はこの上司に言ってほしい。ここはロドスの艦内でもないというのに護衛を振り切ろうとする馬鹿がどこにいるというのだ。ようやく立ち止まった先の屋台では、男は流暢な炎国語でやり取りを交わしていた。
「おい」
「何本食べる?」
「……ひとつでいい」
くしゃくしゃになった龍門幣との交換で素早く包まれ手渡された串は、タレのしみた肉のぶつ切りにこれでもかと大量のスパイスがまぶされていた。わくわくと好奇心に輝く眼差しに負けて一口かじり、時間をかけて咀嚼する。見た目通りの辛さに舌どころか喉まで焼けたが、少なくとも心配せねばならないような毒物は含まれてはいない。ごった返す人の流れの邪魔にならない一角で――この男は運動神経は皆無のくせにこういう場所を見つけるのだけは妙に上手い――周囲を眺めている男の腕をつつき串を差し出せば、きょとんとした顔でこちらを見上げてくる。その表情に無性に腹が立って、エンカクはぐいとその口元に串焼きを押し付けてやった。
「いいの?」
「毒見は済んだ」
「毒見って……じゃあ、ひとくち」
もっ、と男ができうる限りの大口を開けてかぶりついたわりに、奪われた質量はあまりにも小さかった。それでも満足そうに口いっぱいの肉を咀嚼しているため、実際限界なのだろう。串に刺さった肉に残された小さな歯型を見ているとじわりと背骨の底から湧き上がりかける何かがある。だがエンカクはその正体を決して直視も言語化もするつもりはなく、可能な限り速やかに脳内から消去するように努めた。
「ああ、美味しい! これは確かにお酒が欲しくなるね」
「そこまでは付き合わんぞ」
「チェッ、けちー」
「口をスパイスまみれにした人間に言われてもな」
えっ、嘘!? と慌てて口元を拭いだした男の間抜けな様子を眺めながら、エンカクは勢いよくその歯形の上から串焼きにかぶりついた。