ドクターTETSUバニーなんだっけ部 いつもの白いコート姿に違和感を覚え、僕はドクターTETSUを見た。ここ数日続いている寒さからか、コートの前を閉じている。年中ノースリーブで平気な人が、コートの前を? 玄関で彼を出迎えた僕は、体調でも崩したかと身構える。
だからドクターTETSUが変なカチューシャを頭につけていることなんて認識から外すべき些細なことだったのだ。
ドクターTETSUはコートを脱ごうとした。僕はその背後に立って、ドクターTETSUの肩からすべり落ちるコートを受け取った。
ドクターTETSUの整った背中の筋肉がむきだしになった。
「なんで裸なんですか!」
「変質者みてえに言うんじゃねえ」
くるりと振り向いたその姿を見た僕はコートを取り落とした。
首には白い襟と黒の蝶ネクタイ。胸から下は黒いボディスーツ。両手首にはカフスを付けている。脚は……いつもの白いズボンを上から履いているので、見えない。
そこでようやくふざけたカチューシャの意味に気付く。黒髪の上でまっすぐ立っているのはウサギの耳だ。つまり、これはバニーガールの衣装である。
「……やっぱり変質者じゃないですか?」
「違ぇよ!」
ドクターTETSUの今日の仕事はとあるヤクザの組本部での集団予防接種だった(この時点ですでにおかしい)。現地に着くなり若頭が言うには――鉛玉は怖かねえが注射針は怖い組長と若ぇ連中に、ご褒美くれてやって欲しいんで、ついてはちょいと仮装をしちゃあ貰えませんか。
「バニーコートっつーからクリーンルームで着るやつかと思ったんだが……ありゃバニー『スーツ』っつーんだった」
「それで着替えた、と」
「上に白衣は着るがな」
僕は注射器片手に脚を組んで椅子に座る白衣にバニーコート姿の片メカクレ初老男性を想像した。
「属性が玉突き事故を起こしている……」
いや、そこじゃない。
「セクハラじゃないスか怒ってくださいそこは。そもそもヤクザが構成員の予防接種するって話が、あなたを呼びつける口実じゃないですかね」
「割増料金を請求してやったぜ」
カネか、支配とは結局カネなのか。呆れる僕を尻目に、バニーコート姿のままで、ドクターTETSUは首や肩を回している。
「で、なぜこんな恰好で帰ってきたんです?」
「それが組本部に届いた小包が爆発してよ。危ねえから今すぐ帰れって」
「どうしてそういう危ないとこ行くんですかあ!」
爆発四散されたら死水取れないじゃないか。
ドクターTETSUは驚いたぜと笑っている。僕の気も知らないで呑気なものだ。
目が慣れてきた。堂々としたドクターTETSUのバニーコート姿を見ているうちに、僕にはこれはこれで案外違和感のないもののように思えてきた。ついさっき変質者呼ばわりをしたばかりだけれど。
黒い生地のボディスーツはぴったりと身体に沿って、本来なら女性の胸を底上げするはずのカップ部分は、この人が着ると厚い胸板に視線を集める誘導装置になる。
胴に仕込まれたボーンはコルセットのように腰を締め、むきだしの肩との対比により逆三角形の男性らしい体格を見せつける。
身体をこれほど強調して、それでも下品にならないのは、頭につけたウサギの耳のおかげだ。ぴんと伸びた二つの耳がこの人の身体に愛嬌を添えている。
ボディスーツの脚周りのラインはズボンのウエストより少し高めで、腰骨より少し上の部分の肌が――いやストッキングだ、そりゃそうか――ほんの狭い面積だけ見えていた。それが僕の目を引きつけた。絶対領域ってやつだろうか?
「どうした?」
ドクターTETSUが不審な顔で僕を見た。
「確かにこれはご褒美かもしれません」
「お前ェまでそんなことを……まあいい、さっさと脱いじまおう。キツいったらねえんだ」
ドクターTETSUはたしかこの辺にファスナーが……と独りごち、背中に手を回してボーンの間を探っている。僕もファスナー探しを手伝うつもりでドクターTETSUの背後に回る。ファスナーはすぐに見つかった。そこで気付く。
「これ、ズボン脱がないと脱げませんよ」
僕はとりあえずドクターTETSUのズボンを掴んで降ろした。
「ヒャァ!」
ドクターTETSUが叫んだ。
「なにすんだよ!」
頭上からクレームが降ってくる。顔を上げると、すぐ上には引き締まった臀部。ボディスーツとストッキングとの境界線が稜線の美しさを示している。黒い生地で覆われたお尻の中央に白い尻尾が配置されているから、自然にそこへ目が行くのだ。
僕は尻尾をつまんで軽く引いてみた。
「なにしてんだ」
「なるほど、スナップボタンで留めてるんですね、これ」
もう一度引っ張ってみる。今度は少し強めに。
「おいこら」
「だってこんなこと、お店でやったら叩き出されそうでしょう」
僕はドクターTETSUのバニーコートの尻尾を繰り返し引く。楽しい。
「やめろ!」
後ろ蹴りが飛んできた。まさにウサギだ。軽く蹴られた僕は後ろへ転がりながら、ストッキングに覆われた長い脚を見ていた。
ドクターTETSUはもういい、向こうで着替えてくると言って、脱いだズボンを拾うと別室へ立ち去ろうとする。
「手伝いますよ!」
「いらねえ。お前ェの目つき、なんかイヤラシイんだよ」
「だって脱がしたいですし?」
「正直に言えば良いってモンじゃねえんだよ!」
僕はもう一度蹴り転がされ、跳ね起きるとドクターTETSUのあとについていった。